沈霊唄賛 10
樟葉達が『裏庭』講堂に着いたと同時刻。教祖様の描かれた大きな肖像画がある講堂に信者が集まっていた。しかし誰一人として穏やかな顔をしておらず、戸惑いの表情をしていた。
「皆様!」
舞台の上に立っていた司祭が声を張り、集まっていた信者の注目を集める。
「残念ながらこの我等が神聖な地に『異端者』が侵入してしまいました」
その言葉に信者は一斉にざわめきだす。
「しかしそのことを事前に察知した教祖様が現在『裏庭』講堂にて裁いております」
『裁いている』と言う言葉に安堵の息を漏らす信者達に「しかし」と司祭は言葉を繋げる。
「万が一の可能性もありえます。皆様に協力をしてもらいたいのです」
続いた言葉に誰かが尋ねた。
「協力とは?」
「簡単なことです。もし逃げ出してしまった時に教祖様がすぐに駆け付けられるように包囲をしてもらいたいのです」
質問に答えた司祭はそのまま舞台袖から水が入った桶を運ばせた。
「協力してもらえる方は魔からの守護の効果のある聖水を飲んでもらいます」
そして一緒に運ばれてきたコップに水を入れるとそれを掲げた。
しかし一人も舞台に向かおうとせず周りの人間の行動を伺うだけだった。
『…こえますか?…』
その時、備え付けてあったスピーカーから声が聞こえた。
『皆さんこんばんは』
それは教祖である大上の声だった。
『突然ですが残念なお知らせがあります』
教祖様の言葉を一言一句逃さぬように信者達は耳を傾ける。
『講堂にいる方は既に聞いておられるでしょうが侵入していた『異端者』が逃げ出してしまいました』
その一言で辺りはざわめき始めた。
『そこで皆さんの力を貸して頂きたいのです。私は直ぐに準備をしますのでどうか追い詰めて下さい』
そこでスピーカーは切れ、講堂内は静かになった。
「さぁ、決断を!」
司祭の言葉に数人が向かおうとしたが躊躇うように止まってしまう。
「私はここに救われた…今度は私が救う番だ…」
だが一人の男が呟きながら舞台に上がり、司祭から渡された聖水を迷わず飲むのを見るとそれを皮切りに一人、また一人と聖水を飲み、遂に全員が飲んだ。
逃走から数分経ち、逃げ込んだ茂みにて周りに人がいないことを確認すると一行はやっと息をついた。
「大丈夫か、樟葉?」
屈みこんでいる樟葉の背中を叩きながら亨が声をかける。
「何とか…でもこれからどうすんのよ?」
それに顔を青くしながら樟葉が何とか答える。
「んなもん俺が知るか」
樟葉の問いをぶっきらぼうに少年が突っぱねる。
「とりあえず〜決定的な何かを〜捜そうよ〜」
今回の目的を早く済ませると同時に自身の安全を確保するためにミクが発言した。
「目立つわけにはいかないから別れるか…」
亨の提案に一同は迷いなく賛同し、樟葉と少年、亨とミクに別れ失踪事件の具体的な証拠を捜すために行動を起こした。
「でも〜何処にあるんでしょうね〜」
「もう一度樟葉がいないときにその喋りかたをしたら寝かすぞ」
いつもののんびりとした口調で話しかけたミクに亨は周囲の状況を探りながら嫌悪感丸出しで釘を刺す。
「…亨くんはカッコイイから食べちゃいたいなぁ」
「そういう冗談もいらないからな」
「いやいや、私は本気よ」
「悪いが俺はお前が嫌いだ」
「なんでさ?」
「無駄に胸に脂肪がついてるからだ」
「…亨くんって貧乳フェチ?」
「そういやさぁ」
「あん?」
木に登り、辺りを見渡していた樟葉の独り言に少年は律儀に反応する。
「なんで支持されてんだろうね」
「……」
「だってここの売りは『一度諦めた夢を取り戻す』よ」
「だから?」
樟葉の言葉を少年はどうでもよさそうに聞き返す。
「普通そういう類のモノは物理的な奇跡でもなんでもいいから見せるものでしょ?でも私達が来てからそんなこと一回もしてない」
「人間なんて現物がなくても言葉だけで騙されるようなヤツだ」
少年は全てを嘲笑うかのよう―まるで程度の低いものを見るような感じで言う。
「それはそうだけど…初めて来たときにあの講堂にいたのがざっと300ぐらい。確信はないけど設備、土地の広さ、物品の多さを見た限りあの時にここにいなかったのも併せるとざっと600〜800ぐらいはいると思うの。それだけいれば理解力のある人間だっているはずだし、誰かが疑問に思ってもおかしくない」
そこで初めて少年は眉間に皺を寄せ、不快感を露にした。
「…何が言いたい?」
「もしかしてだけどここには『アンタの同類』が関わってるんじゃないの…それをアンタは最初から気づいてたんじゃないの?」
「何を根拠に言う?」
「潜入前に『良い予感がする』って言ってた。アンタは『予感』じゃなくて『確信』をしてたんじゃないの?」
「…今答えて何になる?状況は動いてるんだぜ。解答なんて終わってからで充分だろ」
樟葉の質問に答えずに少年はさっさと目的に向かって行動を始めていた。