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路地裏の復讐屋

恨みを募らせるエリート男性

作者: 望月 かれん

 「何で誰も信じねえんだよ!」


 小竹洋介こたけ ようすけは怒りに任せて

捨てられている空き缶を蹴飛ばした。

 小中高と私立校に通い、難関大学を首席で卒業。

いわゆるエリートだ。大手企業に就職した彼は着々と功績を挙げ、課長にまで上り詰めている。


 しかし昨日、事件は起こった。

 自分が立案した企画を同僚に横取りされ、そのまま彼の手柄になったのだった。

 当人を問い詰めても、しらばっくれ、次長や部長に必死に

説明しても「彼が持ってきたんだから」と相手にされなかった。

 

 「今までの俺の功績を見ればわかるだろ!

それに俺よりも能力が下のアイツがいきなりあんなキッチリとした企画を持ってこれるはずねえだろうが!」


  ――会社を見誤ったか?こんなに無能が多い会社だったのか?


 もう一度空き缶を蹴飛ばした。先程よりも強く蹴られたそれは急に吹いた風に煽られ、近くの細い通路に吸い込まれて

いった。


 「チッ、めんどくせぇ……」


 口ではそう言いながらも小竹は通路に入っていく。

開けた先には素朴な広場とレンガ道。

 

 「どこだ?……あった」


 小走りで空き缶を拾って顔を上げた小竹は固まった。


 「なんだ、ここ?」


 目の前には古い洋館のような建物があった。蔦が絡んでいて壁のペンキも剥げている。


 「こんな場所があったなんて……」


 周りを見渡すと自分以外誰もいない。電灯はあるものの

カラスすらとまっていない。気味が悪くなった小竹は踵を

返そうとして、ふとドアのそばの看板に目を留めた。


 「『復讐屋』?……ッ!」


 小竹は目の色を変えると躊躇なく洋館のドアを開ける。


 「オーナーはいるか⁉」


 荒々しい声に反応したのか奥の部屋の灯りがついて、

そこから男が姿を現した。


 「はい。私でございます。

ようこそ「復讐屋」ヘいらっしゃいました、お兄さん」


 「……お、お兄さんとは俺のことか?」


 少し怒りが冷め、戸惑いながら言う小竹に男はしっかりと

首を縦に振る。


 「ええ。ひとまずお掛けください。

そしてお話を伺いましょうか?」


 「ああ、失礼する……」


 小竹が座ったのを確認すると男は斜向かいに立った。


 「あなたは腰掛けないのか?」


 「私の事はお気遣いなく。立っている方が好きですので。

 改めまして、私は復讐請負人の黒部(くろべ)

申します」


 「復讐屋ということは、そのままの意味なんだよな?」


 「ええ。法律では裁けない範囲でも、ね。

それなりの対価は頂きますが」


 「対価?財産か?」


 「いいえ。私に依頼されるのであれば、その時にお話いたします。

 まずは貴方のお話を伺わないと……」


 黒部の言葉にハッとした小竹は徐々に怒りに顔を染めていく。


 「会社の同僚……いや、会社そのものに重大な損失を与えてくれ!倒産に追い込んでもいい!」


 「おやおや、随分と恨まれているようで」


 「当たり前だ!同僚は俺の企画を横取りして自分の手柄にし、上の人間には俺が企画したと訴えても、嫉妬と突き返された!俺の今までの実績を忘れたのか!アイツラは!」


 ひとしきり話し終えた小竹は、眉1つ動かさず耳を傾けて

いる黒部を見て気まずそうに顔をそらした。


 「し、失礼した……。つい……」


 「いえいえ、謝る事ではございませんよ。むしろ、貴方が

どれほどの復讐心をお持ちなのかわかりました。

 差し支えなければ会社名を教えていただけませんか?」


 「A社だ」


 社名を聞いた黒部は口を曲げる。


 「誰もが知っている有名企業ではございませんか。

倒産は難しいですねぇ」


 「そうか……。だが、損害は与えられるのだろう?」


 「ええ。ついでに説明に入らせて頂きますが、

対価として貴方から目には見えない「何か」を頂きます。

お金ではございませんので、悪しからず」


 「…………………」


 黒部の言葉を小竹は複雑な心境で聞いていた。


 ――目に見えないってことは地位とか運とかそんなものか?いや、でも俺は独り身だし、そこまで痛手は……。


 「やめておきますか?今ならキャンセル可能ですよ?」


 「いや、依頼させていただきたい!」


 「承知致しました。では、こちらに手形を頂けますか?」


 小竹は少し厚めの紙とインクを受け取ると手形を押印した。


 「この時代に手形とは変わっているな」


 「フフ、よく言われます。依頼者様のお手を汚してしまいますが、手っ取り早いのでね。はい、確かに頂きました」


 「それで、俺は何をすればいいんだ?」


 「特にはございませんよ。強いて言うなら辞表の準備を

しておいた方がよろしいかと」


 「辞表?……わかった」


 返事をした小竹に黒部は意外そうに眉を上げる。


 「おや、未練はございませんので?」


 「ああ。俺を評価できない会社なんてこっちから

願い下げだ」


 「そうですか。では、遅くとも7日以内には実行

いたします」


 「わかった。よろしく頼む……」

 

 ――この男、掴みどころがないな。全く考えが読めん。


 だが、もう用件は済ませてしまった。後ろ髪を引かれながら小竹は復讐屋を後にした。


 

 4日後、A社の開発した商品に不良品が混ざっていたと

クレームが入った。その数200超。始業開始直後から電話が

鳴り止まず、職員は対応に追われていた。

 小竹はというと、自宅マンションでテレビに写し出された

速報を優雅に眺めていた。事前に1週間の有給を取っていた

のだ。


 「恐ろしいな……。いったいどうやったんだ?」


 黒部という男だ。その手の事にそうとう詳しいのだろうと

小竹は考える。

 その時スマートフォンのバイブが鳴り始めた。表示されているのは次長。

 ため息をつきながら小竹は受話器マークを上にスワイプ

する。


 「お疲れ様です、小竹――」


 「小竹!お前の仕業だろう⁉」


 「はい?」


 半分は正解だと思いながら小竹は返事をする。


 「とぼけるな!お前が知り合いや友人に頼んでワザと

クレームを入れさせたのだろう⁉」


 「そんな卑劣なことしませんよ」


 「なら、何で急に有給を1週間も取ったんだ⁉

こうなることがわかってたからじゃないのか⁉

まだ高木が持ってきた企画に嫉妬して――」


 「何度も申し上げましたが、あの企画は俺が考えたもの

です。今までお世話になりました」


 「ま、待て小竹⁉まだ説明が――」


 小竹は一方的に電話を切ると会社関係の番号を全て着信拒否にした。


 「なるほどな、なんとなく予想はできていたが、辞表の用意とはこのことを意味していたのか。

 確かに俺が怪しいと思うよな。間違ってはないが。それにしてもやっぱり見る目がない連中だ。勝手に決めつけるなよ」


 電話アプリを切り今度は無料通信アプリを開いて、

あるアイコンをタップした。退職代行サービス。


 「どちらにせよ俺はこの会社にはいられない。

対価は俺の居場所だったか……」


 連絡を入れるとスマートフォンの電源を切った。


 「さて、これからどうするかな」


 天井を見ながら呟く。もう自分には関係のないことだが、今回の件でA社の信用はガタ落ちだろう。


 「俺がいなくなって後悔しても遅いからな」


 同僚や上司が慌てふためく様を思い浮かべて小竹は

ほくそ笑んだ。

 今回の対価が少ない?

 確かにそう思われるかもしれませんね。ですが、

これから転職なさるみたいですし、世間を騒がせている

会社からですので、苦労するでしょうねぇ、ふふふ。


 今回もやり甲斐のある依頼でございました。

 では、またどこかでお会いしましょう

                    黒部

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