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婚約破棄もの短編集

【コミカライズ】婚約破棄を告げられましたが、理由がわからなかったので思うところを述べていったら、謝罪された件について

作者: 里見 知美

8月11日付の【日間ランキング】で一位をいただきました。感激…!読者様のおかげです。ありがとうございます!

「お前のような非道な女とは婚約破棄をする!」


 婚約者のアラン・ハスキー伯爵令息に公衆の面前で婚約破棄を告げられた。


「非道な女」と言われたけど、何をしたのか全く思い当たるところがない。だけど「全く思い当たりません」などと言えば、この男はすぐに馬鹿にされたと怒り、ますます怒鳴りつけてくることだろう。



 ミリアム・シベリアンは14歳の子爵令嬢で、アラン・ハスキーはミリアムより三つ上の伯爵家の嫡男だ。どこにでもある政略結婚のお相手で、個人的恋愛感情などどちらにもないことはお互いにわかっていた。


 シベリアン子爵家の子供は3人、全員女である。


 長女が婿養子をもらうことで子爵家は安泰ではあるものの、相手は男爵家の次男。商売上手と言うことで婿に入ることになったが、買い付けだのなんだので家を空ける事が多い。が、嫁を溺愛しているので、そろそろ後継にも恵まれると両親はほくほく顔だ。


 次女は歳の離れた子爵家へ長女よりも先に嫁に行ったため、里帰りも年に一度か二度あるかないかと言ったところ。嫁入り先での待遇が良く、子供もすでに4人儲けていた。双子を二組、男女仲良く二人ずつだ。ミリアムは14歳という若さですでに叔母である。


 残るは三女のミリアムなのだが、長女や次女ほど見た目が麗しいわけでもなく、要領もあまり良いとは言えず、良いところを敢えて挙げるとするならば、正直者で義理堅く、数字に強いと言うことくらいか。末っ子の行く末を案じた子爵は、ツテを使ってミリアムを行儀見習いに出した。


 せめて侍女かメイドとして仕事を見つけて、どこかの貴族子息に見初められることを願っていたところで、伯爵家の嫡男との縁談が舞い込んだ。


 アランは少々頭脳に問題有りのようだが、正義感が強く、騎士になりたいと張り切っているという。一人っ子なので、息子の代わりに領地を治め、騎士になりたい息子を支えてはもらえないだろうかと言うことだった。


 アランは癇癪持ちで、すぐに怒鳴り声をあげる短気な性格だが、剣術の腕はいい。ただ頭がすこぶる悪かった。そこでハスキー伯爵は頭脳派で有名なシベリアン家に助けを求め、残っていた三女のミリアムが選ばれた、ただそれだけの話だ。


 ミリアムにとってはまだほんの10歳を超えたところで、この婚約は全く以て興味がなかったし、行儀見習いとして公爵家に奉公に出ることもあり、結婚しないならしないでメイドか侍女として仕事に生きる方法もあったのだが、伯爵家と繋がりが持てると思ったシベリアン子爵は、ミリアムを差し出したのだ。



 貴族として生まれてきたからには、家の繁栄に貢献することは当然である。



 結局11歳の年にミリアムは渋々婚約の話を受け、3年が経った。その間、アランと二人で会ったのは数えるほどしかない。伯爵領の仕事を理解するため、週末は伯爵当主について領地経営の勉強をし、平日は行儀見習いで、公爵家令嬢のディアナの侍女として学園へついて行く。忙しいミリアムにアランと仲良く関係を育む時間などなかったのだ。


 特にアランは外出が多く、ミリアムが伯爵家にいる時はまるで避けているかのように姿を晦ます。伯爵夫妻は「アランは剣の練習に出かけている」とか「騎士団の訓練に行っている」と申し訳なさそうな顔をしたが、伯爵家の嫁となるべく礼儀やマナーも教えてくれるし、義父となる伯爵も可愛がってくれているから、あまり気にしたことはなかった。


 別にどうでもいいや、と思っていたミリアムとしては充実した日々を送っていたが、夫妻がちょっと席を外した際に伯爵家のアランが時折問題を持ち込んでくるため、その後処理に奔走する事がよくあった。


 伯爵夫人からアランに問題があればすぐに言うように、と言われていたので逐一報告をしていたのは最初の半年くらいの間だけ。そのことに気づいたアランがミリアムに口止めをした。


「俺とお前は婚約者同士で、婚約者だけで解決しなければならない事がある、両親を巻き込むな」と言うのだ。


 なるほど、確かにいつまでも親の脛を齧っていては、いつかいなくなった時に困ることになるだろうと思い、ミリアムは頷いた。


 だが、当時12歳のミリアムはアランから持ち込まれる問題を自分一人で抱え込むのは不安があり、どうしようかと悩んだ末、母に相談した。そして母からは鍵のついた日記帳を渡され、事細かく日記をつけるように言われた。そうすれば、いつ何を言われどう処理したか一目瞭然だからという。なるほどそれは名案だとばかりに、それ以来日記に全て書き記している。


 もちろん、自分だけで処理できない問題は我慢せず母に教えろと言われたので、月に何度かは相談もしているし、伯爵夫妻にもこっそり処理方法を伺ったりしている。ディアナにも仕事が被るところについては相談し、なんとかふたつの仕事をこなしていた。


 この1年ですでに日記帳は3冊を超えた。3年の間に書き留めた日記帳は5冊目になり、それらの日記は、公爵家の侍女として与えられた部屋に大切に保管してある。


 ともかく、ミリアムはほとんど全ての時間を公爵家ディアナに付き添っているせいで、アランの言うところの「非道な行い」とやらに全くと言っていいほど記憶がない。



 面倒くさいので、婚約については破棄でも構わないのだが、今後のためにもその「非道な行い」がなんなのか知りたいところだ。気が付かずに非道なことをしているのならば、改めなければ公爵家でも問題に上がるだろう。




◇◇◇





 今宵は公爵家主催で夜会が開かれ、ミリアムはいつものことながらディアナのお付きとして、きちんと夜会用のドレスを身につけディアナの後ろに立っていたところ、アランがものすごい形相で、ミリアムに突進してきたのだ。


 そこで冒頭のセリフが飛び出した。


「お前のような非道な女とは婚約破棄をする!」



 なぜこんなところで訳のわからないことを言い出したのか。


 驚いたミリアムは小首を傾げ「非道な行いとはどう言うことか」と聞き正そうとしたところへ、公爵家の令嬢であり、ミリアムの良き理解者でもあるディアナが「どういうことかしら」と口を挟んできたものだから、ミリアムは慌てた。


(こんな私的なことでお嬢様を煩わせてはいけない!)



「申し訳ございません。アラン様は、その、わたくしの非道なところが気に入らないとのことでございます、ディアナお嬢様」


「ミリアムの非道なところって、どんなところかしら?」


「ええと…」


 アランは大声で婚約破棄を告げたものの、まさか公爵家の御令嬢がしゃしゃり出てくるとは思いもせず、口をパクパクとさせている。引っ込みがつかず、このままではアランが恥をかいたと、後々子爵家に文句を言ってくるに違いない。


(下手をすればカッとなったアラン様に後ろからスパッと切られるかもしれない)


 そう思ったミリアムは、必死で考えた。


「えっとですね、きっとアラン様はわたくしが口うるさく勉強しろというのが、気に入らなかったのではないかと思います」


「まあ!ハスキー伯爵令息は勉強が嫌いなの?」


 ミリアムがチラリとアランを見ると、顔を真っ赤にさせたアランがミリアムを睨みつけていた。慌てて視線を逸らし、首を横に振る。


「い、いえ、あの、そういうわけではありませんの」


 どうしよう。どうやらそのことではないようだ。ミリアムは慌てて考え直す。


「そ、そうだ、勉強ではなくて、毎朝歯をちゃんと磨かないと口臭がひどいと文句を言うのが嫌になったのかもしれません」


「あら嫌だわ。そんなこと最低限の身だしなみではなくて?なぜミリアムがそんなことを言わなければならないの?」


「え?そ、そうでございますね……?」


 そうか、最低限の身だしなみだったのか。ミリアムは学園でアランにかちあう度、毎日確認をする。じゃないと彼は寝起きのまま、髪も整えずやって来る事が多々あるから。考えてもみれば、これはミリアムの仕事ではなかったのか。


(伯爵令息なんだもの、伯爵家のメイドとか侍従とかがやる仕事だったわね。公爵家で行儀見習いをしているから、ディアナ様の弟君のマリス様と被ってしまっていたわ)


「で、ではあの、学園の数学の宿題ができないからと、私がやっていたものが間違った回答を書いてしまったのが……?」


「なんですって!三つも年上の彼の宿題をあなたがやっていたの?」


(あっ、これは言ってはいけないことだったかしら。わたくしは学園に通っていないから、いくら数学が得意とはいえ、だめなのかもしれないわね)


 再びチラリとアランを見ると、少し青ざめてふるふると震える拳を握りしめていた。ミリアムはハッとして思わず目を伏せる。


(ああ、これは不味い。弁解しなくては)


「い、いえあの。そうではなくてですね。あっ、おそらく伯爵様の目を盗んで領地のお金を拝借していることを密告した事を言っているのかも…」


「ミリアム!」


 アランが声を荒らげ、一歩進み出た。


(ひい、間違えましたわ!)


「あっ!ち、違いました!では、あの、家宝の剣の宝石の真珠を取り外して男爵家のキエラ様にお渡しし、偽の宝石を代わりにはめ込んだ事が伯爵様にバレた時、正直に話してしまったことですわね?」


「ミ、ミリアム!!貴様!父上に話したのか!?」


「ヒイッ!はい!」



 アランの顔が噴火するのではないかというほど真っ赤になって、鬼の形相でミリアムを睨みつけ、先ほどよりも荒々しく制した。集まってきた客もひそひそ話しながらミリアムとアランを見比べている。


(ああぁ、どうしましょう!不味い!不味いわ!)


 理由がわからないのに怒鳴られたって、わからないものはわからない。非道な行いとは一体なんなのか。


 ミリアムが視線を泳がせると、アランがニヤリと黒い顔をして笑った。


(このあくどい顔で騎士になりたいというのですか?無理ですわ!)


「ミリアム!お前、子爵令嬢のくせに、なぜこのパーティに出席しているのだ!俺の婚約者だからと言って勝手に出席したんだな!?」


「えっ、ち、ちがいます」


「何が違うというのだ!この恥知らずめ!そういうところが非道だと言っているのだ!今ここで皆に知らしめてやろう!ディアナ公爵令嬢!ミリアムは恥知らずな貧乏子爵家の令嬢で、俺の婚約者だからとわがままを言ってここにでしゃばってきたのに違いありません!


 しかも!彼女は学園で俺の愛するサラ・ドリア伯爵令嬢に嫌がらせを重ねてきたのです!これが非道でなくてなんというのか!こんな女はさっさと追い出したほうがよろしいですよ!」


(非道な行いってそれなの!?誤解だわ!)


「びっくり仰天です。私がいつサラ様をいじめたというのでしょうか。っていうか、サラ様のお顔も知りませんが?」


 驚いたミリアムは思わず言い返してしまった。


(しかも!今サラッと俺の愛するサラ・ドリア伯爵令嬢、とか言いましたね!?盛大に浮気宣言してますが大丈夫でしょうか?あれっ?これ、もしかして冤罪ですか!?自分の浮気を正当化するための冤罪ですね!?)


 そもそもミリアムは、学園にはディアナの侍女として付き添っている。生徒として通っているわけではないのだ。仕える主人が授業を受けている間、侍女は侍女だけの部屋で待機を強いられる。


 決して勝手に学園を歩き回ったり、学園から出たりはできないのだ。この学園には護衛騎士もおり、侍女にも護衛がついている。下手な争いを起こしたり巻き込まれたりしないためであり、部屋を出る際には必ず記録書を書かなければならないし、お花摘み以外は護衛が付きまとう。


 つまり、貴族子息令嬢が学ばれる教室棟には余程のことがない限り近づけないし、護衛なしでは食堂にすら入ることはできないのだ。


 だが、アランは胸を張って自信満々にミリアムを指さした。


「言い逃れなどできないぞ!お前はサラの教科書を破いたり、靴を隠したり、食事に虫を入れたりしただろう!」


 そう言い切るアランを見れば、隣にアランと同じように赤い顔をしてミリアムを睨みつけている令嬢が目に入った。


(もしかしてこれがサラ様かしら?)


「そうよ!わたくしに婚約者のアラン様に近づくなと脅したのもあなたじゃないの!」


(あ、やはりサラ様でした)


 伯爵家ならば侍女もいるのだが、全く気にしていない様子。サラの侍女は後ろで青くなってガクブルだ。自分の主人が今まさに没落していく様が、目に見えているのではないだろうか。


(お疲れ様です。問題ありありのご主人様を持つと大変ですよね。わかります。あ、わたくしの場合は婚約者ですが)


 そこでふとミリアムの視界に入ってきたのは、涙目になって怒りの形相でアラン様を睨みつけている令嬢だった。


(あれは確か、エイドリアン子爵家のアマンダ様…いえ、エミリア様だったかしら。最近アラン様と仲が良くて……。ちゃんと貴族年鑑を確認しておくべきでした!公爵家のお嬢様に仕えるのに、そんなことも覚えていないなんて、ミリアムのおバカ!)


「聞いているのか、ミリアム!」


 アランの怒気を含む呼びかけに、そんなことより今はこっち!とばかりにミリアムは視線をその令嬢から引き剥がし、アランを見据えた。



「そ、そうでした!最近アラン様はキエラ様ではなく、サラ様と仲が宜しくて!非道な行いというのは、先日も高級レストランの予約を頼まれていたのに、うっかり忘れていたことでしょうか!?それとも、赤薔薇を100本注文しろと言われていたのに、黄色しかお店になく、しかも50本しか手に入らなかった時のことを言っているのでしょうか!?」


「キエラの次はサラですって!?」


 涙目の令嬢が叫び、ギョッとしてアランが振り返る。


「えっ!?アマンダ!?」


「薔薇の花束ってなんの話!?アラン様!」


 負けずとサラ様も叫び、周りにいた客人は間を空けて令嬢たちとアランを取り囲んだ。男性陣はにやにやと面白そうに眺め、夫人や令嬢は眉を顰めて彼らのやりとりを眺めている。気がついていないのは本人たちだけだ。



「サラ!ち、違う!ミリアム!貴様!俺を貶める気か!」


「わたくしのことはどうなんですの!アラン様!?」


「え、エミリア!?どうしてここに!?」


「酷いわ!私のことを愛していると言ったくせに!」


「ヒェッ!?な、キエラまで!?」


 次々にわらわらと現れる令嬢を見て、ミリアムは手をぽん、と打った。


(思い出しました!アラン様は《月曜日の朝露の君》がキエラ様、火曜日は《深紅の薔薇の君》のエミリア様、水曜日が《麗しの睡蓮の君》のアマンダ様、高位貴族の夜会は《白銀の月の女神》サラ様と決めていたのでした。婚約者なのだから、そのくらいは覚えろと詰め込まれていたのにも関わらず。とんだドジをしてしまいましたわ。


 それにしても日替わり令嬢のオンパレードですわ。


 ここには伯爵以上の高位貴族の方しか呼ばれていないと思っていましたが、またわたくし勘違いしていたのかしら。もう、もう、ミリアムのバカ!侍女失格です!)


「申し訳ございません、アラン様!すっかり忘れていました。バラのギフトはエミリア様だけでした!キエラ様には真珠を、高級レストランへはアマンダ様を、夜会はサラ様と、とおキメでしたね!覚えきれなかったことを非道と言われるのは些か言い過ぎかとは思いますが、わたくしにも非がありましたことを認めますわ」


(もうやけくそです。間違いを犯す前に全て暴露してしまいましょう!)


「「「「「な、な、な…!」」」」」


 アランと日替わり令嬢たちが目を白黒させた。

 どの令嬢も、よもや自分が浮気をされているとは思っても見なかったようだ。


「お待ちになって。ねえ、ミリアム?なぜあなたがハスキー伯爵令息の浮気相手を全て把握しているの?」


 ディアナがずいっと前に出て、ミリアムに尋ねる。


「え、っと?それはわたくしがアラン様の婚約者だからですわ」


「……ええ。それは知ってるわ。あなたがハスキー伯爵令息の婚約者であり、平日は公爵家でわたくしの侍女として働き、週末は領地経営のために伯爵について勉強していると言うこともね」


 それを聞いて、とうとう周囲では会話を始めたようだ。


『アラン様は伯爵家の嫡男なのに、なぜ子爵家のミリアム嬢が領地経営の勉強を?』


『キエラ嬢にエミリア嬢、アマンダ嬢に加えてサラ嬢まで……浮気、なんだよな?』


『男爵令嬢や子爵令嬢がこの夜会に来ているのはどういうことかしら?』


『サラ様は学園でも下の方のクラスですわ。ミリアム嬢がディアナ様の侍女でしたら、全くと言っていいほど学園では会いませんわよ』


『そうなのか?』


『もちろんだわ。だって侍女たちの待機する部屋と学舎は別ですもの。それに護衛騎士だってついてますのよ?』


『ああ、確かにそうだ。ミリアム嬢が学園生でないのなら、接点はないな』


『わたくし、アラン様がミリアム様と婚約関係にあることも初めて知りましたわ』


『『『『それより、日替わりの恋人って何様のつもり?』』』』



 そんなひそひそ話を小耳に挟みながらも、ディアナはアランを見据え、徐に扇子を広げた。美しい孔雀の羽でできたもので東洋からわざわざ彼女のために仕入れたものだ。


(さすがディアナ様です、とってもお似合いですわ)


「でもね、それと彼の浮気相手を把握しているのと、どう言う関係があるのかしら?」


「ミ、ミリ、アム…たのむ……黙れ」


 アランが震える声でミリアムを止めようとするが、ディアナはミリアムの視線をしっかり掴んで離さない。美しいアンバーの瞳がミリアムに微笑みかけ、ミリアムは思わず頬を染める。


(今のわたくしはディアナ様の侍女です。質問に答えないわけにはいきません)


「ええと…。それが妻になるものの心得だと、アラン様に言われたので」


 眉を顰めて見ていた人々が息を呑んだ。


 一瞬の空白の間の後、ざわざわと不穏な空気が広がる。アランは、ようやく自分の分が悪いことに気がつき視線を周りに飛ばして青ざめ、一歩退いた。


 日替わり令嬢たちも固まってアランを睨みつけ、アランを敵と見做したようだ。


「そう……ハスキー伯爵令息にそう言われたのね?」


「は、はい」


「それはいつ言われたのか覚えているかしら?」


「えっと、はい。言われたのは婚約してから半年ぐらい経った時です。アラン様に言われたことは全て日記につけてあります」


「なっ!?」


「それは重畳だわ。証拠になるわね」


「証拠、ですか?」


 ディアナ様は少し考えてからアラン様に向き直りました。


「ところで、伯爵ご夫妻は本日のパーティにお見えではないのかしら、ハスキー伯爵令息?」


 アランは顔を真っ青を通り越して、真っ白にさせてハクハクと息をしている。

 大丈夫だろうか、とミリアムは声をかけた。


「アラン様?」


「ほ、本日両親は、領地視察で留守にしていまして……あ、あいにく夜会は欠席しております」


(ああ、わかりました。だから鬼の居ぬ間にと、おかしな行動に出た訳ですね。本当に困った人だわ)


「騒がしいが、問題でもあったのか?」


 静かに響いたその声に、周囲もしんと静まり返った。

 人混みの後ろから一際通る声が響き渡り、ミリアムはハッと顔を上げ、青ざめた。


(この声は公爵様でいらっしゃいますね。どうしましょう。どんどん話が大きくなってしまいます。とっとと収めないことには、我が家にも迷惑がかかるかもしれませんし、公爵家の仕事をクビになったらわたくしの人生、お先真っ暗ですわ。婚約者を取るか、公爵家を取るか)


もちろんわたくしはーー。


「あ、アラン様!婚約破棄につきましては了承いたします!金輪際、伯爵家には近づきませんのでどうぞご容赦を……!」


「何?」


 人混みがさあっとカーテンのように開き、その先には公爵が威厳を持って立っていた。ディアナはにっこりと微笑み、扇子を閉じ父親である公爵に歩み寄る。


「お父様。たった今ハスキー伯爵令息から、わたくしの侍女であるミリアムが婚約破棄をされ、冤罪をかけられましたのよ。そしてミリアムは婚約破棄を了承しました」


「え、冤罪ではありません!本当のことで……!……え?侍女…?」


(今更そこですか。先程からそう言ってましたのに。全く人の言うことは聞かないし、周りが見えていませんのね)


 デイアナが公爵様に向かって声をかけ、その言葉に被せるようにアランが焦って何かを訴えようとしたが、その言葉を遮ってディアナが嬉しそうに声を上げた。


「ええ。ミリアムはわたくしの専属侍女ですわ。わたくし、ミリアムのこと大層気に入っていますのよ。これほど正直で裏のない忠誠心の高い令嬢は他にいませんわ。ですわよね、お父様?」


「ああ、そうだな。そうか、ようやく自由になれたのか。おめでとう、ミリアム嬢」


「ま、待ってください!ようやく自由にって、一体……なぜそこで『おめでとう』なのですか!」


 アランが慌てて声を張り上げたが、次の瞬間、ギョッと目を見開き、その場に固まった。


 なぜなら、公爵の後ろには、この夜会に欠席のはずだった自分の両親である伯爵夫妻と、ミリアムの両親、アランと関わりのあった貴族令嬢家の面々が勢揃いしていたからである。


「げ!父上、母上…っ!?」


 伯爵夫妻は顔を真っ赤にしてアランを睨みつけ、ミリアムの父も苦虫を噛み潰したような顔をしている。ミリアムの母はこっそりミリアムに手を振り、ニコニコ顔だ。その後ろにいるドリア伯爵夫妻、子爵家、男爵家の令嬢の夫妻らは顔色を無くして立っていた。


「こちらの御令嬢らとそれぞれの家族の方々は私が特別に招待したのだ。なあ、ハスキー伯爵」


「は、はい。不肖の息子が大変な騒ぎを起こし、申し訳ございません」


 ハスキー伯爵はグッと奥歯を噛み締め、謝罪の言葉を絞り出す。


「この不始末を収めるため、私は愚息とミリアム嬢との婚約を白紙に戻し、此奴は貴族界から追放いたしますので、どうぞご容赦ください」


「ち、父上!?」


「うん、妥当だね。そうでなければ、このまま裁判に持ち込んでもいいんだけど。ここは伯爵の顔に免じて私から国王にも話をつけておくとしよう」


「あ、ありがたきお言葉。何卒よろしくお願いいたします」


「そ、そんな!父上!?」


「やかましい!お前は黙っていろ!」


「でもっ父上っ!ミリアムは…っ!」


「話は公爵様から全て聞いた!お前は私たちに嘘をつき、ミリアム嬢をいいようにあしらって使い、そちらの令嬢たちと毎日のように遊び歩いていたらしいな。証拠も見せてもらったし、何より騎士団に問い合わせてみてもお前の名前すら名簿には見つからなかった!」


「えっ……!」


 まさか調べればすぐにわかることなのに、バレるとは思っていなかったのか。


 アランは『騎士になりたい』を言い訳にして遊び歩き、責任逃れをしていたのだ。もちろん、騎士になる訓練もしていなければ、騎士学校の登録すらしていない。学費は全て遊びに使い込んでいたのだが、それを隠すためにミリアムを使っていた。


 もちろんミリアムは別帳簿にアランの出費を全てつけて、毎月伯爵夫人に渡してはいたのだが。どうやら伯爵夫人は、夫が気付く前になんとか息子を更生させようとミリアムの母とあれこれしていたようだが、アランには全く響かなかった。


 最終的には諦めた夫人が全てを夫に話し、公爵家へ頭を下げたのだ。


 アランを無視して素通りし、ハスキー伯爵は歩み寄りミリアムの手を両手で取った。


「ミリアム嬢。君の大切な時間を3年間も無駄に使ってしまい、本当に申し訳ないことをしたと思っている。まさか、息子がここまで愚か者だとは思いもせず、騎士を目指すという言葉を鵜呑みにしてしまった、この私の落ち度だ。

 君は11歳の頃から伯爵家に貢献し、領地経営の手伝いをしてくれていたというのに、愚息からのこの仕打ち。初めて聞いた時は信じられなかった。だが、実際にこの目で見て、どれだけ頭を下げても償いきれないほど後悔している。


 もしミリアム嬢さえ良ければ、私たちが責任を持って君を養女として迎え、親戚筋から君の伴侶を探してもいいと思っているが、どうだろうか?」


 ミリアムはぽかんとしてハスキー伯爵の顔を見て、アランに視線を送った。アランは信じられないと言った顔で自分の父親の顔を見ている。


 それに付け加えるように、ディアナがミリアムの隣に立ち、にこりと微笑んだ。


「ミリアム、あなたはわたくしにもよく仕えてくれました。この3年間、よく学びよく働いたあなたには妥当な褒美だと思いますが、これはあなた自身が選ぶことです。このままわたくしに仕え、侍女としての仕事を得てもよし、伯爵家の養女となり、婿をとって伯爵領を継ぐもよし。どちらの道を選びたい?」


 ミリアムは目を瞬いてディアナを見つめ、それから首を回して両親と、伯爵夫妻を仰ぎ見る。


 こんなことは全く考えても見なかった。

 アランに対して恋愛感情は全くなかった。

 伯爵家の仕事は大変でたくさん覚えることがあり、問題もたくさんあってとにかくがむしゃらに頑張ってきた。

 公爵令嬢の侍女の仕事も、礼儀作法は覚えることがたくさんあったし、毎日覚えなくてはいけないことを詰め込んで体で覚えてきた。


 どちらもやり甲斐はある。だけど、両方を取ることはできないのだ。


「わ、わたくしはーー」




 ◇◇◇




 その夜会の婚約破棄騒動はあっという間に社交界に広がり、ミリアムはシンデレラ・ガールとして一世を風靡した。そして同時にアラン・ハスキーは浮き名を流し一夜にして破滅した伯爵令息として噂が流れ、あれほど群がっていた令嬢たちもその日を限りにアランを見捨ててしまった。


 ミリアムの書いた日記は、『婚約破棄は夜会で』というタイトルで小説として発売された。二度とこんなことをすることがないようにと公爵から勧められたせいだ。名前と家柄を書き換え少々盛って書かれたのだが、知る人ぞ知る暴露本としてベストセラーになった。


 それもあってか、伯爵家の家宝の剣の宝石は無事伯爵の手に戻り、アランに関わった令嬢たちは恥さらしだとして貰い手もなく、それぞれ別の修道院に入れられた。 特にドリア伯爵令嬢のサラは、伯爵令嬢だというのにアランに嘘八百を吹き込んでミリアムから婚約者の地位を奪おうとしたことで、悪意ある虚言をした令嬢として罰せられ、伯爵家を追放され平民に落ちた。


 ミリアムからすれば申し訳ないの一言だったが、両親や公爵からは自業自得だから気にする必要はないと言われ、気にするのをやめた。


 今考えてみても、アランが一体何をしたかったのか、ミリアムには全くわからない。


 ミリアムとの婚約が気に入らなかったのならきちんと話し合い、解消していればこんなことにはならず、真面目に訓練をしていれば今頃騎士になり、伯爵は親戚筋から養子をもらっていただろうに。


 どちらにしても、日替わりで恋人を作るのはすべきではなかったと、今ではミリアムもわかる。婚約者は自分の妻になるのだから大事にすべきであって、侍女のようにこき使うものではなかった。


 廃嫡され、追放されたアランが今どこで何をしているのか、ミリアムの耳には入ってこなかった。




 ◇◇◇




「ミリアム、また日記を書いてるの?」


 はっと気がつくと、公務を終えたディアナが部屋に戻ってきたところだった。

 ミリアムは席を立ち、ディアナを迎え入れる。


「おかえりなさいませ、ディアナ様。はい。きちんと記録をとっておくのは後々有利になりますので」


「ふふ。怖いわね。テッドは今日ミリアムに何を言ったのかしら?」


「本日テッド様は、お昼休みに黄色のマーガレットの花束を持ってきてくださいました。ですがそこにミツバチが群がって、大切な右手を刺されてしまいましたの」


「まあ、大変!それでどうしたの?」


 ミリアムはディアナの羽織っていた重いガウンを外し、クローゼットへ丁寧にしまいながらくすりと笑う。


「それで、その場にいた護衛のマディソン様が、『ションベンをかけると治るのが早い』とおっしゃられて。テッド様は慌てて医務室に向かわれました」


「ま、まあ!冗談でしょ!?」


「ディアナ様、ションベンというのはなんでしょうか。よほど嫌なお薬なんでしょうね。テッド様が青ざめて逃げるくらいですもの」


「……そうね。多分、誰でも逃げると思うわ。それにあまり良いお薬でもないと思うわよ」


「まあ。そうなんですか?ディアナ様はさすが、物知りでいらっしゃいますね」


「うふふ。ええ、まあ。……それでテッドは大丈夫だったのかしら?」


「ええ、お薬が効いたようで湿布をしていましたけど、すぐに良くなるそうです」


「それは幸いだったわね」





 結局ミリアムは、伯爵家の養女になることは辞退し、公爵令嬢ディアナの侍女としての仕事についた。


 数年後、ディアナが隣国の王子に嫁いだ際にも離れずに付き添い、そこで知り合った5歳年上の文官、テッド・ベイカー伯爵と慎ましい愛を育んでいる。



 END




読んでいただきありがとうございます。


『婚約破棄を告げられましたが、理由がわからなかったので思うところを述べていったら、謝罪された件について』がコミカライズされました!

マッグガーデン様より11月15日より発売です。

イラストは、いなる様が美しく描いてくださいました。



よろしければ是非見てください!


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