6 : 髪飾り
ちょっと長め。
夜になった。
父とハイレイルさんと3人でお祈りを終えて、寝間着の白いワンピースで私は自室に戻った。
(…明日の昼過ぎには、ハイレイルさん、行っちゃうのか…)
朝のあれから、『ハル』呼びについてお互いに触れてない。ハイレイルさんも私も(精神は)大人なのでぎくしゃくしつつも、普通に接した。
私はベッドの端に腰掛ける。
(帰る前に、もう一度ハイレイルさんとちゃんと話がしたな)
朝のこともあって彼とはあまり話せていない。
旅商人として、いろんな所に行く彼の話はあまり家を離れない私からすると、とても面白いのだ。何より彼は語り上手で、おまけに異世界の出来事だから、余計に物語を聞いているようで楽しいのだ。
7歳になるまでは、夜一緒に布団に入って寝物語にそれを聞いた。
しかし大きくなるにつれて鮮明になる前世の記憶と年頃があいまって、一緒に布団に入るのは私から拒否した。その時のハイレイルの切なそうな顔を思い出す。
愛称呼びも、寝物語も、今でも好きなのに、変に羞恥心が生まれ全部自分でやめてしまった。成長と言えば聞こえはいいが…。今になって、小さい頃のなんの恥じらいもない、前世の記憶も意識していない、無垢な感情だった頃が羨ましい。
私は無意識に呟く。
「ハルさん…」
コンコン
ほぼ同時に、扉がノックされた。
扉越しに声がする。
「こんばんは、ルカ。起きているか?…話をしよう」
私の気持ちを知ってか知らずか、思う人が自ら来たのだ。私は慌てて返事をする。
「は、はい!起きてます!!どうぞ!」
カチャリとドアノブが音を立て、彼は私の部屋に入って来た。
「すまない。レディの部屋をこんな夜に尋ねるなんて」
(レディなんて…)
貴族でもないただの平民の小娘の私にそんな言葉は似合わないが、嬉しくないわけでわない。ただ照れる。
隣に座ってもいいかと聞かれ、了承する。ベッドが深く沈む。隣に座った彼から清潔な香りがした。風呂上がりなのだろう。イケオジだから色気がすごい。
やはり、愛称問題の解決だろうか、と思ったが彼は別のとことに目を向けた。
「あれ?プレゼントまだ開けていなかったのか?」
「プレゼント?…あ、忘れてた」
視線を彼に合わせれば、今朝放置した謎の赤いリボンのついた小さな白い紙箱があった。
「忘れてたなんて酷いな…」とぼやきながら私の前で腕を伸ばして、それを大きな手で取った。
ハイレイルさんが知っているという事は、やはり彼が置いたのか。
ではいつ?夜中寝てる時しかなくないか?
レディの部屋を夜に尋ねた事をさっき謝って来たのに、ちゃっかり昨日の夜も来ていたということでは。
ちょっと呆れた目線をやったが、彼は気にせず、満面の笑みで私に小箱を渡してくる。
「8歳おめでとう。誕生日プレゼントだ。まだ開けてないならここで開けてくれ。君の望むものではないかもしれないが、良い物を用意したつもりだ。」
彼は毎年すごく良い物をくれる。
去年だって魔道具のテーブルライトをくれた。夜の明かりは火が普通のこの世界で、魔法のライトは珍しい物らしい。植物園がそれだから、貰った時は驚きはしなかった。
しかし後から父に、「魔道具のテーブルライトなんて物は貴族の趣向品、平民の中には存在すら知らないのではないか」と聞いてかなり焦った。その上デザインも花を模した形に細やかな装飾の入った、とても綺麗な一品。前世の記憶があるせいですんなり受け入れてしまったが、機械の大量生産の発達していない、手仕事が主流のこの世界、たぶん相当高い。
そんな良い物を毎年くれてる彼が、『良い物』というのだ。とんでもなく高い物だろう。
(ふう…)
覚悟を決めて、その赤いリボンを解く。
蓋を持ち上げれば、中から銀色のリングが覗く。
「綺麗…」
持ち上げて見れば、それはヘアカフスだった。
一見ただの銀色のリングだが、蔓草のような細やかな巻き模様があり、細工師のこだわりを思わせた。そして、何よりその真ん中に光る、丸い黄色い宝石に目を奪われる。しかもよく見ると黄色の奥にオレンジのような赤のような、光を放っている。
聞かなくても分かる絶対高価な宝石だ。
「ルカの長くて綺麗な黒髪に、この形の髪飾りが一番君に似合うと思った。遅くなってすまない。」
そう言って、彼は私の頭を撫でた。
「こ、これ…いくらしたんですか?絶対高いですよね?!こ、こんなの貰えません!」
今までのプレゼントはその価値に気づかず、無知に喜んで受け取ってしまったが、これは知らなくても分かる。絶対高い!
「値段なんて聞くのは、無粋だぞ?プレゼントなんだ気にしなくていい。それに心配するほど大した金額じゃない。」
彼はそう言うが、きっとその金銭感覚は貴族とそう変わらない。なにせ彼はとんでもなくやり手の商人だ。旅商人なので、見た目は少々小汚くしてるが(山賊とかに狙われないためにも)その財産は如何程のものか。彼の『大した金額じゃない』は平民の私からすればとんでもない額だろう。それだけは容易に想像できる。
「そうは言っても!…」
「この、黄色い変わった石の名前知っているか?」
言葉を遮って、彼は言ってきた。
私は、宝石に詳しい方ではない。素直に首を横に振った。
「そうか、まあそうだよな。俺もなかなか見つけられなくて苦労した」
それはどう言う意味だ?
なかなか見つからない、つまりとても貴重な宝石かマイナーな宝石。いや両方という事も。
でもこの宝石を彼は、『宝石』と言わず『石』としか言っていない。と言う事は、これはただの綺麗な石なのか…?
「その石の名前、ルカって言うんだ」
「え…?」
「それから、石言葉って知っているか?」
あまりにも突飛な情報達で、言葉を失う。
石言葉、初めて聞く単語だ。花言葉みたいなものだろうか。
再び無言のまま首を横に振った。
「このルカの石言葉、『何ものにも染められぬ輝き』って言うらしい。まさにルカの事だと俺は思った。」
「何ものにも染められぬ輝き…?」
「ああ、俺は思う。そんな風に育つように、君の産みの親は、君に『ルカ』の名を付けたのではないかと。」
どきりと全身が反応した。
私の出生は、誰にもわかない。唯一の手がかりは、私の見た目と名前だ。
初めは父とハイレイルさんが、勝手に付けた名前だと思っていた。でもこの世界で『ルカ』と言うのはあまり馴染みのない名前のようで、二人が付けた名ではなかった。
もしやこれが出生の大きな手がかりになるのではと思ったが、特に『ルカ』と言う単語もなく、手がかりにはならなかった。
しかし…そうか、石の名前。しかもマイナーな石の名前。そして石言葉、『何ものにも染められぬ輝き』これは大きい手がかりだ。
価格ばかり気にしていたが、俄然この石に興味が湧いた。
その為にこの石のついた、ヘアカフスを私に。彼は私の為に…。
ふわりと、頭に重さがかかる。彼の大きな手が、また私を撫でているようだ。
いつも思う。山の中で捨てられていたような私を、なぜ彼はここまで大切のしてくれるのか。命の恩人である彼を、私が尽くすのならわかる。でも彼は父と同じように、無条件で私を愛してくれる。それが捨て子を拾った責任感でなのか、同情なのか、計りかねるが…。
目尻に熱が篭る。涙が出そうで、俯いてぎゅっと目を閉じた。
そんな彼に、私はなんて…。
「…私、これ大切にします」
「うん。そうしてくれ」
「ありがとうございます。ハルさん…」
「愛称で呼んでくれ」この人にそうお願いされたのだ。断るなんて、私はなんて愚かな事をしたのだろうか。
「……」
無言の彼に不安になり、その顔を見ようと、顔を上げた。
「…?ハルさ…」
その瞬間、その大きな体に抱きすくめられる。
感謝するべきはこちらなのに、ハルさんに嬉しそうに言うのだ。
「ルカ!!!ありがとう!」