4 : 親友(下)
ハイレイルさんは予告通り、薬を捌き切り、さらには売り上げを5倍にした。
予想よりも売れたのは、薬の質がいいからだと言い、父を大層褒めたそうだ。
「なあ、トマ。…君、協会やめないか?協会にいたら搾取されるばかりだ。協会を通さないほうがもっと収入を得られるだろう?」
「…え…それは」
「俺が行ったいろんな町で、君の事をたくさん聞かれたよ。商人仲間とか医者とか後王都では貴族まで使いがわざわざ聞きに来た。君の実力なら、きっと個人でもできるさ」
「…でも、私はまだまだ無名だ…。薬は体に直結する。信頼がとても大切だ。私個人で売れるかどうか…」
「それは、俺が売る。信頼はそこから…」
「でも!あなたばかりに頼った信頼じゃ、あなたがいなくなった時、なくなってしまう!」
父が、安定した収入に拘るのは、孤児院に毎月寄付しているからだ。
そう、実は父も生みの親がおらず、孤児院で育ったのだ。恩返しと、院の存続のため、毎月仕送りをしている。貯金をして植物園を建てる計画ができなかったのもそのためだ。
理由も知らないハイレイルさんにカッとなってしまったのを父は恥じ、すぐに謝罪した。
(親切を仇で返してしまった。…もうこのいい関係は続かないかもしれないな…)
「…努力する者、優しい者、他者を労れる者、良い子は報われ、加護される。…そう、大丈夫だ。必ず俺が、信頼ある薬草師トーマス・バトラーにして見せよう。」
(まるで聖人のように語る…)
父は、なんの根拠もないはずのその発言に、底知れぬ雅量を感じたそうだ。30にもならない若者が、どれほど大きな存在に見えただろうか。私には想像しきれない。
そこまで言ってくれるハイレイルさんに、父も断るのは愚かだと決意し協会をやめた。
これが、父とハイレイルさんが親友になるきっかけだったようだ。
それから、ハイレイルさんの言った通り、父は有名な薬草師となる。
さらに、協会をやめてたった3年ほどで父は、国王が決める、『グランド』に選ばれた。前世の言葉で言う、人間国宝と国民栄誉賞とかの類だ。とても名誉なものであり、薬草師でそれを持っているのはこの国でたったの3人。その一人が私の父なのだ。本当にすごい人なんです!
『グランド』を持った事によって、国や多くのパトロンを得て、父はあのミニ水晶宮、植物園を作った。
父の長年の夢だった「植物を育てて生きる」はこうして実現したのだ。
今、父は60歳で、ハイレイルさんは47歳だ。随分な年の差だと思うが、その友情は厚い。とても素敵で、憧れる。私も前世友達は結構いたはずだ。でもその記憶はもう随分と薄いものになってしまった。
私は自室の窓を見た。
南側の方を見ると、夜だが、植物園は明かりが付き光っている。たぶん二人が植物や薬の話で盛り上がっているのだろう。父の影響でハイレイルさんも植物が好きみたいだし。
「…いいな…私も親友じゃなくても…友達欲しい。」
思わずひとり言を言ってしまった。
人里離れたこの場所で、友達はなかなかできない。ましてやこの日本人顔。見た目が浮きすぎて、友達なんて夢のまた夢な気がする。
私を大切に育ててくれて尊敬できる父がいて、かっこよくて優しくてやり手商人のハイレイルさんがいるいるのにこんな願いは贅沢だろうか?
いや、8歳だから許されたい。
私は、ベッドのサイドテーブルに置いた赤燐のペンダントをもう一度手に取った。ベッドの上で正座する。
(守護神にこんなこと願っても意味ないかな…?)
そう思いながらも、赤燐を握りしめ、いつも祈りを捧げる時と同じように、目を閉じる。
(神竜様、お願いします。私に友達をください。同い年ぐらいの。できれば、私の容姿が気にならない感じの人で!)
目を開けて、クスッと笑う。
最後のは欲張り過ぎたかもしれない。
夜が更けた。
彼女は眠っているだろうと、ハイレイルはその扉を静かに開けた。
白いベットの中で少女は黒髪を散らし、小さな吐息を立てて眠っていた。
(人の成長は早い。もうルカは8歳か)
サイドテーブに置かれた花を模したテーブルライトの優しいオレンジの光が赤燐とルカを照らしていた。
その光にそっと触れる。
テーブルライトは去年の誕生日プレゼントで送ったものだ。内部に魔導具が使われているため、彼はここに来た時必ず魔力を補充している。魔道具は国に申請して買うものだ。だから魔道具の入ったライトなど補充の事もあるので、一般には普及していない。庶民の灯りは火が普通。これは貴族の趣向品だ。
だが、もし火が寝ているルカに怪我をさせたら…と思い、彼は魔道具のテーブルライトを彼女に与えたのだ。火のいらない変わった灯りに、普通の庶民は驚くのだが、彼女は喜びはしたが驚いた様子はなかった。不思議な子だと彼は思うのだった。
彼は音を立てないようベッドの端に腰掛ける。
起きるかもしれないと分かっていても、その手は伸び、少女の黒髪に触れる。この国でこんな綺麗な黒髪は滅多にいない。そしてあの何ものにも染める事のできないような漆黒の目も彼は愛してやまないのだ。
(誕生日プレゼント、渡し損ねてしまった…。ルカの欲しがるものは難しい…)
「おやすみ、ルカ。良い夢を。」
男はその黒髪を拾い上げ、そっと口付けた。
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