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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕は僕の影武者

ちょっとした事故で異世界に飛ばされたが、どうやらこの世界には魔法という概念がないらしい

作者: みなみ 陽

―自室 夜中―

「う~ん……」


 僕は、自室の扉に立てかけた木製の扉の前で悩んでいた。腕を組んで仁王立ち、はたから見れば何をしているのだろうと思われても仕方のない光景だ。しかし、こうなっているのには理由がある。


「自分で持っておくことにしたのはいいけど……これはでか過ぎるよなぁ」


 僕の目の前にあるのは、ただの扉ではないからだ。これは、なんと――異世界に繋がる扉である。木製で大きさは普通の扉と変わらない。故に困っている。持ち運びに。


(魔法で空気と一体化させることで、存在を感じずに持ち運ぶことは出来るけれど……ここまで大きいと魔力の消費がなぁ)


 魔法がなければ、僕はずっとこれをどこに隠すべきかでまずは悩んでいただろう。そこでつまずかなかっただけでも、幸運と言えるかもしれない。

 だが、人間というものは欲深い。今の状況で、少しでも楽になる方法を模索してしまうのだから。


「う~……いっそ堂々と置いておくか? いや、それだと何かあった時に困るし……」


 扉を堂々と放置しておいたら、使用人が不要物だと思って処分してしまうかもしれない。この扉は壊れることはないが、僕が留守にする間にどこか知らない所に片付けられても困る。また、誰かに悪用されてしまうことも考えると僕が持っておくのが最適だ。

 しかし、それを理解していても、やはり嫌なものは嫌である。


(このペンダントを僕が持っている限り、誰かが異世界に行くことはないが……)


 この扉で異世界に行くには、いくつかの条件がある。

 一つ目は、僕が首にかけているペンダントだ。この扉を開ける為に必要なもので、簡単に言えば鍵のようなものである。

 二つ目は、この扉とペンダントに意味を与える存在――鳥族が必要であるということ。僕は残念ながら鳥族ではなく、一応人間だ。だから、この扉と鍵を持っていても異世界に行くことは出来ない。


(でも……万が一ってこともある。急いで対策を考えなければ)


 悪意を持った鳥族に鍵を奪われ、扉まで奪われてしまえば終わりだ。


(彼らの翼で逃げられると追いつけないし……)


 鳥族と人間の差は、翼があるかないかだけ。それ以外には、何ら差はない。それに、彼らの翼は変幻自在で僕らと変わりない姿になることも出来る。そんな彼らに悪意を持った行動をされてしまったら……勝ち目が見えない。


(城の倉庫……? いや、でも人目にはつかない場所だけど、その分見つかってしまった時にこっそり持っていかれてしまう危険もあるし……う~ん)


 一体、どうするのが最適なのか。異世界に繋がる扉を自室の扉に立てかけたまま、僕が悩んでいた時だった。


「大変です、巽様……きゃあっ!?」

「えっ!?」


 深夜三時、誰も部屋に来ることはないと完全に油断していた。僕の専属使用人の小鳥の声がしたと同時に、立てかけていた扉が僕の目の前にまで迫り――。



***

―? 夜中―

 反射的に目を瞑り、痛みが来ることに備えていたのだが、僕が感じたのは痛みではなく生温い風だった。


「え……?」


 恐る恐る目を開けると、僕の目の前にあったのは見慣れた部屋でなく――薄暗くて汚い見慣れぬ灰色の空間だった。


「え!?」


 何が起こったのか咄嗟には理解出来ず見上げてみると、不自然に明るいが黒い空が見えた。


「外……」


(さっきまで部屋にいたのに……それに周囲にある高い建物はなんだ? 僕の国には、こんなに高い建物はないぞ)


 見上げるのをやめて周囲を見渡すと大きなこんにゃくのような建物が、この空間を生み出しているのが分かった。そんな見たことのない景色に、僕はようやく一つの結論に辿り着いた。


「まさかここは……異世界……」


 受け入れがたい現実に、僕はそこから動くことが出来なかった。しかし、そう思うに足る理由はあった。あの扉、そして僕の身につけているペンダント、そして鳥族の血を引く小鳥。

 扉が僕側に倒れたことで、扉が開いてしまった。しかも、その近くに小鳥がいた。望まぬ形で、異世界へと飛ばされてしまったと考えるのが普通だ。


「小鳥は……小鳥!?」


 僕はハッとして、大きな声で名前を叫んだ。しかし、彼女から返事はない。


(まさか、違う所に飛ばされてしまったのか? 違う世界だったらどうしよう!? だったら、帰れない! 困る……それは非常に困る! いや、きっと小鳥はこの世界のどこかにいるはずだ! こんなことをしている場合じゃない、急いで探さないと!)


 しかし、この全く知らない世界で、いるかいないかも分からないたった一人の存在を探すのは、どれだけ疲れることか……考えるだけでおぞましかった。


(瞬間移動で帰れたりしないだろうか? いや……異世界から異世界に瞬間移動が使えるなら、あんな扉が存在する訳ないよね。それに、小鳥を置いて帰る訳にはいかないし。きっと、彼女もどこかで困っているはずだ)


 幸い、僕には魔法という手段がある。普通に歩いて探したりするよりは、圧倒的に楽に探せるだろう。早急に元の世界に戻る為には、小鳥の存在が必要不可欠。急がなければならない。それに、異世界に繋がる扉もここにはないみたいだ。


(小鳥のいる方にあるのかもしれない。このペンダント……あ!)


 そんな中、僕はあることを思い出した。ペンダントを開けば、オルゴールが鳴って扉の方まで案内してくれるという機能を。最近、教えて貰ったことだ。やったのは一回だけ、あの時とは条件が違う。もしかしたら、この微かな希望は断たれてしまうかもしれない……だが、やってみなければ分からない。

 僕は恐る恐る、首にかけていたペンダントを開けて耳に近付けた。すると――。




「鳴った!」


 全く知らない世界に一人ぼっちという恐怖を、忘れさせてくれるような優しい音色。繊細なその音色は、安心感を与えてくれた。二十一歳にもなって、こんな物に助けて貰っているようでは駄目だろうか。


(音は……ここを示してはいないようだ。一体、どこに扉が?)


 元々か弱い音がさらに弱い。ペンダントを耳から離して、ようやく聞こえるくらいだ。そこで僕は試しに、そのペンダントを様々な方角に向けてみた。東、西、北……そして南に向けた時、オルゴールの音は先ほどよりも大きくなった。耳から離しても普通に聞こえてくるくらい。


(こちらの方角に進んでいけば……扉も小鳥も見つかるかもしれない。行こう!)


 音が指し示している方角には、こんにゃくのような建物と同じくこんにゃくのような建物の間に道があった。そこからは光と人の話し声……それと何か混ざったような音が聞こえた。


(何だろうこの音は? 機械音? いや、でも楽器みたいな……初めて聞く音だから分からないけど……とにかく、こっちより向こうの方が光も音もあって安全そうだ)


 そして、僕は細い道を通って開けた場所に出た。


「わぁ……!」


 目の前に広がる光景に、つい声が出てしまった。この声が目の前を歩いている人達に聞こえなかったのは、周囲が騒がし過ぎて掻き消されてしまった為だろう。

 夜なのに、思わず目をすぼめてしまうくらい眩しかった。人通りも激しくて、見たことのない物が道に無数に並べられている。それらには「駐車禁止」と書かれた紙が貼られていた。


(乗り物なのか? これは)


 人を避けながら、僕はその乗り物の近くに向かった。その乗り物の前方には、持ち手らしき物が二つあった。真ん中には、座れそうな椅子っぽい物があった。色も様々で、中にはカゴがついていたりする物もあった。大きさもそれぞれ違う。


(これだけあるということは、僕らの世界で言う箒みたいな物なのだろうか?)


「ねぇ……あの人ってコスプレしてるのかしら?」

「そうじゃね? じゃなかったら、銃刀法違反じゃん」

「でも、ここってそういう所じゃないじゃん……場違いって言うか」

「一応警察言っておく? あの剣が本物だったらアレだし」


 背後から聞こえた声によって、僕は我に返った。見たことのない乗り物に夢中になってしまっていた。恐る恐る振り返って見てみると、人だかりが出来ていた。ほとんどの人が冷たい目を僕に向けている。


(ヤバイ! こんな所で道草を食っている場合じゃなかった! と、とにかく逃げないと!)


 どうやら、この世界では剣の所持は許されていないらしい。警察が何か分からないが、その人達に捕まってしまうのはまずいだろう。


「兄ちゃん~それは本物か~?」


 一番近くで黒色の四角い物体を構える男性が、僕にそう問いかけた。


「いや、これは……ちが――」

「おいおい、露骨に挙動不審になってんじゃん!」

「え? マジ? 本物なの?」


 僕は嘘をついたり、何かを隠したりするのが下手だ。それが、今回も仇になった。僕の挙動不審な態度が原因で、疑惑がますます深まってしまったようだ。これ以上、ここに留まっておくのは得策ではない。急いで立ち去ろうと思い、僕は宙に浮いた。


「キャーッ!」

「え、何これ!? ドッキリ?」

「どうやって空飛んでるの?」

「透明な糸とかあるんじゃねぇのか!?」

「オバケ? 明治時代くらいのオバケじゃないの!?」


 その人々の声に驚いて下を見ると、あんなに出来ていた人だかりがなくなっていた。皆散らばって、それぞれの場所から化け物でも見るような目でこちらを見上げている。


(えっ!? この反応……普通じゃない。まさか、この国には魔法がないのか? 僕と同じ言葉に顔立ち、日本大陸であることは間違いないみたいだけど。いや、それでも魔法の存在を知らない人はいないはず……ということは、この世界には魔法という概念すらないのか!?)


 これは、僕の勝手な推測だ。この世界の仕組みは、全くと言っていいほど分かっていない。だが、ここまで極端に驚かれてしまうとなると、そう考えるのが普通ではないだろうか。


(一度使ってしまったものは仕方がない! 南の方向に向かってこのまま逃げよう!)


「怖い怖い怖い怖いっ!」

「うぉぉぉっっ!?」


 僕は悲鳴を浴びながら、空を飛んだ。僕にとっては、僕の世界にとっては当たり前のことなのに、この世界では恐怖の対象。人が空を飛ぶことなどありえないのか、そもそも形ある物が空を飛ぶことがありえないのか……そのどちらにしても、今この僕がこうしていることがこの世界の在り方に反している。


 独立したそれぞれの世界は、それぞれの理に従って成り立っている。それらの理は、とても繊細で不安定。その世界に住む誰もがその理以外を知らないからこそ、世界は滅びない。そして、本来その世界はお互いの存在を知ることはない。

 ところが、それを脅かす存在……異世界と異世界を繋げる扉が残念ながら存在している。簡単には行くことの出来ない仕組みとは言え、僕みたいな何も知らない存在が来てしまうと大変なことになるのだろう。今の所、何も起こってはいないが。僕が軽率に魔法を使ってしまったことで、この異世界が壊れてしまったら――僕はもう二度と戻れない。


(誰が異世界へと繋がる扉を作ったんだろうか? 何の為に? ちょっとした好奇心? それとも、世界が出来た時からあった物なのか?)


 僕は二十一年という短い時しか生きていない。世界の生きてきた年数に比べたら、ずっと短い。それより昔のことは伝承や伝説、人から聞いたことくらいしか分からない。


(異世界と異世界にはそれぞれ共通点がある……その最も大きなものが人間や国や言語。特別違わないからこそ、僕はこの世界の人達の言葉を理解することが出来た)


 そして、僕は異世界の存在や成り立ち、仕組みの存在をある少女から聞いた。残念ながら、その少女は僕のせいで存在ごと消えてしまったが。


(だけど、勿論相違点がある。今回の場合だと、魔法が存在するかしないか……後は、発展の差くらいか)


 空からこの世界を眺めていて思った。まるでこの場所は、僕の世界で見た米国のような景色だと。夜だと思わせないくらいの明るさに賑わい。驚くほど高い建物。いや、高さならこの世界の方が圧倒的かもしれない。


(そう言えば……あいつが元いた世界、魔法がないとか言っていたな。まさかこの世界は……)


 実は、あの異世界の扉を潜ったのは僕が最初ではない。先に二人いる。もう一人は、僕に異世界の仕組みを教えてくれた少女。彼女が恐らく初めだ。そして、もう一人。それは、異世界から現れた――僕。

 その二人は、僕の世界を救う為に現れた。予期せぬ出来事で驚いたが、もう一人の僕はすぐに馴染んだ。それから、あっという間に時は流れて……彼らは宣言通り救った。役目を終え、少女は消えた。しかし、もう一人の僕――ゴンザレスは今も尚、居座っている。


(もし、この世界がゴンザレスのいた世界だったとしたら。僕の世界の修正作用で壊れずに済んだ訳か)


 不安定なこの世界、ちょっとしたことで壊れてしまう。そのきっかけは、様々だろう。僕の世界の場合は、世界の許容を超える力の存在だった。しかし、世界はそれを回避しようとする力を持っている。が、それは他の世界を巻き込むと言う。

 今回、それを僕は危惧していた。もし、ゴンザレスの帰る世界がなくなってしまったら……考えるだけで苦しくなる。自分の世界だけは守って貰っておきながら、他の世界を滅ぼす。こんなに業が深いことはないだろう。


(まぁ、この世界かどうかは分からないけど……)


 そんなことを考えながら、オルゴールの音に従い空を漂っていた。進行方向に間違いはないようで、音は徐々に大きくなっていく。


(小鳥はいるかな? いや、いてくれ。いないと困る)


 その音が大きくなっていくに連れて、高い建物が消えていった。代わりに緑が増えて、ポツンポツンと馴染みのある古民家が見えるようになった。


(一体どこに飛ばされたんだ?)


 僕が飛ばされた場所がおかしいのか、それとも小鳥の飛ばされた場所がおかしいのか……何故、僕は扉のない所にいたのかが分からない。仕組みを全て知っている訳でもないし、これを説明するのは難しそうだ。


(ん? 音が少し弱まった……これ以上は進むべきではないと言うことか?)


 僕は試しに降下してみた。すると、今度は少し音が強くなった。


(なるほど。この周辺にある訳か)


 目的地が意外と近くで良かった。あまりに遠かったら、小鳥を見つける前に力尽きてしまっていただろうから。僕はゆっくりと降下し、草が生い茂った地面に着陸する。


「よっと……」


 先ほどまでいた場所とは異なり灯りも少なく、緑も多い。僕としては、こちらの方に親近感を覚える。空気もかなり綺麗で、空も普通だ。


「星だ……」


 ゴンザレスに教えて貰った、星という概念。遠くで空を照らす無数の光……なんて美しいのだろう。星の美しさは、こちらの世界でも変わらないようだ。


(共通点、もう一つ見つけたな)


「よし、頑張ろう」


 きっと、小鳥は恐怖に震えているはずだ。僕に何かしらの用があって扉を開けただけなのに、気が付いたら異世界へと飛ばされてしまった。まだ幼い彼女には耐えきれない孤独だろうと思う。普段からしっかりしている子だが、流石に心配だ。もしかしたら、この状況を飲み込めていない可能性すらある。

 僕の世界で異世界の存在を信じ、知っている人物は少ない。ゴンザレスのことを、本当にもう一人の僕だと認識している人は限られている。そのように説明していないから。小鳥もその一人だ。


(どうか……無事でいてくれ)


 僕は再び、オルゴールの音に耳を澄ましながら歩みを進める。空を飛んでいた時よりも、音は強くなってきている。


(森の中にあるのか?)


 音が強く指し示すのは、木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂った森の中だった。自然に慣れている方とはいえ、流石に気が引ける。それに、何か――気配を感じる。


(怯えている場合じゃない。行かなきゃ。やらなきゃ、僕が! 僕は大人だ。そして、国民を守る……王だ!)


 大きくなっていく拍動を落ち着かせる為、そして、僕自身に深く言い聞かせる為に胸に手を当てた。こうすることで、少しだけ安心することが出来た。昔からの癖みたいなものだ。


「待っていて、小鳥。今、行くから」


 震える足を引きずるようにして、僕は森の中に入った。聞こえるのは、虫の鳴き声に風に揺れる木々や草の音だけ。森という場所だからだろうか、余計にその音が耳に入ってくる。その静かなのかうるさいのか分からない、この状況が怖かった。


(本当にいるよね? もし、僕みたいに違う場所に飛ばされていたとしたら……困るな。何も手がかりがない。こんな知らない世界で、小鳥を見つけるなんて不可能だ。そもそも、この世界にいない可能性だって……)


 奥に進んでいくに連れて、様々な不安に押し潰されてしまいそうになった。僕自身に言い聞かせたはずなのに、足が進むことを拒んでいる感じがする。


(進め! 進まなければ、何も見つけられない!)


 僕は今まで、誰かに助けられてばかりだった。だから、今度は僕が彼女を助けたい。巻き込んでしまった彼女を救いたい。

 だが、そんな綱渡りのような気分で歩いていた時、どこからかガサガサと音がした。


「ひっ! なんだ!?」


 立ち止まらなければいいものを、僕の足は動かなくなってしまった。まるで、そこに氷漬けされてしまったかのよう。


(どうしよう。獣だったら……いざとなれば斬り捨てるしかない。あまり大きい魔法は、これ以上使ってはいけない。理に反する行為だ。大丈夫、僕ならどうにか出来る)


 とは思いつつも、体の震えが収まらなかった。生まれながらにして弱者、その性質を改善することが出来ぬまま、僕は大人になってしまった。なんて――情けない。


(落ち着け、ただの風かもしれない。気のせいかもしれない)


 しかし、僕の第六感は告げていた。どこからか僕を見る何か……確実に殺意がある。そして、狙っている。風の音が強くなり、その音は掻き消されていく。その正体をこの状況で見抜くのは、無理だ。


(……来る!)


 背後から荒々しい足音が聞こえた。咄嗟に、僕は地面を蹴って宙を舞う。その時に見えたのは――熊だった。大きな熊。腹を空かせているのか、かなり興奮しているのが伺える。

 そして、僕はある程度距離を取って着地した。同時に携えていた剣を抜き、構える。追い払うことが出来ない場合、こちらに何か想定以上の危害を加えてきた場合は容赦なく斬る。


「グルルルル……」


 唸り声を出しながら、熊はゆっくりと僕に距離を詰める。熊には、こんな脅し通用しないみたいだ。


「うぅ……!」


 一体、どちらが先に手を出すのか――張り詰めていく空気を身に染みて感じていた時のことだった。


「やめて下さい! 巽様、熊さんも!」


 右横の茂みから、聞き慣れた少女の声がした。まさかと思い、目線だけをそちらに向けてみると、そこには僕の探していた少女がいた。


「小鳥!?」

「熊さんは、私を助けてくれたんです! だから、悪い子じゃないんです。私を心配して、近くで何かの気配を感じたから行ってしまっただけで……よく見て下さい。熊さん、かなり怯えています!」

「えぇ!?」


(怯えて……怯えてる? いや、えぇ? 滅茶苦茶、威嚇されてるようにしか見えないんだけど……今にも僕を食べそうな勢いなんだけど)


 言われた通り、熊をよく見てみたがどう見ても獲物を狙う獣の顔だ。というか、どうして小鳥は熊と打ち解けているのか。


「えぇと……小鳥。何があったのか、説明してくれる? 後、どうして熊とそんなに打ち解けてるんだ?」

「はい! とりあえず、その剣を鞘に納めて下さい。熊さんが怯えていますので……」

「あ、あぁ……」


 小鳥が嘘をつくとは思えない、僕はそれに従って剣を鞘に納めた。すると、熊は唸るのをやめて小鳥の方に体を向けた。


「ありがとうございます、巽様」


 小鳥は嬉しそうな口調でそう言った。そして、茂みを掻き分けて僕の前に立った。


「そして、ご無事で何よりです! えぇ、本当に!」

「小鳥も無事で良かったよ、本当……ハハ」

「あ、そういえば何があったのかということでしたね。実は、そのことはよく分からなくて。巽様に要件を伝えるのを忘れていたことを思い出して、部屋の扉を慌てて開けたら何かにぶつかって……何故か森に。森の木には不自然に扉がありました。それを開けてみようとしたんですけど、開かなくて。途方に暮れて泣いていた所に、この熊さんが! 一人ぼっちの所に来て下さったので、とても安心出来て……」


 彼女は、熊にこちらに来るように優しく手招きをした。熊はそれを理解しているようでゆっくりと歩き、小鳥の横に寄り添うようにして立ち止まった。さっきまでの殺気が嘘のようだ。


「そういうことか。いや、普通に考えてその適応力は驚くな。運が良かったのか……普通だったら危ない所だよ、それは。まぁ、無事ならいいか。とりあえず、その扉の方まで案内してくれるかな?」

「はい! 流石は巽様、帰る手段を既に発見されているのですね!」


 彼女は宝石のように目を輝かせて、こちらを見つめる。


「発見してるって言うか……まぁ、うん。そんな所かな」

「わぁ……ね、凄いでしょ! 熊さん!」


 彼女は熊の方に顔を向けて、優しく問いかける。気のせいだろうか、熊が微笑んでいるように見えた。


「アハハ……じゃあ、行こうか。僕は後ろからついて行くよ……」

「はい、分かりました! では、熊さん巽様、参りましょう!」


 そして、僕達は二人と一頭で歩き始めた。僕は仲良く歩く小鳥と熊の背後から、気配を消してついて行った。だって、怖い。大人になってしまったからだろうか、ただ純粋に目の前の異常な出来事を受け入れられなかったのだ。


(僕がおかしいのかなぁ?)


 そう思いながら、僕はペンダントを閉じた。



***

―森 夜中―

 不気味で暗くて恐ろしい森の中を一頭と二人で歩き続け、ついに辿り着いた。森の中で不自然に切り開けた場所に大きな御神木のような木があった。それは、どこか神秘さえ感じさせる。


「ここです、巽様! あの大きな木に不自然に扉があります! そういえば……どこかで見た覚えが。あの巽様が以前吹き飛ばしてしまった塔についていたような……あ、気のせいかもしれませんね」

「いや……気のせいじゃないよ」


 僕は立ち止まっている小鳥達を抜かし、早歩きでその大木の前に向かった。次第に扉が見えてきた。しっかりと木についていて、まるでそういう装飾がされているかのようだった。

 だが、それは――間違いなく異世界へと繋がる扉だった。


「これは、あの塔についていた物を同じだよ」


 僕は扉の前に立ち、それに触れた。


「え? でも、あれは吹き飛んで粉々に……」

「塔はね。だけど、この木製の扉だけは無傷だった。それをある人が拾ってくれてね、僕がそれを譲り受けた。異世界へと繋がる塔……その機能を担っていたのは塔ではなくて、この扉だったんだよ」


 僕の国には伝承として残っていた。塔にある、あの扉を開ければ異世界へと行くことが出来るだろう……と。しかし、それを信じている人は少なかった。ただの昔話だと多くの人が思っていた。


「この扉に、不思議な力がある。だけど、この扉はいくつかの条件がないと開かない。一つ目は、このペンダント」


 僕は首にかけているペンダントを、小鳥によく見えるように掲げた。


「これが鍵。ただ、これだけではまだ無意味だ。扉が開くだけ、異世界には繋がらない。そこで、もう一つの条件……それが君だ」


 僕は、小鳥を指差した。彼女は目を見開き、体をビクッと反応させる。


「わ、私ですか!?」

「あぁ。鳥族の血を引く幼子……その人物が異世界に誘う。僕なりに調べたりもしてね……やっと、分かったんだ。そして、今回偶然……その条件が揃った。故に――」

「じゃ、じゃあここって異世界なんですか!?」

「そう、なる」

「えぇぇえええ!?」


 小鳥は絶叫した。


「ある程度、そういう推測しているのかと思っていたんだけど……違ったんだね」

「魔法爆発的なものに巻き込まれてしまった結果、遠くに飛ばされただけだと思っていたのですが……まさか、異世界とは」

「意外とあっさりと僕の言ったこと、信じてくれるんだね」

「当たり前です、主の言うことを信じるのが使用人の務めです!」

「今まで沢山君を傷付け、騙したのに……それでも?」

「はい! そういうの抜きです!」

「そうか……フフ。君らしい、ありがとう」


 彼女はまだ子供だ。確か十歳くらい。それなのに、僕よりもずっとしっかりしていて……頼りになる。僕は王失格だが、彼女は素晴らしい専属使用人だ。実力も資質も、誰よりも優れている。


「当然です! 主を信じずして、使用人を名乗ることなど出来ません!」


 そして、彼女の笑顔は――人を幸せにする。


「流石だよ。敵わないな」

「巽様の顔に泥を塗る訳にはいきませんから!」


 泥なんて塗られたことはない。むしろ、花を添えられている気がする。


「ウゥ……?」


 そんな会話をしていると、熊が突然意味ありげな可愛らしい声で鳴いた。僕には到底理解出来なかったが、小鳥は違った。


「帰ります。ありがとうございました。熊さんとのことは……ずっと覚えておきます」

「ウゥ!」

「はい、どうやらそのようです……」


 お互いに完全に言葉を理解している。小鳥も熊も寂しそうに見つめ合い、そして抱き合った。こちらから見ていると、かなり小鳥が重そうだった。


(まぁ、いいか)


 そして、抱き合うのをやめて離れると、小鳥はこちらに駆け寄って来た。


「ウゥウウウ。ウウウウウ」

「なんて言っているんだ?」

「その扉が開くのを見たのは、十数年振り……守護者としての務めは果たしている……」


(守護者? この扉を? まさか、彼女が……)


 確かな答えは分からない。だが、そういうことにしておいてもいいと思った。この熊が特別である理由も、そうすることで納得出来る。


「ウウウウウ!」

「それと、敵意を向けてしまってすまなかった! と」

「あ、いや……こちらこそすみません」


 僕は頭を下げた。


「仲直りですね!」

「あぁ……そうだね」


 僕は顔を上げて、改めて熊を見た。見た目では、全く分からない。この熊が特別な存在であることが。


「じゃあ、帰ろうか。いつまでもこの世界に長居する訳にはいかない。理由もないしね」

「はい!」

「あ……その前に僕に伝え忘れていた要件って何?」


 帰ろうと扉の取っ手に手をかけた時、先ほどの小鳥の言っていたことを思い出し、気になったので質問した。


「洗濯係の使用人が、巽様とゴンザレス様の下着を間違えて片付けてしまったと。一週間前くらいのことらしいんですが……今日、突然そのことに気付いたと」

「……ハハ、フフ。事件だな、それは。早急に帰ろう」


 体が冷えていくのを感じた。


「はい!」

「ふぅ……色々あったけど、無事で良かった。僕は無事じゃないけど。さあ、小鳥。君もこの取っ手を持って」

「分かりました!」


 小鳥は何の迷いもなく、その扉の取っ手に触れた。


「引っ張るよ。せーのっ!」


 そして、その扉は開かれた。眩い光が周囲を飲み込み、瞬く間に僕らを包み込んでいく。あまりに眩しくて、目を開けていられなくなって目を閉じた。

 体が遠くに運ばれていくのを感じた時、幻聴か気のせいか……声が聞こえた気がした。


「よく似ている――」



***

―自室 夜中―

「っ!」


 再び目を開けると、とても見慣れた……僕の部屋があった。


(戻って来れた……のか)


 異世界に行ってしまう前と同じ状態のまま、僕はそこにいた。ただ、扉の近くには小鳥が倒れていた。息はしている、眠っているだけ。


(全部夢だったと思えば……そう思い込める気がする。だけど、全部現実としてあったことだ。まぁ、これは秘密にしておこう)


「さて……どうするか」


 僕は、何故か立てかけられている扉に目をやった。本当は、もう答えは出ている。あの熊の言葉を聞いてから。


(僕も守護者になろうかな……あの熊だって頑張って守ってるんだ。僕だって責任を持って、守らないとね。肌身離さず……)


 異世界と異世界を繋ぐ扉……守る存在がいると言うことは、大切な物に違いない。それを彼女が望んだのだとしたら、それを叶えるのが筋というものだ。


(馬鹿馬鹿しい、こんなことで迷っていたのが。情けない、あほらしい)


 そして、僕は覚悟を決めた。王として、一人の命ある存在として――この扉を守り続けることを。

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