ゲームの中で報告会
「それで、坊ちゃまはなんてお答えになられたんです?」
ひかりちゃんに(恐ろしいことに)二度目の求婚をされた日の夜。
僕はRAZEALというゲームの世界で、玖音さんと紗雪さんに会っていた。
「十八歳になってないから、結婚はまだ出来ないよ、と」
僕たちはゲームの中にログインはしていたけど、今は何をして遊ぶわけではなく、三人揃って今日のことについて話していた。
「それでひかり様は、ご納得いただけたのですか?」
「まさか。そしたら婚約してくれと言われちゃいました。ゆるい感じの口約束でもいいから、婚約してって」
僕がそう言うと、玖音さんが呆れたように笑う。
「ひかりさんは相変わらずですね。でも私もその気持ち、少しはわかるような気がします」
「そうなのですか?」
「はい。だってずっとお兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってきた間柄なのに、それがなくなってしまうのはやはり悲しいと思います」
玖音さんの発言は、凛子さんと同じような発言だった。
『女ってそういう繋がりがなくなるのは嫌なものなのよ』
ひかりちゃんと兄妹になれないって聞かされたときは、僕もショックが大きかった。
けど、ひかりちゃんは僕が考えているよりはるかに、そのダメージが大きかったのかな。
「ちなみにそのひかり様は、今は何をされているのですか?」
「普通にお風呂に入ってますよ。僕に結婚しようって言ってくる以外は、いつものひかりちゃんです」
僕がそう答えると、紗雪さんが苦笑する。
「坊ちゃまこそ普段と変わりないようで。いつものお兄ちゃん大好きーっていう甘えの範疇だとお考えですか?」
「……正直なところ、そうですね。ですが僕は大丈夫だと思っていても、女の人から見てみれば大丈夫じゃない場合もあるみたいなので……」
「それで、私たちに話を聞きに来たと?」
「そんな感じです」
僕は昼間、大丈夫だと考えていたことを凛子さんたちに微妙そうな顔で見られたことがあった。
だから今回は自分一人だけで判断せず、女性からの意見を聞かせてもらおうと思ったのだ。
「……私も今日の学校でのひかりさんは、特に変なところはなかったように思えます。知らない人からは、家庭内に問題を抱えているようには見えないと思います」
「じゃあ――!」
「ですが、気丈に振る舞っているだけの可能性もあります。特にひかりさんは、空さんが大好きなお兄ちゃんっ子でしたから」
「むむむ……」
玖音さんはひかりちゃんのことが判断できないみたい。
人づてに話を聞いただけなら、その人の内面を探るのはやはり難しいのかな。
「明日実際にひかりちゃんと会ってみないと、その心情はわからない、というわけですかね?」
僕がそう言うと、紗雪さんから否定の声が上がる。
「察せられる部分もありますよ~。ひかり様は今、とっても複雑な心境だと思いますよ」
「ふむふむ?」
どうやら紗雪さんが、少しでもひかりちゃんの気持ちを代弁してくれるみたいだった。
僕は彼女に注目する。
「だってひかり様は、兄妹という一番の支柱が抜けてしまったのです。心細くなるのは当たり前でしょう」
「たしかにそうですね」
「ですが! その心細さを前面に出してしまうと、それはすなわち、坊ちゃまからの愛を疑うことにもなりかねません!」
「……ふむ」
「ですから今のように、婚約という繋がりがほしい、でも普段通りにしていないと坊ちゃまに余計な心配をさせてしまう、というお考えになっているのではないでしょうか」
「なるほど……」
僕とひかりちゃんは兄妹にはなれなくなったけれど、僕たちの積み上げてきた信頼関係はまだ残っているはず。
だけど、兄妹じゃないから不安だと言い始めちゃうと、その信頼関係は揺らいでしまったのかいう話になってくる。
でもその上で、ひかりちゃんは僕との関係が薄くなって不安になっている。
だからあいまいな婚約だとしても、少しでも関係性を強めたい。
ひかりちゃんはそのような心情なのだろうか。
「でもだからと言って、僕がひかりちゃんと婚約してあげるのもおかしな話ではないですか?」
「ひかり様はそれでもいいとお考えのようですが、出来れば婚約は好きな者同士がやったほうがいいですよねえ」
「そうですよね……」
僕はひかりちゃんのことがもちろん大好きだけど、お嫁さんにするのは違う気がする。
ひかりちゃんくらいの器量の持ち主なら、僕よりもっともっと素敵な男性がお相手として見つかるだろうし。
「紗雪さん、状況が状況とはいえ、そのようなお話はほどほどにしていたほうが……」
「おっと、私としたことが。少し話しすぎてしまいましたか」
そこで玖音さんが、やんわりと紗雪さんを窘める。
玖音さんの言う通り、本人がいない場所で本人の心理分析の話はほどほどにすべきだよね。
「では話をまとめますか。坊ちゃまはひかり様が不安でしたら、婚約以外の方法で不安を取り除いてあげたいということですね?」
「はい、そうですね」
紗雪さんがさっくりと要点を言ってくれたので、僕はすんなりとそれに同意できた。
彼女らの話を聞くかぎり、ひかりちゃんが内心では不安になっていそうな気もしてくる。
ここはなんとかして、ひかりちゃんの不安を取り除いてあげたいと思った。
「確認なのですけど、坊ちゃまとひかり様は、メグ様の計らいで今までどおりの生活が出来るようなっているのですよね?」
「そうですね。細かいところで変化はあるかもしれませんが、概ね大きな変化はなさそうです。あ、五辻さんの家に下宿させてもらえる話も大変ありがたかったですよ?」
今回僕たちはメグさんからの援助を受けることになったけど、玖音さんの家からも全部面倒見てあげるからうちに下宿しにおいでという申し出をいただいていた。
残念ながらそれは断ることになってしまったけど、落ち着いたらちゃんとお礼を言いに行かなくてはならないほどの申し出だった。
「メグ様の家は規格外ですからね。うちは使用人の数がギリギリですから、保護者役としてメイドさんを用意するというようなアクロバティックな方法は取れませんでした。無念」
「それに、母は人を預かるとなったら自分の目の届くところで責任を持って預かる、というような性格ですので。自分の家に下宿させる以外の方法は取れなかったように思えます」
そこで玖音さんは「かと言ってメグさんの家が無責任だとは思いませんけど」と付け加える。
「……とまあ、坊ちゃまたちは生活に大きな変化はない、変わるのは兄妹関係の有る無し、ということですか」
「そうですね。僕たちだけではどうすることも出来ないことだけが残っちゃいましたね」
紗雪さんは自分のキャラクターを腕組みさせ、「うーん」と唸り始める。
「難しいことになりましたねえ。うちのお嬢様のためにも、ぜひとも婚約問題は解決しておきたい問題なのですが」
「玖音さんのためにも?」
「さ、紗雪さん!」
紗雪さんの発言に、僕と玖音さんの声が重なる。
だけど、僕はすぐに状況を理解し、玖音さんに笑いかけた。
「ああ、玖音さんは他人事ながら、ひかりちゃんの心配をしてくれているんですね? ありがとうございます」
「……あはは」
照れくさいのか、僕のその言葉に玖音さんは眉をひそめて笑う。
するとそんな玖音さんに、すばやく紗雪さんが近付いていった。
「ほら、坊ちゃまなら気付きませんって。ひかり様が攻勢に出ても、いつものように不思議そうな顔してるだけですから」
「そうかもしれませんが、だからといって危ない橋を渡らなくても……」
「それよりお嬢様はどうするのですか? 手をこまねいて見ているだけとでも?」
「な、何もしないのはイヤです。でも、ひかりさんの気持ちもわかるのです。ですから、どうしたものかと……」
「く~! 友情と恋心の間で揺れるお嬢様も、まさに年頃の乙女!」
「や、止めてください……」
僕たちは通話を使わず、ゲームシステムに則って話しているので、あちらでこっそりと話されると何を話しているのかは聞こえない。
いや、紗雪さんが乙女とか言ってたのは聞こえたけど。
「ではお嬢様とひかり様が、お互い納得できる着地点を探さないと行けないのですね」
「まずはひかりさん優先ですよ。ひかりさんが落ち着ける状況を考えてあげないと……」
「あらお嬢様ったらお優しい。でも、そうなると……」
そこで玖音さんと紗雪さんのお話は終わったらしく、紗雪さんがこちらに向き直る。
「至極単純な解決方法ですが、要は坊ちゃまとひかり様に婚約以外で何か絆を作ってあげればいいんですよね?」
「そうなりますかね……」
ひかりちゃんは僕との関係が薄まっていると感じているから不安に思っているみたいだ。
だったらその関係性を、強める方法を考えてあげたらいいということなんだけど……。
「でも紗雪さん、兄妹や婚約者以外でひかりちゃんが納得する絆ってありますかね?」
「恋人は婚約者と根本的に同じことですし、同居人は昔から持っているステータスですし、うーん」
どうやら紗雪さん、解決の道筋を示してくれたはいいけれど、具体的な解決方法までは思い付いていないみたい。
「親友……って言葉じゃダメでしょうかね?」
「僕とひかりちゃんは親友だって言うんですか? 言わないよりはマシだとは思いますけど」
「ちなみに坊ちゃまとしては、婚約者と違ってそれは心から親友だと言えるのですか?」
「僕には親友がいたためしがないのでハッキリとはわかりませんが、少なくとも婚約者よりは何倍も強く言い切れると思います」
「うーん、では一先ずそれをひかり様に言ってみるとか……」
僕とひかりちゃんはもう親友だから、心配しなくてもいい。
そう強く言えば、なるほどたしかに少しは気が紛れるかもしれない。
だけどちょっと押しが弱いかなと思っていると、そこで玖音さんが唐突に口を開く。
「目に見える絆を用意するのはいかがでしょうか? お揃いのコップを使うとか、ペアルックの普段着を家で着るとか」
「あー……」
玖音さんの発言は一部実践しているとはいえ、なかなかいいアイディアだと思った。
「すでにコップとかはもう同じものを使ってたりするんですけど、恥ずかしいですけど同じパジャマとかを新調するのはありかもしれませんね」
「私なら、それを一緒に買いに行こうと言われるだけでもとても嬉しい気持ちになりますし」
「なるほど。一緒に買いに行こうですか……」
ひかりちゃんは僕とお買い物に行くのが大好きだ。
しかもペアになるアイテムを買いに行こうと言えば、たしかに機嫌が良くなること間違いなしのように思える。
問題は、ひかりちゃんは人目につきやす過ぎる容姿をしているということなんだけど……。
しかしそれは玖音さんもわかっているらしく、彼女はオドオドと控えめに言葉を付け加える。
「そ、それでですね、ひかりさんは何かと目立ってしまうお方なので、わ、わ、私も一緒に行って、母がよく使う百貨店などを案内しようと思うのですが、い、いかがでしょうか? 私も少しなら顔が利くと思いますし、紗雪を護衛にすることも出来ますし」
玖音さんの発言は詰まりながらの途切れ途切れの発言だったけど、とてもありがたい話だった。
僕はすぐにその厚意に甘えされてもらうことにする。
「よろしいのですか? ありがとうございます。助かります、玖音さん」
「い、いえ。わ、私とお兄さんの仲じゃないですか」
「とても嬉しいです。今度は僕から何かお返ししなくてはいけませんね」
自分で言った通り、僕は本当に嬉しかった。
ひかりちゃんの機嫌も取れそうだし、玖音さんも僕たちのためと言って手を差し伸べてくれたし。
すると、どうしたことか感動した様子の紗雪さんが、そこでいきなり玖音さんに飛びかかっていく。
「や、やりましたねお嬢様! ご立派でしたよ。素晴らしい作戦です!」
「き、緊張しました」
「そしてあわよくば、自分もお兄さんとのペアルックをゲット、ですか?」
「そ、それは……、で、出来ればそうしたいのですが……」
「く~! この紗雪、お供いたします! ぜひともゲットしちゃいましょう!」
どうやら紗雪さんも、玖音さんのアイディアに感心したみたいだった。
彼女はすぐに僕に振り向くと、言う。
「坊ちゃま、このわたくしめが、バッチリと坊ちゃまたちを守りますからね! 存分にお買い物をお楽しみくださいね」
「ありがとうございます、紗雪さん。早速後でひかりちゃんに話をしてみますね」
「あ、その際にはネタ枠として私とのペアの何かも買ってもらいます」
「ネタ枠って……。紗雪さんはネタ枠には思えませんけど、別に僕なら構いませんよ」
僕がそう答えると、何故か玖音さんが慌てた表情を浮かべる。
しかし紗雪さんが、それより先に言葉を続けた。
「じゃあついでに玖音お嬢様とのペアのアイテムも、何か選んでみましょうか」
「え……、く、玖音さんともですか? べ、別に僕としては構わないのですが……」
なんだかおかしな展開になってしまった。
僕の発言を聞いて、玖音さんも恥ずかしそうにしているみたいだし。
「よーし、じゃあ決まりですね! きっとひかり様も喜んでいただけるでしょう!」
「そうだといいのですが……」
僕はそんな返事を返しながらも、内心では紗雪さんの言う通りひかりちゃんも喜んで賛同してくれると思っていた。
「では話もまとまったところで、せっかくゲームの世界に集まっているのですし、少し遊んでから解散にしましょうか」
「いいですね。何をしますか?」
「あ、私お花にお水をあげないと……」
そして、実際あとでひかりちゃんに話をしてみると、彼女は目を輝かせて喜んでくれたんだ。
でも、ここでも僕は、またも頭を抱えることになる。
ひかりちゃんが望んできたペアのアイテムは、なるほど現在の彼女が欲しがりそうなアイテムだった。
「じゃあお兄ちゃん、婚約指輪にしよう! おそろいの婚約指輪買おうよ~!」




