彼女が僕を呼ぶ理由
玖音さんとは、妹の友人という曖昧な関係だったけど、今では自分の友人でもあると言えるようになっていた。
同じ趣味を持つ者だし、性格もどことなく似通っている気がする玖音さん。
ひかりちゃん抜きでも彼女とはゲームの話で盛り上がることが出来るし、実際に、僕が一番スマホでメッセージを送っている相手も玖音さんだ。
反対に、僕には未だにどういう立ち位置か分かりづらい女の子がいる。
その子はひかりちゃんの次に僕に体を接触させてくる女の子で、だからといって僕との接点が多いわけではない、不思議な関係の女の子だ。
体を動かすことが大好きで、細かい作業は苦手で、明るく社交的で誰にも物怖じしない彼女。
性格は僕とは正反対のようだし、もちろん趣味だって違う。
ひかりちゃん抜きではその子とは関係性が成り立たないくらい、僕とはタイプが違う女の子が知り合いにいるんだよね。
実際のところ、彼女とスマホで個人的なやり取りをしたことなんて、ほとんどないし。
しかしまあ、彼女からしてみれば、そんな細かいことはどうでもいいのかもしれない。
とうの昔に僕のことを友人認定して、当たり前のように自分の輪の中に入れてくれている気もする。
「センパーイ! メグのことを助けてクダサーイ!」
僕はそんな女の子から、ある日救援要請をもらったんだ。
中間試験も差し迫った秋の日の夜。
僕はお高そうなホテルのスイートルームで、カンヅメ状態になっていた。
前述した接点の少ない女の子、Megの愛称で親しまれるMargaret・Millerさん。
そのメグさんの勉強に穴が見つかったため、緊急措置としてホテルに押し込められ、勉強を見てあげてくださいと言われちゃったんだよね。
「メグ、日本のことは大好きデスが、大昔に何が起こったかなんて細かく覚える必要性なんて感じないのデース」
「毎度同じようなことを聞いてる気がするけど……、でもたしかに高校生くらいになると、ちょっと覚えることが細かくなりすぎてる気もするよね」
僕は過去、彼女の勉強を見てあげて、成績を上げたという実績を持っている。
だから今回も僕に話が回ってきたのかもしれないね。
「メグは落第点を取らなければ、問題ないと思うのデース」
「ギリギリを狙っても、もし上手く行かなければ大変なことになっちゃうよ。ちゃんと余裕が出来るまで覚えて、安心してテストを受けようよ。僕も最後まで付き合うから」
「……最後まで、付き合ってくれるデスか?」
「もちろん」
メグさんの助けに、僕は最後まで付き合うと即答した。
僕は彼女のことは、今でもひかりちゃんの親友という立ち位置で考えている部分が多い。
自分自身の友人だとは胸を張って言えないでいるんだよね。
でも、だからといって僕が彼女に手を抜くなんてとんでもないことだ。
僕とは接点の少ないメグさんだけど、それでも僕はいつだってメグさんにも全力で接しているんだよね。
「……メグは悪い子デス。先日誕生日を祝ってもらったばかりなのに、今回もセンパイの協力を取り付けてしまったデス」
彼女は嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに微笑むと、小さな声で言った。
それはいつも快活な彼女にしてみれば珍しい、女の子らしいと感じる照れた微笑みだった。
しかし僕としては成績を落とすのは望むところではないので、すぐに彼女に答える。
「たしかに悪い子かもね。僕は勉強は順調だというメグさんの言葉をすっかりと信じちゃってたよ」
「嘘は言ってないデース。メグは順調デシタ。ただ少し志が低かっただけデス」
中間試験に備えて日々少しずつ勉強をしていた僕たちだけど、メグさんの勉強を毎日見ていたわけではない。
その見ていなかった部分は彼女から進行具合を聞くしか出来なかったんだけど、その報告にすれ違いがあったみたい。
「落第点を取らなければいい。そのための勉強は順調だった。……そういうことなんだね?」
「ハイ、その通りデース。ですが、少し予定外の用事で、Scheduleが狂ってしまったのデース!」
綺麗な発音で、スケジュールという言葉を発言したメグさん。
僕はその発言を頭の中で噛みしめる。
彼女の家は色んな人を接待する必要があると聞いている。
そのために別荘とかも日本各地に持っていたりするんだよね。
そんな家の娘であるメグさんなら、急な話が飛び込んでくるのも当然のことかと僕は思った。
メグさんは美しく綺麗で可愛らしいし、お話も上手だ。接待の場に居れば、場が華やぐのも間違いないだろう。
「それなら仕方がないね。サポート役にご指名いただけたんだし、僕がフォロー出来ることは何でもやるよ」
僕は本心からそう答えた。
するとメグさんは横を向いて、僕に聞こえないように何かをつぶやく。
「……メグはちょっぴり嘘ついてるので、罪悪感でいっぱいになっちゃうデス。センパイは本当にお人好しで、そしてとても優しい人デスネ」
彼女が何を言ったのかはわからなかったけど、僕は笑うと彼女に言った。
「逆に言えば、メグさんがテスト範囲を覚えるまでは手を緩めないからね。僕の監視から逃げ出したいなら、早く頑張って覚えてね」
「そんなこと言われちゃうと、ますます覚える気がなくなるデス」
「え? なんか言った?」
「――お手柔らかにしてほしい、と言ったデース!」
メグさんは不意に僕に振り返って、弾けるような笑顔でそう言った。
それは聞き入れられない発言だったけど、僕は彼女が気持ち良く勉強出来るように、なるべく気を配ろうと思った。
メグさんは勉強に集中できないわけではない。
ただ興味を惹かれないものに対してはすぐに飽きが来てしまうだけで、上手く興味を持ってもらうと驚かされるほどの集中力を発揮したりするんだよね。
でも、やっぱり嫌いな科目に興味を持ってもらうことは難しく、彼女はすぐに世間話を始めた。
「ヒカリは今、パパさんと会っている頃デス?」
彼女の手が止まってないことを確認した僕は、これくらいの世間話ならいいかと思い、話に応じる。
「そうじゃないかな。会うのは夏休み以来かも。ずいぶんと忙しくされているみたいだからね、ひかりちゃんのお父さん」
「メグも数回しか会ったことないデス」
「むしろ会ったことあるんだ? 知らなかったよ。さすがは何年も続いている友人同士だね」
今日は非常に珍しいことに、ひかりちゃん抜きでメグさんに会っている。
義妹の彼女が僕と別れる理由なんて、彼女の実家と女の子同士の付き合い関係以外では存在しない。
今回もその例に漏れず、忙しいお父さんと一緒にご飯を食べに行く話になっているはずだった。
「ヒカリはずっと一緒の親友デース。でも、今夜はそのヒカリがいないデス。代わりにセンパイだけがいるなんて、なんだか不思議デスネ」
そこでメグさんが、そんなことを言い出した。
たしかに今の状況は非常に珍しい状況だ。
それは僕も認めるところだけど、でも、今の僕はそれより優先順位の高い問題がある。
「僕も不思議だと思ってるよ。でもほら、メグさん手が止まっちゃったよ。頑張って書いて書いて」
「アゥゥ……、メグ、疲れて来ちゃったデス」
「じゃあ、あと三ページ進めたら休憩にしようか。その後おさらいテストをして、その出来次第で今後数時間の予定を決めよう」
「……やっぱりセンパイに先生役を頼むと、メグは強制的に優等生にさせられちゃうデス」
渋々、といった感じだったけどメグさんはノートへの書き取りを再開させた。
僕はそれを見て、彼女に出すための模試の作成を新たに作り始める。
しかしメグさんは集中力が切れてるみたいで、すぐに再び口を開いた。
「でも、メグは今日は誤算デシタ。ヒカリも来ると思っていたのデス」
「ひかりちゃんのお父さんは忙しい人だからね。最近ますます仕事を入れて、精力的に頑張ってるそうだよ」
メグさんが手を動かし続けていたから、僕もまた、彼女の会話に乗っていく。
ひかりちゃんのお父さんは、ひかりちゃんが幸せそうにしていることで安心して仕事に打ち込めるようになっているらしい。
後顧の憂いがなくなったと言うべきなのかな。その結果他の人から頼りにされるようになって、ますます仕事が忙しくなるというループに陥っているらしい。
ちなみにその話は、僕のお母さんから聞いた話だ。
僕のお母さんはひかりちゃんのお父さんの部下で、一緒の職場で働いている。
「でも、メグにはもっと誤算があったデス。それはヒカリが来なかったのに、センパイだけが来たことデス」
「え、どうして? 今日を逃せばテストまでにもっと時間がなくなっちゃうよ?」
彼女の発言が理解できなかった僕は、すぐにそう問い返した。
そしたらメグさんは、ノートを見ながら苦笑する。
「明日になれば、ヒカリも一緒に来ることが出来るデス。その一日の遅れで、テストに致命的な遅れが出るわけでもないと思いマス」
今度の彼女の発言は、僕も同意できる発言だった。
僕はそれらの発言をまとめると、一つの答えを導き出す。
「勉強の合間の話し相手に、ひかりちゃんがいたほうがよかった?」
それを聞いたメグさん、思わずといった感じで吹き出した。
「ヒカリがいたほうが、メグは勉強ばかりの状況から解放されていたはずデスネ」
「やっぱりそんなこと考えていたの? ダメだよ、もうテストまで時間ないんだから。遊ぶのは終わってからにしようよ」
小言っぽいことを言った僕だったけど、メグさんはそれを聞いても楽しそうだった。
「わかったデス。今日はセンパイと二人っきりで、勉強頑張るデス」
「二人っきりってわけでもないけど、頑張ってね」
彼女は気合を入れ直し、勉強を頑張り始めた。
「センパイが隣にいて、緊張していたのはメグのほうだったみたいデス」
何か迷いが吹っ切れたような彼女は、それからすごい集中力を見せてくれたんだよね。
◇
三ページで休憩にするという話は、いつの間にかなくなっていた。
さっきからメグさんは脇目も振らずに勉強に集中している。
僕は静かに席を立つと「ちょっとお手洗いに行ってくるね」と彼女に告げた。
メグさんは少し頷いただけで、口を開くことはなかった。
「空様」
僕がトイレを済ませて出てくると、同じスイートルームに待機していたお手伝いさんの人が近付いてきた。
彼女はアイリーンさんといい、みんなからはアイリさんと呼ばれている。
雇い主のメグさんと同じく、どう見ても日本人には見えない容姿をしている美人さんで、メグさんとは赤ん坊の頃からの付き合いがあるらしい。
メグさんを通じて、僕も彼女とは何度も話をしたことがあるんだよね。連絡先も交換してもらってるし。
「メグ様の調子はいかがでしょう?」
「すごくいいですよ。今の調子なら、一学期と同じかそれ以上の点数も取れるんじゃないですかね」
「そうですか。それは良かったです」
メグさんがとても集中しているように見えたので、僕は席には戻らずにアイリさんと話し続ける。
「でも、急な話で驚きました。メグさんの勉強は順調そうに聞いていたから、なおのことでした」
「…………」
だけど、そこでアイリさんはすぐに返事を返してくれなかった。
不思議に思った僕が彼女を見ると、アイリさんはまっすぐ僕のことを見つめてきていた。
「……あの、何か?」
僕がそう言うと、アイリさんは軽く首を振った。
そうして彼女は、ようやく会話を再開させる。
「メグ様からしてみれば一石二鳥というより、三鳥ぐらい落ちてくる状態でしたからね。面倒な勉強を放置しておけば、やがて貴方が助けてくれる。そう考えたら勉強に熱も入らないでしょう」
メグさんは僕を頼りにしてくれたみたいだ。
本来は困った話だけど、頼りにされて気分が悪いということはない。
でも僕は気になったことをアイリさんに尋ねた。
「でもそれって、一石三鳥と言えますか? 勉強したくない。しなかったら助けてもらえる。それで一石二鳥と言えるかもしれませんが、それなら三羽目の鳥はどこにいるのですか?」
「貴方に会え――いえ、なんでもないです」
「そ、そうですか?」
アイリさんは何かを言いかけ、そしてため息とともにそれを誤魔化した。
彼女は今一度ため息をつくと、話を続ける。
「本日メグ様は、一度だけ綺麗な英単語を喋ったと思います」
アイリさんの言っている発言に、僕はすぐに思い当たった。
それは、予定外の用事でスケジュールが狂って勉強に遅れが出た、というような会話だったはずだ。
「あれ、メグ様の罪悪感の現れだと思いますよ」
「え?」
アイリさんの意外な発言に、僕は短く驚きの声を上げた。
そしてアイリさんは、僕が罪悪感の意味を考える前に、言葉を続ける。
「メグ様に急な用事が入ったのは事実です。しかしメグ様はそれを、断ろうと思えばすべて断ることが出来ました」
黙って聞き入る僕の前で、アイリさんはメグさんを見つめながら話し続ける。
「それでもメグ様は、むしろ自ら積極的にその用事すべてに顔を突っ込んでいきました。ただでさえ遅れ気味だった勉強が、致命的に遅れてしまう状況になるまで」
僕は少し考えると、アイリさんに尋ねる。
「メグさんの罪悪感とは、僕に頼ることを前提として家の用事を優先してしまったことを、僕に正直に言えなかったことですか?」
だけどアイリさんは苦笑する。
どうやら正解は別にあったみたいだった。
でも、アイリさんはその正解を僕には教えてくれず、思わせぶりな発言で済ませる。
「私から言えることは、今のこの状況は、メグ様が望んで引き起こしたことだということです。むしろ予想外の偶然も重なり、想定以上の結果になっています」
アイリさんがずっと見つめたままだったので、僕も釣られてメグさんのことを見る。
アイリさんの話では、僕に監視されて勉強に打ち込まざるを得ない状況になっている今の状況が、望んだ状況ということらしい。
「……さあ、お喋りはおしまいにしましょう。貴方はメグ様の隣にお戻りください。彼女の集中力が途切れてしまいますよ」
僕がどういうことかを考えていると、突如アイリさんがそんなことを言い出した。
なんだか一方的に話を進められた感じがするけど、メグさんの集中力が切れるかもしれないという話は、一番優先度の高い話だった。
色々と気になっていた僕だけど、メグさんの隣に戻ることを了承する。
「わかりました。戻りますね。出来るだけいい点数を取ってもらうように頑張ることにします」
「よろしくお願いします」
その日、アイリさんと話したのはそれが最後だった。
そして、メグさんは僕が隣に戻ると、嬉しそうに話し始める。
「センパーイ! ここまで終わったデス! 褒めてクダサーイ!」
「……すごいね。本当にメグさんは、集中した時はすごい力を発揮するんだね」
「えっへん! もっと褒めてもいいデスヨ?」
「うん、でも肝心なのはちゃんと頭に入っているかどうかだからね。じゃあ早速おさらいのテストをしてみようか。二枚作ってみたから両方やってみてよ」
「……オーゥ、やっぱりセンパイはスパルタデース」
僕は席に戻ってメグさんと話をしていると、いつの間にかアイリさんと話していたことを忘れてしまっていた。
まあそれでもいいよね。メグさんの勉強は順調に進んでいったし、彼女も楽しそうだったし。




