お父さんのいない五辻家の日常
玖音さんは個室を三部屋持っており、そのどれもが彼女らしい派手さのない落ち着いた部屋になっている。
その部屋の一つで、畳の上にひかりちゃんと玖音さんが隣り合って座ってゲームをしていた。
やっているゲームはひかりちゃんが生まれて初めて遊んだゲーム。
彼女が大好きなゲーム上のペット、タマちゃんが出てくるアクションRPGだ。
「すごく、やり辛いのですけど……」
しかし玖音さんは、自分の部屋で、しかもクリアしたこともあるはずのゲームを緊張しながらプレイしていた。
「どうしてー? くおんちゃんは見られながら遊ぶの苦手なの?」
「と、言いますか……。私のペットはタマちゃんより弱いですし、プレイヤーキャラクターはお兄さんより弱いですし、何をお見せすれば良いのやら……」
「ひかりは、くおんちゃんが楽しそうに遊んでるところを見てみたいな~」
「そ、そう言われても……」
玖音さんは僕とひかりちゃんの、やり込んだゲームデータのことが気になっているらしい。
気にせず遊べばいいと思うけど、それをどう伝えればわかってもらえるかな。
「じゃあじゃあ、くおんちゃんはどんなところがこのゲームの好きなところなの? お気に入りの場所とかある? あるならひかりをつれていってよ~」
「あ、は、はい。そういうのでしたら、私にもあります」
しかし僕が声をかけるよりも早く、コミュ力お化けのひかりちゃんがあっという間に切り込んでいった。
玖音さんはひかりちゃんの言葉に反応し、オドオドと操作していたゲームを生き生きと動かし始める。
「わ、くおんちゃんの荷物、お兄ちゃんのより綺麗に整理されてる~」
「あはは……。私の整理は綺麗というか、几帳面もしくは神経質な整理だと思いますよ」
「ひかりはね~、いつもごちゃごちゃになるから、お兄ちゃんに言われてゲームに整理してもらっているんだ~」
「ソート機能ですね。私はそうでもないのですが、気になる人はその機能が不便だった場合、ものすごいストレスを感じるとか」
「お部屋とかビシッと整理してる人かな~?」
僕の見てる前で、二人はあっさりと会話を弾ませていく。
それを寂しいとは思わない。ひかりちゃんはさすがだなあと思うばかりだ。
玖音さんはその昔、お嬢様学校の中でビデオゲームが趣味ということに引け目に感じ、新しく友達を作れず孤立していた時期がある。
そこへ僕のところでゲームを始めたひかりちゃんが、ゲームを取っ掛かりにして突撃していったのが彼女たちの交友関係の始まりだ。
今では本当に仲良くなっていて、僕は彼女たちが楽しそうに話しているだけで嬉しくなるんだよね。
と、そんな感じで二人が遊んでいるところを微笑ましく見ていたら、突然僕の手にスベスベでひんやりした手が重ねられる。
「坊ちゃま、孫を見ているおじいちゃんみたいになってますよ。枯れるのには早すぎますって」
「ぼ、僕は枯れてなんていないと思いますよ。ただ元々、生命力溢れる若木ってわけじゃないだけで」
紗雪さんだ。彼女は小声で耳に息を吹きかけてくるように話しかけてきた。
僕はひかりちゃん以外の人との接触には特に慣れていないから、こういう行為は止めてもらいたい。
「本当に枯れていませんか? 女子校に通う現役女子高生の私室ですよ? もっとこう、キョロキョロ見回したりしないんですか?」
「しないですよ。だいたい、お邪魔させてもらうのも初めてじゃないですし、変わってないなって思ったくらいです」
実は僕、夏休みに玖音さんの家に泊まりにつれて来られたことがある。
その時にすでに何度か部屋に入れてもらう機会があったから、今回はそこまで緊張することもなかったんだよね。
今はひかりちゃんも一緒だし。
「うーん、今日の坊ちゃまは落ち着いてますね。前はイジるのを躊躇うくらいに顔が赤かったりしたのに」
「ゲームしてるのもあるからでしょうか、たしかに気構えることなく見ていられますね。ていうかイジらないでくださいよ」
「女子校に通う、現役女子高生の私室なのに」
「……そのフレーズ、気に入ったんですか?」
ひかりちゃんたちの邪魔にならないように、小声で話す僕と紗雪さん。
そのおかげか、ひかりちゃんたちはゲーム画面に意識を集中させたままだった。
そのひかりちゃんたちは、玖音さんの操作で白い砂浜へとやって来ていた。
「わ~、『最果ての島』にこんなところがあったんだ~」
「素敵な浜辺ですよね。ただストーリーを追うだけでは来ないような場所にあるのに、地形とか岩とか木の生え方とか絶対にデザインされた上で配置されてますよね」
「うんうん、リヤシルの実も、美味しそうに生ってるね~」
玖音さんはそこで、少しゲームの操作を止めて驚く。
「どうしたの~?」
「い、いえ。ひかりさんの口から、リヤシルの実なんて言葉が出てくるなんてちょっと信じられなかっただけです」
「む。ひかりはこのゲームの食材、たくさん知ってるんだよ~」
「わかってはいるつもりなのですが、あのひかりさんがゲームの詳しい話をしているのは、未だにちょっと違和感を覚えますね」
ひかりちゃんはクラスでは、一二を争う人気者だと聞いている。本人曰く、マスコットのように可愛がってもらっているとのこと。
そんな人が隣でゲーム用語を喋っていることに、玖音さんは違和感を覚えるらしい。
「むー。ひかりだってお兄ちゃんの妹なんだよ~?」
「す、すみません。別に否定をするつもりはなかったのですが……。あ、ほら、そろそろ私がお気に入りの場所という真の理由がわかってもらえますよ」
「え、真の理由?」
玖音さんに言われ、ひかりちゃんは再びゲーム画面を眺める。
するとそこには、赤く染まった空と、海に沈まんとする太陽が日没前の柔らかな輝きを見せていた。
「わぁ~……、綺麗~」
ひかりちゃんが感嘆の言葉を発し、玖音さんはそれには答えず、嬉しそうに笑う。
僕もそんな二人と画面を見て、思わず口元を緩ませていると、再び隣から声がかかる。
「坊ちゃま、ロマンチックな夕暮れですよ。女の子のアゴをクイッと引き寄せて、夕日も綺麗だけど、おまえのほうがもっと綺麗だよ、とか言ってみませんか?」
「どうして紗雪さんはそんな発言ばかりするんですか。雰囲気をぶち壊しじゃないですか」
「えー、だって、どうしても言わなくちゃいけないっていう使命感が、私を突き動かしてしまって」
「そんな使命感捨てちゃってくださいよ」
ひかりちゃんたちはいい雰囲気だったのに、僕は隣に変な人がいるから大変だ。
いや、これも紗雪さんなりに僕の緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。
「ひかりも今度、タマちゃんと一緒にここ来る~!」
「はい、タマちゃんにも見せてあげてください」
「うん。教えてくれてありがとうね、くおんちゃん!」
やがて日が沈み、ひかりちゃんたちはお喋りを再開させる。
ゲームに詳しい人なら変だなと首を傾げる遠回りをして、最果ての島と呼ばれる場所に着いた玖音さん。
それは時間を合わせて、ちょうど夕日が沈む光景をひかりちゃんに見せてあげるためだったんだね。
「それでですね、このまま暗くなって行くのをボーッと眺めていたら、やがて満点の星空が見えるようになるんですよ。それもまた感動的でして」
「お~、見てみたい~」
「今日はちょっと時間がないので、今度また本当に、タマちゃんと一緒に楽しんでみてください」
「うん!」
ひかりちゃんと玖音さんが友達になってはや数ヶ月。
二人はしっかりと友情を育み、今ではすっかり親友みたいに仲良くなれているんだね。
「うーん、やっぱり今日の坊ちゃまは落ち着いてますね。坊ちゃまも段々女に慣れてきているんですねえ」
紗雪さんに言われ、僕もハッとなった。
ひかりちゃんたちと出会って数ヶ月、僕も少しは成長出来ているのかな?
でも、赤面することは減ってきても、やっぱり恥ずかしいと思う気持ちはずっと変わらないんだけどなあ。
それからもひかりちゃんと玖音さんは、色々な場所に行ったりダンジョンに潜ったりと楽しそうに遊んでいた。
僕はと言えば、そんな二人からたまに話しかけられたりもしたけれど、結局最初から最後まで隣に紗雪さんがいて、最後まで手を握られっぱなしだった。
◇
夕方。
ひかりちゃんは紗雪さんにつれられて、庭に鯉の餌やりに出ていった。
僕は玖音さんと一緒に、彼女のお母さんの待つ台所へと向かう。
「ごめんなさいね、お客様に料理をさせるなんて」
「とんでもないです。僕はこの時間も、とても楽しみにしていました」
「あなたの言葉は嘘がないから心地いいのね。そんなに楽しみにしていてくれた方を幻滅させないように、今日は頑張らないとダメね」
お母さんと挨拶をして、若干緊張しながら五辻家の台所へ入れてもらう。
台所にいるのは四名。
お母さんと僕と、玖音さんと若いお手伝いさん。
「では早速始めましょう。……と言いたいところだけど、玖音の前だし、少しイジワルな質問から入りましょうか?」
「え?」
僕と玖音さんの表情に、緊張が入る。
「あなたはいいところを見せられるかしら。では質問よ?」
「は、はい」
お母さんは笑いながら美しい茄子を手に取ると、僕に手渡してきた。
「お茄子は秋の味覚の一つだけど、今日の空さんなら何に気をつけて調理する?」
背筋を伸ばして緊張していた僕は、お母さんの質問に内心胸を撫で下ろした。
それを表に出さずに、僕はすぐに答える。
「今日は僕以外皆さん女性なので、体を冷やさないように気をつけることでしょうか。茄子は体を冷やす食品だと言われているので」
模範解答かどうかはわからなかったけど、僕の答えはお母さんの及第点をもらえたらしい。
お母さんはニコリと微笑むと、玖音さんに言う。
「良かったわね玖音。あなたはいつもこうやって愛されているみたいね」
その言葉で、僕と玖音さんは揃って赤い顔で俯いてしまう。
お母さんはもう一度笑うと、今度は僕に向かって言った。
「じゃあ今度こそ本当に始めましょうか。空さん、そのお茄子で何か一品作ってくださいな」
「僕一人で、お母さんの監修なしで作るのですか?」
「ええ。私もあなたの味を味わってみたいの。お願いできるかしら」
「わ、わかりました。頑張ってみます。でもよろしければ、お母さんの今日の献立のご予定をお教えいただきたのですが……」
「あらあら。一緒に並べられてもおかしくないように、合わせてくれるのね?」
「そのような大層なものではありませんが、お母さんの料理を乱さないように……」
「ありがとう。玖音、空さんの隣で私たちの手元をよく見ておくのよ」
「は、はい!」
そうして僕は、玖音さんのお母さんと一緒に調理を始める。
玖音さんは言われた通り、ずっと僕の隣から離れずお母さんや僕のやることを見続けていた。
「玖音と同い年だなんて、本当に信じられない技術と知識量ね。明日帰ってしまうなんて残念だわ」
僕が手伝いをしていると、お母さんはそんなことを言い始める。
手を休めずに「ありがとうございます」と返すと、お母さんは笑う。
「冬休みにも、ぜひ泊まりに来てちょうだいね。あの人にもちゃんと言い聞かせておくから」
そう言われた僕は、今度は手を止めてお礼を言った。
でも、十二月といえば玖音さんの誕生日があるんだけど、その時はどうなるんだろうなとふと思った。




