ゲーム仲間
ゆるふわ義妹を投稿し始めて三ヶ月が経過しました。
文字数も五十万字を超えることが出来ました。
これもひとえに読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。
週末を迎えた僕は、妹のひかりちゃんと一緒に友人の家に遊びに行くことになっていた。
お泊りの準備もして、ひかりちゃんはニコニコと送迎の車に乗り込んでいく。
ひかりちゃんは後部座席の僕の隣に座ると、当たり前のように手を握ってくる。
一本一本指も絡めて、しっかりと握る握り方。
僕は恥ずかしいと言ったことがあるけど、「こうしてると安心するの」と言われてしまい、それからは抗議を諦めている。
運転手のお手伝いさんは、割烹着姿だけど様々なことが出来る優秀な人だから、事故なんて起こさないと思うけどなあ。そういう油断がダメなのかな?
「ようこそ。いらっしゃいませ、ひかりさん、お兄さん」
着いた先は、広い平屋の日本家屋。
純和風の邸宅といった感じで、庭には白砂利が敷かれている場所があったり、跳ねる(!)鯉とかが棲む池がある。
そして僕たちを出迎えてくれた女性こそ、この屋敷のお嬢様、ひかりちゃんのクラスメイトで、僕たちの友人――。
五辻玖音さんその人だ。
「くおんちゃん、遊びに来たよ~! 今日明日とよろしくね~!」
彼女はこの日本家屋の雰囲気に、まさにぴったりの女性だ。
おしとやかで奥ゆかしく、彼女を見た人のほとんどは、大和撫子という言葉を思い浮かべるに違いない女の子だった。
「すみません、ひかりさん。急な話なのに快く来ていただいて」
「ううん、ひかりはくおんちゃんのお家にまだ泊まったことなかったし、今日はワクワクしながら来たんだよ~」
今日は玖音さんに招かれ、僕たちは一泊二日のお泊まり会をすることになっている。
厳密には玖音さんのお母さんが、お父さんが用事で出かけているからこっそり遊びにおいでと言ってくれたらしい。
「お兄さんもありがとうございます。母もお兄さんと一緒に料理するのを楽しみにしていました」
玖音さんは僕のことを「お兄さん」と呼ぶ。
ひかりちゃんのお兄さん、という意味だろう。詳しく聞いたことはないけど、きっとそう。
「僕も楽しみです。お母さんの出汁のとり方は勉強になります」
僕と玖音さんは、お互い丁寧語で話す。
でも、僕たちはよそよそしい仲ではないと思っている。
玖音さんの趣味は、僕と同じビデオゲームだ。
ひかりちゃんもゲームをするけど、玖音さんは別格だ。ゲームへの造詣も深いし、操作自体も上手だ。
僕と彼女は同性ではないけれど、ゲームの話しているとすごく仲が良い友達だと思えるんだよね。
「母もそれを聞いたら喜ぶでしょう。では、その母が待っていますし、中へどうぞ」
「おじゃましまーす!」
僕とひかりちゃんは玖音さんに導かれ、彼女の家にお邪魔する。
すると、さっきまで車を片付けに行っていたお手伝いさんが、サッと僕の隣に追いついてきた。
「やー、とうとうお嬢様のターンがやって来ましたね。ここ最近、お嬢様はずっとヤキモキしてましたから、坊ちゃまが来てくれて安心したことでしょう」
可愛らしい割烹着を着る彼女は、五辻家のお手伝いさんの紗雪さん。
雇い主の友達というだけで僕のことを「坊ちゃま」と呼ぶ、有り体に言えばやや変わり者の女性だ。今年で二十二歳。
「お嬢様のターンってなんですか。たしかに遊園地以降、玖音さんとは時間が合いませんでしたけど」
僕はため息混じりに紗雪さんにそう答える。
さっきも言ったけど、彼女は少し言動が読めないところがある。僕は過去何度も、彼女に振り回されたことがあるんだよね。
「そりゃもう、言葉通りお嬢様のターンですよ。ゲームやってる坊ちゃまならわかるでしょう? ターンが回ってきた玖音お嬢様は、ガッツリ攻勢に出るってことですよ」
「どこに攻め込むんですか。だいたい玖音さんは、そこまでアグレッシブな方ではないでしょう」
僕がそう言うと、紗雪さんは僕のため息の何倍も大きな息を吐いた。
「坊ちゃま~。お嬢様は焦っていたんですよ。新しいライバルが登場したというのに、自分は時間が合わない。だから最近、坊ちゃまに毎日のようにメッセージを送っていたでしょ?」
「え、焦っていたんですか? たしかに毎日のようにゲームの話を振ってくれて、僕は楽しくやり取りしてましたけど……。焦っているようには見えませんでしたよ?」
僕は先日玖音さんの誘いで遊園地に行く機会があったけど、たしかにその後から、玖音さんは僕にメッセージを送ってくることが飛躍的に増えていた。
「置いていかれまい、忘れられまいと必死になる玖音お嬢様。嗚呼、なんと健気なのでしょう」
「僕が玖音さんを忘れるわけないでしょう。玖音さんは僕の大切な友人ですよ」
若干呆れながら、紗雪さんに当たり前の返事を返す。
すると彼女は「ふむ」とつぶやくと、割烹着の袖口から何かを取り出してきた。
それは四角い機械で、彼女はそれを操作して、スイッチを押す。
『僕が玖音さんを忘れるわけないでしょう。玖音さんは僕の大切な友人ですよ』
そしてその機械から、何故か先ほどの僕のセリフが再生される。
「……なんで録音したんですか?」
「友人ってところが減点対象ですけど、まあお嬢様にはこれでも十分ですかね」
「え、玖音さんにそれを聞かせちゃうんですか? 恥ずかしいから止めてくださいよ」
僕はとっさにそう言ったんだけど、紗雪さんはその発言をまるっと無視して、大きな声を出す。
「玖音お嬢様~! いいもの手に入れましたよ~!」
仮にも僕はお客様のはずなのに、紗雪さんはそんな僕を放置してひかりちゃんたちの方へと小走りに近付いていく。
遊びに来たばかりなのに、僕は早くもすさまじい疲労感に襲われながら、こめかみを押さえて首を振った。
「こ、これは……!」
「お~、お兄ちゃんカッコいい」
そして早速再生している模様の紗雪さん。
僕は今度こそ、紗雪さんに負けないような大きな息を吐いたんだ。
◇
「あらあら、よく来てくれたわね。ひかりさん、そして空さん」
「お招きいただき、ありがとうございます」
綺麗な和室へと通された僕とひかりちゃんは、揃って玖音さんのお母さんに頭を下げる。
玖音さんのお母さんはいつも着物をピシッと着こなしている人で、今日も美しい着物姿で畳の上に座っていた。
「ひかりさん、そうかしこまらないで。いつも玖音に接しているように、私にも喋ってくださいな」
「ありがとうございます。じゃあひかり、いつも通り喋らせてもらいますね、お母さん!」
ひかりちゃんの言葉に、何度も嬉しそうに頷くお母さん。
次に彼女は僕を見ると、口を開く。
「空さんは夏以来かしら。お元気そうでなによりだわ」
「おかげさまで。お母さんに習ったお味噌汁も勉強を重ねてきましたが、本日はまたもご指導いただけると聞いて――」
「空さん、あなたもそんなにかしこまらないで。私はあなたたち兄妹に感謝しているのよ。玖音ったら最近、本当に明るくなってきてね」
近くで聞いていた玖音さんが、その言葉で赤面する。
僕は何も言わずに、ただまっすぐに頭を下げた。
「ふふふ。二人とも、顔を見せてくれて嬉しかったわ。後は思う存分玖音と遊んでやってちょうだい。今日は小うるさいあの人もいないからね」
「ひかりは、お父さんに挨拶できなくて残念です」
「あらあらまあまあ。ひかりさんのその言葉だけでも、あの人は十分満足すると思うわ。後で伝えておいてもいいかしら?」
「もちろんです!」
玖音さんのお母さんへの挨拶は、そんな感じで終始和やかに終わった。
そうして僕たちは、夏に僕が泊まった部屋へと案内される。
部屋に入ると同時に、紗雪さんがお茶とお餅を並べてくれた。
「和三盆に……、小豆はどこの小豆だろう。すごく上品な味に仕上がってる。さすがは玖音さんのお母さんだね」
お餅を一口いただいた僕がそう言うと、玖音さんと紗雪さんが苦笑する。
「母が作ったとは言っていませんが……」
玖音さんがそう言ったので、僕はもう一口もらってから答える。
「玖音さんのお母さんの料理はもう何度か食べさせてもらってますし、今度の味付けの仕方もお母さんっぽいかなって思って。もしかして、玖音さんが教えてもらって作ったのですか?」
「いいえ、母です」
再び苦笑して、玖音さんがそう答える。
「坊ちゃまは相変わらずスペック高いですねえ。この調子だと、五辻の家で最初に奥様の料理をマスターするのは坊ちゃまになるかもしれませんね」
紗雪さんがそう言いながら、僕たちと同じように座ってお母さんのお餅をひょいと口に放り込む。
そんな彼女が着ているのは、どこからどう見てもこの家の使用人としての仕事着だ。
気になった僕は、彼女へと問いかける。
「……紗雪さんって、今勤務中なのですか? それともお休みなのに無給で働いていたのですか?」
それを聞いた紗雪さんは、カラカラとあっけらかんに笑った。
「やだなあ坊ちゃま。私が無給で働くわけないじゃないですか~」
この人は、僕がさっきの仕返しに録音してたらどうするんだろう。ちょっと気になった。
いや、もちろんそんなことはしてないんだけどね。
そして僕は、紗雪さんにもう一歩踏み込んで話す。
「紗雪さんがそう言うってことは、やっぱりお休みだったんですね」
「うぐ……。坊ちゃまも私のことをよく理解してきましたね」
彼女は場の雰囲気を良くするためには、自分自身のことを悪く言うのも厭わない性格だ。
だから僕は休みだと推測したんだけど、どうやらそれは当たりだったみたい。
紗雪さんは言葉を続ける。
「でも逆に、こんな日にお休みを入れないなんて勿体ないじゃないですか。せっかく坊ちゃまが来る美味しい時間――コホン。楽しい時間を、一緒に過ごしたかったのですよ~」
その言葉は、紗雪さんの本音なのかな。
でも紗雪さんは僕と一緒にいると、僕自身で遊んだりし始めるんだよね。それはちょっと勘弁してもらいたいなあ。
そんなことを考えていると、ひかりちゃんが口を挟んでくる。
「じゃあ紗雪さんも、今日は一緒に遊べるんだね~!」
「すみません、年甲斐もなく。お邪魔じゃなければご一緒させてください」
「ひかり、紗雪さんと遊ぶのも大好きだから、大歓迎だよ~!」
先日は妙にオドオドしていた紗雪さんだったけど、今日は素直に頭を下げていた。
ここはホームグラウンドだから、平気なのかな。
まあ元々ひかりちゃんと紗雪さんは(僕にとっては若干悪い意味で)馬が合ってるみたいだしね。
「では玖音さん、早速ですが、お茶を飲んだら何をする予定なのですか?」
お餅は結構お腹にたまるので、ひかりちゃんはそろそろ満足したかなと予想した僕。
少し早めだったけど、玖音さんにこれからの予定を聞いて予定を進めてもらうことにした。
「特にこれと言った予定は立てていないのですが……」
玖音さんはそう前置きすると、話し始める。
「お庭の散策……、ひかりさんに鯉に餌をあげてもらって、楽しんでいただこうと考えていましたし」
「わぁ~、あげてみたーい!」
「後はやはり、私の部屋でゲームでしょうか。ラゼルを始めるなら、この部屋を片付けましょう」
「くおんちゃんのお部屋は、一学期以来だね。最近の写真でも見てるけど!」
「他にも、このままお喋りをしたり、少し地味かもしれませんが、父の盆栽を見るのも意外と楽しいかもしれません。たくさんありますよ」
「おー……。お父さんの盆栽かぁ」
玖音さんが喋り、ひかりちゃんがそれに感想を言う。
一通り言い終わった玖音さんは、僕とひかりちゃんを交互に見て尋ねた。
「どうしましょう? 何か興味を惹かれるものはありましたか?」
「僕は皆さんにお任せします。すべてで楽しめそうですし」
「では、ひかりさんはどうですか? 何をしてもらっても構いませんよ。ただ、池の鯉の餌やりはもう少し遅い時間がいいかと思いますが」
ひかりちゃんは玖音さんに問われ、「うーん」と首を捻る。
「全部やってみたいけど~、まず最初に何がしたいかと言えば~……」
ひかりちゃんは可愛らしく首を最大限傾けると、何かを思いついたように目を輝かせた。
「そうだ! ひかり、くおんちゃんがゲームしてるところ見てみたい!」
「……え!? わ、私ですか?」
玖音さんはまるで予想していなかったように目を見開くと、驚いてひかりちゃんに確認し直したんだ。




