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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹とゲームを遊んでいたら、僕の世界がますます賑やかになっていく件
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パーティの終わり

四章終わりです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 楽しい楽しいパーティの後は、後片付けの時間が待っている。

 手伝いを申し出てくれるみんなを笑顔で見送り、僕は義妹の女の子と一緒に、人がいなくなったリビングへと戻ってきた。


「ひかりちゃんも今日は疲れたでしょ。準備のときもずっと見ててくれたし。部屋に戻って休んでてよ」


 僕は義妹の彼女にも、そう声をかけた。


 ひかりちゃんは僕のことを見守ってくれる女の子だけど、自分の体調を二の次にして無茶をしたりはしない。

 もしも倒れてしまったら、みんなに――特に僕に迷惑がかかると思ってくれているみたいだね。


 でも、今日のひかりちゃんは首を振る。


「ううん、ひかり、お兄ちゃんが片付けをしてくれているところを最後まで見てる。今日は――ううん、今日もお兄ちゃんは、ひかりたちに素敵な時間を提供してくれたんだし」


 ひかりちゃんの発言は穏やかな口調だったけど、僕は彼女の意思の強さを感じ取った。

 これはテコでも動きそうにないなと思い、僕は片付けを始める前に色々なものを準備し始めた。


 ひかりちゃんが驚きながらこちらを見ている前で、僕はまず椅子を持ってきて、その上にクッションを置く。


「見ててくれるのは嬉しいけど、それでも今日は長い間立ってたでしょ。せめてここに座って、休みながら見てて」


 彼女は嬉しそうに破顔(はがん)すると、僕に答えた。


「ありがと~!」


 座ったひかりちゃんにひざ掛けを掛けて、肩掛けも巻いてあげる。


「寒くない?」

「うん、だいじょうぶ!」


 とっても嬉しそうなひかりちゃん。

 思わず僕もつられて笑うと、彼女に言った。


「じゃあ、二人で一緒に片付けを始めようか。ひかりちゃんは監督役ね。僕はなるべくササッと終わらせるようにするから、見ててね」


 それは、他愛のない世間話のつもりだった。

 ひかりちゃんは『僕と一緒』という言葉を喜ぶ傾向があると思っていたから、そう言ったんだよね。


 でも、彼女の反応は意外なものだった。


「ヤダ」

「ヤダって……」


 予想外の反撃に、僕は肩を落として脱力する。

 ひかりちゃんはぷくっと頬を膨らませると、僕に向かって口を開く。


「お兄ちゃんが全部一人でやってくれてるんだよ。ひかりは見てるだけで何もしてないのに、一緒に片付けしてるなんて、おかしいよ」


 どうやら彼女の不満は、そういうことらしい。

 彼女からしてみれば、見ているだけなのに一緒にやったことにされるのは、僕の功績を横取りしている気分になっちゃうのかな。


「こ、言葉の(あや)だよ。それに、実際僕はひかりちゃんが笑っててくれると嬉しくなるから、側にいてくれると応援してもらっているような気持ちになれるんだ」

「むー」

「そ、そうだ。じゃあひかりちゃんは応援係ね? それならちゃんと役割になるでしょ?」

「…………」

「ひかりちゃんは、僕の片付けを応援してくれるよね?」

「す、する!」


 少し会話をすると、ひかりちゃんはあっという間に膨れっ面を止めてくれて、真剣な表情に変わったんだ。

 僕は安堵の息を吐き、改めて彼女に笑いかける。


「じゃあ、始めるね」

「うん! お願いします!」


 料理には後片付けがついて回る。

 それまでちゃんとやってこその料理だと思うし、美味しかった料理や笑顔で食べてくれた人のことを思い返すと、片付けも苦ではない。


 僕はエプロンをして腕まくりをすると、一歩を踏み出した。

 そこへひかりちゃんの応援(・・)が聞こえてくる。


「ふれー、ふれー、お兄ちゃん! 愛してる、愛してる、お兄ちゃん! 頑張れ頑張れお兄ちゃん~!」


 僕は頭を抱えると、言いづらかったけど、彼女に告げた。


「ごめんひかりちゃん。やっぱり片付けは僕一人でするね?」

「えー!? ぶーぶー!」





 とはいえ、さっきみたいなやり取りは(恐ろしいことに)僕たちの間では珍しくない。

 すぐに普段の調子を取り戻して、僕は片付けを進めていた。


「ねぇお兄ちゃん」

「んー?」


 ひかりちゃんが話しかけてきたので、作業の手を止めずに返事を返す。


「お片付け、大変じゃない?」


 恐る恐る窺うような、ひかりちゃんの口調。

 でも僕は、すぐに正直な気持ちを答える。


「ううん、今日はむしろ楽なほうかな。一番の悩みの種だった食品の残り物が、ありがたいことにほとんど出なかったからね」

「……でも、まだリビングには片付けなくちゃいけないものが山積みになってるよ?」

「たしかに量は多いけど、全然平気だよ。全部時間で解決するものばかりだからね。食べ物の残りはそうはいかないから」


 そう言うと、ひかりちゃんも僕の話に乗ってきてくれる。


「……紗雪さんとかアイリさんとか、それをわかってて持って帰ってくれたのかな?」

「凛子さんもそうかもね。ありがたいことだね」


 僕はパーティの終わり際の状況を思い出す。


「ふふふ、私は坊ちゃまの料理にありつける機会が少ないので、今日ばかりはたくさんいただいて帰りますよ~!」

「さ、紗雪さん、そのようなことを大声で言わないでください」


 わざわざ密閉容器を持ち込み、紗雪さんは料理を持ち帰るつもり満々だった。

 玖音さんがそれを恥ずかしそうに止めていると、しかしその隣に、アイリさんも容器を持って並ぶ。


「私も滅多にない機会なので、いただいて帰ります。――ですが紗雪さん、まずは育ち盛りのお子さんがいらっしゃるご家庭からにされては?」

「おっと、そうでした。さあ凛子様、遠慮なくガッツリいっちゃってください」


 そういう流れで、パーティの残り物はあっという間に片付けられてしまった。

 凛子さんは最初は恥ずかしがっていたけど、やがて僕のことをまっすぐに見つめると「いただいていくわ」と言ってくれたんだよね。


 ちなみに凛子さんは持ち帰り用の容器を持ってきていなかったので、僕がクーラーボックスごと貸してあげた。


「後は、残り物だから早めに食べてもらえることを祈るばかりかな」

「お兄ちゃんはその辺もちゃんと気を使ってるし、長く置かなければ全然平気だよね!」


 しかし思い返してみれば、紗雪さんもアイリさんも結構な量の密閉容器を持ち込んでいた。

 保冷剤等の品も抜かりなかったし、持ち帰り用の準備は完璧だった。


 僕は一人苦笑する。

 ひょっとしたら彼女たちには、僕が気合を入れて作りすぎるであろうことを予見されていたのかもしれない。


「……どうしたの、お兄ちゃん。手が止まってるよ?」


 ひかりちゃんに言われ、僕はハッとなって手を動かし始めた。

 そうして作業を続けながら、ひかりちゃんに問いかける。


「ねえひかりちゃん、今日の集まりなんだけど、すごいものになるって予感あった?」


 彼女は即答する。


「もちろん! お兄ちゃんがあれだけ張り切ってたんだもん。メグちゃんに控えるように言われてたけど、きっとすごいお料理が並ぶんだろうなーって思ってたよ~!」


 僕は彼女に背を向けたまま、再び苦笑した。

 予見という言葉を使うまでもなく、僕の行動はバレバレだったみたい。


「量はともかく、美味しかった?」

「うんうん! みんなも色々とお喋りしてたけど、料理のことも話してたよ~。これは何の料理? とか聞きあったりして~」

「そっか」

「それに、全員ともいつも以上に食べてたと思う~。メグちゃんなんて満腹になるのが恨めしいとか言ってたし、みんな気に入ってくれてたんじゃないかな~」

「……そんなになるまで食べてくれたんだね」


 僕は自分の料理を美味しいと言って食べてもらえるのが大好きだ。

 しかも少々やり過ぎてしまっても、それを受け止めて食べてもらえるし、後のフォローをしてくれる人もいる。


 本当に、僕は幸せ者だと思った。


「よし、やる気出てきた。次は十二月の玖音さんの誕生日かな。あ、でもその前に中間試験を上手く乗り切れたら、何かお祝いしようか?」


 僕がそう言うと、ひかりちゃんが困ったように笑う。


「こんなパーティが頻繁に続いてたら、ひかりはまた太っちゃうよ~」

「そ、そうかな? うーん、なら量は控えめにして何か作ろうか。ずっと()び延びになっているラム肉とラム酒を使った料理を本格的に考えてみるとかどうかな」


 ひかりちゃんは優しげな笑顔で首を振る。


「お兄ちゃんの好意は嬉しいけど、ひかりたちだってお兄ちゃんに恩返ししたいよ。だから今度はひかりたちの番」


 そんな風に言われてしまうと、僕としても引き下がらざるを得ない。

 精々(せいぜい)ひかりちゃんの恩返しを楽しみにさせてもらうとしよう。


 でも、出来れば僕が恥ずかしくなるような恩返しは止めてもらいたいなあ。


「そういえば、凛子ちゃん驚いてたよ。お兄ちゃんがずっと裏方で料理してたから」

「ああうん、たしかにみんなと一緒にご飯を食べたりはしなかったね。ほんの少しは食べてたけど」

「でも最後には、お兄ちゃんらしいって言ってた」

「そうなんだ。凛子さんも隣の席になってもう半年ぐらいだから、嫌でも僕のことをわかってきてくれたのかな」


 軽い口調で、ひかりちゃんにそう答える。

 すると彼女は、声のトーンを落として僕に言った。


「お兄ちゃんは、今もずっと裏方してるね」

「うん、そうだね」

「凛子ちゃんが、お兄ちゃんらしいってイメージがついちゃうくらい、お兄ちゃんはずっとずっと裏方ばかりなんだね」

「まあ……、そうかもしれないね」


 凛子さんと僕の関係を見ると、僕は裏方そのものだ。

 クラス委員として表舞台に立つのは凛子さんにほとんど任せて、僕は人前に出ない作業に回っている。


 普段の生活でも表舞台に立っているとはとても言えず、クラスの隅っこでスマホ見てるだけだ。

 最近は凛子さんと愛さんに話しかけられることが増えて、それも徐々に変わりつつあるけど。


 しかし、そんなことを考えていた僕に、妹のひかりちゃんが、今一度最初の質問を投げかけてくる。


「お兄ちゃん、お片付け、辛くない?」


 それは言葉だけの意味ではなく、裏方ばかりの僕のことについても聞いているような気がした。


 もちろん僕はそれに、笑って答える。


「辛くないよ。むしろ、今は楽しいかな」


 みんなが楽しんだ結果を片付けていると思えば、何も辛いことはない。

 リビングやテーブル、お皿などをピカピカにしたら、また次もよろしくと思えてくるし、作業が終わったと実感出来れば、連鎖的に楽しかった一日も思い出すことも出来るだろう。


 それに、僕の生き方は裏方ばかりじゃない。

 たまにひかりちゃんたちに主役として引っ張り出されることもあるし、そもそもゲームの中では、僕はチームの最前線に立つことも珍しくない。


 だから僕は、そういう意味合いをすべて含め、辛くないと答えたんだね。


 そして、ひかりちゃんも僕の答えを予想していてくれたのか、微笑みを絶やさずに言う。


「うん……。お兄ちゃん、いい笑顔だね」

「実際に楽しいからね」


 僕は改めて彼女に笑いかけると、再び片付けを再開させた。

 ひかりちゃんには背を向けてしまったから、彼女がどういう表情をしたのかはわからない。


 少しの間の後、ひかりちゃんは僕の背に声をかけてくる。


「ひかり、最後までお兄ちゃんのお片付け、見てるね!」


 僕は苦笑して、彼女に言う。


「スマホとか見ながらでいいからね」


 だけど、そう言った瞬間、僕の頭はあることに気が付いた。

 そっか、とつぶやき、彼女に対して言葉を付け加える。


「ねえひかりちゃん」

「うん? なぁに~?」

「僕の片付けをしている姿を見てて、楽しい?」


 僕が振り向いて楽しいかどうかを聞くと、彼女はすぐに満面の笑みで答える。


「楽しいよ~!」


 その言葉を聞けた僕は、彼女に言ったんだ。


「その気持ちが、片付けをしているときの僕の気持ちに似ているかもね?」

「えっ?」


 突然のことに、小さく口を開けて驚くひかりちゃん。

 僕は発言の意図を、そんな彼女に伝える。


「今のひかりちゃんは、陰ながら僕を応援してくれている裏方とも言えるんじゃないかな」


 その可愛らしい小さなお口が、「あ……」と小さなつぶやきを漏らした。

 僕はそんな彼女に微笑むと、また片付けへと戻る。


「僕も今日のみんなの笑顔を思い出していれば、片付けをするのも楽しいんだ」


 片付けは一見すると地味な作業に思えるかもしれないけど、それが親しい人のためになっていると思えば辛くない。

 片付けをしている人を見ているだけの作業は地味に思えるかもしれないけど、それが親しい人なら辛くはない。


 それらの気持ちは、似ているんじゃないかって思ったんだ。


「そっか~。ひかりは今、お兄ちゃんの裏方なんだね~!」


 今度の僕の例えは、ひかりちゃんに好意的に受け入れてもらえたみたいだった。

 彼女は嬉しそうに言葉を続ける。


「お兄ちゃん、ひかりはお兄ちゃんを応援してるよ」

「ありがとう」

「ずっと……、ずっとずっと、応援してるから!」


 僕も楽しいと感じながら、彼女の言葉に返事を返す。


「僕だって、ひかりちゃんのことを応援してるよ」

「今はひかりが裏方なの~」

「そうだったね。じゃあ応援よろしくね」

「うん! ひかりは裏方だからね!」

「あはは」

「お兄ちゃんが主役だから!」

「ありがと」

「ひかりの人生の主役だから!」

「……それはちょっとどうかと思うな」


 僕と彼女はいつものやり取りをしながら、二人だけで片付けを続ける。

 ひかりちゃんの発言には時々困らされちゃうこともあるけど、やっぱり彼女と話すのは楽しくて、一緒にいられるのは幸せだった。




    ◇




 しかし、僕のことを最後まで見ていると言ったひかりちゃんは、それを成し遂げることが出来なかった。

 それは可愛らしい理由からで、当然のことながら、僕はそんな彼女を欠片も恨んだりはしなかった。


 会話が途切れ、それでも苦痛ではない静けさがリビングに訪れる。

 しばらくの間、部屋には片付けの音だけが鳴り響き、静かで穏やかな夜を演出していた。


 作業に夢中になっていた僕は、ふとひかりちゃんのことを思い出す。


「(そういえばずっと黙ってるけど、SNSにでも夢中になっているのかな?)」


 僕はそんなことを考えながら、彼女へと視線を向ける。

 するとそこには、椅子に座ったまま愛らしく船をこぐ義妹の女の子の姿があった。


「ひ、ひかりちゃん」

「……う?」


 僕が声をかけると、寝ぼけた感じで返事をするひかりちゃん。

 彼女は今日、朝からずっと僕のことを見てくれていた。


 パーティの最中はみんなとお喋りに夢中だったし、それが終わった後も、椅子に座っていたとはいえ、休まずに僕のことを見てくれていた。


 でも、とうとう体力の限界が来ちゃったみたいだね。

 それに、もしかしたら僕と和やかに会話していたから、緊張の糸が切れたのかもしれないね。


「あ、ひ、ひかり、ちょっと寝てたかも」

「うん、眠そうにしてたよ。だから部屋に戻ろう? こんなところで寝ちゃうと風邪引いちゃうよ」


 僕がそう言うと、彼女は目をつぶり首を左右に振る。


「や、やだ。ひかり、お兄ちゃんのこと最後まで見てるの」

「でもひかりちゃん、まだ昼間の格好のままだし、お風呂も入りたいんじゃない?」

「……うん」


 再び僕が言うと、ひかりちゃんは素直に頷いた。

 彼女は申し訳なさそうな表情で、上目遣いに僕を見る。


「……お兄ちゃん、ひかり、お風呂と着替えしてきていい?」


 僕はなるべく気持ちをこめて、彼女に優しく言う。


「行っておいで。僕はひかりちゃんが風邪を引いちゃうのは嫌だよ。それに、ひかりちゃんは今日ずっと僕を見ててくれたし、もう僕は十分だよ」


 下を向いてその言葉を聞いていたひかりちゃんは、再び上目遣いに僕を見る。


「じゃあひかり、ちょっと席を外すね。ごめんね、お兄ちゃん」

「本当に気にしないで。お風呂、しっかり入ってきてね?」

「うん……」


 僕は彼女が頷いたのを見ると、彼女から肩掛けとひざ掛けを「畳んでおいてあげるね」と外してあげた。

 ひかりちゃんは「ありがとう」と小さく言うと、立ち上がる。


「そ、それじゃ、すぐに行ってくるね!」


 彼女はハッとなってそういうと、時間が惜しいかのようにリビンクから出ていった。

 僕は苦笑しながらそれを見送る。


 ひかりちゃんのお風呂関係の時間は長い。

 家の中で就寝以外で、僕と一番長く離れている時間だ。


「よし、この間に出来るだけ終わらせておきますか」


 僕は気合いを入れ直すと、少しペースを上げて片付けに取り掛かる。

 僕が早く終わらせれば、それだけひかりちゃんも早く眠ることが出来るだろうと思いながら。





 ひかりちゃんがパジャマ姿で再びリビングに戻ってきたのは、彼女にしてみればずいぶんと早い時間だった。

 だけど僕は片付けの大半を終わらせており、ひかりちゃんは後少し我慢してもらえれば僕の作業は終わるはずだった。


「ごめんね、お兄ちゃん! ひかり、もうだいじょうぶだから!」


 湯冷めしないようにタオルケットを頭から被り、気合いも十分にひかりちゃんは椅子に座り直した。


「うん、もうちょっとで終わるから、応援よろしくね」

「はーい!」


 元気良く答えてくれるひかりちゃん。

 僕はこれなら今日も無事終われると思ったんだ。


 だけど、一度疲労を覚えた体はお風呂に入ってほどよく温まり、余計に睡眠を欲し始めたみたい。

 ほんの五分程度目を離した隙に、ひかりちゃんはまたもうつらうつらとし始める。


「ひ、ひかりちゃん」

「……ね、寝てないよ!」


 慌てて目を開く義妹の女の子。

 彼女が大丈夫と言うので、僕は仕方なしに作業を再開させる。


 でも、彼女はまたすぐにうつらうつらとし始める。

 一度本当に眠くなってしまったら、どんなに頑張っても起きるのは難しいよね。


 声をかける、起きる、眠くなる、また声をかける、起きる……、というやり取りを何度かした僕は、とうとう諦めて声をかけなくなった。

 そうして僕は、なるだけ急いで片付けを進める。


 そして僕は、ひかりちゃんの位置から見て綺麗になった時点で、彼女に声をかけた。


「ひかりちゃん」


 しばらくそっとしておいたせいだろうか。彼女の睡眠はかなり深いものへと移りつつあった。

 声をかけても起きなかったので、次の僕は彼女の肩を揺らしてみる。


「ひかりちゃん、ひかりちゃん」


 さすがに体を揺らすと彼女も気付いたようで、薄っすらと目を開いた。


「終わったよ、ひかりちゃん」


 僕は少し嘘をついた。

 実際には皿の片付けなどまだ終わってないことも多かったけど、今日はもうこれで終わりにしたのだ。


「……お兄ちゃん、ごめん。ひかり、ちょっとボーッとしてたかも……」


 ひかりちゃんは完全に寝ぼけてしまったようで、頭をフラフラさせながらそう答えた。


「ひかりちゃん、もう終わったからね。部屋に戻れるよ」

「そうなんだ……。お兄ちゃん、お疲れさま~……」

「ありがとうね、ずっと見てくれて」

「えへへ……」


 僕がありがとうを言うと、ひかりちゃんは嬉しそうに笑った。

 その笑顔に僕も微笑みを返すと、彼女はとんでもないことを言い出す。


「お兄ちゃん……、部屋までつれて行って~……」


 眠そうに、そして甘えたように僕に言うひかりちゃん。

 僕は無言で首を振ると、彼女に残念な現実を突きつける。


「ひかりちゃん、いくらひかりちゃんが軽くても、僕にはお姫様抱っこ出来るような力はないよ」


 それを答えた僕は、ひかりちゃんに不満そうな声を出されると思っていた。

 だけど彼女は、なおも同じような喋り方で、僕に言ったんだ。


「おんぶ~……」


 僕は目頭を押さえ、彼女の発言の衝撃に耐える。


「ひかりちゃん、まだ完全に眠ってないでしょ? だから歩けるはずだから、自分で立って――」

「早く~」


 僕の説得に、ひかりちゃんは駄々をこねるように言葉を被せてきた。

 ガクリと首を折り、僕は説得を諦める。


 今日のひかりちゃんは僕をずっと見てくれていたんだし、これくらいしてあげてもいいよね。

 そう思いながら僕はひかりちゃんに背を向けると、彼女に声をかけた。


「潰れちゃうかもしれないけど、どうぞ」

「えへへ~、お兄ちゃん好き~……」


 すると、ひかりちゃんはそう言って僕の背中に覆いかぶさってきた。

 どうやら本当に眠くなっているのか、彼女の体にはほとんど力が入っていない様子だった。


 僕の背中に()ぶさると、ひかりちゃんは安心しきったのか、すぐにスースーと寝息を立て始める。

 やれやれと苦笑した僕は、一つ息を吸い込むと力を込めて立ち上がった。


「……くー……」


 僕が移動を始めても、やっぱりひかりちゃんは何も言わなかった。

 このまま本格的に寝ちゃうのかな。僕はそう思ってちょっと不安になる。


「着いたよ、ひかりちゃん」


 彼女の部屋の前まで到着した僕は、背中に向かってそう声をかけた。

 でも、一切反応はない。

 僕はため息をつくと、ドアを開いた。


 僕がひかりちゃんの部屋に入るのは、珍しいことじゃない。

 彼女が寝坊したら起こしに来るし、他にも色々と用事で入ったりする。


 そんなわけで、見慣れたひかりちゃんの部屋。

 ここ数ヶ月ですっかり女の子っぽい部屋になりつつあるけど、やっぱり空きの空間が目立つ部屋だった。


「あ、ひかりちゃんお布団敷いてくれてるんだ」


 僕から思わずそんな言葉が飛び出した。

 ひかりちゃんはまだベッドを買っていないから、毎日お布団を敷いて眠っているんだよね。


 今日もその必要があるかと思ったんだけど、どうやらひかりちゃん、お布団を敷いてからリビングに出てきたみたいだね。


「ひかりちゃん、下ろすよ~」


 僕はそう言って、ゆっくりとしゃがみ込む。

 相変わらずまったく反応がなかったので、そのまま自分も倒れるようにして、お布団の上に彼女を転がした。


「はぁ、はぁ、こんなことしたの、人生で初めてだよ。ひかりちゃん、どこか痛くなかったかな?」


 息を切らせながらひかりちゃんを確認しようとすると、思いの外に彼女の寝顔が近くにあって、ドキッとした。

 僕はゴホンと咳を一つすると、彼女から離れようとする。


 しかし度重なる体への刺激と音で、ひかりちゃんの意識は少し覚醒したみたい。

 間近にあった彼女の瞳が、ゆっくりと開いていく。


「……お兄ちゃん……」


 彼女は視界に僕を捉えると、すぐに笑ってそう言った。

 僕は顔が一瞬で赤くなってしまい、かなしばりに遭ったように動けなくなってしまう。


「ここ、どこ~?」

「ひ、ひかりちゃんの部屋だよ。今ひかりちゃんを下ろしたばかりだよ」

「そうなんだ~……」


 しかし、やはり彼女はまだ夢の世界との境界線にいるようだった。

 いつも以上に間延びした声で、ふわふわと話すひかりちゃん。


 だけど、寝ぼけていてもひかりちゃんはひかりちゃんだった。

 彼女はいつもやっているように甘えてきて、そして状況に見合った発言をしたんだ。


「お兄ちゃん、このまま一緒に寝よ~……」


 間近にいた僕を抱きしめ、ひかりちゃんは眠たげにそんなことを喋った。

 僕は頭の中が真っ白になって、弾かれたようにひかりちゃんから離れた。


「む~……」


 ひかりちゃんが不満そうな声を上げる。

 だけど、頭の中が()だって何も言わなくなっていた僕の代わりに、彼女は自ら機嫌を直した。


「残念~、今度また一緒に寝ようね~……」


 彼女は柔らかく笑うとそのままお布団の中に入り、今度こそ寝入ってしまった。

 僕はしばらくの間、スースーという彼女の寝息と、自分のバクバクと言う心音を聞き続けていた。


「(……今度も何も、僕はひかりちゃんと同じ布団で寝た記憶はないんだけどなあ)」


 やがて僕は落ち着きを取り戻すと、大きく息を吸って吐き、頭の中をスッキリさせた。

 眠っているひかりちゃんに、布団をかけ直してあげると、小さくつぶやく。


「おやすみ、ひかりちゃん」


 そしてひかりちゃんの部屋から出た僕は、スマホにたくさんの『今日はありがとう』のメッセージに気付いたのだった。



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