立食パーティ
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僕は元々料理を作ることが嫌いではなかった。
お母さんが美味しいと言って褒めてくれたハンバーグ。
褒められた僕は満更でもなく、子供心に次はもう少し美味しく作ってみようかなと思ったものだった。
そして、その流れはひかりちゃんへと届けられる。
初めて彼女に会ったときに出したハンバーグ。彼女は可愛らしいお目々をまん丸にして驚いてくれたっけ。
それからというもの、僕は毎日彼女の美味しいという言葉を聞きながら料理を作り続けてきた。
それはまだ半年にも満たない期間だけど、僕の中では大きな糧になっている。
その集大成とも言える料理が、僕の家のリビングに並んでいた。
「……ヒカリ、これ、センパイが一人で作ったのデスか?」
「そうだよ~! ひかりはずっと見てるだけだけど、それでも疲れちゃうくらいお兄ちゃんは頑張ってたよ~!」
「派手にしなくていいと言ったのに……。センパイはおバカさんデス……」
「ふふ。メグちゃんよかったね」
「……ハイ、嬉しいデス」
それを見た女性陣は、皆一応に驚き、そして揃って優しげな笑顔を浮かべていた。
凛子さんが小声で僕に問う。
「満漢全席?」
「それ満漢全席って言いたいだけだよね? ただの立食パーティだよ。歓談しながら適当に食べちゃって。座る場所も作ってあるから」
本当はコースのように順番に料理を出すことも考えたけど、女性陣はお喋りも好きだろうと言うことで、立食パーティの形をとった。
これなら僕の料理は脇役になってしまうかもしれないけど、それでも僕は満足だった。
「や、やー、どうもどうもアイリさん。お疲れさまです」
「お疲れさまです、紗雪さん。……しかし、何故あなたはそのようにビクビクしていらっしゃるのですか?」
「私、ちょっと緊張しておりまして。お嬢様と坊ちゃまとアイリさんくらいしか、話せる相手がいないのです」
「とてもそうは見えませんが。そもそも先日、光様と一緒になって金の彫像を楽しそうに作っていたと聞いておりますが?」
「ぐはっ!? ……年甲斐もなくはしゃいでて、すみません」
「私は堅物なので、お嬢様方と一緒になって楽しめるあなたが羨ましいのですけどね」
部屋の一角にはお手伝いさん繋がりの、紗雪さんとアイリさんも来てくれている。
今日来る予定だった人は誰も欠けることなく、僕の家に集まってくれているんだ。ありがたいよね。
「お兄ちゃん、みんな揃ったよ。じゃあ挨拶して、始めようよ~」
「うん。そうだね。じゃあメグさんどうぞ」
「え?」
みんなの準備が整ったようなので、僕はメグさんに挨拶をお願いする。
すると、メグさんは眉をひそめて僕を見た。やがて彼女は、僕に言う。
「センパーイ、ここは男らしく、センパイが一言言ってクダサーイ」
「え、ぼ、僕?」
「そうデース。メグはもう誕生日に十分祝われたデス。だから今日は主役でなくてもいいので、センパイが思うように言ってクダサイ」
「で、でも……」
助けを求めるように、僕はキョロキョロとみんなを見回した。
そしたらなんと、みんな柔らかな笑顔で僕を見つめていたんだ。
驚いて固まる僕に、ひかりちゃんが話しかけてくる。
「ほらお兄ちゃん、ひかり、お腹空いちゃった。早く何か言って? だいじょうぶ。お兄ちゃんが思っていることをそのまま言っちゃえばいいんだよ」
ひかりちゃんにそう言われ、僕は一度下を向いて黙り込んだ。
だけど、一瞬の後にはやけっぱちのような気持ちで、一気に顔を上げる。
「きょ、今日はメグさんの誕生日に関連した集まりですが、僕は日頃お世話になっているみんなに楽しんでもらおうと料理を作りました。楽しい時間を過ごしてもらえると幸いです」
最後まで言い切り、僕はガバッと頭を下げた。
みるみる顔が赤くなり、心臓もバクバクと音を立て始めた。
しかし、そんな僕の耳に、一斉に始まった拍手の音が聞こえてくる。
僕の家のパーティはそんな感じで始まったんだ。
「お兄ちゃんって、休み時間はホントにスマホばかり見てるの?」
「ええ、ほとんどそうだと思うわ。昔は課題とかしてたこともあるけど、思えばあなたが来てからは学校で勉強関係は一切しなくなったと思う」
「友達はいないのデスか?」
「そもそも作ろうとしているところを見たことがない、かな……。いつも一人で不満なさそうだったし、私が話しかけても恥ずかしそうにしてたし」
「本当にお兄さんの言っていた通りなのですね……。一人でも生きていける強い人なのですね」
女子高生四人組は、何やら固まって話をしていた。
新しい凛子さんの加入で、話のネタも尽きないのだろう。
そして社会人二人組は、僕の隣で会話をしていた。
「しかしアイリさんも、三百六十五日休みがないと言っても、実際には休息を取る日だってあるでしょう?」
「厳密に言えば、私の休みは年間百五十日以上あります。ですが私とメグ様の関係はすでに公私の枠を超えている関係なので。休息を取っていたとしても、呼び出しがあればすぐに出ます。あなただってそうでしょう?」
「いやー、私も出るには出るのですが、代わりにまた別のお休みがもらえるので……」
「私はお休みをもらっても、疲労を抜く以外することがありませんから。最近は自発的にラゼルにログインさせていただいていますが」
こっちは近くで話しているので、何を話しているのかはバッチリと聞こえる。
というか、たまに僕も話題に巻き込まれるしね。
「おや。メグ様がいなくともログインされていたのですか。気が付きませんでした。……坊ちゃまは気付いていたのですか?」
「ええ、使った分の物資の補充や、後は船の修繕などもしてくれてるみたいですね」
「うわー、ゲーム内でもめっちゃ裏方ですね。自分で何かやってみたいということはないので?」
「私自身は何かを創造して遊ぶなどという行為は苦手です。お嬢様方の生活を見せていただけているだけでも、十分楽しめています」
「……ゲームの中でも、あまり現実世界と変わらない行動をされているのですね」
「そうかもしれません。裏方に回ることが望みなので」
そして僕はと言うと、紗雪さんとアイリさんの話を聞きながら、キッチンで包丁を研いだりしていた。
「しかし、裏方に回ることが望みと言えば……」
「……ああ、仰っしゃりたいことはわかりました」
包丁の研げ具合をキラリと光にかざして確かめていると、そんな僕に二人の視線が向いてくる。
僕は笑って、危なく見えないように包丁を彼女たちに見せた。
「へへ~。いいでしょこの包丁。ひかりちゃんが誕生日にくれたんですよ。ちょっと引いちゃうくらい何でもスパスパ切れるんです。だから今度身欠きふぐでも買って、ふぐ刺しでも作ってみようかなって企んでるんです。良い品売ってればいいんだけどなあ」
身欠きふぐとは、免許を持った人がふぐの毒の部分などを取り除いた品のことだ。
それを扱うのなら許可は要らない。一般人の僕でもふぐ刺しが作れるようになるんだね。
でもそれを言った瞬間、二人の視線が呆れたようなものに変わる。
そして口を開いたのは、紗雪さんだった。
「坊ちゃまは女の子たちと仲良くなるより、包丁の切れ味が気になるのですね」
僕は笑ってすぐに答える。
「いえいえ、そんなことはないですよ。ありがたいことに、ひかりちゃんたちとは仲良く出来ているのではないかと思います。昔の僕に比べたら、十分な進歩ですよ」
「……あちらで何を話しているのか気にならないのですか?」
「ならないです。深刻そうな感じで話していれば心配しますけど、今はみんな楽しそうに話しているので。問題ないかと」
「いや……、だからと言って、今包丁のお手入れをしなくとも……。向こうに行って、僕も会話に入れてよ、とか言ってみてはどうですか?」
紗雪さんにそう言われ、僕は再び笑った。
そして冷蔵庫からお魚を取り出してきながら、紗雪さんに言う。
「今だから、ですよ。包丁の切り方一つで、これが味も変わるんですよ。どうです、一貫試してみていただけませんか?」
「は? 一貫?」
「今握りますね」
唖然としながらこちらを見る紗雪さんの前で、
僕は用意してあったマグロを上手に切り、さっと握って紗雪さんに出す。
「今日はこういう場なので、小さめに握ってあります。そして失礼ながら、お醤油もすでに付けてあります。そのままどうぞ」
「…………」
紗雪さんは無言で僕からお皿を受け取ると、お箸を使い、握り寿司をつまみ上げる。
そして何やら言いたげに色々な角度からそれを眺めると、不思議なことに軽く頭痛を堪えるような仕草を見せた後、お口に放り込んだ。
「……坊ちゃま」
「はい」
「どこで修行してきたんですかね? 見た目も味もプロと遜色がないほどの出来栄えに思えるのですが」
「ありがとうございます。ですが、そのちょっとの差がプロと素人の差ではないでしょうか。あ、ちなみに修行は自宅でしました。練習相手はひかりちゃんです」
僕がそう言うと、紗雪さんは再び黙り込んでしまった。
僕は代わりに、アイリさんに視線を向ける。
「アイリさんもどうですか? お魚も大丈夫なのですよね?」
すると彼女も不思議なことに、これ見よがしに盛大にため息をつくと、僕に答えた。
「好物です。いただきます」
ちなみにアイリさんも、何故か食べた後に非常に疲れた感じで「とても美味しいです」と言ってくれたんだ。
「でも、紗雪さんもお兄ちゃんとデートしたことあるんだよ~。だからあの彫像は、決してイタズラ目的だけじゃないんだと思う~」
「ひ、ひかり様。デートは玖音お嬢様の方ですって。私は同伴しただけで、決してデートをしたという事実はございません」
「でもお兄ちゃんは、映画館でずっと手を握られていたって」
「あ、あれは……。坊ちゃまの顔が赤くなるのが面白くて、つい……」
「アハハ。紗雪は好きな人に振り向いてもらおうとちょっかい出している感じに見えるデス」
「うぐぐ……。言い返せない……」
少し時間が経って。
ひかりちゃんは、メグさんと紗雪さんとの三人でお話をしていた。
何気にあの三人は仲が良い。紗雪さんは僕たちと遊ぶのを恥ずかしがったりもするけれど、遊び始めると本当に楽しそうに混ざってくれるんだよね。
「えっ? アイリさんっていつもはメイドさんなのですか?」
「はい。私どもの普段着にございます」
そしてこちらは、凛子さんとアイリさん、そして玖音さんと僕との四人で会話をしていた。
家のお手伝いさん――しかも住み込みで働いている人は珍しいので、凛子さんは興味を引かれているみたい。
「僕は黒の執事服っぽい服のほうがよく見てる気がしますけどね」
「街中ではさすがに目立ち過ぎますから。こちらにお伺いさせていただくときには毎回着替えています」
「毎回空の家に来るときは着替えてるんですか? 大変じゃないですか?」
「いいえ、大変だと感じたことはございません。――メイド服の実物に興味がおありでしたら、今からきっかり五分で着替えてまいりますが」
「ご、五分!? いつも持ち歩いているのですか? それでも早いような気がしますが」
「すみません。それは内緒にございます」
アイリさんはこのマンションの一部屋を借り上げてくれている。
もし話が成立すれば、おそらくそこに着替えに行くのだろう。
凛子さんは感心したようにアイリさんを見た後、次に玖音さんに話しかける。
「玖音さんのご自宅でも、紗雪さんはいつも割烹着姿なの?」
「ほとんどはそうですね。時々私服で私の部屋まで来たりしますけど」
「いいなあ。お姉さんみたい」
「実の姉は他にいるのですけどね。もっと年が離れていますけど」
僕はその話を、もう少し掘り下げて彼女たちに話す。
「僕たちの中じゃ、実の弟か妹がいるのは凛子さんだけみたいだね。玖音さんもメグさんも末っ子だし、僕とひかりちゃんは一人っ子同士だからね」
「そうなんだ」
ちなみにアイリさんも末っ子だ。でも、紗雪さんだけは聞いたことがないんだよね。
「お兄さんは、凛子さんの弟さんと妹さんに会ったことがあるのですよね?」
「うん。一応ひかりちゃんもあるかな。遊園地で話したよ。元気な男の子と、利発そうな女の子だった」
「そっか、元々は玖音さんにつれられて来ていた遊園地だったのよね。お土産を買うために別れてたんだっけ?」
「はい、私はメグさんと一緒に行動していました」
「もし、四人揃っているところに私が来ていたら……。あはは、冷静で要られたかしらね。みんなすごく綺麗だもんね」
凛子さんがそう言い、僕と玖音さんは言葉を失い黙り込む。
しかしそこは凛子さん、すぐにサッと新しい話題を切り出してきた。
「あの時のひかりさん、地味な格好に変装してたよね。やっぱり玖音さんも同じように、目立たない格好に変装してたのかな?」
「そ、そこまで大げさなものではありませんが、たしかに目立たない格好をしていました。す、すみません。私みたいなものが自意識過剰でしょうか?」
「全然そんなことないよ、玖音さんもめちゃくちゃ綺麗じゃない。――ねえ空、遊園地で撮った写真ないの?」
「あるよ。ちょっと待ってね。……玖音さん、凛子さんにあの時の写真見せてあげても良いかな?」
「も、もちろん構いませんよ。……ちょっと恥ずかしいですけど」
玖音さんの許可がもらえたことで、僕は凛子さんに写真を見せる。
「おー、やっぱり玖音さん、綺麗じゃない。変装してもお嬢様のオーラは消せていないわ」
「うん……。よく見たら美人さんってわかるね」
「あ、ありがとうございます……。で、ですが、凛子さんもお綺麗ですよ」
「あはは、ありがとう」
僕はそこで声を大きくし、ひかりちゃんたちにも声をかける。
「ひかりちゃん、メグさん、紗雪さん、遊園地に行った時の写真を凛子さんにも見せてあげてもいい?」
すぐに明るい声で許可が降り、僕はありがとうと返事を返す。
そして最後に、すぐ近くの人にも声をかけた。
「アイリさんも、構いませんよね」
「無論です」
全員の許可を得たところで、僕はその日撮った写真を凛子さんに見せ始める。
「ホントに、ここにいる人みんないるのね」
「うん、だいたいいつも一緒だね」
「紗雪さんやアイリさんと、似たような格好の人も写ってるけど……」
「ああうん、その人たちも玖音さんやメグさんのところのお手伝いさんだね」
「すごいわね。まさに要人警護なのね」
「そうだね」
写真は僕が撮っているので、当然僕は写っていない。
だけど、あのときは僕も警護される側にいた。人生ってどうなることかわからないね。
凛子さんは僕にありがとうを言うと、次に玖音さんに近寄っていく。
「玖音さん、写真見せてくれたお礼に、私の写真も見てもらえる?」
「あ、は、はい」
凛子さんは行動的だなあ、と思いながら見ていると、玖音さんが不思議な行動を取る。
何かの写真を見せられた玖音さん、驚きに目を見開くと、すぐに写真と僕を交互に見た。
「……え? 何の写真なの? そんなに驚くような写真なの?」
僕が気になって声をかけると、玖音さんは無言で、そして高速で首を左右に振った。
凛子さんは僕と視線を合わせず、玖音さんと話し続ける。
「他にもあるわよ、ほら」
「わぁ……」
目を輝かせながら写真を見る玖音さん。
僕は気になって、凛子さんに声をかける。
「り、凛子さん、僕にも見せ――」
しかし、僕は最後まで言えなかった。
突然アイリさんに肩を掴まれ、声をかけられる。
「空様、突然ですが、私、先ほどの握り寿司がいたく気に入りまして。もう何貫か握っていただけませんか?」
僕は写真も気になっていたけど、アイリさんの発言も聞き捨てならない発言だった。
写真は後で見せてもらえばいいかと考え、僕はすぐにアイリさんに向き直る。
「な、何を握りましょう? 色々ありますよ!」
「では貴方のオススメで。ですが、先ほど握っていただけたネタは大変美味しかったので、もう一貫お願いできますか? 他はお任せします」
「任せてください!」
僕はアイリさんのリクエストを受け、急いで準備に取り掛かる。
アイリさんも楽しみなのか、微笑みながら――それにしては妙に慈愛のこもった視線だった気もするけど――僕の姿を見続けてくれていた。
「ありがとうございます、いただきます」
そうして僕は、ニコニコしながら出来上がったお寿司をアイリさんに出す。
そこで余裕が出来、周囲を見回すと、女の子たちの行動が変わっていることに気付いた。
いつの間にかみんなスマホを持ち寄り、何やら写真を見せあっているようだった。
僕は首を傾げ、彼女たちに声をかけようと口を開く。
しかしその前に、女の子たちの輪から外れてきた紗雪さんが、僕に向かって言ったんだ。
「大将! 私にも何か握ってください! 大将のオススメで!」
そんなことを言われてしまうと、僕はもうそれに応えるしかない。
すぐに笑顔で紗雪さんを見て、僕は言った。
「すぐに準備しますね!」
紗雪さんもアイリさんの隣に座り、そして何故か苦笑し合った気がした。
それが何を意味しているのかはわからなかったけど、それでも僕はウキウキしながら料理を続けたんだ。
「お兄ちゃんって、やっぱりカッコいいんだね~!」
何やらひかりちゃんがまた突然僕のことを持ち上げてたみたいだけど、僕はいつものことかと思って聞き流した。
でもこの日を境に、凛子さんはグッとひかりちゃんたちのグループと仲良くなって、お互いの情報交換も進んだみたい。
それの媒体として、もしかしたら凛子さんが見せていた写真の存在があったのかもしれないけど、結局僕はそれからも、それが何だったのかを聞きそびれているんだよね。




