おひとりさま追加
『後で詳しく話してもらうから』
スマホにそんなメッセージが送られてきた僕は、思わず体がぶるぶると震えてしまった。
どうやらひかりちゃん、凛子さんに玖音さんとメグさんが来ることを教えてあげていなかったようだ。
僕はひかりちゃんのことを甘く見ていたよ。もっとしっかりと、凛子さんに確認を取っておくべきだった。
とはいえ、凛子さんはひかりちゃんたちと接するときはスッパリと気持ちを切り替えたみたい。
頭を下げ「初めまして」等の挨拶をして、その社交性の高さを窺わせていた。
そうして手洗い等を済ませリビングに移動した後、僕は素早くお茶を入れつつ彼女たちに冷やしておいた水羊羹を並べた。
落ち着いたところで、凛子さんは早速メグさんの親愛のこもった洗礼を受ける。
「ワタシのナマエはMargaret・Millerデス。ヨロシクお願いしマース」
「ま、まいねいむいず、りんこ、あかつき、ないすつーみーちゅー」
いかにも日本語に慣れていない感じで喋るメグさんに、凛子さんは思わず英語(?)で返事をしてしまう。
ひかりちゃんがニコニコと笑いながら僕を見ていたので、僕が恐る恐るメグさんに話しかける。
「メグさん、凛子さんは英語の成績は悪くないよ。発音は本場の人には及ばないかもしれないけど、聞き取りはかなり出来ると思うよ」
その発言を聞いたメグさんは、大げさなリアクションで頭に手を当てる。
「オゥ、さすがは進学校のお嬢さんデース。メグより英語出来そうデース」
「え、え?」
凛子さんが戸惑った様子で僕を見たので、僕はメグさんの自己紹介の種明かしを始める。
「メグさんはああ見えて、日本生まれの日本育ちなんだ。でも見た目は完璧に海外の人だから、今みたいなビックリ自己紹介が好きみたい」
「あ、ああ、ビックリ自己紹介なのね。そういうことなんだ。恥ずかしい英語話しちゃったな」
それでも彼女は、不快感を顕にすることはなかった。
凛子さんはメグさんに視線を戻し、頭を下げる。
「改めまして、暁凛子です。よろしくお願いします。マーガレットさん」
凛子さんのその姿を見たメグさんは、本当に嬉しそうに目を輝かせた。
彼女はもったいぶったリアクションで、凛子さんに言う。
「ノーノーノー。メグのことはMargaretではなく、親しみをこめてMegと呼んでクダサーイ。だってメグのあの自己紹介は、仲良くなりたい人向けの奥の手なのデス。メグはあなたと仲良くなりたいデース」
「あ、ありがとう。じゃあメグさんと呼ばせてもらうね。私も知ってる人からはあかりんっていつも呼ばれてるの。だから、凛子でもあかりんでも、好きなように呼んでください」
「オゥ、アカリン! ヒカリもヒカリンと呼ばれることがあるのデスが……。アカリンとヒカリン……。プププ。そ、そーりー、ちょっと笑いが……」
どうややメグさん、話の途中なのに凛子さんの愛称がツボにハマったみたい。
彼女が口に手を当てて笑いを堪え始めたようなので、僕は慌てて口を挟んだ。
「メグさんは韻を踏んだり、似た言葉なのに意味が違ったりと、そんな言葉遊びが笑いのツボに入ったりする人なんだ。ある意味それに人生賭けているほどの人なんだよ」
「そ、そうなんだ」
僕は次に、必死に笑いを堪えているメグさんに声をかける。
「メグさん、僕からメグさんのいつもの生い立ちを話してもいい?」
「お、お願いするデス。メグはちょっと笑いが。あかりんとひかりん、二人は仲良し。プププ。笑いが我慢できそうにないデス」
「あ、あの、メグさん、私は気にならないから、私のことなら笑い飛ばしてくれてもいいよ。むしろそのほうが早く仲良くなれそうだよね」
僕の問いかけにメグさんが答え、それに対して凛子さんがフォローを入れる。
するとメグさんは「さんきゅーデス」と断りを入れて、お腹を抱えて(それでもいつもよりは全然控えめに)笑い始めた。
僕はそんなメグさんを見ながら、凛子さんに話しかける。
「メグさんは見ての通り、日本人の血は一滴も入っていないみたい。でも日本生まれの日本育ちで、まだ国外に出たことがないみたい。不思議な人だよね」
「ほ、本当に珍しい生い立ちなのね」
初対面の相手に笑われている凛子さんだけど、自身の言葉通り不快に思っている様子はなかった。
「日本人の血は入っていないのに、日本から出たことがない。メグさんはそのフレーズが気に入ってるみたいで、これからの人生もそれを守り続けるんだって。それが、人生賭けてるって意味だよ」
「な、なるほど。壮大な人生設計だね」
めちゃくちゃとも言えるメグさんの生き方だけど、おかげで彼女の自己紹介は一度聞いたら中々忘れることが出来ない強烈な印象を与えてくれる自己紹介になっている。
メグさんに知り合いがとても多いのも、納得出来る話だった。
「ちなみに彼女、筋金入りの貿易商の家系の娘さんだよ。日本に来て彼女の代で、すでに三代目だってさ」
「……ひょっとしてすごいお金持ち?」
「僕が知ってる人の中では、彼女が一番かな」
「で、でも、貿易商の娘さんなのに、国外に出ないってのは……」
「本人は日本国内に精通するとか言い訳してるみたいだけど、まあ兄妹もいるしメグさんが表舞台に立たなくてもいいみたいだね。まだ彼女、十六になったばかりだし」
僕がそう言うと、笑い転げていた状態から復活したメグさんが、目元を押さえながら立ち上がる。
そうして微笑を湛えながら近付いてくると、すぐに応じるように凛子さんも席を立った。
「日本人の血が一滴も入っていない、という方も怪しくなってマスケドね。メグの旦那さん候補は、生粋の日本人なので」
そう言ってニコリと笑い、凛子さんに手を差し出すメグさん。
それを受けた凛子さんは、ビクリと体を震わせて固まってしまう。
しかしそれは一瞬のことだった。彼女は苦笑したように笑うと、直後に満面の笑みでメグさんの手を握る。
「メグさんも、ひかりさんと同じと考えていいのかしら」
「メグはまだ、ライクなのかラブなのか曖昧なところデスケドね。もらえるなら絶対に逃さないデスケド」
そう言って手を握り合う二人に、僕は首を傾げながら話しかける。
「メグさんクラスになると、言い方は悪いけど政略結婚みたいな道も残されてるの? その話は初耳なんだけど」
僕の発言を聞いた二人は目を合わせると、改めて苦笑のような笑みを浮かべた。
「これからよろしくね、メグさん」
「こちらこそヨロシクデース、リンコ!」
二人は再び手を強く握り合い、そして笑顔のまま離した。
僕の問いかけは流されてしまったけど、二人の友情の邪魔をしたかったわけじゃないし、別に気にしなくてもいいよね。
そこで二人は小声で、僕に聞こえないように何かを話す。
「でも、あちらはライクよりラブな気がするデスケドね」
「ああ……」
メグさんと凛子さんは視線を動かさなかったけど、意識は他の誰かに向けたような気がした。
「メグはリンコに、みんなと仲良くしてほしいのデスが」
凛子さんはそこで、目をつぶり軽く首を振った。
「いいえ」
目を見開くメグさん。
しかしその表情は、すぐに再び笑顔へと変わる。
「私は仲良くしてもらう側かな」
二人のやり取りは、そこで終わったようだ。
メグさんはにこやかに振り返ると、緊張した面持ちでこちらを見ていた玖音さんに話しかけた。
「クオン! メグの話は終わりデース。そして、リンコが話があるみたいデス!」
その発言で、玖音さんが慌てた様子で立ち上がる。
凛子さんは困ったように笑うと、そんな玖音さんの下へと移動した。
「改めまして。もう何度も聞いていると思うけど、暁凛子です。よろしくお願いします」
「い、五辻玖音と申します。おに――空さんにはいつもお世話になってます」
頭を下げ合う二人。
でも、僕はハラハラしながら二人の様子を見ていた。
玖音さんは人見知りをする性格だ。
ひかりちゃんが話していたとは思うけど、知らない人が一人増えて大丈夫なのだろうか。
するとそこで、凛子さんが柔らかに笑うと言った。
「不躾ですが、握手はお嫌いですか?」
「え? いえ、そんなことがありませんが……」
驚き戸惑う玖音さんに、凛子さんがスッと右手を差し出す。
「では、私も仲良くしていただきたいので、握手していただけませんか?」
「あ、はい。私でよろしければ……」
やや流されたようには見えたけど、玖音さんは凛子さんの手を取った。
凛子さんは握手してくれた玖音さんの手を握り返すと、言う。
「突然ですが、私はひかりさんに教えてもらったことがあるんです」
「え、は、はい。なんでしょうか?」
またも戸惑う玖音さんに、凛子さんは握手をしたまま話を続ける。
「その話を聞くまでは、私は友人というものは言葉にせずとも自然となっていくものだと思っていたのですが……」
「はい」
「ひかりさんの話を聞いて、私は最初に言葉にするのも悪くないかなと思い始めたのです」
「は、はい」
凛子さんが何を言いたいのかわからずに、玖音さんはますます混乱していくようだった。
しかし凛子さんは、そんな玖音さんにズバリと切り込む。
「玖音さん、私と友達になってくれませんか?」
「えっ?」
目を丸くして、玖音さんは凛子さんを見た。
凛子さんも少し恥ずかしいのか、そして緊張もしているのか、笑顔は少し強ばっていて、頬も少し赤かった。
ついで玖音さんは、未だ繋がれたままの自分の手を見る。
仲良くしてほしいと言われて、握り返した凛子さんとの握手。
「…………」
凛子さんが友達になってほしいと言ってから、返事を返すまで五秒ちょっと。
玖音さんはフッと諦めたように笑うと、それでもやや緊張した口調で、凛子さんに答えた。
「――私でよろしければ、こちらこそお願いします」
その言葉を聞いた凛子さんは、弾けるような笑顔で握った手を上下に振った。
「やった。せめて一ヶ月は撤回はなしだからね。その間にあなたが嫌いにならなかったら、本当の仲良し友達になりましょ」
やっぱり凛子さんも緊張してたのかな。
いつもより嬉しそうな口調で、凛子さんはそう言った。
「……暁さんの方から嫌いになった場合はどうなるのですか?」
「聞いてたでしょ。あかりんでも凛子でも、もっと親しく呼んでよ」
「……凛子さんからは、私のことを嫌いになんてならないってことですか?」
「そうよ。玖音さんのことはまだよく知らないけど、嫌いになるなんてもったいないじゃない」
「もったいない、ですか」
「ええ」
そこで凛子さんは握手を止めると、玖音さんに顔を近付けて何やらつぶやく。
「空があなたのこと、友人だって言ってたのよね。私のことはクラスメイトぐらいにしか言ってくれないのに」
何を言われたのかわからないけど、その直後、玖音さんの顔が真っ赤に染まる。
「私は空が友人だって言う人なら間違いないと思うし、嫌いになるなんて端から考えないわ。良いところだけを探していくつもりよ」
「……長い付き合いになればいいですね」
「そうね、そうなればいいわね」
そうして二人は再び目を合わせ、笑い合った。
最初はハラハラしながら見ていた僕だけど、いつの間にか若干感動したように二人を眺めていた。
今はまだお試し期間なのかもしれないけど、凛子さんは人見知りの玖音さんともあっという間にお友達になっちゃった。
考えてみれば、凛子さんはボッチの僕とも会話を成立させてたし、心配する必要はなかったみたいだね。
「うん、凛子ちゃんもみんなと仲良くなれたみたいだし、今日からまた、ひかりたちの新しい門出だね~!」
そこで初めて、ずっと黙っていたひかりちゃんが元気に口を開く。
僕も笑って、凛子さんと玖音さんに席に着くように促した。
「門出、デスか? なら記念に何かしたいデスね」
ひかりちゃんの発言に、メグさんが楽しそうに乗っかっていく。
するマイシスターは、そのメグさんの言葉に大仰に頷いた。
「するよー! ひかりは考えてるんだ! このままいつも通りおやつ食べて、お勉強して、そしたら凛子ちゃんをひかりたちの世界に招待したいって考えてるんだ~!」
「オー……!」
その発言を聞いて、玖音さんはやや恥ずかしそうに、凛子さんは不思議そうに首を傾げる。
ひかりちゃんが言ったのは、僕たちのいつもの放課後の過ごし方だ。
みんなで帰ってきて、おやつを食べて勉強をして、そしてゲームをして……、たまに夕食も食べて帰る。
今日もひかりちゃんは、いつものその過ごし方をしたいみたいだね。
「え? ひかりたちの世界……、って何?」
混乱する凛子さんは一時間後、新しい世界に旅立つ。
世の中に一つしかない僕たちだけの世界、RAZEALの世界に。




