日常生活に戻る僕たち
「それで、休日をダーリンのお家で過ごしたあかりんは、どうだったの?」
「メッセージ返したでしょ。あなたたちが考えてくれた作戦は大当たりだった。彼は滅多に遊ばないゲームに興味を持ってくれたわ。ありがとう」
「それじゃ面白くないわよ。もっと詳細を教えなさいよ」
「……ふふふ。詳細、聞いてくれるの?」
「うわっ、なんか面倒な話が飛び出してきそう」
メグさんの誕生日も終わり、僕たちは穏やかな日常生活に戻ってきていた。
今日は久しぶりに、ひかりちゃんが友だちをつれて三人で帰ってくるみたい。
またみんなで勉強したり遊んだり出来るようだね。ありがたいね。
「まあ、どうせ面白くもないノロケ話が出てくる気がするけど……、一応聞かせてもらおうかな」
「そうね、結論から言うと、――惚れ直したわ」
「…………」
凛子さんは今は友人と二人に楽しそうにお話をしている。
その友人の表情は見えなかったけど、凛子さんがあんなに楽しそうなんだし、友人も楽しく話しているんだと思う。
「……まあ、それが結論なのよね? それまでに壮大なやり取りがあった上で、ダーリンに惚れ直しちゃったのよね?」
「そうなのよー。彼ってばカッコ良かったし、最後は身を挺して私を守ってくれたりしたのよ」
「……ゲームなのよね?」
「あ、彼の趣味をバカにする気? いいわよ? 受けて立つわよ?」
でも、もしかしたら日曜日に僕と遊んだことも話してたりするのかな。
「あかりんって、ダーリンのこととなると人が変わるよね」
「この場合はゲームのことでしょ。彼は関係……、なくはないけど……」
「あーはいはい。ゲームのことだったわね。私が悪かったわよ。それで、ダーリンが何してくれたのよ」
凛子さんはあの日すごい記録を打ち立てることが出来たから、それを友だちに話したりしてるのかな。
「すごかったわ……。私は初心者なのに、彼のおかげで大活躍出来たのよね……」
「はいはい、遠い目をして妄想に浸らない」
「も、妄想じゃないわよ。彼はすごかったし、私も活躍してたのよ。試合の記録とやらを彼がくれたから、ちゃんと証拠はそこにあるわよ」
「そうなんだ。なら本当なのね。ゲームばかりやってるというダーリンの実力は、本物だったのね」
「びっくりしたわよ。あの頭の回転速度で、相手の心理をズバズバ見抜いていくのよ。本当にすごかったわ」
「あー、ダーリンって天才キャラだし、たしかに頭を使う勝負ってめっちゃ強そう」
ちょうどそこで、凛子さんたちが僕に視線を送ってきている気がした。
やっぱりあの日のことを話しているのかな。でも、外れたら恥ずかしいし、僕は気付かないふりを続ける。
「ま、まあ私の活躍の話はいいわ。それは前提の話よ。自分の実力で活躍できたと言うよりは、彼におんぶ抱っこしてもらって活躍させてもらった感じだし」
「ああ。ここで、身を挺してダーリンがあかりんを守ったって話に繋がってくるんだ?」
「そうそう。簡単に説明するとね、私と彼が大活躍したから、敵チームからマークされちゃったのよ」
「なるほど。私にもわかったわ。そういうことね」
でも考えてみれば、僕と凛子さんがやってたのは銃で撃ち合いをする戦争ゲームだ。
偏見かもしれないけど、そんな話をするよりはもっと女の子らしい話題がいっぱいあるよね。
「敵チームから脅威とみなされたあかりんたちが、排除されちゃいそうになったんだ」
「うんうん。特に相手チームのトッププレイヤー……、彼が大佐って呼んでた人にね、徹底的にマークされちゃってね」
「おお、なんか本当にスポーツの話みたいになってきたわね。大佐っていうのも有名選手のあだ名っぽくていいわね」
というわけで、僕は凛子さんたちはゲームの話をしていないと判断する。
ちょっと凛子さんと遊んだくらいで、自意識過剰になってたかな。恥ずかしいな。
「それになんか彼の話だと、公式サーバーの正式な試合なのに私がすごい記録と更新中だったから、余計に記録更新をストップさせようと躍起になってたみたいに言ってたわね」
「ふむ。どんな記録かはわからないけど、たしかにそれはムキになる気持ちもわからなくもないわね」
「それで私たちが執拗に狙われるようになったんだけど、彼ったら自分のことは棚に上げて、私のことばかり守ってくれるのよ」
「……そ、それは……、たしかに女なら憧れるシチュエーションかもしれないわね」
ところが、またも僕がチラチラと見られているような気配を感じる。
さっき自意識過剰って言ったばかりだし、これも気のせいなのかな。
「素敵だったわ……。結局最後の最後まで私を守り通した彼が、試合が終わった瞬間笑顔で言うのよ。『凛子さんが無事で本当によかった』って。録音して永久保存したい台詞だったわ」
「……あのダーリンが、そんな台詞言うの?」
「それが言うのよね。しかもいい笑顔なのよね。惚れ直しちゃったわ」
僕は改めてスマホの画面を表示し、逃げ込むようにそれを読み始める。
ガン見されている気がするのも、きっと気のせいだ。
「……教室の隅っこで、スマホ見てるだけのダーリンがねえ……」
「ふふ。今日も家に遊びに行くのよ。彼にはまだ言ってないけど」
「それってつまり、あかりんからダーリンを寝取ったひかりさん、だっけ。その人とは約束してるってこと?」
「だからもうそのネタは止めなさいって。そうよ、そのひかりさんとは話をしているの。普段の生活をしているけど、それでもよろしければぜひおいでください、だって」
そこでやっと、僕に向けられていた圧が消えた気がした。
「それであかりんは、その言葉通りノコノコと遊びに行くの?」
「ええ。そもそも彼女とももう友だちだもの。迷惑にならない程度には行くわ」
「仲がよろしいことで、何よりだわ。一時はどうなることかと思ったもの」
「あなたたちが寝取りだなんて騒ぎ出したからでしょ」
「あかりんだって妹さんのことを知るまでは、めちゃくちゃ不機嫌だったじゃない。ダーリン怯えまくってたわよ」
「うっ……」
僕はホッと息を吐いて、今度こそ落ち着いて休み時間を過ごし始める。
スマホの画面を見てはいたけど、考えていたのは今日の放課後のことだった。
久しぶり――というほど期間は空いてないけど、なんとなく久しぶりに揃うひかりちゃんたち。
おやつも準備してるし、僕は家に帰るのが楽しみで仕方なかったんだよね。
◇
そして待ち望んでいた放課後がやって来る。
僕はウキウキしながら帰り支度をして――、そして顔面が凍りついたんだ。
ヌッと僕の席の前に立ちふさがる女の子の影。
そろそろ半年近くの付き合いになる隣人、凛子さんだ。
「ねえ、今日もあなたの家に遊びに行ってもいいよね?」
今日はひかりちゃんが玖音さんとメグさんをつれて帰ってきているはずだ。
凛子さんは玖音さんもメグさんにも、まだ会ったことはない。
「え、えっと、今日はひかりちゃんが……」
とっさにひかりちゃんの名前を出して、僕は都合が悪いことを匂わせる。
しかし凛子さんは僕の発言に、すぐに笑顔で返事をする。
「大丈夫よ。ひかりには私から連絡取ってあるから」
「あ、そ、そうなんだ? なら一緒に帰ろうか?」
「うん!」
そうして僕たちは、恒例となりつつある二人並んでの下校を始める。
「あ、あのね凛子さん、今日はひかりちゃんと話をした上で僕の家に来るって決めたんだよね?」
機嫌が良さそうな凛子さんに、僕は怖ず怖ずと問いかける。
「そうよ~。ちゃんと聞いてるわよ~」
すると彼女はその笑顔を崩さずに、あっさりと僕に答える。
「そうなんだ。さすがは凛子さんとひかりちゃんだね。もうそんなに連絡取り合っているんだね」
凛子さんの返事を聞き、僕の緊張が和らぐ。
どうやら凛子さんは、玖音さんとメグさんが来ていることも聞いているらしい。
「――今日のおやつは水羊羹だよ。凛子さんはこの前のお土産と被るかもしれないけど、美味しく出来てると思うから食べてもらえると嬉しいな」
僕は嬉しくなって、凛子さんにそう言った。
凛子さんは時々、僕が震え上がるくらい冷たい口調になっちゃうことがあるけど、今回はそれがないみたいだし。
「美味しく出来てるって、あなた自作したの?」
「うん。大丈夫、いつも多めに作ってるし、凛子さんの分もちゃんとあるよ。ひかりちゃんもそれを知ってたから今日の話を承諾したんじゃないかな?」
「そ、そうなんだ。……それってあなたはいつもやってることなのよね?」
「毎回水羊羹を作ってるわけじゃないけど、おやつは結構自作してるね」
「な、なるほど……。普段の生活なのね……」
凛子さんは俯き、何やら思案を始める。
僕はすぐに声をかけた。
「僕はこんな風に普段からおやつを作ってるから、凛子さんはお返しとか考えなくてもいいよ。気楽に食べてほしいな」
彼女は顔を上げ、苦笑する。
「わかったわ。今日のところはお言葉に甘えて、純粋にあなたが作ったというおやつを食べさせてもらうわ」
「うん、ありがとう。そうしてもらえると嬉しいよ」
「なんでごちそうしてくれる側のあなたが、ありがとうだなんて言ってるのよ」
「そ、それもそうだね」
僕と凛子さんはお互い笑い合い、そしてそのまま和気あいあいと僕の家に帰る。
玄関前。
ひかりちゃんは凛子さんが来ることを知っているはずだし、僕は何の問題もないと思っていた。
そうして僕が笑顔で玄関を開け、先に凛子さんを招き入れる。
凛子さんも笑顔で家の中に入っていって――、そこで立ち止まった。
何事かと思い、僕も家の中に入る。
その理由はすぐにわかった。そこには見慣れた僕へのフルコースのお出迎え、女学院のいつもの生徒三人が、クッションを敷いて待っていてくれたのだ。
僕たちに手を振るひかりちゃんとメグさん。玖音さんはやや所在なさげに軽く頭を下げる。
僕が唖然としながら玄関を閉めると、外に声が漏れなくなったひかりちゃんが元気な声を上げる。
「いらっしゃい、凛子ちゃん! おかえり、お兄ちゃん」
せめて初対面の人がいるときは、リビングで待っていてくれると信じていたのに。
僕の妹ひかりちゃんは、やっぱりどこかブレーキが壊れた女の子だった。




