対戦型FPS
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表現を穏やかなものに修正しました。
話の流れ自体に変更はありません。
凛子さんの初めての試合が始まった。
対戦型FPS。戦う相手は僕たちと同じ生きた人間であり、組まれたプログラムなどではない。
しかし、僕が選んだのはConquest――いわゆる陣取りゲームのようなゲームモードだ。
デスマッチのように銃の撃ち合いですべてが決まるルールではなく、決められたポイントを制圧していく必要がある。
これなら戦いが激しい激戦地と、比較的安全な他の場所に別れてたりするんだよね。
制圧を要求されているポイントは必然的に人が集まりやすくなるし、その逆も然りってことだね。
「じゃあ凛子さん、落ち着いて行こうね。本番で練習通りの実力を出せることが、まず大事だからね」
「わ、わかったわ。……あなたはずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「うん、やられちゃったら別だけど、それ以外だと片時も離れるつもりはないよ」
「あ、ありがと……」
このゲームは何十人ものプレイヤーが同時に戦場を駆け巡る。
そして、今回のマップは戦禍の爪痕残る市街地だ。二十一世紀初頭の、一般的な英語圏の地方都市をモチーフにしている感じかな。
試合開始と同時に、すでにほとんどのプレイヤーは激戦が予想される地点へと向かってしまった。
だけどそんな中、僕と凛子さんは比較的安全な迂回路から敵陣に向かうことにする。
「四輪駆動車とかもあるけど、僕たちは歩いていこう。乗り物は上手なプレイヤーに乗ってもらおう」
「そうね。私は初心者なんだし」
凛子さんは手榴弾の扱いがかなり上手くなった。
ある程度正確に狙った場所に投げれるようになったし、とっさに銃からの持ち替えも素早く出来るように練習した。
僕としてはもっと他のことも練習したかったんだけど、あまり練習ばかりじゃ面白くないかなと思い直して本番に移行したんだよね。
後は実戦で、比較的穏やかな地域を遊撃しつつ教えていければ……。
と、そこでおあつらえ向きの状況が僕たちに生まれる。
タタタン、という発砲音が市街地に鳴り響いた。
「凛子さん、今、左手の方向で銃声が聞こえたのわかった?」
「わ、わかったわ。左の前方よね?」
人間の耳は、物音がどちらの方角から聞こえてきたのかを判断出来るようになっている。
誰かに声をかけられても、ちゃんと声をかけた方向に顔を向けることが出来るよね。
「技術の進歩ってすごいのね。ちゃんとどの辺りから音がしてるのかが、ハッキリとわかるわ」
凛子さんがVRゴーグルの内蔵ヘッドホンに手を当て、不思議そうにそう言った。
「この技術自体は、二十世紀の終わりには存在してたらしいけどね」
「そうなんだ」
「でも、この音を聞き分けることが重要なんだ。銃声がしたってことは凛子さん、どういうことかわかるよね」
「あっ! あの辺りに誰かいるってことね?」
「その通り」
対戦型のFPSだと、相手の位置情報がとても重要になってくる。
例えば現実世界で、救急車のサイレンが聞こえてきたとする。
どっちの方角から聞こえてきたのかを判断すれば、僕たちは早期に救急車を見つけることが出来、安全に避けることが出来るよね。
でも、サイレンが聞こえてるなーとしか考えていなければ、突然赤いランプが近くに現れて驚いちゃうかもしれないよね。
「銃声がした方向には誰かが必ずいる。これはこの手のゲームの鉄則なんだ。僕たちが駆けつける頃にはいなくなってるかもしれないけど、少なくとも音がした瞬間は必ずそこに発砲者がいたってことだね」
「な、なるほど」
「これならどこから襲われるかわからない、ってことも少なくなるよね。大体あっちの方向から敵が来そうって身構えてるほうが楽でしょ?」
「う、うん。わかるわ」
僕はこうして少しずつ、凛子さんにFPSのことを教えていく。
その時、再び銃声が聞こえてきた。
「どう? どっちから聞こえたかわかった?」
「お、同じ左手側だったけど、さっきより近いかも……」
「そうだね。いよいよ敵プレイヤーとの遭遇が近付いてきたみたいだね」
「…………」
凛子さんは緊張のあまり、僕に一歩近寄ってくる。
僕は彼女に「大丈夫だよ。まだ距離はあるよ」と答える。
しかし、実は僕も少し緊張してきていた。
久しぶりの実戦で緊張したわけではない。僕は凛子さんが気付いていない情報を見て、緊張してきていたんだ。
口数が少なくなってきた僕たちに、とうとう三度目の銃声――今度は銃撃戦の音が聞こえてくる。
「ち、近いわ。それに、複数の銃声が聞こえてくる」
「走ろう。僕の背中をずっと追いかけてくれたらいいからね」
「わ、わかった」
僕たちが走り出しても、銃声は止まない。
どうやら激しい戦闘が繰り広げられているようで……、――そして僕は再びある情報を見て、歯噛みする。
「ねえ、もうすぐそこから聞こえるんだけど……!」
「あの角の向こうかな。味方に加勢しよう」
「う、うん……!」
しかし、僕たちは味方には加勢出来なかった。
その場に着く直前に、周囲の味方の反応がすべて消失してしまう。
「お、音が止んだわよ!」
凛子さんの悲鳴のような声が聞こえる。
僕は味方を殲滅した敵勢力に、初心者の凛子さんを引き連れたまま遭遇してしまった。
だけど――。
「凛子さん、手榴弾。正面の屋根が崩れた小屋の中に投げ込んで。今すぐ」
「え、は、はい!」
僕は味方を助けることが出来なかったけど、最悪の遅刻は免れることが出来ていた。
状況を素早く判断した僕。とっさに凛子さんに最善の行動をお願いしつつ、同時に射撃も開始した。
その凛子さんは必死そうだったけど、それでも何度も練習を重ねた成果を出し、見事小屋の中に手榴弾を投げ入れる。
ドン。
それがあっけなくも、凛子さんの初めてのプレイヤーキルとなった。
その頃には僕もすでに射撃を終えており、残りのプレイヤー……、と言っても他には一人しかいなかったけど、そのプレイヤーの急所に命中弾を送り込んでいた。
「――よし、そこの物陰に隠れようか。さあ入って」
「え……、あ、うん……」
ボーッと立ち尽くす凛子さんを押し込むように、僕たちは近くの物陰へと身を潜める。
僕はそこで周囲を確認すると、素早く笑顔で凛子さんへと振り返った。
「おめでとう、凛子さん。いきなりの大金星だよ」
「あ、ありがとう……」
凛子さんはまだ混乱しているようだった。
僕はもう一度笑うと、周囲の警戒に戻る。
すると凛子さんが、ずっと言いたかったことを吐き出すような感じで話しかけてきた。
「ね、ねえ空、私、なんか勲章もらっちゃったんだけど」
僕は前を向いたまま、楽しい気分で返事をする。
「うんうん。凛子さんはビッグプレイをしたんだ。勲章はそのご褒美だよ。いかにもゲームらしいご褒美でしょ?」
「そ、そんな……。たった一回、手榴弾を投げただけなのに?」
凛子さんは未だ実感が湧かないのか、否定的な言葉を口にした。
僕は笑いだしたくなるのを堪えながら、彼女に説明を始める。
「ビッグプレイの内容は、相手プレイヤーの連続キルの阻止と味方プレイヤーのリベンジキル。そして、凛子さんが倒したプレイヤーの階級は大佐。凛子さんはかなりの上級者を倒すことに成功したんだよ」
「えぇぇ!?」
凛子さんの驚きの声を聞いて、僕はとうとう笑いだしてしまった。
そして、僕がここまで詳しく説明出来た理由は、さっきまで歯噛みしながら見ていた『ある情報』が関係している。
ある情報――それはプレイヤー全員に公開されている情報、キルログだ。
これは誰が誰を倒したかがわかる記録で、トドメに使用された武器、そしてこのゲームでは倒した相手、倒された相手の階級までわかってしまう。
ゲーム内での殺傷記録――だからキルログなんだね。
「ここに来るまでに、何度も銃声が聞こえてたでしょ? あれ、全部一人の敵プレイヤーがこっちの味方を倒し続けていたんだよ。中々の腕前だよね」
「そ、そんな人を私が倒しちゃったの?」
「そうだよ。だから、大金星なんだ。勲章が送られてきてもおかしくはないよ」
僕は銃声のタイミングとキルログに追加される名前を見て、その場にどんなプレイヤーがいるかを逐一推測していた。
歯噛みしていたのは、キルログの殺した側の敵プレイヤーの名前がいつも同じだったから。
僕はその場に辿り着く前に、凛子さんの初陣の相手が、何人ものプレイヤーを圧倒している大佐だとキルログから推測出来ていたんだよね。
「凛子さんは神様に愛された人なのかもね。いきなりこんなデビューになるなんて、僕も思いもよらなかったよ。すごいね。まだ試合は始まったばかりだけど、改めて言うよ。おめでとう」
彼女に背を向けたまま僕がそう言うと、しかし返事はなく、彼女は黙り込んでしまったようだった。
十分に時間をかけた後、やがて彼女は呆れたようにポツリと言った。
「この場合の神様は、あなたのことでしょ」
僕はすぐに答えた。
「相手は同じプレイヤー、生きている人間だよ。僕は手榴弾を投げることは教えられても、獲物として上級プレイヤーを、しかも偶然活躍した直後に登場させることは出来ないよ」
後ろで凛子さんがもう一度笑った気配を感じた。
そして彼女はもう一言。
「あーあ、本当に神様に愛されてたらよかったのになー? 愛されたいなー?」
それは何故か僕に言ってきているような気がしたけど、僕はそれには答えなかった。
代わりに手の中のトリガーを、ちょんちょん、と軽く何度か引く。
「……ていうかあなた、さっきから何してるの? 聞いてるの?」
「ちょっと待ってね凛子さん。今二人目を……、よし、倒した。凛子さんはここでしゃがんで待っててね!」
「あ、ちょっと!」
僕は周囲を気にしながら物陰から飛び出すと、素早く倒した相手の方に近付いた。
新たに後続の味方も近くに来ていたし、凛子さんは隠れていてもらったほうがいいと思ったんだよね。
そうして僕は用事を済まし、凛子さんのところに戻る。
「た、ただいま。ごめんね一人にして。でもはい、いい武器を拾ってきたよ! サイレンサーとレーザーポインター――簡単に言えば色んな装置が付いた初心者向けの名銃だよ! これなら反動も少ないし、凛子さんが持ってる銃より扱いやすいと思うよ!」
「…………」
「本当は蘇生キットが欲しかったんだけど、持ってる敵が来なくてね。でもとりあえずいい銃が手に入ったし、これを持って次に行こうか」
「…………」
「あ、あれ? どうして黙ってるの?」
「ふん」
僕は良かれと思って凛子さんの装備を拾ってきたんだけど、てっきり喜んでくれると思った凛子さんは真逆の反応をする。
ほんの十秒ほど離れただけでもお気に召さなかったのか、凛子さんは僕が差し出した銃を、顔を背けたままひかりちゃんみたいに頬を膨らませて受け取ったんだ。
◇
僕たちは少し開けた路地を、隠れた場所から眺めていた。
「さっきあの辺りで銃声がしたでしょ? そして、制圧すべきポイントはこっち。味方を倒した敵プレイヤーは目標を失い、次の目標を探したがる」
「な、なるほど。だからわかりやすい目的地へと向かうのね。それも出来るだけ早く着こうと最短距離を使って」
「そういうことだね。相手も僕たちと同じ人間だから、心情を察することが出来るんだね」
そこで僕は、引き続き凛子さんへのレクチャーを続けていた。
本来ならチームのために、もっと早く激戦区に駆けつけるべきかもしれないけど、今は初心者の凛子さんをつれているんだし、大目に見てもらいたい。
それなりの活躍もしてるはずだしね。
「だから僕の読みが正しければ――、ほら、来たよ凛子さん。次は射撃の本番だね」
「わ、わかったわ……」
路地の奥から、一人の敵プレイヤーが小走りに現れる。
凛子さんは緊張した面持ちで、そのプレイヤーにアサルトライフルの銃口を向けた。
「さっき練習した通り、赤い点が表示されてるところに弾は着弾するからね。落ち着いて狙えばちゃんと当たるはずだよ」
「う、うん……」
しかし人間とは不思議なもので、圧倒的優位に立ったときに却ってプレッシャーが強くなったりもする。
凛子さんはこちらに気付いていないプレイヤーに、絶対に外しちゃいけないと思って緊張しちゃったみたいだね。
さらに相手は小走りだった。的は早く動くし、みるみる路地を駆けていく。
凛子さんは慌ててしまい、ついつい狙いが甘くなってしまっていたんだ。
「あ、あれ、外しちゃった」
初弾を外した凛子さんは、ますます冷静さを失ってしまったみたい。
焦って弾をばら撒くも、『撃つ』ことに集中してしまった凛子さんは『狙う』という行動が疎かになってしまう。
「あ、当たって……! 当たって……!」
そこから先はグダグダな射撃だった。
凛子さんはFPS初心者が陥りやすい『とにかく弾をばら撒く』射撃を行ってしまい、あっという間に弾切れを起こしてしまった。
「え、ヤダ、マズイ……!」
折り悪く、その時敵プレイヤーが凛子さんの潜む位置を見つけてしまう。
慌ててリロードに入る凛子さんだったけど、そんな無防備の彼女に敵プレイヤーは銃口を向け――。
その瞬間、敵プレイヤーは僕の攻撃を受け、バタリと地に倒れ込んだ。
「…………」
再びあっけなく戦闘が終わり、凛子さんはそのままの格好で固まってしまう。
彼女のマイクが、「ハァ、ハァ」という荒い息を拾っていた。
僕は周囲を警戒しつつも、そんな彼女に声をかける。
「うーん、ちょっと失敗しちゃったね。まあ、最初だからこんなものだよ。次いってみよう」
さっくりとそう流したんだけど、凛子さんはそれを聞いて俯いてしまった。
「ご、ごめん。焦っちゃった。あと、助けてくれてありがとう」
下を向いたまま、僕にそう言ってくる凛子さん。
僕は笑って彼女に返事をする。
「うん、ちょっと焦りすぎちゃったみたいだね。マイクにハァハァって吐息が入るくらい息が上がってたよ。次からは落ち着いて狙おうね」
「~~~ッ!?」
僕がそれを告げると、凛子さんは一瞬で顔が真っ赤になってしまった。
そして彼女は、僕の体にポカポカと殴りかかってくる。
「わ、い、痛い。り、凛子さん、危ないからVRゲームをしてる人には不用意に近付いちゃダメだよ」
「うるさい! 痛くなんてないでしょ!」
「そ、そうだけど。でも、手加減するくらいなら叩かなければいいんじゃ……、あ、痛い、止めてよ凛子さん」
僕の止めてというお願いを無視して、ポカポカと僕を叩き続ける凛子さん。
銃とかを振り回したりするから、ゴーグルを被って別世界に行ってる人に近付いちゃ危ないんだけどなあ。
「ハァ……、ハァ……」
「ほら凛子さん、また息が入って――イテッ!」
凛子さんは最後にもう一度僕を叩くと(結局全部痛くはなかったけど)、「ふん」と短くつぶやいてゲームに戻ってきた。
「次に行くのよね。これからもあなたの言うことを聞くから、連れて行ってちょうだい」
「あ、うん。じゃあ落ち着いていこうね」
「何でも聞きますので」
「う、うん。……なんで口調変えたの?」
「プロポーズされても聞き入れますので」
「そ、そうなんだ。でも、なんでここでひかりちゃんのネタを言うの?」
「だから連れて行ってください」
「げ、ゲームの中の話だよね? もちろん連れて行くけどね?」
「ふん」
ツンとした口調で、おかしなことを言い出す凛子さん。
そんなに怒らせちゃったのかな。たしかに少しデリカシーがない発言だったかな。
「……叩かれて、イヤだった?」
そこで凛子さんは、いきなり口調を戻してそんな言葉を投げかけてきた。
僕は眉をひそめながら、それでもちょっと吹き出しそうになりつつ返事をする。
「イヤじゃないよ。痛くなかったし。僕が恥ずかしい思いさせちゃったみたいだしね」
「…………」
僕がそう言うと、凛子さんは無言で僕の後ろに移動してきた。
そうして彼女は、僕に言う。
「よし、次行くんでしょ? 頼りにしてるわよ。隣のあなた!」
「わ、わかった。じゃあ行こうか」
「うん!」
隣のあなたという台詞が気に入ったのかな、でも機嫌を直してくれてよかったな。
僕はそう思いながら、凛子さんを連れて再び戦場を歩き始めた。
僕が前を歩き、後ろの凛子さんに指示を出す。
そんなスタイルで戦場を歩く僕たちは、しかしこれから破竹の勢いで試合を進めていく。
そして、試合の終盤には怒涛の展開が待っていた。




