フラグ
これから急用で出かけなくてはいけなくなったので、今回は短めの内容です。
すみません。
九月上旬。
まだまだ暑い日が続くと思っていたら、急に秋を感じさせる雨も降り始める頃。
僕は休み時間に、ゲーム仲間の玖音さんとメッセージのやり取りをしていた。
『それでですね、私も色々と調べてみたのですが、まだあのゲーム、アバター配ってるみたいなのですよ』
『ああ、あのコラボまだやってたんですね。恥ずかしながら僕は遠出とかしないので、外でやるイベントはあまり詳しく調べないんですよね』
玖音さんと話しているのは、昨日ひかりちゃんが遊んでいたゲームのこと。
ひかりちゃんお気に入りのペット、エンシェントドラゴンのタマちゃんが登場するあのゲームの話だ。
『私も似たようなものでしたけど、ひかりさんのタマちゃんを見て触発されてしまいました。そしたらこのアバターの話を見つけたのです』
『たしか、夏休みにあの遊園地限定で配布されていたんですよね? でも、こういうのって夏が終わってもすぐに終了するわけじゃないんですね。敬老の日の次の日までやってるなんて、知りませんでした』
今話題に上がっているのは、そのゲーム内でのコラボレーションアバターの話だ。
ゲームを作った企業ととある遊園地がコラボして、遊園地に遊びに来た人限定に特殊なアバターを配っているという話なんだね。
ちなみにアバターとは、簡単に説明すればゲームの登場キャラクターの外見を変えるアイテムのことだ。
今回の場合で言えば、その特殊なアバターを装備するとゲーム内のキャラクターが、その遊園地にゆかりのある格好に変身するってことだね。
『あの、お兄さん、実はここからが本題でして……』
『はい、なんでしょう?』
『今度のお休み、お兄さんもこのアバターをもらいに一緒に遊園地に行きませんか?』
『えっ?』
『ひかりさんに先に話を通してしまうと、絶対にお兄さんも引き込まれてしまうと思いましたので、先にお兄さんの都合を聞いたほうがいいかな、って……』
珍しい玖音さんからの平日昼間のメッセージ。
それはやや緊急性のある僕への確認を取るメッセージだった。
玖音さんは友人であるひかりちゃんがゲームをやり込んでいるのを見て、本当に刺激されてしまったみたいだね。
そんな感じで僕が自分の世界に閉じ籠もっている中、隣の席では凛子さんがいつものように友人と話をしていた。
「……あかりんってさ、近くで観察してみてわかったんだけど、何かあればすぐに彼のことを目で追ってるんだよね」
「ウケる。マジ純情乙女じゃん。いつからそんなに彼に夢中なワケ?」
「う、うるさいなぁ。もうそっとしておいてよ。私たちはこんな感じでやってきたんだからさ」
僕はまたも凛子さんと席が隣同士になれたけど、だからといって馴れ馴れしく彼女に話しかけたりなんて出来るわけがない。
今までと同じように、彼女の手が空いた時に話しかけてもらうだけの生活に戻っていた。
「まあ微笑ましいっちゃ微笑ましいけど、じれったいのもたしかだよね。せっかくクラスの後押しで隣同士になれたのに」
「ガツンと今度の休みにどっか誘ってみたらどうよ? 一条って休みの日はゲームしてばかりって話じゃん」
「出来るわけないでしょ……。なんて言って誘い出すのよ。――それに元々、今度の休みは家族で出かけるのよ」
凛子さんは友人と席が近くなったし、相変わらずの人気者だった。
「家族って、十歳の双子の弟と妹?」
「あれ、でも親が単身赴任から帰ってきて、二学期からはある程度面倒見なくても良くなったって話じゃなかったっけ?」
「そうよ。その親が帰ってきたから、今度の休みはみんなで遊園地に行こうって話なの。弟が行きたいってさ」
僕は一人で、玖音さんへの返事をどうしようかと悩み始める。
「まあ、それなら仕方ないか」
「なら次は秋分の日か。どうやって誘う? やっぱゲーム関係? それとも勉強?」
「だから放っといてって言ってるでしょ。私はのんびりと進めていくつもりなんだって。それに、これでも順調に仲良くなってるのよ?」
当然のことながら、僕に次の休みの予定があるわけではない。
僕だけなら遊園地みたいな人の集まる場所にひかりちゃんを連れて行くのは絶対に出来ないけど、玖音さんが主導してくれるなら問題はないかなと思った。
「でもさー、そんなにのんびりしてていいわけ? 誰かに取られちゃったらどうするのよ?」
「それな。指くわえたまま悲恋に終わるのも、恋する純情乙女の一つの道ですかー?」
「お生憎様。あいにく私は好みが変わってるそうなので。今のところ私以外に誰も空に手を出そうとしている人はいないみたいね」
僕は玖音さんに返事を返す。
自分はみんなに合わせるので、玖音さんたちで決めてください、と。
「……そうやって、ずっと彼のこと監視してきたのね」
「ウケる。でも言われてみれば納得の話じゃん。現状どう見てもあかりんが一番の正妻ポジだし、誰かに取られる心配はなかったか」
「私も一学期の頃ちょっと怪しいと思ってたこともあるんだけどね……。でも考えてみたら、空って誰かに言い寄られても……、その、顔真っ赤にして逃げそうじゃない?」
すると僕がメッセージを送った瞬間、隣の凛子さんの友だちが声を出して笑い始めた。
「あなたたちさ、私から言ったことだけど、ちょっと笑い過ぎでしょ」
「ごめんごめん。私だって一条のこと嫌いじゃないよ? でもこれは笑っちゃうでしょ」
「マジ無理だって。頭の中で完璧に再現余裕だったわ」
今日も凛子さんたちは楽しそうだなと思いつつ、僕は玖音さんからの『ではひかりさんに聞いてみますね』というメッセージを受け取った。
「でも、そう考えたらあかりんのダーリンって安全株なんだねぇ。自分から他の女に声かけたりしないし、誰かに言い寄られてたらすぐにわかりそうだし」
「嘘もついたりしないタイプっしょ。マジ善人そうじゃん」
「だから、前からそう言ってるでしょ。空はホントに良いヤツだって」
しかし次の瞬間、笑ってたと思っていた凛子さんの友だちが、笑うのを止めて僕のほうを見始めた気がする。
「……めちゃくちゃ頭が良くて、料理が出来て、誠実で真面目、いつも一人でいるのに、クラス委員としての仕事はきっちりこなす優しさも持ち合わせてる……」
「あれ? もしかして見る目がないって、あたしらの方なんじゃ……」
「ふふん、今さら気付いても遅いわよ。絶対にあげないんだからね」
僕はやっぱり見られてる気がする。
なんだか落ち着かないなあ。せめて笑いながら見てくれていたらまだ気が楽なのに、なんだか真顔っぽいんですけど。




