電話帳に二人目の女の子
ひかりちゃんと玖音さんが仲良くなっているのを見て、僕は和やかに席を立った。
「それじゃ、僕はそろそろ部屋に帰るから」
するとその言葉に反応して、彼女たちの顔がくるっと僕の方に向いた。
ビクリと体を震わせる僕。このままどさくさに紛れて逃げ帰りたかったけど、そう上手くはいかないみたい。
「待ってよお兄ちゃん。まだお話は終わってないよ」
「そうですよお兄さん。私もぜひともお話を聞かせてほしいです……!」
やっぱりそうなるよね。エンシェントドラゴンの卵を取ったのは僕なんだし。
でも玖音さん、なぜあなたまで僕のことをお兄さんって呼ぶんですか? ひかりさんのお兄さんを略して言っているんですか?
「玖音さんには昨日のプレイ動画を送ります。それでダメですか?」
僕はそう言った。
その言葉に対する玖音さんの反応はすごかった。
「プレイ動画を撮ってあるんですか? 公開してみてはいかがですか? きっと、ものすごい反響を呼びますよ?」
さっきまではどちらかと言えばおどおどしてた玖音さんなのに、今は緊張した様子もなくしっかりと僕に質問してくる。
どうやら玖音さん、ゲームのこととなると少し人が変わっちゃうのかもしれない。
「え、ええと……、公開は考えてないかな? 動画も趣味で撮ってるだけだし……」
僕はゲームをするときは、常にプレイ内容を録画している。
技術が進歩した今なら、少し手間とお金がかかるくらいでゲームを常時録画することも容易いことなんだよね。
でもそれは、どこかにアップロードしたりする目的じゃなくて、自分で後で見返して楽しむことが目的なんだ。
きれいな言葉で言うなら、アルバムを作っているようなものかも。
「信じられない……。世の中に、まだこんな人が隠れていただなんて……」
玖音さんはそう言って驚いているようだった。
でも、それはちょっと誤解がある。僕は積極的に自分の行動を発信したりはしないけど、僕のIDネーム自体はインターネットのあちこちに残ってると思う。
遊んでたら自動的にランキングに載せられるゲームとかもあるしね。
「そ、そういうわけで、プレイ動画で満足してもらえますか?」
僕のその言葉で、玖音さんは少し考え込むような仕草を見せた。
しかし、やがて彼女は申し訳なさそうに、僕に向かって言ったんだ。
「プレイ動画はぜひ欲しいです……。でもそれに加えて、お兄さんの実際のプレイも見てみたいです」
予想はしていたけど、聞きたくはない発言だった。
そしてさらに予想通り、僕より先にその言葉に反応した女の子がいた。
「うんうん、お兄ちゃんのゲームしてる姿はすごくかっこいいんだよ! くおんちゃんもぜひ見ていきなよ~」
やっぱりこうなるよね。そもそも玖音さんが言い出さなくても、ひかりちゃんが言い出しそうだし。
でもねひかりちゃん。その発言だと、僕のプレイを見るんじゃなくて僕自身を見るってことになるんじゃないかな。
◇
ゲームはいつも僕の部屋でやっていると伝えると、玖音さんは躊躇うような素振りを見せた。
でもすぐにひかりちゃんに押し切られ、玖音さんはおっかなびっくり僕の部屋に入っていった。
そんな玖音さんだったけど、僕の部屋の中を見ると、途端に目の色を変えたんだ。
「色々な種類のコントローラーがありますね……。。それに、VRゴーグルに巨大ディスプレイまで……」
「あはは……。面白いゲームを遊ぶために買ってたら、いつの間にかこんな感じになっちゃった」
学校でも、休み時間に隠れてゲームを起動してしまうほどの玖音さん。
僕のゲーマー部屋に興味が出てきたみたい。
「す、すみません。ちょっと見せてもらっても構いませんか?」
「どうぞ」
僕が了承すると、玖音さんは嬉しそうに会釈して僕のコレクションに近付いていった。
「銃の形をしたコントローラーも、レース用のハンドル型のもありますね。それに、あれは航空機用の操縦桿ですか?」
「う、うん。それを使って戦闘機のゲームをするのは面白かったなあ」
彼女は一つ一つじっくりと見ながら、歩いていく。
そして、ある一つのコントローラーの前で、足を止めて僕に振り返った。
「こ、これってもしかして、機巧戦記の専用コントローラーですか? でも、私の知っている機巧戦記とちょっと違うような……」
それは、僕の部屋で一番レアな物だった。
それに目を付けるなんて、彼女、かなりゲームに詳しいのかもしれない。
「あれは初代機巧戦記のプロトタイプモデルなんだ。玖音さんも知ってるかもしれないけど、元々の機巧戦記を作った会社は、ソフトを発表した直後に他の企業に買収されちゃってね」
「知りませんでした。だから今発売されている機巧戦記のコントローラーと形が違っているのですね」
「うん……」
もっと詳しく説明すると、このコントローラーは世界に十個しかない非売品。
買収が決まったから、サンプルとして作っていたコントローラーを自社の大会の入賞者に配布してくれたんだ。
玖音さんがそこまで詳しかったら、話がややこしくなっていたかもしれない。
「でも、機巧戦記を知ってるなんて、玖音さんはゲームに詳しいんですね」
機巧戦記は今ではそこそこ名前が知られてきているけど、発表当初は地味な扱いだった。
それに、機巧戦記は言うなら無骨なロボットゲームだ。女の子が興味を持つゲームとは、かけ離れているような気がする。
「いえ、たまたまです。父の大好きなゲームなので……」
なるほど。お父さんが好きなゲームだからか。
玖音さんがゲームが好きになった原点は、お父さんにあるのかもしれないね。
「お兄ちゃ~ん、くおんちゃんの分のクッションも出してきたよ~」
「あ、ありがとう」
そこへ、ひかりちゃんが片付けてあったクッションを一つ追加で取り出してきた。
なぜか僕の部屋にドンドン詳しくなってきているひかりちゃん。
深くは考えない方がいいよね?
と、いうわけで、ゲームの準備が出来てこれからエンシェントドラゴンを倒しに行こうという状況。
でもそこで、僕の予想とは違った方向に話が進み始めた。
そのきっかけは、ひかりちゃん。
重要なところではきちんと心配りが出来る彼女が、玖音さんを気遣う発言を始めたんだ。
「あ、そうだ。昨日はドラゴンやっつけるまでにすごく時間がかかったよ。今日もやってると、玖音ちゃんの帰りが遅くなっちゃわないかな?」
「そうですね……、それは困ります。うーん……」
玖音さんには門限があるのかな。
そうでなくても早めに家に帰ることを心がけているのかも?
「最初の方だけ見るとか? 残りは動画で確認してもらえれば……」
僕はそう言ってみたけど、玖音さんは考え込んだままだった。
でも、彼女は頭が回る女性みたい。すぐに顔を上げて、僕に尋ねてきた。
「そういえば、お兄さん自身もこのゲームをやっているのですよね? お兄さんのデータもエンシェントドラゴンの子どもをすでに取っているのですか?」
その質問は、僕にとっては嫌な質問だった。
でも、嘘を付くわけにはいかない。僕は渋々ながらも正直に答えた。
「まだ、取ってません」
「あ、ならそれにしませんか? お兄さんのキャラなら十分育ってそうですし、すぐにクリア出来そうですよね?」
「……はい」
僕は自分の頬が火照ってくるのを感じていた。
でも、話の流れ的に断れなかった僕は、仕方なく自分のキャラクターを起動した。
「わわ……」
僕のキャラクターを見た玖音さんが、小さな声を出した。
彼女はすぐにハッとなって、両手で口を塞ぐ。
「し、失礼しました。所持金の桁に驚いてしまって……」
「いえ、気にしないでください……」
ゲーマー同士なら、プレイデータを見ただけで相手のやりこみ度合いがわかるのは当然だ。
僕のやりこみ度合いも、玖音さんにしっかりと知られてしまった。恥ずかしすぎるよ。
でも、戦闘が始まれば意識はそっちに向かうよね。
僕はそう考え、早速昨日のイベントを開始させた。
すっかりおなじみになった、巨大なカエルくんが画面上に現れる。
僕は少し迷ったけど、時間もあまりないみたいだし本気で行くことにした。
最初のステージで見せたのは、投げナイフと雷魔法のコンボ。
僕は正確な狙いでカエルたちにナイフを投げ、直後に落雷の魔法を放った。
ナイフがいわゆる導雷針の役目を果たし、カエルたちは一瞬で雷撃に包まれる。
「す、すごい……!」
玖音さんが驚きの声を上げた。
ステージ開始からカエル討伐まで三秒も経っていないと思う。僕は順調な滑り出しで次のステージへと進んだ。
「やっぱりお兄ちゃんのゲームは、派手でかっこいいよね~」
ひかりちゃんの嬉しそうな声。
けれども、本当のところは僕、ひかりちゃんの前では育ちきったキャラクターを使いたくなかったりする。
それはゲームの最終段階はひかりちゃん自身の目で確かめてほしいという気持ちからだったりするんだけど、まあ、もうすでに何度か見られてるし、今日だって仕方ないかなあ。
「くおんちゃんも、一緒にお兄ちゃんのかっこいいところ見ようね!」
またも僕を持ち上げてくれるひかりちゃん。
やっぱり照れくさいけど、ゲームだけが僕の取り柄みたいなものだし、ここは頑張らないとね。
◇
無双に次ぐ無双を重ね、僕はサクサクとゲームを進めていった。
さっきから玖音さんは口をパクパクさせている。
そして隠しファイナルステージ。
玖音さんがエンシェントドラゴンに剣でトドメを刺す演出を見たことがないと言うので、僕はさっくりとその状況を再現していた。
「…………」
絶句して隠しステージの、隠し演出を見る玖音さん。
「今日はすごく早かったね~」
「二回目だし、慣れてきたかな?」
「な、慣れてきたで説明できるレベルじゃないでしょう!」
ゲームが終わったからか、とうとう玖音さんが僕に対して詰め寄ってきた。
「ものすごい操作テクニックと知識量をお持ちでしたよ? お兄さんは一体何者なんですか!?」
実は世界と渡り合っている高校生です。
……なんて、口が裂けても言えやしない。
でも、窮地に立たされた僕に対し、ひかりちゃんが口を挟んでくれた。
「くおんちゃん、お兄ちゃんってくおんちゃんから見てもすごかったの?」
「そ、それはもちろんです。何気なく行っていた動作の中にも、とても複雑な操作が必要な動作が混ざっていました。お兄さんがミスをしないから、全部が簡単な動作に見えているだけですよ」
覚悟はしていたけど、やはり玖音さんには僕のやっていたことがわかったみたい。
僕はすぐに「偶然上手くいった」と言い訳しようと口を開いた。
しかし、それより先にひかりちゃんが嬉しそうに言った。
「やったねお兄ちゃん。くおんちゃんも、お兄ちゃんのことをすごいって褒めてくれたよ~」
ひかりちゃんのその発言は、張り詰めていた空気を緩めてくれた。
玖音さんは毒気を抜かれたように苦笑して、そしてひかりちゃんに言った。
「はい。素晴らしかったです。今日は素敵なことがたくさんありました。思い出に残る一日になると思います」
光栄なことに、玖音さんも僕のことを称賛してくれた。
ひかりちゃんのおかげで、この場は丸く収まりそうだ。
「た、楽しんでもらえたようで何よりです。それではひかりちゃんに昨日の分のプレイ動画を送りますので、よかったらそちらもどうぞ」
僕はすぐにそう言った。
急に始まったリアルイベント『ひかりちゃんの友だち襲来』も、これでなんとか乗り切れたみたい。
後は玖音さんを家まで送り届けるだけかな?
僕が送っていきますなんて絶対言えないし、タクシーでいいよね? お金は僕が持つし。
そんなことを考えていた僕。
だけど、さっきまで味方だったはずのひかりちゃんが、今度は僕を追い詰めてきた。
「う? お兄ちゃんが直接くおんちゃんに送ってあげないの? 二人とも、もう友だちだよね?」
あっさりとひかりちゃんは、僕と玖音さんを友だち認定してきた。
無言で顔を見合わせる僕と玖音さん。玖音さんも頬が赤く染まっていた。
「お兄ちゃん、くおんちゃんにアドレス送ってあげて?」
あどけない口調で、無茶な難題を突き付けてくるひかりちゃん。
僕は改めて玖音さんに視線で問いかける。「どうしますか」と。
すると玖音さん、顔を赤くしたまま横を向いてしまった。
けれども彼女の両手は胸元をゴソゴソとやり始める。何をしているのかと思えば、スマホを取り出してきていたみたいだった。
玖音さんのスマホはペンダント型のようだ。
彼女は顔を真っ赤にして、そのペンダントを両手で僕に差し出してきた。
「よ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる玖音さん。
今度は僕が顔を真っ赤にする番だった。
慌ててメガネを操作して(僕のスマホはメガネ型)、玖音さんに自分のアドレス等を送ってあげた。
すぐに彼女からも返信が来たので、僕は自分のスマホに彼女のことを登録した。
そんな僕と玖音さんの様子を見て、ひかりちゃんが本当に嬉しそうに言う。
「これでますます仲良くなれるね。ひかり、お兄ちゃんにもくおんちゃんにも友だちが増えるの、嬉しいな~」
その言葉を聞いた僕と玖音さんは、お互いもう一度顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ひかりちゃんに次いで、二人目の女の子の電話番号を登録してしまった僕。
自分の世界がドンドン広がっていくような気がした。インターネット上では様々な人と交流があったのに、不思議だよね。
ちなみに玖音さん、ここまで黒塗りの車が迎えに来てくれた。
やっぱり彼女もかなりのお嬢様みたいだった。