僕の家は彼女たちの憩いの場
僕たちに、学生らしい日常が戻ってきた。
朝起きて学校に行き、授業を受けて帰宅する。放課後は勉強したり遊んだり。
そんな学生が楽しみなのは、やはり放課後のひとときだと思う。
僕も例に漏れず、毎日放課後が楽しみになっていた。
それはひかりちゃんに会えるのもそうだけど、彼女が友人たちを連れて帰ってくれるのも嬉しいんだよね。
「ハーイ! センパーイ! ただいまデース!」
「め、メグさん、やっぱりお邪魔しますと言ったほうがよろしいのでは……」
「メグはセンパイにおかえりと言ってもらいたいデース。クオンはいらっしゃいと言われるほうが良いのデスか?」
「……た、ただいまです。お兄さん」
僕は笑顔で彼女たちを出迎える。
実は僕が出迎えることが出来るのもレアな状況なんだよね。
「おかえり、メグさん、玖音さん」
ひかりちゃんの友だち二人に挨拶する。
そして、その後ろでニコニコしている妹にも、もちろん改めて声をかける。
「……おかえり、ひかりちゃん」
「ただいま、お兄ちゃん!」
放課後の僕の家は、女学院の生徒たちの憩いの場所になっていた。
女の子たちは、今日も話題が尽きない。
「とうとう出て来たデス。Pound Cake……!」
僕の出したおやつを見て、メグさんが妙に気合の入った声を出した。
彼女はMegさん。ひかりちゃんの長年の友人で、見た目はどう見ても海外の人の特徴を持つ女の子だ。本名はMargaret・Miller。
でも、そんな洋風美少女のメグさんだけど、実は日本生まれの日本育ちで、国外への渡航経験はない。
それなのに、外国から来たばかりの日本語に不慣れな人っぽい喋り方をする、ちょっと変わった女の子だ。
ちなみに僕のことをセンパイと呼んでいるのは、人生の先輩だから、ということらしい。
僕の方がほんの少し、誕生日が早いだけなんだけどね。
「……む~」
そのメグさんの発言を聞いて、僕の妹ひかりちゃんがプクッと可愛らしい膨れっ面になった。
心配になった僕は怖々と彼女たちに話しかける。
「ええと……、美味しく出来たと思うけど……、もしかして訳ありの一品だった?」
基本的に、僕のおやつはオススメの品を勝手に出す形になっている。
もちろんリクエストも聞くけれど、出す機会がとても多いからか、彼女たちも要望がなくなってくるみたいなんだよね。
しかし、今日彼女たちに出したチョコとラムレーズンのパウンドケーキにこんな反応をされるとは思わなかった。
僕は彼女たちが嫌がるものを出さないように気を遣っていたつもりだったけど、まさかパウンドケーキがダメだとは思わなかった。
「ラムレーズンもチョコも、みんな大丈夫なんだよね? 食品としてじゃなくて、何か嫌な思い出でもあったのかな?」
ここにいるみんなと仲良くしてもらっている僕だけど、どうしてもまだ付き合いの短さは否定できない。
僕の知らないところで嫌な過去があったのなら、それは僕には見えない地雷となってしまう。
でもメグさんはすぐに、僕の表情を見て楽しそうに笑った。
「アハハ。センパイは気にすることないデスよ。ヒカリの可愛らしい中等部時代の思い出デース」
「ふいっ」
メグさんはそう言い、ひかりちゃんはわざわざ口に出して顔を背ける。
それと見て、ますます嬉しそうにメグさんは話し始めた。
「ひかりはパウンドケーキのことを、ハウンド――猟犬と間違えて、ワンちゃんケーキと言っていた時代があるのデース!」
それはたしかに可愛らしい、微笑ましいエピソードだった。
聞いた僕も思わず口元が緩んでしまう。
「ふんだ。メグちゃんのイジワル。いつまで経っても忘れてくれないし」
だけど、言われたひかりちゃんは不満げだ。
まあ当然だよね。自分が失敗していたことを言われているんだし。
「こんな面白いこと忘れるわけが……、コホン、ひかりとの思い出は大切な思い出デース! 何一つ忘れることなどありマセーン!」
露骨に何かを誤魔化して、メグさんがそう言った。
しかし、ひかりちゃんだって負けてない。すぐにメグさんに反撃を始める。
「め、メグちゃんだってジンジャークッキーのことを、神社で出されるおせんべいって勘違いしてたことがあるもん!」
「オゥ……、メグも忘れていたことを……」
さすがは馴染みの友と言うべきか。
黒歴史の暴露合戦は、ひかりちゃんもメグさんもネタが尽きないようだ。
泥沼の戦いになりそうな予感がした僕は、慌てて二人に口を挟む。
「あ、えっとね? ぱ、パウンドケーキっていうのは、ポンド――つまり重さの単位から来てるみたいなんだよ」
名前のことが発端だったので、とっさに名前に関する雑学を言って興味を持ってもらう。
「このお菓子は小麦粉、バター、砂糖、卵を使っているんだけど、これを同じ重さだけ使うから、一ポンドずつ使うケーキ……、パウンドケーキになったって話なんだよ」
「「おー」」
ひかりちゃんとメグさんの声が重なる。
どうやら暴露合戦は収まったみたい。彼女たちからしてみれば、軽いじゃれ合いなのかもしれなかったけど。
と、そこでこの場にいたもう一人の女の子が、僕たちに向かって口を開く。
「ら、ラムレーズンのラムも面白いですよね。私は小さな頃、ラム酒とラム肉は何か関係があるのだと思っていました」
もしかしたら、彼女もひかりちゃんとメグさんのケンカから話題を遠ざけてくれているのかもしれない。
その彼女の名前は玖音さん、フルネームだと五辻玖音。
彼女もひかりちゃんの友だちで、彼女はメグさんと違い最近友だちになった関係だ。今ではとても仲が良さそうだけどね。
メグさんが洋風美少女だとしたら、玖音さんは和風美少女だ。
容姿もそうだし、性格も控えめで心優しい。もちろんメグさんも優しい人なんだけどね。
彼女はお嬢様学校に通う身でありながら、趣味は僕と同じくビデオゲームで遊ぶことなんだ。
そんな趣味故にクラスメイトと距離を置いていたんだけど、僕に影響されてゲームを始めたひかりちゃんに捕まってしまい、心の壁を取り払われてしまったみたい。
もちろん、玖音さんは今の環境に満足しているみたいだし、自分の殻を壊してくれたひかりちゃんに感謝もしているらしい。
ちなみに玖音さんは、僕のことをお兄さんと呼ぶ。
これはひかりちゃんのお兄さん、を縮めて言っているみたいだね。
「オゥ、たしかに同じラムと言うデス。クオン、ラム肉とラム酒は同じラムなのに、まったく関係がないのデスか?」
メグさんが興味を惹かれたのか、玖音さんにそう問いかける。
「関係ないみたいですね。ラム肉は子羊のお肉で、ラム酒はサトウキビのお酒。たまたま同じラムという名前だけみたいですね」
「ホホー……」
メグさんとひかりちゃんが、感心したように玖音さんを見る。
その後メグさんが、クルリと僕の方を向いて口を開いた。
「センパーイ! 何か物知りキャラとして補足はないのデスか?」
「ええっ? 僕は物知りキャラってわけじゃないよ。知らないことだっていっぱいあると思うし」
「ムー、面白くないデース!」
「そ、そんなこと言われても……」
先ほど雑学を言ったためか、メグさんが今回も小話を聞きたかったらしい。
困った僕は、自分の得意分野へと話を持っていく。
「じゃ、じゃあ今度、ラム酒とラム肉で何か作ってみようか。ラム酒のほうはデザートのソースに使えば色々出来るけど、ラム肉はどうしようかな。好みが分かれると思うんだよね。香りを抜く調理方法にするか、香りも楽しむ調理方法にするか……、いや、そもそも極上のラム肉を探すところから始めないとダメだよね」
「ワーォ……」
正直苦し紛れのような発言だったけど、メグさんはすぐに目を輝かせて僕を見る。
他の女の子も食欲には勝てないのか、気が付けば僕に注目してきていた。
「……ええと、もし本当に作るとしたら、食べに来てくれるかな?」
流れで何となく尋ねると、メグさんが破顔する。
「ハイ! もちろんデース!」
ひかりちゃんも、そして玖音さんも、それに続く。
「二学期もお兄ちゃんのご飯食べようよ~。またみんなでお勉強して、遊んで、仲良くしよ~」
「は、はい。今学期もよろしくお願いしたいです」
さっきまでは雑談をしていたはずなのに、突如、これからの方針が決まっていく。
そうすることが自然であるかのように、ひかりちゃんたちはこの家に集まってくれるみたい。
僕たちの日常。憩いの場。
夏が終わっても、僕は彼女たちと一緒に過ごせるようだ。
そこでひかりちゃんが、僕を見て微笑む。
「お兄ちゃんも笑ってくれてる。ねぇお兄ちゃん、二学期もひかりは、お友だち連れてきてもいいよね?」
ひかりちゃんに問いかけられる。
そしてその質問で、玖音さんもメグさんもこちらを見た。
期待と不安の入り混じった視線が、女性陣から僕に向けられる。
僕がなんと答えるのか、彼女たちは気してくれているようだった。
「…………」
僕は少し答えに詰まる。
あっさりと「もちろんいいよ」と答えるのもいいかもしれないけれど、僕はもっと気兼ねなく来てほしいと思ったんだ。
僕は恥ずかしかったけど、彼女たちに向かって、少しだけ大胆に話しかけた。
「……メグさんも玖音さんも、もう僕の友だちだよね。だから遠慮なく遊びに来てくれていいよ。学校で会えない分、家で会おうね」
そう言うと、すぐにメグさんが大きな声で喜んでくれた。
反対に玖音さんは、無言で恥ずかしそうに顔を赤くする。
そしてひかりちゃんが、楽しそうに言った。
「そうだね、もうみんなお友だちだもんね」
僕の家でおやつを食べて、勉強して、一緒に遊んで、たまに夕飯も食べて。
ありがたいことに、そんな生活がこれからも続くみたいだね。




