新学期と彼女の決意
やや秋の風を感じ始める頃、僕たちは高校一年の二学期を迎えた。
「お兄ちゃん、いってきまーす!」
白と黒のセーラー服に身を包み、容姿も声も綺麗で可愛らしい女の子が、僕に向かって元気に挨拶をする。
彼女は僕の義理の妹。
いつも一緒にいる、とっても仲の良い女の子だ。
僕も笑って彼女に挨拶を返す。容姿からも性格からも似合っている、その名を呼ぶ。
「いってらっしゃい、ひかりちゃん」
それを聞いて嬉しそうに、彼女は改めて微笑む。
僕に手を振って、玄関を開け――そしてひかりちゃんは、最後にもう一度微笑んで出かけていった。
彼女がいなくなった自宅は、しんと静まり返る。
それは彼女が特別明るくて元気だというのもあるけれど、そもそも僕たちはこの家で、兄妹二人だけで暮らしているからなんだ。
「新学期早々、ひかりちゃんは人気者だなあ」
つぶやいて玄関に背を向ける。
今日のひかりちゃんは、いつもよりかなり早い時間に登校していった。
それは、久しぶりに友だちに会えるから早く行ってお話したいという理由から。
社交的で友だちが多い彼女らしい理由だった。
ひかりちゃんは魅力的な女の子だ。
優しくて美人で、前向きで人懐っこくて。いいところを上げていけばキリがない。
機械オンチだったり家事が一切出来なかったりと弱点も多いけど、それでも僕の妹は素敵で可愛らしくてクラスで人気者の女の子らしい。
対して兄の僕はクラスで人気者どころか、名前も覚えてもらえないようなボッチキャラだ。
僕はあがり症で赤面症の気があり、特に女の子と話していると頭が上手く回らなくなるから、ほとんど喋らないんだよね。
別にクラスでいじめられているわけでもないし、勉強が嫌いってわけでもないから、学校に行くのは苦じゃないけど。
それでもひかりちゃんのように早く学校に行くなんて考えられない。
「僕はいつも通りの時間に出よう。そして、いつものように一人でおとなしくしていよう」
自分を卑下してるわけでもないし、ひかりちゃんを羨んでいるわけでもない。
一人でおとなしくしているのが、僕の学校での基本スタイルだ。
たまに例外もあるしね。
◇
「おはよう。元気してた?」
登校した僕に、隣の席の女の子から声がかかる。
優しげに笑う彼女こそ、僕の学校での例外、ボッチなのに会話イベントを発生させてくれる女の子。
暁凛子さんだ。
「お、おはよう凛子さん。おかげさまで元気に過ごせたよ」
彼女は世話好きな性格みたいで、隣の席の僕にも声をかけてくれる。
ボッチの身としてはありがたいような困っちゃうような女の子だ。僕は嬉しいんだけどね。
「なに、緊張してるの? 一月会わなかったらもう耐性なくなっちゃったの?」
彼女がいたずらっぽく笑う。
この女の子は僕が学校で唯一、丁寧語を使わずに話す学友だ。
「ひ、久しぶりだったからね。情けない姿を見せてごめんね」
「でも、結構落ち着いているじゃない。前はすぐ赤くなってたのに」
「お、お恥ずかしい」
「ふふ、ごめんごめん。ちょっとイジワルだったね」
彼女が話しかけてくれると僕は教師以外で喋る機会を得ることが出来る。
でも、あくまでこれは例外だ。
凛子さんはクラスで人気者だし、友だちも多い。
僕は彼女としか話す機会がないけれど、彼女からしてみれば、僕は大勢のお喋り相手の一人に過ぎない。
だから普段はやっぱり僕は一人ぼっちだ。
彼女がたくさんの友人から外れ、手が空いた時に話しかけてくれたときにだけ発生する例外のイベントなんだね。
と、そこで僕は、彼女が僕に話しかけてくれている今だからこそ言っておかなくてないけないことを思い出した。
「あ、でも凛子さん、早めに言っておくよ。誕生日にメッセージを送ってくれてありがとう。嬉しかったよ」
実は彼女、誕生日当日の夜、僕の電話番号宛に簡易メールで誕生日のお祝いメッセージを送ってくれてたんだ。
本当に突然のことで驚いたんだけど、僕は嬉しかったな。
しかし凛子さんは僕の発言が予想外だったのか、驚いたように固まってしまう。
よく見ると、ちょっと頬が赤くなっている気がする。ボッチの僕に不意打ちされて混乱したのかな。
「あ、あなたからそんなに堂々と言われるとは思わなかったわ……」
やがて彼女がそんなことを言う。
やっぱり不意打ちだったみたいだね。たしかにいつもの僕からしてみれば、堂々とした態度だったかも。
「ご、ごめんね。ちゃんと今のうちのお礼言っておかなくちゃと思ったら、自然に声が出ちゃってたんだ」
僕はそう答える。
彼女はなおも驚き固まっていたけど、やがて首を振ると、苦笑しながら僕に言った。
「ううん、よく考えたら、あなたって昔からそういうところあったよね」
「そ、そうかな? というか、凛子さんのその発言だと、ずいぶんと僕のことを理解してくれているような言い方に聞こえるんだけど……」
「あら? 私はこの数ヶ月、ずっとあなたの隣の席だったんだけど? 嫌でもわかってくるんじゃないの?」
「そ、そうだったね。ごめんね、僕みたいなのがずっと隣で……」
「ヤダ、なに真に受けてるの? 冗談に決まってるでしょ? 私はあなたの隣で嫌じゃなかったわよ。むしろ好きだったかな?」
「あ、ありがとう……」
凛子さんに会話のペースを握られ、僕は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
彼女は僕に不意打ちの仕返しが出来たと思ったのか「ふふふ」と楽しそうに笑っていた。
でも、仕返しとは言え凛子さんにもダメージが入っているんじゃないかな。
彼女もまた頬が赤くなってると思うんだけど。
しかしそこで、彼女が少し遠い目をする。
「でも、二学期か……。さすがに次は席、バラバラになっちゃうよね……」
「う、うん。確率的に考えたらそうなると思う」
僕たちの学校は、学期の始めと中間考査の後で席替えをするみたい。
二学期が始まった今、間もなく新しく席替えが行われると思う。
方法は完全なるくじ引き。
僕と彼女が再び隣同士の席になることは、まずないだろう。
隣で凛子さんが大きく息を吸い込む。
そして、次に彼女が口を開いたのは、運悪く僕が話しかけるのと同タイミングだった。
「こ、これを機にさ、私たちバラバラになっても良いように――」
「もし席がバラバラになっても、優しい凛子さんならたまに僕に声をかけてくれるよね?」
お互いの発言がぶつかってしまい、僕と凛子さんが固まってしまう。
僕たちは驚いた顔で一瞬目を合わせ、直後に僕は慌てて言った。
「ご、ごめん凛子さん、話を遮っちゃって。何を言おうとしてくれたのかな?」
「…………」
凛子さんが、心なしかさっきより頬を濃く染め上げて固まっていた。
しかし彼女はすぐに、どこか取り繕ったように笑った。
「ううん、私もあなたの言ってたようなことを言おうとしただけよ。これからも声をかけさせてもらうわよ。だってあなた、私が話しかけないと一切誰とも話さないもんね?」
「ご、ごめんなさい」
僕が謝罪したのを見て、彼女が改めて笑った。
今度は自然な笑顔だった。
そこへ、彼女にクラスメイトから声がかかる。
「あかりーん、ちょっといい~?」
凛子さんが驚いたような顔でクラスメイトを見て、次いで僕のほうに再び顔を戻す。
僕は笑って、「どうぞ」と手のひらを彼女に見せた。
「あ、うん。ごめんね。じゃあ、また後でね」
「話してくれてありがとう、凛子さん」
そこで、僕の会話イベントは終了した。
すぐに彼女の席に仲の良い友人たちが集まってきて、小声で話し始める。
「ちょ、ちょっと! 今日は話しかけないでって言ったでしょ……!」
「いや~、無理だわ。これ以上は甘ったるくて見ていられなかった」
「それに、あかりんだって最後ヘタレたでしょ。潮時だったんじゃない?」
「う、うるさいわね。あまり押すのも迷惑かなって思ったのよ」
「「ヘタレ~」」
何やら女の子の言葉が重なったような気がしたけど、僕は盗み聞きにならないように意識を別の方向へと向けていた。
ただ、途中凛子さんが何か言いかけたのだけは気になった。
彼女は本当に、僕が言ったことと同じことを言おうとしたのかな?




