妹の笑顔
大変お待たせいたしました。
気に入っていただけたら幸いです。
しかし、状況は僕が期待していたものとはまるで見当違いの方向へと転がっていくこととなる。
「はい、デザートは大豆クッキーだよ。ちゃんと甘いから安心してね」
僕はクッキーを乗せたお皿を持って、食卓に戻ってきた。
ひかりちゃんは圧倒されたように固まって、僕のことを黙ってみていた。
「食後のデザートにクッキーは嫌だったかな?」
僕の問いに、ひかりちゃんは慌てて首を振る。
「い、イヤじゃないよ」
「良かった。じゃあどうぞ、味見してみて」
食器を片付けて綺麗にしたテーブルに、改めてお皿を置く。
それでもひかりちゃんは微動だにしなかったけど、僕がもう一度「どうぞ」と笑いかけると、恐る恐るクッキーを手に取った。
「いただきます……」
そう言って彼女は小さく口を開け、クッキーを少しかじる。
料理が失敗していなければ、彼女は今、サクッとした食感と口に広がる甘みと風味を味わっていることだろう。
僕はひかりちゃんが「美味しい」と言って喜んでくれることを期待していた。
でも、ひかりちゃんの反応は違っていた。
彼女はクッキーを一口かじるとそのまま視線を落とし、あろうことかポロポロと泣き出しちゃったんだ。
「ひ、ひかりちゃん!」
何が起こっているのかはわからなかったけど、僕は反射的にひかりちゃんに清潔なタオルを差し出した。
でも、受け取るどころか何の反応も見せないひかりちゃん。
僕は戸惑ったけど、そのまま両目から零れ落ちる涙を拭いてあげた。
ひかりちゃんが何かを食べて涙するのは初めてではない。
でも今回は未だかつて見たこともないくらい本格的に泣いているし、小さく嗚咽まで聞こえ始めた。
「だ、大丈夫? もしかして変なもの入ってた?」
ひかりちゃんは俯いたまま首を振る。
タオルが当てられているのもお構いなしだった。僕は綺麗な彼女の肌が擦れちゃわないかと心配して、慌てて手を引っ込めたんだ。
ひかりちゃんの反応からして、クッキーが失敗作だったわけではなさそうだった。
となれば別の理由でひかりちゃんは泣き始めちゃったんだと思うけど、まさか美味しすぎて涙が止まらなくなったということはないだろう。
ということは、きっとさっきから彼女の中で何かが引っかかっていたことと関係していると思う。
やがてひかりちゃんが、泣きながら僕に話してくれ始めた。
「ひ、ひかりのために、お兄ちゃんはこんなにも色々してくれてるのに、ひかりは太っちゃったり、お兄ちゃんがいなくなったことを考えちゃったり」
それだけでもう、僕は察してしまった。
一度手を引っ込め、彼女が座っている椅子の後ろへと移動する。
そうして彼女の背中に手を置き、涙を拭いてあげながら、まだまだ泣き止まないひかりちゃんに声をかけた。
「もう言わなくてもいいから。僕はここにいるから。悪いことは考えずに落ち着こうね」
僕がそう声をかけると、ひかりちゃんは「わああ」と大声で泣き出しちゃった。
ますます体を丸め、顔を手で隠して泣く彼女。
なんだか僕まで胸が締め付けられるような思いがして、辛かった。
「泣かないで、ひかりちゃん。僕まで悲しくなってくるよ。いつものように元気に笑ってほしいな」
彼女の背中を撫でながら、僕はそう言った。
でも、それは失敗だった。その言葉は彼女を追い詰めるだけになってしまったみたい。
「でも、でも……!」
ひかりちゃんの涙腺は決壊してしまった。
彼女は肩を震わせて泣き続ける。
「うっ、うっ……」
だけどそんな状態でもひかりちゃんは、僕に言われて泣くのを止めようと声を押し殺し始める。
でも、どうしても声が漏れ出てしまう。
泣き止みたいのに、泣き止めなくなったひかりちゃん。
彼女の無理に涙を止めようとする姿は、僕の心を散り散りに引き裂いてしまった。
「ごめん、ひかりちゃん。もう楽にしていいよ。泣きたいなら思う存分泣いちゃって。泣き止むまで、僕はずっとひかりちゃんの側にいるから」
それが決定打だったみたい。
彼女は再び大きな声で「わああ」と泣いて、次に体を捻って僕のお腹に抱きついてきた。
「お兄ちゃん……、お兄ちゃん……!」
僕のことを呼びながら、彼女は僕のお腹に顔を埋めて泣きじゃくる。
僕はひかりちゃんと仲良く暮らしたいだけなのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
僕は何も言えず、ただ黙って彼女の背中を撫で続けた。
◇
ひかりちゃんがどれほど泣いていたのかはわからない。
でも、やがて彼女の泣き声も収まってきて、ぐすぐすというしゃくり上げる音だけになった。
そして彼女は口を開く。
「……どうしてお兄ちゃんは、そんなに優しいの?」
僕は色々と考えていたけど、その質問には驚いてしまった。
彼女は僕のお腹に額を押し付けているので、もちろん表情はわからない。
「ひかりはお兄ちゃんに色々してもらうばかりで、恩返しできてない」
彼女はそう言ったけど、僕はそうは思わない。
ひかりちゃんはいつも僕を優先して考えてくれている。
「それなのにひかりは恩返しするどころか――」
なおも言葉を続けようとしたひかりちゃんだったけど、僕はそれ以上彼女の言葉を聞きたくなかった。
彼女の肩にポンと手を置き、発言を止めてもらう。
驚いて固まるひかりちゃんに、次は僕から声をかける。
「ねえひかりちゃん」
「は、はい」
「ひかりちゃんってさ、僕が学校から帰ってくる時、いつも玄関で出迎えてくれてたよね?」
「う、うん……」
「それって恩返しにはならないのかな?」
ひかりちゃんは驚いて僕から体を離した。
真っ赤になっちゃった彼女のお目々が、僕を捉える。
「そ、それはひかりが好きでやってることだもん。お兄ちゃんに早く会いたいからやってるだけで、恩返しとは言えないよ」
そこで僕は、彼女から望みの単語が出てきて微笑んだ。
すぐに口を開いて、僕が言いたかったことを彼女に伝える。
「僕だって、ひかりちゃんにご飯を作るのは好きでやってることだよ?」
その発言で、ひかりちゃんが気圧される。
僕は微笑み続けながら、再び口を開いた。
「ひかりちゃんが美味しく食べてくれたらいいな、笑ってくれたらいいなって思いながら、僕は料理を作ってるよ」
「で、でも、ただ待ってるのと料理を作ってくれるのでは労力が違うと思う……」
ひかりちゃんが小さな声で反論する。
だけど、彼女が言っていることは正しい。待機するのと料理を作るの、同じ金額で働けと言われても料理する人は嫌がるだろう。
だから僕は違う方向で話すことにした。
「僕はもう何年も、誰もいない家に帰ってきてたんだ。それがひかりちゃんが来てからは、帰ったら素敵な笑顔で出迎えてくれるようになったんだよ。しかも、ドアを開けたらすぐに」
目を見開くひかりちゃんに、僕は言葉を続ける。
「嬉しかったなあ。だから僕は家に帰るのが楽しみになったんだ。そして、料理もそれと同じなんだよ。ひかりちゃんに僕が作った料理を素敵な笑顔で美味しいと言って食べてもらえて、僕は嬉しくてたまらなくなったんだ」
ひかりちゃんが驚いた顔から、僕を窺うような上目遣いへと表情を変えていく。
「そんなわけで、僕は一方的にひかりちゃんに恩を売っているとは思ってないし、ひかりちゃんに恩を返されてないとも思ってないよ」
僕がそう言い切ると、ひかりちゃんは返事に困ったようだった。
黙り込んで、僕をじっと見つめてくる。
僕は今一度笑うと、再びひかりちゃんに声をかけた。
「それにね、ひかりちゃんは僕に恩返しできていないって言うけれど、それは僕だって思ってるよ」
「えっ?」
ひかりちゃんには予想外の発言だったみたい。
彼女の驚く顔を見て、僕は少し面白いなと思った。
「僕はひかりちゃんが来てくれて、世界が変わったんだ。玖音さんやメグさんのような素敵な友だちも紹介してもらえたし、家に帰ればいつもひかりちゃんが側にいてくれる。こんな生活、数ヶ月前には夢にも思わなかったよ」
それを聞いたひかりちゃん、すぐに僕に向かって口を開いた。
「それはひかりだって同じだよ。住む場所は学校にすごく近くなったし、毎日美味しい料理が出てくるし、成績だって信じられないくらい上がっちゃった。ひかりだって、こんなことになるなんて夢にも思ってなかったよ」
僕は彼女の言葉に、笑顔で頷く。
「うん、そうだね。でもねひかりちゃん、落ち着いて聞いてね」
「う、うん……」
「ひかりちゃんの世界は、僕がいなくても似たような世界になれる可能性がある。でも僕の世界は、ひかりちゃんがいないと実現し得ない世界なんだよ。だから大きく世界が変わったのは僕のほうじゃないかなって思う」
「……う~」
ひかりちゃんが不満そうな唸り声を上げ始める。
でも、彼女はそれ以上の反論をしなかった。
ひかりちゃんは僕がいなくても、学校の近くの寮に入り毎日ご飯を食べさせてもらって、成績だって上げてもらえるかもしれない。
ひょっとしたら玖音さんと仲良くなるのは遅くなっちゃうかもしれないけど、彼女ならきっといつかは仲良くなれるはず。
でも僕は、ひかりちゃんがいなければ今の世界を手に入れることは出来ない。
コミュ力が低くてボッチ属性の僕は、似たような世界を手に入れることも難しい。せいぜい、隣の席の女の子に今までどおり気にかけてもらえるくらいだと思う。
「そんなわけで、僕は大きく世界を変えてくれたひかりちゃんに恩返しがしたいと思ってるし、まだ恩返し出来ていないと考えてるよ」
「でも、でも~……!」
そこで妹さんは、駄々をこねるような声を上げ始めた。
彼女は納得がいかないみたい。どうしても、自分は恩を受けている側だと感じてくれているみたいだった。
だけど、ここまで話が進んだ今なら、僕はズルい魔法の言葉を使うことが出来る。
僕は争いを止めるべく、彼女にそれを告げた。
「だからお互い様だよ。それに、僕とひかりちゃんは兄妹なんだから、恩の貸し借りなんて難しく考える必要はないと思う」
その言葉の効果は抜群だった。
ひかりちゃんは「あぅ」とつぶやき、体を丸めて縮こまっちゃった。
そこで僕は、涙で濡れたひかりちゃんの頬を触れるようにタオルで拭いてあげた。
彼女は少し困ったように恥ずかしがっていたけど、嫌がって逃げるようなことはなかった。
「うん、じゃあ温かいタオルを用意するよ。それとも顔洗いに行ってくる?」
僕はもう一度ひかりちゃんの背を撫でてあげながら、そう尋ねる。
すると、ひかりちゃんの頬が膨らんでいく。そして彼女は小さな声で、つぶやくように言ったんだ。
「ひかり、またお兄ちゃんに優しく丸め込まれちゃった」
どこか嬉しそうだと感じたのは、僕の希望的観測だったのかもしれない。
◇
僕たちは再び向かい合ってテーブルに座っていた。
間には紅茶と、温め直したクッキーが置かれている。
でも、さっきからひかりちゃんの様子が変だった。
顔のお手入れをして席に着いたのはいいんだけど、妙に落ち着かない様子で僕の顔をチラチラと何度も見つめてきていた。
「……やっぱり甘いものを食べるのは抵抗がある?」
気になった僕がそう話しかけと、彼女はまたも「あぅ」と小さな声で呻《うめ》く。
「う、ううん。一枚もらうね?」
彼女はそう言って、でも恐る恐るクッキーに手を伸ばした。
「い、いただきます……」
いつものように幸せいっぱい頬張るのではなく、小動物がかじっていくように両手で持って少しずつかじっていくひかりちゃん。
やっぱり僕の視線が気になるのか、その時再び僕のことをチラリと上目遣いで窺ってきた。
「どう? 美味しい?」
目が合った僕は、ひかりちゃんにそう尋ねる。
でもひかりちゃんはその問いかけに、あっという間に顔を赤くして俯いてしまった。
僕はその仕草を見て、頭にある一つの予想が思い浮かぶ。
「もしかしてひかりちゃん、泣き顔が気になってたの? 大丈夫だよ。ちょっとまだ目が赤いけど、いつもの可愛いひかりちゃんに戻ってるよ」
しかしその推測は外れだったみたい。
ひかりちゃんはますます恥ずかしそうに縮こまり、俯いたまま顔を上げられなくなっちゃった。
「ご、ごめんねひかりちゃん。ずっと見られて食べづらかったね。これから僕はスマホを見ることにするから、ひかりちゃんは気にせずデザートを楽しんでね」
焦った僕はすぐにそう答え、ひかりちゃんから視線を外した。
するとひかりちゃんは、ゆっくりと話し始める。
「お、お兄ちゃんはやっぱりすごいね。ひかりがあれだけ大泣きしちゃったのに、お兄ちゃんは全部受け止めてくれて、今ではいつも通りに話しかけてくれてる……」
ひかりちゃんのその発言を聞いて、僕も恥ずかしくなってしまった。
まるで平然と受け止めたみたいに言われちゃったけど、僕も必死だったし、今は引きずらないようにしてただけなんだけどなあ。
「ひかりは今さらながらに恥ずかしくなっちゃってるのに、お兄ちゃんってさすが、器が大きい人なんだね~……」
僕は首を振って彼女に答える。
「僕は小心者だし、ひかりちゃんが泣いていた時は胸がドキドキして苦しかったし、器が大きいだなんて言われても恥ずかしいだけだよ」
自分の発言を否定されたひかりちゃんは、苦笑してつぶやいた。
「お兄ちゃんらしいね……」
ひかりちゃんのその言葉。
小心者で胸がドキドキして苦しかったというのは僕らしいと思うけど、彼女の発言は何故か別の意味に聞こえた。
けど、ひかりちゃんはそれを言ったことで少し元気が出たみたい。
持っていたクッキーに嬉しそうにかじりつく。そして満足そうに目を細め、モグモグと口を動かし始めた。
それを見た僕は、独りでに大きな息が漏れ出ていた。
どこか元気がなかったひかりちゃんが、今は純粋に僕の料理を味わってくれている。
その姿を見ると、自然と笑いがこみ上げてくる。
やはり、ひかりちゃんに一方的に恩を売ってるなんて思えない。
僕はちゃんと彼女から色々な対価をもらっていると感じていた。
しかし、そこでひかりちゃんが僕の笑顔に気付いて、小さく声を上げた。
「あっ……」
自分を見つめながら微笑む僕のことを見て、彼女にどういう考えが浮かんだのだろうか。
サッと表情を曇らせ、視線を下に向けて僕から目をそらすひかりちゃん。
でも、彼女はわずかな時間ですぐに顔を上げ――。
そして、不自然に笑った。
「え、えへへ……」
さっきまでとは打って変わって、ぎこちない微笑みでクッキーをかじり始めるひかりちゃん。
僕の視線で緊張させてしまったのだろうか。無理に笑おうと演技しているようにしか見えなかった。
どうして、という思いと同時に、悲しい気持ちが溢れ出てくる。
僕は思わずひかりちゃんから目をそらしてしまった。彼女のそんな笑顔を見るのは辛かった。
それは悪循環となって、僕たち兄妹の間を走り抜けた。
僕が目をそらしたことに気が付いたひかりちゃんの顔が、みるみる凍りついていく。
「ま、待ってお兄ちゃん。ひかり、上手に笑うから。お兄ちゃんが望むように、元気に笑えるはずだから」
そう言って僕を呼び、ニコリと笑おうとするひかりちゃん。
でも、彼女は笑えない。どうしても不自然な強ばりが出来てしまい、無理のある笑顔になってしまう。
「あ、あれ、あれ? ひかり、笑わないとダメなのに、お兄ちゃんの好きなひかりで居たいのに」
ひかりちゃんは追い詰められていたんだ。
切っ掛けは、やっぱり太っちゃったことが関係していると思う。
それが原因で、ひかりちゃんはずっと僕に負い目を感じていたみたい。
負い目を感じていたひかりちゃんは、挽回のチャンスを伺っていた。
そこへ、僕が嬉しそうに笑いかける。
ひかりちゃんはその僕の笑顔に、自分の存在価値を見出したんだと思う。
美味しく料理を食べるひかりちゃんを見るのが好きだと言っている僕。
彼女が泣いている時にも「いつものように元気に笑ってほしい」と伝えた僕。
ひかりちゃんは『今こそ笑顔を見せて僕に喜んでもらいたい』と、そう考えたんだと思う。
でも、負い目はプレッシャーにもなるし、笑おうと思って笑う笑顔はどうしても不自然になる。
だから今ひかりちゃんは上手く笑えていない。
そして彼女は、自分の存在価値を失ってしまうと思い込み、余計に追い詰められている。
「ご、ごめんねお兄ちゃん。ひかり、もう大丈夫なはずなのに、笑えるはずなのに」
とうとう涙目になって、ひかりちゃんは焦り始める。
もはや泥沼状態だ。
ボタンの掛け違いみたいなものだろうか。
さっき僕のクッキーを食べていたひかりちゃんは本当に嬉しそうに笑っていたのに、今はその笑顔が思い出せなくなっている。
「どうしよう……、ひかり、お兄ちゃんに嫌われちゃうかも……、どうしよう……!」
不安でたまらない、泣き出す寸前、と言った感じのひかりちゃん。
そんな彼女に対し、僕もどうすればいいのかわからなかった。
でも、その時僕の頭に一つの言葉が思い浮かぶ。
それは彼女を『優しく丸め込んだ』、魔法の言葉。
「ひかりちゃん、ひかりちゃんは僕の妹だよね?」
「え……?」
「書類の上では赤の他人だけど、僕たちは兄妹だよね?」
唐突な話に混乱していたひかりちゃんだったけど、やがて彼女は力強く頷いた。
「う、うん! ひかりはお兄ちゃんの妹だよ!」
どこか縋るような、必死さも感じさせるひかりちゃんのその言葉。
だけど僕は、その言葉が聞けた僕は、笑いながら彼女に言ったんだ。
言葉を口にする前に、すでに顔が真っ赤になっていたんだけどね。
「だったら兄妹で無理して笑うのは、もう止めよう。そんなの水くさいよ。そして僕は兄として、ひかりちゃんが心から笑えるまでずっと待っててあげるから、ひかりちゃんは何も心配することないんだよ!」
僕の想いは通じたのか、ひかりちゃんが驚き固まり、そして顔中赤く染まっていく。
でも、恥ずかしい思いをした甲斐はあった。
直前ではあったけど、ひかりちゃんが涙を零すことは防ぐことが出来た。
そして、彼女がまた不安にならないように、僕は追加で彼女に話しかける。
「それに、僕はひかりちゃんの内面からにじみ出る笑顔が大好きなんだ。優しい笑顔、元気な笑顔、楽しそうな笑顔。それらはひかりちゃんがひかりちゃんであるかぎり失われることはないんだから、不安に思わなくてもいいんだよ」
次の瞬間、彼女は両手で口元を覆った。
せっかく防いだはずの涙が、彼女の両目から零れ落ちる。
「お兄ちゃん、ひかりのこと、そんなにしっかりと見てくれてたんだ……」
ボロボロと涙を零しながら、ひかりちゃんは感極まったように言葉を口にする。
僕はやりすぎちゃったのかな。
けど、ひかりちゃんが悲しむよりは、ずっといいよね。
「お兄ちゃんが好きなひかりの笑顔、ひかりらしい笑顔……」
ひかりちゃんが独り言のようにつぶやく。
「お兄ちゃんに会えて嬉しい。一緒に遊んでもらえて楽しい。優しくしてもらえて幸せ。そして、お兄ちゃんに料理を食べさせてもらうと、いろんな気持ちでいっぱいになる」
次々流れ落ちる涙を払おうともせず、ひかりちゃんは僕を見た。
そこで改めて、ひかりちゃんは目をつぶって大粒の涙を零す。
「ひかりが知らず知らずに想いを詰め込んでいた笑顔は、お兄ちゃんがしっかりと受け止めてくれていたんだね」
そしてひかりちゃんが、やっぱり涙を流しながら僕に笑いかけてくる。
新しいものを用意していた僕は、すぐに彼女にタオルを差し出した。
ところがひかりちゃんは僕の差し出したタオルを見て、恥ずかしそうに笑うと目をつぶり、拭いてくれと言わんばかりに身を乗り出してきた。
僕は苦笑して、こちらも身を乗り出して顔を拭いてあげた。一晩に二度も泣いちゃって、明日のお目々は大丈夫かなと思った。
「ひかり、お兄ちゃんの妹で良かった。本当に良かった」
気が付けば彼女は、本当の笑顔を取り戻していた。
心から嬉しそうに、そして幸せそうに、ひかりちゃんは笑っていた。
僕も同じように、彼女に微笑みかけていた。
こうしてひかりちゃんは、今度こそ前向きで明るい彼女へと復活を果たした。
そして復活を果たした彼女は、恐るべきことにいつものように、僕への愛情を語ってくれたんだ。
「ひかりも、お兄ちゃんのこと大好きだよ!」
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
次回からは新章、二学期編になります。




