綺麗になるのは誰のため?
僕の妹ひかりちゃんと洋風美少女のメグさんは、大の仲良しさんらしい。
きっと波長が合ったんだと思う。
そもそもひかりちゃんとメグさんが友だちになった理由は、同じクラスになったからなんとなく、という理由らしいから。
二人が似通っている部分は多い。
自分のことを名前で呼ぶし、感性も少し変わっていると思う。
でも、二人とも根っこはとても優しくて、気遣いができる。社交的だし友人も多いらしい。
そんな仲の良いひかりちゃんとメグさんだけど、二人が決定的に折り合えない点も存在する。
それが今、僕の目の前で繰り広げられていた。
「ンー、アメイジング! 今日もセンパイのご飯は最高デース!」
「う~……」
幸せそうに料理を口に運び、そして十分に口の中で堪能して飲み込むメグさん。
彼女は本当に嬉しそうに、その感想を言う。
そしてそんなメグさんの隣で、小さく威嚇音(?)を鳴らす僕の義妹ひかりちゃん。
ひかりちゃんは、ほんの少し体重が増えちゃった。
それは見た目には全然わからない差なんだけど、ひかりちゃんはやっぱり元に戻すと決めたみたい。
僕も考えが足りず、油断しちゃってた。
ひかりちゃんとはお盆休みの間ずっと離れて暮らしていたんだけど、僕はその反動で彼女が戻ってからは、ついつい気合の入った料理を出し続けちゃったんだ。
でもそれは考えてみれば、ひかりちゃんの実家にも当てはまることだった。
久しぶりに会ったひかりちゃんに豪勢な食事が振る舞われないはずもなく、外食やら手の込んだ手料理やら、毎日ごちそう尽くしだったみたい。
結果、ひかりちゃんは善意で埋め尽くされ、料理を多く食べすぎちゃったんだね。
体重を気にする女の子だったのに、悪いことをしちゃったな。
そして、反対にメグさんはいくら食べても太らない体質みたい。
以前にもひかりちゃんは、その体質を羨ましく言ってたっけ。
「センパーイ! おかわりクダサーイ! メグ、まだまだイケマース!」
「うぅぅぅぅ……!」
義妹さんの威嚇音が大きくなる。
でもメグさんは気にしてないし、ひかりちゃんも怒りを爆発させるわけでもない。
ハラハラして止まらないのは、僕だけだ。
「ひ、ひかりちゃんももうちょっと食べない? やっぱり少なすぎると思うよ? 体のためには急なダイエットは……」
「う~! う~!」
「な、なんでもないです」
ひかりちゃんが涙目でうーうー言い始めたので、僕は大人しく引き下がった。
メグさんはメグさんでよほど僕の料理が気に入ってくれたのか、明るい声で急かしてくる。
「センパーイ、早く早く~、メグはもうセンパイの料理の虜なのデース!」
「ご、ごめんねメグさん、はい、どうぞ」
「いえーい!」
「あぅぅ……」
メグさんの前に出される料理を見たひかりちゃん。可哀想に、お預けをされた子犬みたいになっちゃった。
切なそうな表情で料理を眺め、小さく開いた口からは今にもヨダレがたれそうに思える。もちろん実際にはそんなことはないんだけど。
「ヒカリ~、昼間のセンパイ見たデショー? センパイは今のヒカリも大好きデスよ? 無理して痩せなくてもいいのではないデスか?」
メグさんが困ったように笑いながら、優しげな口調でひかりちゃんに言う。
ひかりちゃんは食事を口に運ぶメグさんを目で追ってたけど、首を振って真剣に答えた。
「で、でも、ひかりはお兄ちゃんの優しさに甘え過ぎちゃダメなの。今でもいっぱい、いーっぱい甘えているんだから」
今度のメグさんは、明確に苦笑した。
「しかし頑張るのはいいデスが、それでセンパイを悲しませてはダメではないデスか? ほら、今も悲しそうな顔でヒカリを見てマスよ?」
「あぅ、お兄ちゃん……」
食事を我慢するひかりちゃんを見て、たしかに僕は胸が苦しくなっていた。
だってひかりちゃん、本当に切なそうに僕の料理を見てくれるんだよ。
今すぐ料理を目の前に並べて「好きなだけ食べて!」と言いたくなっちゃう。
けど、僕はひかりちゃんを応援したくないわけじゃない。
彼女が頑張ってダイエットしたいというなら、僕も出来るだけお手伝いするだけだ。
そう考えて僕が彼女たちに笑顔を見せると、それを見たメグさんがひかりちゃんに言った。
「ほらヒカリ、センパイが無理に笑ってくれてるデスよ。ヒカリはあの笑顔を見てもなんとも思わないのデスか?」
「あぅ~……」
ひかりちゃんは肩を丸めて下を向いてしまった。
そんなに無理して笑ったつもりはなかったけど、僕の笑顔はぎこちなかったかな。
「ヒカリ、今日からメグがエクササイズに付き合ってあげマス。明日もどこか体を動かしに行きマショー。だから、センパイのご飯、ヒカリももう少しだけ食べるデース」
「…………」
ひかりちゃんはメグさんの言葉を受け取り、そしてじっくりと考えを巡らしていたようだった。
たっぷりと時間をかけ、やがてひかりちゃんはほんの少しだけ顔を上げた。
申し訳なさそうな表情で、上目遣いに僕を見るひかりちゃん。
やがて彼女の頬が朱色に染まっていき、とうとうひかりちゃんは恥ずかしそうに小さな声で言った。
「お、お兄ちゃん……、ひかり、お兄ちゃんのご飯もっと食べたいです……」
それを聞いて僕は、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。
「ま、待っててひかりちゃん! すぐに持ってくるから!」
駆け足でキッチンへと向かう。
本当に嬉しかった。何と言っても僕たちは育ち盛りだし、必要最低限の栄養だけじゃダメだよね。
「センパーイ、メグももうちょっとほしいデース」
「め、メグちゃんはもうだめー! ひかりの分がなくなっちゃう~!」
「ヒカリ~、まだデザートがあるのデスよ? そんなに食べていいのデスかー?」
「……メグちゃんに付き合ってもらって、運動するもん」
「アハハ、なら大丈夫デスね」
一時はハラハラしたけど、ひかりちゃんもメグさんと仲良く運動するみたい。
やっぱり二人は仲の良い友だちなんだね。成績や体重の話とか、お互い悩みを聞いてあげたりしてるみたいだしね。
◇
夜も更けて、僕の自室。
後はお風呂に入ってのんびりするかなというような状況だったけど、今日は少し勝手が違っていた。
「ハイ、ヒカリ~、手を握ってグーッと伸ばし合いっこしマショー」
「むー、これキツイよ~」
「相変わらず、ヒカリは体が硬いデスねー」
「そんなことないよ~。メグちゃんが柔らかすぎるんだよ~」
女学院指定の体操服を来て、ひかりちゃんたちが二人でストレッチのような運動をしていた。
繰り返しになるけど、ここは僕の自室だ。
「い、痛い、痛いよメグちゃん、痛いよ~」
「そういえば、ヒカリとこうして組むことは少なくなったデスね」
「い、いろんな人に誘われちゃうからね~。い、痛い。それより痛いよメグちゃん」
「これが効いているのデース。もう少しガマンしてクダサーイ」
学校で彼女たちを見ていたらまず間違いなく通報されると思うけど、今は逆に彼女たちから僕の前にやってきて運動を始めていた。
他にも広い部屋はいっぱいあるはずなのに、どうして僕の部屋なのかな?
「ヒカリ、どうデスか? ちょっと気持ち良くなって来たのではないデスか?」
「わ、わかんない。でもメグちゃん、ヒカリに無理させすぎだよ~」
ちなみにメグさんの体操服は、またもアイリさんが即座に持ってきた。
今回も中身が何なのか知ってるはずなのに、彼女は眉一つ動かさず僕に手渡す。もちろん水着のことは何一つ聞かれなかった。
「はいヒカリ、次はこっちデース」
「あぅ、メグちゃんもっとゆっくりやって~? ひかり、痛いよ~」
うちの妹さんが何度も痛い痛いと言っている。
それを聞いていると、僕は夕飯のときのように心が落ち着かなくなってくる。
でも、メグさんは体を動かすことに関しては詳しそうだし、親友のひかりちゃんに無理はさせないと思う。
それに体操着の彼女たちを、僕がジロジロ見て口を出すわけにも行かないしね。
「おかしいデスね。前のヒカリはもっと柔らかかったと思うのですが」
「何年前の話なの~? それに、ひかりは今でも柔らかいほうだよ~」
彼女の言葉通り、ひかりちゃんは体が硬いほうではない。僕より全然柔らかい。
ただ、メグさんが柔らかすぎるのだ。別荘で水着の時に(頼んでいないのに)顔より上に足を上げている姿を見せてもらったこともある。
「年とともに硬くなってきてるのデスか?」
「そ、そうかもしれないけど~。これでも毎日柔軟もしてるんだよ~?」
会話をしながら運動を続けるひかりちゃんとメグさん。
しかしそこで、とうとう僕にも話題が及ぶ。
「そういえば、センパイの柔軟性はどうなのデスか? プールの際はもう準備運動は入念にやったと言われて、逃げられてしまったのデスよね」
「お兄ちゃんは硬いよ~。ずっと前にだけど、一緒にストレッチやった時に見たよ~。それっきり恥ずかしいから無理って断られちゃってるけど」
僕の額に冷や汗が流れる。
メグさんの瞳が、ギラリと怪しく輝いたような気がした。
でも、そこまでだった。
驚いたことに僕への直接の言及はなく、メグさんは一つ苦笑してひかりちゃんとの会話に戻る。
「まあでも、今はヒカリのことが先デスね。しっかりデザートも食べてしまったデスし、ちゃんと体を動かさないといけないデース。アハハ」
「あぅ~……。お兄ちゃんの料理、美味しすぎるんだよ~……」
そこでメグさんが立ち上がり、ひかりちゃんの後ろへと回った気配がした。
「美味しいデスよね。今朝も朝からしっかりと仕込みしてたデース」
「あれ、もしかしてメグちゃん、朝に一度起きてたの~? あ、め、メグちゃん、押し過ぎだよ~」
「力加減は気を付けてマース。もうちょっと体を前に倒して見るデス」
「う~、頑張る~」
エクササイズというかストレッチのようだけど、彼女たちは運動をしながら、おしゃべりを続けていく。
「朝、一度起きてたデスよ。センパイと二人っきりでお話したデス」
「そうなんだ~。いいな~。何話したの~?」
「ンー、センパイは早起きなので別荘の時も、一番に起きてメグたち全員の寝顔を見たそうデース」
僕はそれを聞いてドキリと心音を鳴らした。
すぐにひかりちゃんが笑って言う。
「お兄ちゃんって朝早いよね~」
「でも、その時メグは聞いたのデース。誰の寝顔が一番ドキッとしたデスか、と」
その言葉で、僕の心臓もまたドキッとした。
これからこの会話はどうなってしまうのだろう。そう思って、不安な気持ちになる。
でも僕の妹ひかりちゃんは、メグさんのその発言にあっさりと楽しそうに答えたんだ。
「お兄ちゃんの答えは~、みんな一番~?」
僕も驚いたし、メグさんも虚を衝かれたようだった。
わずかな間の後、メグさんが言う。
「ヒカリは、自分が一番とは思わなかったのデスか?」
そしてひかりちゃんは今一度、あっさりとその問いに返事を返す。
「だってお兄ちゃんは優しいから、誰が一番だなんて言わないと思うよ~。それでも誰かの名前を挙げるなら、その場にいたメグちゃんの確率が一番高いんじゃないかな~」
再び会話に空白の時間が生まれる。
その時メグさんは、何を思ったのかな。
次に聞こえてきた彼女の言葉は、楽しそうな声色だった。
「正解は、誰が一番かだなんて決められない、デシタ~」
「あはは、外れちゃった~」
そこで三度、体を動かしているだけの時間が来て。
やがてメグさんが、誰に言うでもなく、つぶやくように言ったんだ。
「ア~……、メグも綺麗になりたくなりマシタ」
それは、やや哀愁を感じさせる話し方だった。
僕は少し驚かされていたんだけど、ひかりちゃんはいつもの口調で彼女に答えた。
「えー? じゃあひかりと一緒に、綺麗になろ~」
「ハイ。メグはヒカリと一緒に、綺麗になるデス」
どこか誓いのように、メグさんはそう言った。
彼女はそこで楽しそうな声に戻り、とうとう僕に直接話しかけてきた。
「ヘイ、そこの不自然なくらいにメグたちを見ないセンパーイ!」
「……え? ぼ、僕?」
存在感を消すようにしてゲームを進めていた僕に、メグさんは明るい声で言い放つ。
「メグたちはこれからも綺麗になるので、覚悟しておくといいデース! アハハハハ!」
今でも十分過ぎるほど綺麗な女の子が二人、体操服姿で僕に笑いかけてきていた。




