誰が一番?
メグさんが泊まりに来て二日目の朝。
僕はいつものように早起きして、キッチンへと入る。
ひかりちゃんたちがいつ起きてくるのかは聞いていない。
ひょっとしたら昼前くらいになるかもしれないけど、僕はそれでも今から準備をする。
「今日のデザートはどうしよう……。軽くあっさりしてるものを想定してたけど、昨日の二人の様子を見てたら満足感の強いものがいいのかなあ」
僕は家では独り言が多い。
元々はゲームをしてる時だけだった癖だけど、今では普段の生活でも使ってるんだけどね。
ひかりちゃんに出会う前から、僕は学校にいる時よりも自宅にいる時のほうがよく喋ってたと思う。
「今から寝かせずに作れるデザートで、まだ彼女たちに出したことがないものは~……」
メガネ型のスマホを駆使しながら、僕はキッチンの中を動き回る。
ひかりちゃんたちのことをあれこれ考えながら作る料理は、楽しかった。
しかしそうして作業をしていた僕が、ふとした瞬間振り返ったら。
「オゥ」
僕の目は、リビングのテーブルの裏にサッと隠れる影を捉えてしまった。
僕は、まあその、ひかりちゃんが持ってるパジャマの柄はすべて覚えてしまっている。
隠れたのは泊まりに来ているあの子で間違いなかった。ちょっと声も漏れてたし。
僕はしばし立ち尽くし、これからどう対応すればいいのか迷ってしまう。
気付かないふりをしてあげたほうがいいのかな。それとも偶然を装って別の部屋に行って仕切り直ししてあげたほうがいいのかな。
けど、こうして僕が固まってしまった時点で、彼女も察してしまったことだと思う。
僕は諦めて、素直に彼女に声をかけることに決めたんだ。
「お、おはようメグさん。早いんだね」
すぐにテーブルから出てきた人物は、彼女らしく朝から元気な様子で僕に答えた。
「ノー、見つかってしまったデース! せっかく後ろから抱きつこうと思っていたのに、残念デース」
ひかりちゃんの親友の舶来娘、メグさんだ。ただし本人は日本生まれ。
「火とか包丁とか使ってるから危ないよ。メグさんが怪我をしても嫌だし、止めてほしいな」
彼女はパジャマ姿のままだった。
抱きつくなどという恐ろしい行動に出られなくてよかったと思いつつ、僕は先に釘を刺しておく。
でも、メグさんは不満そうだ。
「センパーイ、メグは子どもじゃありマセーン。もちろん注意して抱きつくつもりデシタ」
そう言いながら、僕の側まで歩いてくるメグさん。
彼女もひかりちゃんに似て、僕に触れてくるのに抵抗がない女の子だった。
僕は小さくため息をついて、彼女に改めて止めるようにお願いする。しかし……。
「僕が恥ずかしいからやっぱり止めてね。――って、どうしたの?」
メグさんは僕が持っていたボウル――調理鉢を取り上げてしまう。
僕ももう少し時間があれば気づけていただろうけど、その時は彼女のニヤニヤ顔を見ても、何をしようとしているのか理解できなかった。
メグさんは取り上げたボウルを安全な場所に置くと、両手がフリーになった僕に真正面から抱きついた。
「ギュー! そんなこと言わずに、メグとハグしマショー!」
彼女はギュッとする動作を口に出しながら、僕を力いっぱい抱きしめる。
でも、僕は女の子との接触にどうしても慣れることが出来ない。ただ息を止めて固まることしか出来なかった。
「ンー、センパイの温もりがダイレクトに伝わってくるデース!」
メグさんは最後にもう一度力を籠めて僕を抱くと、そこでパッと手を離して一歩下がった。
彼女も少し頬が赤かった。
「アハハ、メグも少しドキドキしてきたデス。でもこの気持ち、悪くないデース」
彼女は目を閉じ自分の胸を押さえ、心音を確かめるようにしてそう言った。
そのまま大きく深呼吸すると、メグさんは目を開いて僕を見た。僕はまだ真っ赤な顔で固まっていた。
「……センパーイ、メグとのハグ、気持ち良くなかったデスか?」
そう言ってメグさんは、困ったように笑いながら僕の目の前でひらひらと手を振った。
その頃になって、僕はようやく彼女に抱きつかれた衝撃から回復する。
止めてと言ったことを強行してきたメグさん。
そんな彼女へ不満を言うのは簡単だったけど、わずかな逡巡の後、僕は苦笑して答えた。
「嫌だとは決して言わないけど、やっぱり恥ずかしいよ。僕が倒れない程度にほどほどにしてね」
それを聞いたメグさんは少し驚いていたけど、やがて笑顔になると僕に言った。
「メグ、センパイのそういうところ大好きデース!」
大好きと言われ、僕はまたもカチコチに固まってしまいそうになる。
そういうところが大好きだと言われても、僕にはどういうところなのか、よくわからなかった。
ドツボにハマりそうだから、決して問い返したりは出来ないけど。
僕は彼女の発言をスルーさせてもらって、ボウルを手に取って動き始めた。
「何か飲まない? ひかりちゃんも大好きな野菜ジュースをオススメするよ。もちろんリクエストがあるなら教えてね。材料があればだけど、頑張って作ってみるよ」
そう言って僕はメグさんに背を向ける。
するとすぐにその背に彼女が再び声をかけてきた。
「メグ、センパイのそういうところも大好きデース!」
先ほどとほとんど同じセリフを、先ほどよりも嬉しそうに言うメグさん。
僕は今度は固まることはなく、何を飲むかに答えてほしいなと思った。
メグさんは僕が作った野菜ジュースを飲みながら、いつもはひかりちゃんがいる位置から僕に話しかけてきていた。
「センパイは毎日そうやって料理を作っているのデスよね?」
「うん、そうだね」
僕は作業の手を止めずに、メグさんに返事をする。
自分で言うのもなんだけど、慣れたものだ。うちの妹様は僕を鍛え上げてくれたみたい。
「こうして見ていても、センパイはプロの動きと変わりないように見えマース」
「ありがとう。でも、メグさんって厨房を見に行ったりしてるの?」
「メグは好奇心旺盛な子どもだったようで、どこでも入って行っていたようデス。アハハ」
好奇心旺盛な子ども。
それはたしかにメグさんのイメージにピッタリではある。
聞けばメグさんは生まれた時からアイリさんと一緒だったみたいで、いろんな場所を走り回るメグさんに、アイリさんは手を焼かされたのかもしれない。
「ちなみに告白すると、起きてすぐセンパイの部屋にも入りました。そこにいなかったからキッチンに来たのデース」
「……いやまあ、良いんだけどね」
うちの妹様は、自室に居るより僕の部屋に居る時間のほうが長かったりする。寝ている時間を合わせたらもちろん逆転するけどね。
しかしそういう理由から、僕はいつひかりちゃんが遊びに来てもいいように、部屋は綺麗に片付けている。
メグさんに見られても、好ましくはないけど困り果てることはない。
「メグさんって早起きだよね。別荘でもいつも一番に起きてたよね」
「……それって実の一番はセンパイってオチデスよね? だってメグが一番早起きだってわかってるってことは、それより早く起きてるってことデスよね」
僕は藪蛇だったかなと思った。
世間話の延長線で油断してたけど、少しまずい展開になったかもしれない。
その不安は的中。
メグさんがいたずらっぽい口調で僕に話しかけてくる。
「メグたちは、センパイに寝顔を見られちゃったのデスね?」
僕はこの夏、メグさんの家の別荘に連れて行ってもらった。
そこで彼女らと雑魚寝した僕は、たしかに彼女たちの寝顔を見てしまっている。
僕は誤魔化すべきかと迷ったけど、結局は肩を落として認める発言をした。
「多分あの場合、僕は見せられた側だと思うけど」
「アハハ。ひどい言われようデース。メグたちの寝顔、ドキッとしなかったデスか?」
「…………」
僕は黙り込む。
朝起きると両側で美少女がこちらを向いて寝ている状況。
それがドキッとしなかったかどうかと聞かれれば、もちろん答えは決まっている。
でも、今度は誤魔化した。
「そういえばメグさんって料理できるんだったね。誰に習ったの?」
別荘にいた時彼女が料理を作っていたことを思い出して、僕はそう言った。
しかし、メグさんは許してくれなかった。
それどころか、さらに踏み込んだ発言をしてくる。
「センパーイ、誰の寝顔に一番ドキッとしたデスか? メグにだけこっそりと教えてクダサーイ」
まるで僕がドキッとしたと決めつけてくるかのような彼女の発言。
いや、真っ赤になっちゃった顔を見られたら、どんなに言い繕ってもバレバレだったね。
僕は再び肩を落とすと、正直にメグさんに告げた。
「誰が一番かだなんて、決められるわけないよ」
それが僕の本当の気持ちだったんだけど、女の子はそれでは納得しないだろうとも思ってた。
しかし意外なことに、メグさんは嬉しそうな声で僕に返事をしてきた。
「ふふ、ちょっと安心したデス。センパイには、まだ一番の女の子がいないのデスね」
さっきから答えづらい発言ばかりされていた僕は、思考が上手く回らずメグさんの真意がわからなかった。
ただ、僕にはこれからも一番の女の子なんて決められないんじゃないかな、とぼんやり思った。
そこでメグさんが、渡していた野菜ジュースを飲み干す。
「ごちそうさまデース! メグは満足したデス!」
なんとなく、彼女のその満足したという言葉には二重の意味が籠められているような気がした。
メグさんはそこで、両手を上げて大きく背伸びをする。
「ンンー、でも、まだちょっと眠いデスかね。センパイ、メグはもう一度寝てきてもいいデスか?」
彼女の質問に僕はハッとなってすぐに答えた。
「もちろん。生活リズムが狂わない程度にたくさん寝ておいで。起きたら課題の続きをしようね」
「アハハ、センパイはスパルタデース。でも、わかったデース。それまで寝てくるデス」
メグさんはそう言って軽く頭を下げ、そして空のコップを差し出してきた。
僕はそれを受け取ろうと、手を伸ばす。
するとコップを受け取った手を、そのまま包み込むようにメグさんに両手で握り込まれてしまった。
「センパイ、メグはホントに寝るデスから、寝顔を見に来てクダサイね。お願いデスよ?」
僕は彼女のその行為と言葉に、ウッと怯んで後ずさりそうになる。
しかしメグさんは僕の手を握ったまま、もう一押し、と言った感じで身を乗り出してきた。
「どっちを見てとは言わないデス。二人とも見てドキドキしてクダサイ。約束デスよ?」
メグさんはとんでもないことを言って、最後にニコッと笑った。
彼女は僕の返事を待たずに手を離し、クルリと踵を返す。
「それではセンパイ、おやすみなさいデース! アハハ!」
どこまでが本気なのかわからないメグさんの発言。
僕は真っ赤な顔で戸惑いながら、そんな彼女の背中を見送った。




