離れていても、同じ場所で
メグさんの夏休みの課題は、彼女が嫌いな地味な作業がたくさん残されていた。
僕はお茶や雑学等で気分を紛らわしてもらっていたけど、それでもメグさんには飽きが見え始めていた。
そろそろ限界かなと思い始めていた頃、ちょうどいいタイミングで僕たちに連絡が入る。
メグさんはこれ幸いと飛びつき、僕も苦笑して勉強道具と部屋の片付けを始めた。
ゲームの準備も、メグさんのおかげで随分と楽になったんだよね。
夏の間は中々時間が合うことがなかった彼女たち。
でも一番忙しかったメグさんがやっと休めるようになり、僕たちは久しぶりにみんなで同じゲームを遊べることとなった。
「ハーイ、クオン! お久しぶりデース。でもどうせなら直接会いたかったデース」
「メグさん、お久しぶりです。私も会いたかったのですが、今日は姉が帰ってくるので、みんなで夕食を食べることになっているのです。ごめんなさい」
玖音さんは彼女の自宅に残ったままだったけど、それでも僕たちは同じ場所に集まる。
「オゥ、それなら仕方ないデース。直接会うのはまた今度にするデース」
「はい。私も楽しみにしておきます」
RAZEALという名のサンドボックスゲーム。
僕たちはそのゲームを使って、オリジナルの世界を創造していた。
先にその世界に降り立っていたメグさんが、玖音さんを出迎える。
そうして再会を喜んだ二人は、その世界での帰る場所へと歩き出した。
電子の海にある、みんなの家。
僕が合図を送ると、その扉が開いた。
「くおんちゃん、おかえり! またみんなで遊ぼうね!」
待っていたひかりちゃんが、元気な声でそう言った。
今回のラゼルでは僕と玖音さんがあるイベントを用意しているんだけど、それはもう少し後じゃないと実行できない。
それまではひかりちゃんとメグさんには秘密にして、とりあえずラゼルの世界を楽しむことにした。
このゲームを始めた頃は、彼女たちの楽しみ方はバラバラだった。
ひかりちゃんは羊に夢中になって牧場を作ってたし、玖音さんは気難しい貴婦人が生花をするかのように家の周囲の景観にこだわっていたし、メグさんはまだ見ぬ世界を求めて家にいることは少なかった。
それが今では少し変化が訪れていた。
ひかりちゃんは羊を増やすのを止め、玖音さんの庭造りを手伝い始めた。
反対に玖音さんは、ひかりちゃんの牧場の飼い葉を育てるようになった。
メグさんは相変わらず家にはあまりいないけど、それでも彼女にも変わったところがある。
「ヒカリ、クオン、ただいまデース。今日はゴールド、金を持って帰ってきたデスよ。家の外装を金に変えてみマショー!」
メグさんは物資回収係になっていた。最近の建築資材は、ほとんどがメグさんが集めてきたものになっている。
「お~、金ピカにしちゃうの? 全部?」
「イエス。たくさんたくさん持って帰ってきたデスよ」
ひかりちゃんとメグさんがそう話す。
オール金ピカの家。すごく悪趣味だと思うけど、どうなんだろう。形も変えたらアリなのかな。
ちなみに僕はこの家の方針にあまり口を出さない。
意見を求められたり、ゲームシステム上良くないことが起こりそうな時は例外だけど、今も黙ってひかりちゃんとメグさんのやり取りを聞いているだけだった。
しかしその会話は玖音さんも聞いていた。
彼女はそこで、面白い意見を発案してくれる。
「この家は半島にありますよね。だから自然とメグさんが冒険に行く向きは限られてしまいますが、船があると三百六十度いろんな場所に行けるようになるのではないですか?」
その発言に、ひかりちゃんとメグさんが感心したように「お~」と声を上げる。
「だからせっかくですし、金の船というのはどうでしょう? 現実世界ではまずありえませんし、面白いかもしれません」
「面白そう!」
「いいかもしれないデスね!」
まさかの金の船の構想が持ち上がった瞬間だった。
金は重いし柔らかいし船には向かないと思うけど、これはあくまでゲームだからね。見た目がどうなるかが一番の問題点かも。
「お兄さん、このゲームってどこまで物理演算されているのでしょうか?」
「矢や弾、投石の計算は結構本格的にされていたはずですけど、あくまでゲーム的な緩い部分も多かったはずです。船を自分で建造するのは……どうだったかなあ。緩いけど限界がないわけじゃなさそうです。筏の上に家を建ててみた。とかいう動画では最後海中に沈んでいた記憶がありますし」
僕はそこで自宅から見える大海原を指差して言った。
「試してみましょうか。金を鍋の形に加工して浮かべてみたらわかると思います。鍋の形を大きくしていけば、いずれ浮力が勝って浮くはずですよね」
僕の言葉で、みんなが色めき立つ。
サンドボックスのゲームってこういう何かを始めるときが最高に面白いよね。
「ひかり、浮力とかよくわかんないから周りを飾る宝石を準備してくるね!」
「メグは大きな金の鍋を作るデース! クオン、手伝ってクダサーイ!」
「わ、わかりました。というかメグさんが取ってきたものはまだ金鉱石のままなのでは? まずは精錬が必要ですよね」
一斉に動き始める女の子たち。
なんだか本当に宝船みたいなものが出来そうで、楽しみだった。
残された僕は少し考え、ツールの中の在庫を調べる。
十分な資材が揃っていることを確認して僕は海岸へと向かった。
みんなが船を作るなら、僕は港を作ろうと思ったんだ。
でも、僕は優柔不断だから、広い海岸線のどの辺に作るのか散々迷うと思うんだけどね。
◇
ゲームの途中で玖音さんが夕飯に呼ばれたので、僕たちも食事にすることにした。
今晩僕が作ったのは、さっぱりとした冷しゃぶをメインに夏らしくまとめ上げたメニュー。
今日は調理時間が限られるとわかっていたから下準備をしておいたし、仕上げもサッと終わるメニューにしたんだ。
手の込んだ品は、デザートに回させてもらった。
ひかりちゃんたちにも不満なく食べてもらえていたみたいだけど、ある時メグさんが言い始めた。
「センパイって調理師免許取らないのデスか?」
僕はすぐに答えた。
「考えたこともなかったと思う。僕はお母さんにだけ作っていたからね」
「それでこの腕前デスか。センパイのお母さんはグルメな人みたいデスね」
たしかに僕の料理の腕前はお母さんに鍛えてもらったんだと思う。
お母さんは外食好きでもあるから、僕を色々なお店に連れて行ってくれたし。
放課後いきなり海外に連れ出された時は大変だったけど。
「そうそう、ヒカリはお盆にセンパイのお母さんに会ったのデスよね?」
「うん~。というか、昨日までこの家にいたよ~」
「オゥ、そうだったのデスか。考えてみれば当たり前デスね。ここはセンパイのお母さんの家でもあるのデスね」
僕のお母さんは最近は仕事が忙しいし、そしてたまの休みにはこっちに帰ってくることもあるけれど、実はひかりちゃんのお父さんに会いに行ってたりもする。
お盆もそんな感じだったしね。ひかりちゃんの実家に顔を出して、それからこっちの家に帰ってきてたみたい。
「そう言えばヒカリ、お盆で思い出したのデスが、ユイの話は聞いてるデス?」
「あ、うんうん。延期になってたみたいだね。ひかり、それを聞いて驚いちゃったよ~」
そこで突然、話題が変わる。
ひかりちゃんたちはお喋り好きだ。次から次へと言葉が飛び出してくる。
だから、こんな風に突然僕に関係のない話題に移行することも珍しくない。
今は、ひかりちゃんたちのクラスメイトのお話になったみたいだね。
彼女たちはこんな感じで不意に僕を置いてけぼりにするけど、僕もそんな状況を気にしてはいない。
ないがしろにされていると感じる人もいるかもしれないけど、僕は彼女らが気を許してくれていると感じるし、過去、彼女らに謝られた際に気にしないでとも伝えてもいる。
第一、僕は彼女たちの話を聞いているだけでも満足できるし、それに時間はかかるかもしれないけど、絶対にいつかは僕に声がかかるようになるしね。
「ムム、いつの間にか食べ終わってしまっていたデース。センパイ、今日もありがとうデース。感謝してマース!」
ほらね。彼女たちは僕に挨拶せずにどこかに行っちゃったりしないからね。
でも、これって話題に上がったわけじゃないのかな。これで喜んでる僕って変なのかな。
とはいえ、声がかかって嬉しいものは嬉しい。
恥ずかしい、照れくさい話題なら勘弁してほしいけどね。
「どういたしまして。でも、まだデザートもあるよ」
「フーム、やはりセンパイはお金を取れるレベルだと思いマース」
「ああ、だから調理師免許の話を聞いてきたんだね?」
「まあ、そんな感じデース」
僕は知り合いにしか料理を作らないし、知り合いからお金を取るつもりもないから、やっぱり別に免許は要らないかな。
「お兄ちゃん、今日のデザートはなぁに~?」
「ムースオショコラ」
「むーすおしょこら? むーす、お、しょこら! わかった~! チョコレートのムースだ~!」
今のようなひかりちゃんの笑顔が見られるだけで、僕は十分満足だよ。
食事後、僕は再びラゼルの世界へとひかりちゃんとメグさんを誘っていた。
僕が積極的に行こうと誘うのは珍しいことなので、ひかりちゃんもメグさんも驚いていた。
しかし彼女たちは、また船を作る続きをするのかなと考えてくれたようで、すぐに違和感はなくなったみたいだった。
そこへ、食事を終えた玖音さんも戻ってくる。
僕はすぐにこっそり彼女へ声をかけた。
「どうですか? まだ時間かかりそうですか?」
「いえ、食事の後片付けは代わってもらったそうです。今日は今まで頑張ってたみたいで、これから休んでも問題ないそうです。間もなく来ると思います」
僕と玖音さんが考えていたイベント――、それは新しい仲間の紹介だった。
それにまだ気付いていないひかりちゃんとメグさんは、楽しそうに会話をしていた。
「どれくらいのお船にするの~?」
「大航海が出来るくらいの大きさにしたいデース!」
「いっぱい帆が付いてるようなお船~?」
「帆も金で作れるデスかね? 出来ればどこもかしこも金で作りたい――」
そしてそこで、その瞬間が訪れる。
「ワッツ? アナウンスメッセージ?」
「うん、なんか流れたね~」
「誰か、新しい人がこの世界にログインしたみたいデース。プレイヤーネームは、サユキ?」
「さゆき?」
彼女たちが答えに気付くより先に、すでにその場に人影が現れる。
僕たちが家を建てた広場は、初めてログインしたプレイヤーが降り立つ場所なんだ。
「い、いや~、これってめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。JKの輪にオバサンが入っていっているんですよ?」
「何言ってるんですか。紗雪さんだってまだまだ十分お若いですよ」
「そ、そうは言っても十代と二十代ですよ。うわ~、私顔真っ赤になってますよ」
「良かったですね紗雪さん。それは私にしかわかりませんよ」
「お、お嬢様~!」
VRゴーグルの内蔵ヘッドホンを通して、僕たちに彼女たちの会話が聞こえてくる。
それを聞いたひかりちゃんとメグさん、顔を見合わせて同時に口を開いた。
「紗雪さん!」「サユキ!」
新たに広場に広場に降り立った人、それは玖音さんのお手伝いさんの紗雪さんだった。
「や、や~、どうもどうも。年甲斐もなく来ちゃいました。五辻家使用人紗雪にございます。何なりとご命令ください」
「わ~! 紗雪さんいらっしゃーい! ビックリしたよ~」
「く、クオン、ズルいデース! メグもアイリ呼ぶデース!」
「えぇぇ? ず、ズルいですか? で、でしたら仰るようにアイリさんを呼んでいただいても……」
沸き立つ広場。
僕は人知れず、こっそりと頬を緩めた。
先日ゲームを始めた紗雪さん。
彼女をこのラゼルに誘う話を持ち出したのは、僕だ。
せっかくみんなで遊べるゲームだし、仲間は多いほうがいいと思ったんだ。
玖音さんも快諾してくれて、戸惑う紗雪さんをちゃんと連れてきてくれた。
それに、自動的にもう一個の考えも達成できそうだった。
メグさんのお手伝いさんのアイリさん。
彼女はゲームを個人的に始めたのかどうかわからなかったからまだ誘えてなかったけど、この調子なら彼女にもここに来てもらえるようになりそうだった。
もちろん紗雪さんとアイリさんは社会人だし、僕たちのようには遊べないかもしれないけど、それでも少しでもこの世界に足跡を残してくれたらいいなと思う。
「ひ、光様もメグ様も、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「うん、それはひかりからもお願いしたいけど~……、紗雪さん、なんだか緊張してる~?」
「ぶっちゃけ五辻に初出勤したときよりも緊張してます」
「あはは、それは大変だね~」
「……ここは雇い主として、私はどう答えるべきなのでしょう?」
ひかりちゃんたちが賑やかに会話する。
メグさんは会話には参加してないけど、多分アイリさんと連絡を取り合うのに忙しいのだろう。
僕は改めて笑った。
数ヶ月前はボッチだった僕が、今はこんなに明るく楽しく盛り上がっている場に一緒に参加している。
「あ、くおんちゃん、紗雪さんの今のお顔、写真に撮って送って~?」
「はい、ひかりさん」
「お嬢様!? 光様も、後生ですよ~!」
その日、僕たちの世界に二人仲間が加わり、僕の世界もまた大きく広がった。




