黒船襲来
彼女は様々なあだ名を持っている。
この国においては特徴的な容姿をしているし、しかもスタイルは良いし超美人だし、でもちょっと喋り方はちょっと胡散臭いし。
あだ名を付けやすいキャラなんだよね。
そんな彼女のあだ名の一つに、黒船というものがある。
彼女は身体能力も運動神経も素晴らしいから、体を動かす競技なら何をやっても頭一つ飛び抜けているらしい。
だから幕末に来航したあの船になぞらえ、黒船というあだ名が付けられたんだと思う。
でも、彼女はそのあだ名をちょっと特殊な理由で気に入っている。
自身は黒い髪でも黒い目でもないのに、でも黒船と呼ばれることが面白く感じるらしい。
彼女にはそういった言葉遊びを好むところがある。
自己紹介でも、『日本人じゃないのに日本人』とか『日本人の血は入っていないのに日本から出たことがない』などと楽しそうに名乗ってる。
そもそも彼女は、本名で呼ばれることがほとんどない。
友人、教師、果てや従者にまで、彼女のことはあだ名――愛称で呼ぶ。
……まあ、僕も本名で呼ばれることは少ないんだけどね。
その彼女からも、僕は愛称で呼ばれている。彼女が僕を呼ぶ時はいつもこうだ。
「センパーイ! お久しぶりデース!」
彼女の名前はMargaret・Miller。
同い年なのに僕を人生の先輩と呼ぶ、少し変わった女の子だ。
「メグさん、お久しぶり。お元気そうで何よりです」
そして、僕も彼女のことを愛称で呼ぶ。
Margaretの愛称、Meg。
彼女はひかりちゃんの親友、メグさんだ。
夏休みも残り少なくなったある日、メグさんが大きな荷物を持って遊びに来た。
彼女は今日から数日、ひかりちゃんの部屋にお泊りするらしい。
「メグちゃん、久しぶり~!」
「ハーイ! ヒカリも会うのは久しぶりデース。元気してたデスか?」
話を聞いてみると、彼女たちは毎年この時期に一度は顔を合わせているみたい。
まあ正直に暴露すると、課題の終わっていないメグさんをひかりちゃんが手伝ってあげていたみたいだね。
「でも、今年は成績も上がったのに、どうしてメグちゃんは課題やってないの~? ひかりは信じられないくらい早く終わっちゃったよ~」
「ノー。メグは夏の間は忙しいのデース。それに、毎年ヒカリに手伝ってもらわないと、夏が終わった気がしないのデース」
「あはは、それなら仕方がないね~」
メグさんは宿題を最終日にやるタイプみたいで、逆にひかりちゃんは真面目にコツコツと終わらせていくタイプ。
二人とも勉強は同じくらい苦手みたいだったけど、課題はその性格の差でひかりちゃんが手伝ってあげられていたんだね。
だけどメグさんが言っているように、近年は課題という名目でひかりちゃんと遊びたかっただけのかもしれないね。
だっていざとなれば課題なんて、彼女の使用人に頼めばあっという間に終わっちゃうだろうしね。
僕は彼女らの会話を聞きながら荷物を運んでいた僕は、それを終えてメグさんに話しかける。
「メグさん、荷物ひかりちゃんの部屋に置いておいたから。それと、ちょっとしたらお茶入れるね」
「オゥ、センパイありがとデース! ヒカリ、荷物開けさせてクダサーイ!」
「うん~、じゃあ部屋に行こっか~」
僕と入れ替わりに部屋に移動していく二人を見送ると、後には僕ともう一人、黒服の女性が残された。
その女性もメグさんと同じく日本人ではない。彼女のお手伝いの、アイリーンさんだ。
彼女は運転手としてここまでメグさんを送ってきてくれていた。
でも、いつもとは違ってそこで別れるようなことはせず、メグさんの荷物を持って玄関まで運んできてくれたんだ。
僕はやや緊張しながら彼女に話しかける。
「ええと、責任を持ってお預かりします、とは言い切れませんが、メグさんも出来るだけ快適に過ごしてもらうように努力しますので、どうかご心配なく……」
アイリーンさんは普段はクールな女性だ。
僕の言葉に軽く頷くと、話し始める。
「元より過度な心配はしていませんが、サポートは致します。何かあればすぐに連絡ください。百秒以内に駆けつけます」
僕は呆れた顔を隠すことが出来なかった。
「百秒って……、アイリさん、車内待機でもするのですか?」
アイリーンさんことアイリさんは、その言葉に首を振る。
「それは最終手段でした。ですが幸いなことに……、失礼。貴方様には不幸なことに、空室がございましたので」
僕は今度こそ強い衝撃を受けて、彼女に確認を取ろうとする。
「か、借りちゃったんですか? 安くもないこの――」
しかしアイリさんはそこで、静かに口元に人差し指を一本立てる。
「長い付き合いになるのでしょう? それを考えれば、十倍払っても安い投資です」
僕が黙り込んだのを見て、次にアイリさんは深々と頭を下げる。
「メグ様のこと、よろしくお願いします。では、私はこれにて。失礼します」
そう言うと彼女は、固まる僕を置いて玄関から出ていってしまった。
しばらく僕はそのまま閉まった玄関を見つめていたけど、やがて頭を掻きながらつぶやく。
「ご利用ありがとうございます、とでも言えばよかったのかな」
今まで言ってこなかったけど、このマンションのオーナーは、僕のお母さんだ。
◇
メグさんはかき氷が好きだ。
厳密に言えば、かき氷を一気食いして頭痛を覚えるのが楽しいみたい。
「ンー! 頭痛いデース!」
恒例のおやつタイム。
夏も終わりだというのに、今日も彼女はかき氷をシャクシャクと食べる。
しかし彼女に言われるがままに出しちゃったけど、これ、よく考えたらお嬢様の体に負担をかけているんだよね?
控えたほうがいいのかな。あるいは注意してあげたほうがいいのかな?
「でも、そろそろかき氷の季節も終わっちゃうね~」
メグさんとは違ってゆっくりとスプーンを口に運びながら、ひかりちゃんはしみじみとそう言った。
僕たち学生にとって、それは同時に長期休暇が終わってしまうことを意味している。
僕は学校が嫌いではないけれど、一日中ひかりちゃんと一緒にいられる夏休みが終わるのは、やはり少し寂しかった。
こういう場合は、次に起こる楽しいことを思い浮かべたほうがいい。
僕はとっさにそう思った。
「でも、九月にはメグさんの誕生日が来るよね。お家で盛大なパーティをするんでしょ?」
僕はすでに彼女たちの誕生日は全員分教えてもらっている。
メグさんは九月。玖音さんは十二月。ひかりちゃんは二月だ。
そんなわけで、僕の知り合いの中ではメグさんが一番早く誕生日を迎える。
……厳密に言えば、先にあの人の誕生日が来てるんだけどね。
「アハハ、センパイの時より大規模になるデス。ごめんなさいデース」
「とんでもない。僕はあれでも十分過ぎるほど満足してるよ。メグさんは気にせず盛大に祝ってもらってほしいな」
メグさんは超大金持ちのお嬢様だ。
その誕生日はたくさん人を招いて盛大なものになるらしい。
「楽しみだな~。僕なりに頑張るから、日はズレちゃうけど、お祝いさせてね」
でも実は僕、メグさんの誕生日パーティには参加しない。
僕とひかりちゃんは書類上ではまだ赤の他人だ。そんな僕が誕生日に参加してしまうと、誰だあの男は、という話になってしまうからね。
メグさんとひかりちゃんは、僕のその発言を聞いて悲しそうな表情を浮かべる。
「センパイも気にせず来ればいいのデス。メグのボーイフレンドとして紹介してあげマスよ」
メグさんはそう言ってくれたけど、それは出来ない相談だ。
お金持ちのお嬢様に誕生日にそんな紹介をされてしまったら、それはもはや婚約宣言のようなものだと思う。いや本当に。
「僕はここからめちゃくちゃお祝いしておくよ。それで、後日改めて遊びに来てよ。頑張って美味しいご飯作っておくから」
メグさんは「ふぅ」と一つ息を吐く。
「本当に気にする必要ないデスけどね。人、本当にたくさんデスから、センパイ一人混ざってても気付かれないと思いマスよ?」
「うーん、どうしてもメグさんが来てほしいならそれでも行くけど……」
僕が参加した場合、ひかりちゃんとも馴れ馴れしく出来ないし、メグさんを長い間独占するわけにも行かない。
もちろん玖音さんからも距離を置かなければならないし、アイリさんも僕だけに構ってはいられないだろう。
結果、僕は何となくその場にいて愛想笑いを浮かべているだけになっちゃうと思うんだけど、それでもいいのかな。
ちなみに僕はそれでもメグさんが望むなら頑張って行く。元々ボッチ属性の僕だから、一人には慣れてるしね。
「……恩人のセンパイを仲間外れにするのは気が引けるデスが、センパイ本人が気にしてなさそうなのが救いデスね」
「仲間外れじゃないよ。必要な措置だよ」
僕はメグさんの誕生日パーティに参加できなくても、本当に気にならない。
仲間外れにされたとも思わないし、ベストかどうかはわからないけど、これがベターな措置だと思っている。
メグさんはそこで改めて苦笑すると、明るい声で喋り始めた。
「仕方ないデスね。その日は写真をいっぱい撮って、センパイに送ってあげるデース」
その言葉に、ひかりちゃんも勢い付く。
「去年までのもあるよ~! ひかりのお歌も聞いて聞いて~」
ハッピーバースデーの歌。去年と一昨年は、ひかりちゃんがそれを歌って祝ってあげているみたいだね。
でも、写真などを見せようとスマホを操作しようとしたひかりちゃんの手を、メグさんが笑顔で掴んだ。
「ヒカリ、センパイには今年の分を見せてあげることにするデース。その後で、今までのも見せてあげマショー」
ひかりちゃんは少しの間メグさんのことを見ていたけど、やがて笑顔で頷いた。
「わかった~! お兄ちゃん、ひかり頑張って歌うから、後で聞いてね~!」
僕も笑顔で頷く。
ひかりちゃんたちは僕の誕生日のときも歌を披露してくれたけど、あれはこういう経緯があったからなのかな。
でも、次にメグさんが喋り始めた言葉で、僕はとても驚いてしまった。
「ヒカリは声も顔も可愛いデスからね。ヒカリが歌を歌った直後には、毎年あの女性は誰なのかと男性陣から質問が出るそうデース」
メグさんは笑ってひかりちゃんを見る。
「メグの誕生日なのに、ヒカリは罪な女デース。アイリは毎年ヒカリを守るのに苦労してると言ってマース。アハハ」
それを聞いた僕は、慌ててひかりちゃんに尋ねた。
「だ、大丈夫なのひかりちゃん。無理に誘われて嫌な思いとかしてない?」
「え? ひかり誘われたことなんてないよー?」
でも、ひかりちゃんは小首を傾げてすぐにそう答えた。
メグさんが今度は僕を見て、再び楽しそうに笑う。
「センパーイ、アイリが守っていると言ってるデスよ。一件たりともひかりには話が行ってないはずデース」
それを聞いた僕は、大きな息を吐いて脱力した。
外出中はひかりちゃんに声がかからないように気を付けている僕。
彼女が嫌な思いをしてなくて、本当によかったと思った。
でも、そこで僕は考える。
このようなパーティの場は、前世代的かもしれないけど、娘の顔見せ目的もあるのかもしれない。
いや、少し言葉足らずだったね。
要するに、立派な旦那さんを見つけて幸せになってもらいたいという、親の願いが籠められているのかもしれないんだよね。
僕のその考えを証明するかのように、そこでメグさんが話し始める。
「しかし、今年もお見合い話が増えそうデース。真剣なお付き合いを申し込まれることも多くなってきてるデス。メグはまだ十五なのに、皆さん気が早いデース。こういうのって、青田買いっていうのデスよね? アハハ」
僕は顔が青ざめてしまった。
もし、ひかりちゃんに真面目なお付き合いの話が出てきたのなら、僕が心配するのは彼女の可能性を狭めることになるんじゃないかな。
しかしそこで、僕の義妹の女の子は僕の思考をあっという間に吹き飛ばしちゃう。
ひかりちゃんはいつもの口調で、まるで当たり前のようにあっさりと答えた。
「でも、それなら今年はアイリさんに、ひかりにはもう良い人がいますって答えるようにしてもらおうかな~」
僕の身体がピタリと固まり、そして反対にメグさんも勢い良くひかりちゃんを見る。
「オゥ、ヒカリ、グッドアイディアデース。メグも良い人見つけてマース!」
僕の顔が徐々に赤くなり始める。
まさかとは思うけどそれって――。
そこで二人の女の子は僕を見て、同時に口を開いて言ったんだ。
「お兄ちゃん、ひかりと一緒にパーティに行こ!」
「センパーイ! やっぱりパーティに来てクダサーイ!」
色々言いたいことはあったけど、とりあえず参加はしないと説得した。
めちゃくちゃ苦労したけどね。




