表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹とゲームを遊んでいたら、僕の世界が深まっていく件
57/101

彼女が持ち帰ったもの

二話に分けようかと思いましたが、一話にまとめてみました。

遅くなったのはそのためです。すみません。


 ひかりちゃんが帰ってきた。

 彼女は家の前ではニコニコ笑うだけだったけど、家に戻って二人っきりになった瞬間、喜びを爆発させた。


「お兄ちゃん、会いたかったよ~!」


 まるで大型犬がご主人様と再会したかのような熱烈さで、僕に抱きつき顔をスリスリと押し当ててくるひかりちゃん。


 とっても嬉しいけど、めちゃくちゃ恥ずかしいし、何よりその猛烈なタックルは止めてくれないかな。

 僕はラグビーやアメフトの選手じゃないから、吹き飛ばされそうになっちゃったよ。


「ねぇお兄ちゃん、くおんちゃんのお家は楽しかった~?」


 しかし再会を喜んだ後、真っ先に出てくるのがその言葉ってどういうことなのかな。

 僕はやましいことは何もないはずだけど、思わず冷や汗が出そうになっちゃったよ。


「た、楽しかったよ?」


 出来るだけ普通に喋ろうと思ったんだけど、僕の声はどうしてか震えちゃった。

 仲良く二人並んでゲームしたこととか、それを見て夫婦みたいだと言われたこととか、そんなのをやましく感じちゃったのかな。


 そういうのって全部言わなくちゃダメなのかな。

 僕は女の子に対する経験が少ないから、どうすればいいのかわかんないよ。


「……ならいいの~!」


 ひかりちゃん、僕のことをほんの数秒見て、それからニコリと笑ってそう言ったんだ。

 僕はホッと胸を撫で下ろしたんだけど、でも、よく考えたらその数秒の間がめちゃくちゃ恐ろしいんだけど。


 ひかりちゃん、その瞬間に僕のことを見透かしたのかな?

 何だか怖くなってくるから、これ以上考えないほうが良いのかな?





 荷物を部屋において、二人だけのティータイムにする。

 ひかりちゃんはお行儀良く椅子に座って待っててくれた。


「わぁ~、チーズケーキだ~」

「お昼食べてきたみたいだし、小さめだけどね」


 火を通さずに固めた冷製のチーズケーキ。

 ひかりちゃんの帰宅時間が読めなかったから、冷たいおやつにしたんだよね。


「ん~! 美味し~!」


 スプーンを口にくわえ、喜びいっぱいの表情を浮かべるひかりちゃん。

 僕はそれを見て改めて「ああ、ひかりちゃんが帰ってきたんだな」と思ったんだけど、驚いたことにそれはひかりちゃんも同じだったみたい。


「ひかり、こうしてお兄ちゃんのおやつ食べてると、帰ってきたって実感できるんだ~」


 そこで彼女は紅茶とケーキを手に取ると、僕の横に移動してきて座り直したんだ。


「えへへ~」


 僕にピッタリ寄りかかってきて、ひかりちゃんは嬉しそうに笑う。

 恥ずかしかったけど今日くらいはいいかなと思い直して、僕は世間話をすることにした。


「みんな元気そうだった?」

「うん!」


 何よりな返事だった。

 一応親子の義理として、僕はもう一言付け加える。


「僕のお母さんにも会ったんだよね? 元気そうだった?」

「うん~、来週……、あ、もう今週だね。今週休みが取れるから帰ってくるって言ってたよ~」


 僕のお母さんは健在だけど、最近ほとんど会ってない。最後に会ったのは夏休みの最初のほうだったかな。

 お盆にも帰ってきてたみたいだけど、僕は玖音さんの家に遊びに行ってたし。


 その時メールで『空ちゃんの裏切り者~』って言われちゃったけど、そもそもお母さんも僕よりひかりちゃんと多く連絡取り合ってるんだよね。

 そっちは実の息子への裏切りじゃないのかな。まあいいんだけどね。


「それでねお兄ちゃん、お母さんが美味しいご飯楽しみにしてるって~」

「具体的なメニューのリクエストはしてたの?」

「ううん、楽しみにしてるってだけだよ~」


 僕はお母さんにもご飯を作ってあげているし、リクエストがないことも珍しくない。

 一応念の為、ひかりちゃんにも尋ねてみる。


「僕のお母さんが帰ってくる日なんだけど、ひかりちゃんは何か食べたいものある?」

「お兄ちゃんのご飯!」

「うん、ありがとう」


 (おおむ)ね予想通りの返答をもらい、僕は顎に手を当て考え始める。

 同時にスマホも使って食材も確認、何を作ろうかなあと思案する。


 とはいえ、お母さんが帰ってくることは今初めて聞かされたわけで。

 どうやりくりしても食材が足りない。


 そこで僕は、チラリとひかりちゃんを見る。


「う? なぁに?」


 僕の視線はあっさり気付かれてしまい、近くでニッコリと微笑まれてしまった。

 ひかりちゃんはとても美人さんだから、破壊力は抜群なんだよね。


 僕は顔を赤くして、コホンと一つ咳をする。


 でも、こんなに美人なひかりちゃんだから、外に連れ出すとあっという間に人目を集めちゃうんだよね。

 だからさっきは食材の買い物をどうしようかなと考えたんだけど……。


「(また宅配してもらうかな)」


 少し割高だけど、必要経費だと考えて僕はそうすることにした。

 そう言えば今年の夏は、僕自身はお金を稼いでいないなとふと思った。





「そういえばひかりちゃんって、実家ではもちろん自分の部屋で寝てたんだよね?」


 おやつを食べた後、僕とひかりちゃんは彼女の部屋で片付けをしていた。

 女性の荷物の片付けを僕が手伝うのもどうかと思うけど、変わったことにひかりちゃんは、手伝ってあげると喜ぶタイプだ。


「うん、そうだよ~」

「過ごしやすかった?」

「うーん、わかんない。なんだか不思議な気分だった~」


 僕の家にあるひかりちゃんの部屋は物が少ない。

 徐々に女の子らしさが出て来てはいるけど、僕の中では引っ越してきたばかりの最小限の荷物しかない部屋というイメージが払拭できていない。


「不思議な気分だったっていうのは何となく想像できるけど、過ごしやすいかわかんないってどういうこと? 昔と違ってた部分があるの?」

「そうだね~。こっちに持ち出してきてたものもあるし、ベッドで寝るのも久しぶりだったし~」


 今はベッドで寝る人が大半だと思うけど、意外なことに僕の知り合いは敷布団で眠る人のほうが多い。

 玖音さんは畳の上にお布団を敷いて寝るし、僕も部屋が狭くなるという理由でベッドは置いていない。VRゲームとかで広いスペースが必要だからね。


 そしてひかりちゃんは、僕の家に引っ越してきた際にベッドを用意しなかった。

 だからそれ以降、彼女もずっと敷布団で寝てるんだよね。


「こっちにベッドは用意しないの? 敷布団じゃなきゃ嫌だってわけでもないんだよね?」 


 ひかりちゃんはもうしばらく僕の家から出ていく予定はないと思う。

 だから改めてベッドを用意したらどうかと思ったんだけど……。


「ベッド……、うーん、でもひかり、いつかお兄ちゃんの部屋で一緒に寝る夢を持ってるし」


 聞くんじゃなかったと思った。


 ひかりちゃんも僕の家から出ていくつもりはないみたいだけど、寝室をこの部屋から僕の部屋に変える構想は持っていたみたい。

 それならたしかに、ベッドは不要になるかもしれないね。


 僕としてはベッドを用意してもらって、そんな夢は忘れてもらったほうがいいんだけど。


「さて。だいたい片付いたかな。後の荷物はひかりちゃんに片付けてもらう必要があるのばかりかな」


 僕はひかりちゃんの話を露骨にスルーして、タオル等を持って立ち上がった。

 そのひかりちゃんは、座ったまま僕をまっすぐ見つめてくる。


「ねぇお兄ちゃん、たまにはひかり、お兄ちゃんの部屋で一緒に――」

「いけません」

「ぶ~!」


 久しぶりに見る妹さんの膨れっ面。

 ひかりちゃんは可愛いから、そんな表情でも魅力的に思えてしまう。これって身内贔屓(びいき)だったりするのかな。


 しかしその時、床に見慣れない紫色の包みが置かれていることに気付く。


「あれ、なんだろこれ」


 片付け忘れかと思った僕は、何気なく手を伸ばして中身を確認しようとした。

 しかし、その瞬間。


「――あ、それは……」


 ひかりちゃんが息を呑んだように、そう言った。

 それを聞いた僕は、弾かれたように包みから手を離す。


「ご、ごめん、ごめんねひかりちゃん。勝手に触ろうとしちゃって」

「う、ううん、お兄ちゃんならいいんだけど、でも、それは、えっと……」


 困ったように言葉を選ぶひかりちゃん。

 彼女にしては珍しいその態度に、僕は慌てて明るく言った。


「いや、僕が悪かったよ。親しき仲にも礼儀ありって言葉もあるしね。今度から気を付けるね」

「あっ……」


 ひかりちゃんが短く声を上げたけど、僕は改めて彼女に笑いかけた。


「じゃあ、僕はタオルをしまってくるよ。ごめんねひかりちゃん、後のそっちの片付け頑張ってね」


 それを聞いたひかりちゃん、サッと悲しそうな表情を浮かべて僕を見る。

 でも僕は心臓がドキドキしていたし、逃げるように彼女の部屋を後にしたんだ。


「(失敗した。ひかりちゃんの荷物を触ろうとしてあんなふうに言われたのは初めてだ……)」


 廊下に出て、パタン、とドアを閉める。

 そのままドアに背中を預けて、僕は心臓を押さえた。


「(僕は思い上がっていたみたいだ。知らない間に、彼女のものなら何でも触っていいだなんて考えていたのかも……)」


 首を振って、僕は歩き出す。

 親しき仲にも礼儀あり。自分で言ったその言葉を胸に刻みながら、僕は反省する。


 でもやっぱり正直なところ、非常に自分勝手なことに、ひかりちゃんに拒絶されてしまったように感じていた僕の心は、大きく揺れていた。




    ◇




 次にひかりちゃんに会ったのは、夕飯の時だった。

 片付けはもうほとんど終わっていたはずだけど、それまでひかりちゃんは部屋から出てこなかった。


 久しぶりに再会したひかりちゃん。

 そんな彼女のために、僕は前もって豪勢な夕飯を準備していた。


 もちろん料理は失敗しなかったし、ひかりちゃんも期待通りの反応を見せてくれた。

 美味しいと、ありがとうと言ってくれて料理を頬張るひかりちゃん。


 だけど久しぶりに会った彼女だけど、ずっと一緒だった僕は気付いてしまった。

 彼女は本当に食事を楽しもうとしてくれていたけど、心のどこかに迷いのような戸惑いのような感情を抱えていたことに。


 些細な違和感は、僕たち兄妹に連鎖していった。どこかお互いを気遣った会話が続いていく。

 やがて食事が終わる頃には、僕たちの会話は少し上滑りしたような会話だけになってしまっていた。





 食事後、僕は部屋で一人ボーッと天井を見ていた。

 さっきまではずっと心の中がグチャグチャだったけど、少し疲れてしまい、放心したように寝転がっていたんだ。


 ふと、隣のクッションを見る。

 いつもひかりちゃんが使っているクッション。でも、今日は誰も使う人がいなくて、ポツンとそこに置かれていた。


「(まさかこんなことになるなんて。僕たちは仲良くいっていた気がしてたんだけどなあ……)」


 またも心がざわつき始める。

 僕は慌てて無人のクッションとは逆を向いて、前向きな考えをしようと思った。


「(明日になればまた変わるかもしれない。僕とひかりちゃんの絆は、そうそう壊れないよね?)」


 今日はすれ違っちゃったけど、僕たち兄妹の仲は悪くない。

 その仲を疑って失敗するようなことは、もうやっちゃダメだ。


「(でも……)」


 しかしその時弱気な気持ちが顔を出す。


 久しぶりに再会したひかりちゃん。

 僕たちは短期間で一気に仲良くなったけど、もしかして、離れていくのも短期間であっという間に……?


 そう考えた瞬間、僕の体は飛び上がっていた。

 思考内容もそうだったけど、ドアを叩く小さな音が聞こえてきたからだ。


「あ、開いてるよひかりちゃん」


 この家には僕とひかりちゃんしかいない。

 僕は声を出して彼女を招き入れた。


 返事はなく、無言で開く僕の部屋のドア。


 すると――。


「(えっ?)」


 無言で入ってきたのは、やっぱりひかりちゃんだった。

 でも驚いたことに、彼女が着ていた服は見たこともない――浴衣だった。


「…………」


 ひかりちゃんは緊張した面持ちだった。

 若干恥ずかしそうに頬を赤く染め、そのまま無言で僕の隣まで歩いてきて、クッションに横座りした。


「…………」


 なおもひかりちゃんは何も言わない。

 僕と視線を合わせるようなこともなく、ただ黙って前を見つめていた。彼女の緊張が伝わってくる呼吸だけが聞こえてきていた。


 僕も混乱していたけど、このままでは埒が明かない。

 しっかりと頭の中で言葉を吟味して、彼女に話しかけた。


「綺麗な浴衣だね。に、似合ってるよひかりちゃん」


 でも、女の子を褒めることに慣れていない僕は、ついつい肝心なところで失敗してしまった。


 その失敗が影響したのか、ひかりちゃんは緊張した様子を崩さずに、静かに答えた。


「これが、お兄ちゃんが昼間触ろうとした服だよ」


 それこそが今回のすれ違いの切っ掛け、昼間の紫色の包みの中に入っていた物らしい。


 しかし僕が言葉を継ぐ前に、ひかりちゃんは前を向いてポツリと言ったんだ。


「ひかりのお母さんが着てた浴衣だって」


 僕は息が詰まった。

 それはひかりちゃんの亡くなったお母さんの、形見の浴衣だった。


 ひかりちゃんが僕の手をギュッと握ってくる。


「この浴衣はね、お祖母ちゃんが見つけてきてくれたんだ。でもひかりは怖くて、きっと着ることはないんだろうなって思ったの」


 彼女は一瞬だけ僕を見ると、再び前を向いて話を続ける。


「お父さんにも着てみたほうがいいか確認したんだけど、ひかりの顔を見たお父さんは、眺めているだけでもいいよって言ってくれたの」


 ひかりちゃんはお母さんのことを覚えていない。

 彼女は生まれてすぐに、お母さんとお祖母ちゃんを交通事故で亡くしている。


 だからひかりちゃんが言っているお祖母ちゃんとは、本当のお祖母さんの妹に当たる人のことだ。

 その妹さんが幼いひかりちゃんの乳母代わりになって、ずっと可愛がってひかりちゃんを育ててきてくれたらしい。


「だからひかり、持って帰って大切にしまっておこうと思ってたんだけど……」


 そこでひかりちゃんは困ったように笑うと、僕に向き直って言ったんだ。


「でも、着ちゃったんだ~。お母さんの浴衣~」


 僕は再び胸が苦しくなった。

 しかもよく見ると、ひかりちゃんの肩が震えていることに気付いた。


 彼女は今も、この服を着ることに不安を覚えているみたい。


 だから、僕としても、ひかりちゃんが次にそう言ってくれて助かったんだ。


「ねぇお兄ちゃん、ギュッてして」


 自分でも信じられなかったけど、僕はすぐにひかりちゃんの肩を抱きしめることが出来た。

 恥ずかしいという気持ちよりも、申し訳ないという気持ちのほうが強かった。


「えへへ、お兄ちゃんに初めて抱きしめてもらっちゃった」


 ひかりちゃんがいつもの明るさ一辺倒の口調ではなく、少し哀愁が混ざった声でそう言った。

 僕の腕に自然と力が入る。ひかりちゃんはそんな状況でも、静かに僕に体を預け続けてくれていた。


 僕たちはしばらくそうして寄り添っていたけど、やがてひかりちゃんが話し始める。


「お兄ちゃん、ひかりを腫れ物扱いしないでね」


 僕は驚いて腕の中のひかりちゃんを見る。

 そのひかりちゃんは、小さく笑ったような気がした。


「親しき仲にも礼儀あり、だなんて言い始めちゃうと、お兄ちゃんはどんどんひかりから遠ざかっていくと思うんだ~。ひかりはそんなのイヤだから、これからも遠慮なく接してほしいな。お願いだよ」


 僕は思わず息を呑んだ。

 ひかりちゃんは今度こそハッキリと笑ったみたい。体を震わせて、楽しそうに言葉を続けた。


「だからね、お兄ちゃんはこれからもひかりの部屋にいつでも来ていいし、何を触っても良いんだからね。……恥ずかしいのもあるけれど、でも、やっぱり遠慮されるほうがイヤなんだからね」


 その言葉はジワリと僕の心に広がっていき、やがて僕を赤面させた。

 僕は彼女の体から手を離し、静かにひかりちゃんから距離を取る。


 すると案の定、頬を膨らませて不満げなひかりちゃんがこちらへ振り返ってきた。


「お兄ちゃん~? ひかりの話聞いてたの~? ひかりは遠慮されるほうがイヤなんだからね?」


 僕は両手で顔を覆ったまま、彼女に答える。


「お兄ちゃんには限界があるんだ……。もう今日の僕はダメ、恥ずかしすぎる」

「む~」


 頬を膨らませたまま、僕の肩にコツンと頭をぶつけてくる浴衣の美少女。

 そんなに不満そうにされたって、無理なものは無理なんだよひかりちゃん。


 でもひかりちゃんは、僕を困らせ続けたりはしない。

 小さく息を吐くと、柔らかな口調で話し始めた。


「残念~、夢のような時間は終わりだね~」


 僕もホッと安堵の息を吐く。

 でもそこでひかりちゃんは、天井を向いてつぶやいたんだ。


「でも、これもお母さんのおかげだったのかな~」


 僕もハッとなって天井を見上げる。

 見慣れた変哲もない、僕の部屋の天井。


 僕は目を閉じ、見たこともないひかりちゃんのお母さんに心の中で頭を下げた。

 彼女がいなければ、当然ひかりちゃんだってここに存在していない。


 そんな僕の手を、ひかりちゃんが再び握りしめてくる。


「ねぇお兄ちゃん、もう一度ひかりのこと、ギュッて抱きしめて」


 僕は赤い顔でひかりちゃんを見る。

 彼女はズルい。少し寂しそうに笑って、僕に言った。


「そしたらひかり、この浴衣のことも大好きになれそう」


 僕はますます顔が赤くなり、胸がグーッと押しつぶされるように苦しくなる。

 でも、いつもなら逃げちゃうようなこの状況だったけど、僕は目をつぶって義妹の女の子を抱きしめたんだ。


「……嬉しい」


 ひかりちゃんがどういう表情をしてたのかはわからなかったけど、彼女のそのつぶやきは、すぐ近くから聞こえてきた。


 でも、僕は数秒後にはパッと手を離すと、急いで彼女から飛び退いた。

 全力で走った後のように、慌てて息を繰り返し、頑張って酸素を取り込んだ。


 ひかりちゃんも顔を赤らめ、肩で息をする僕を柔らかに微笑みながら見つめていた。

 しかしやがて、彼女は再び天を見上げて、口を開いた。


「お盆終わっちゃったし、お母さんも帰っちゃったのかなあ」


 お盆の時期には、故人の霊が僕たちの世界に帰ってくるとされている。

 ひかりちゃんはそれを言っているみたいだった。


 呼吸も整ってきた僕は、彼女に向かって笑いかける。


「大丈夫。きっと天国から見守ってくれているよ」


 難しい宗教観はわからないけど、僕は絶対そうだと確信して言った。

 それが伝わったのか、ひかりちゃんも笑顔になってくれて、でも何故か再び頬を赤らめた。


「じゃあ、お兄ちゃんと抱き合ってるところ、見られちゃったね~」


 ひかりちゃんは僕を赤面させる名人だった。

 頭と顔に血液が集まり、僕は何も考えられなくなってしまう。


 ひかりちゃんは笑うと、僕の目の前で立ち上がった。

 そして彼女は彼女は自分の姿を確認すると、僕に言った。


「ねぇねぇお兄ちゃん、ひかりのことたくさん撮って~。みんなにもこの浴衣、見せてあげるんだ~」


 僕はひかりちゃんを撮るのも恥ずかしい。

 でも僕も彼女と同じ様に笑うと、メガネのスマホを起動して、早くもピシッと姿勢良く直立して微笑むひかりちゃんにフォーカスした。


 場所を変え小物を変え、その日はひかりちゃんの写真を何枚も撮った。

 彼女はその写真をいろんな人に送ったのだろう。やがてひかりちゃんのスマホに何度も着信が入り始める。


 その時不意に、僕は今日の出来事を思い出す。

 ひかりちゃんとの久しぶりの再会、そして楽しく話したこと、すれ違い、微妙な空気のまま終わっちゃった夕食。


「お兄ちゃ~ん、これも撮って~!」


 考えの途中でひかりちゃんに声をかけられ、僕は苦笑しながら再びひかりちゃんを写真に収めた。

 色々会ったけど、でも気が付けば、僕たちはまたお互い笑顔で言葉を交わしている。


 僕はもう一度心の中でひかりちゃんのお母さんに頭を下げた。

 言葉はなく、ただ無心で頭を下げた感じだった。


 そして、今度はひかりちゃんのお父さんにごめんなさいとこっそり謝った。

 本当はこの浴衣姿はお父さんが最初に見るべきなのに、僕が包みに手を伸ばしたばかりにごめんなさい。


「ね~、お兄ちゃん、次はお兄ちゃんも一緒に写ろうよ~!」


 その日ひかりちゃんは言ってた通り、お母さんの浴衣が大好きになったみたいだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ