ヤキモチとパーティゲーム
少しの間、予約投稿を止めてみます。
20:00前には投稿を済ませられるように頑張ります。
よろしくお願いします。
僕は妹のひかりちゃんと喧嘩をしたことは一度もないんだけど、彼女を怒らせちゃったことなら何度もある。
そんな時、彼女はいつも決まってプクッと頬を膨らませ、僕の隣にピッタリくっついてくるんだけど……。
「あの、玖音さん、お父さんもいらっしゃいますし、もう少し離れたほうが……」
「私は画面の前にいるだけです。構わないでくださいっ」
「……はい」
そんなひかりちゃんのように、玖音さんが変身してしまった。
彼女は僕とまともに会話をしてくれないのに、僕から全然離れてくれない。
玖音さんは恥ずかしがり屋で控えめな性格だ。
みんな一緒のときでも、いつも僕からは一番遠い距離にいることが多い。
でも、その玖音さんが僕から離れなくなっている。
ひかりちゃんの様に腕を絡めたりはしてこないけど、それでも肩が当たるくらいの距離に近付いてきているんだ。
「年上の方が好みだったのでしょうか……。たしかにひかりさんを含め私たちは同い年……、包容力がないと思われてしまっているのでしょうか……」
玖音さんのつぶやきが聞こえてくる。
あの、お嬢様、今は僕がすぐ近くにいるってこと忘れていませんか? バッチリ聞こえているのですが。
「で、でも、私だって一人の女ですし、お兄さんを受け入れる器くらいは……」
玖音さんは僕と紗雪さんがお見合いすると聞いてからずっとこんな調子だ。
でも実はこのお見合い話、お父さんに話を合わせただけのフェイク話なんだけど(ですよね、紗雪さん?)、そのことが玖音さんにはまだ伝わっていないんだよね。
僕としては早く教えてあげたいんだけど、なかなかその機会に恵まれていない。
上機嫌なお父さんが食事後も付き合えと言ってきてるし、何より紗雪さんが「ヤキモチを妬くお嬢様なんて滅多に見られませんよ。もう少し癒やさせてもらいましょう」と言ってきてるんだよね。
ごめんなさい玖音さん、ごめんなさい。
「……あの二人、少し距離が近くないか?」
場所は初めて入る和室。大きなディスプレイの前に、僕と玖音さん、紗雪さんと玖音さんのお父さんが座っている。
お母さんはお手伝いさんをつれて息子さん――玖音さんのお兄さんのところに出かけたらしい。
ちなみに玖音さんは四人兄弟の末っ子。兄、兄、姉、玖音さんの順らしい。
お兄さん二人はすでに独立して家庭も持っているようで、僕は会ったことがない。
「旦那様、よく見てくださいな。あんなにお嬢様は不満そうですよ。きっとお言葉どおり、画面の前に座りたいだけですって」
「う、うむ。そうか。たしかにさっきから空くんに冷たく当たっているしな。ウハハハハ」
お父さんは紗雪さんの誘導に釣られて、玖音さんと僕が隣同士で座ることを見逃してくれた。
僕は恥ずかしいので、お父さんにはもっと毅然とした態度で引き剥がしてもらってもいいんだけど……。
「お隣、紗雪さんのほうが良かったですよね?」
お父さんの言う通り、玖音さんはさっきから僕に冷たい。
でも、いつもの玖音さんにそんな風な態度で接されたら大ダメージを受けるところだけど、今のようにピッタリ寄り添って顔を赤くして言われても恥ずかしいだけだ。
「あ、いえ、その、それは……」
「……お兄さんのバカ」
しかもお父さんが近くにいる以上、玖音さんでも僕はすごく嬉しいです、なんて正直な気持ちは返せない。
だから言葉を濁しているんだけど、それが余計に玖音さんのお気に召さないみたい。なんだかドツボにハマっているみたいだよ。
「あらあら旦那様、お嬢様が良くないお言葉を使っちゃいましたよ。叱ってあげなくてもいいんですか?」
「うむ、玖音、そういう言葉は思っていても使ってはいかん。どうしても口に出したいほどバカだと思っていても、使ってはいかんのだよ」
お父さん、何故二回言ったんですか?
というかお父さんは僕の前で舌打ちとかしていませんでしたか?
不満そうにお父さんを見る玖音さん。
そんな玖音さんに、お父さんはディスプレイの画面を指さした。
「しかし儂はそんな玖音のために、ぴったりのゲームを用意したのだよ!」
そこでゲームが起動する。映し出されるタイトル。
恐ろしいことに、それはいわゆる友情破壊系のパーティゲームだった。
「さあ、今日はこのゲームで思う存分、言葉に出来ない思いをぶつけ合おうではないか。なあ玖音。ハッハッハッハッハ!」
そう言って高らかに笑うお父さん。
さっきまでプンプンに怒っていた玖音さんが、驚くほど冷たい視線で僕を見る。
どうやらこの瞬間、僕は玖音さんにロックオンされたみたいだった。
「紗雪も簡単なゲームだからやりなさい。さあ、ゲームスタートだ!」
「はい、旦那様」
お父さんの合図で、ゲームがスタートする。
僕は隣にいるからわかった。
玖音さんはゲームで何かを発散しようとしているのか、密かにゴゴゴゴゴ……と闘志を燃やしていた。
◇
友情が破壊されるゲームといっても色々あるけど、真に友情が破壊されるゲームは、その名に恥じぬ破壊力を持っている。
この手のゲームは、とにかくシステム的にえげつない行為を推奨している場合が多い。
勝つために容赦なく行われる残虐行為。足の引っ張り合い。不意打ち騙し討ちに、裏切り行為。
たった一つのアイテムで、相手の努力を無に返したり、そっくりそのまま奪ってきたり。
相手が反撃できないように徹底的に封じ込めたり、あるいは勝利を放棄する代わりに試合を全部めちゃくちゃにしてしまえと暴れまわることが出来たり。
とにかくえげつないのだ。
僕はこんなゲームを友だちと遊ぶことになるなんて思ってもみなかったよ。震えが来ちゃう。
「私のターン……。お兄さんに……、Deathのカードを使います」
デデーン。
玖音さんのアイテムにより、僕のキャラクターはあっさり即死。十ターンの間画面を見ているだけになってしまった。
今回のゲームは一見普通の現代風で、会社にお金を投資したり株を買ったり働いたりしてお金を稼いでいくゲームだ。
しかし、友情を破壊するゲームというのは伊達じゃない。さっき玖音さんが使ったように、とんでもないアイテムがたくさん存在する。
僕のキャラクターはスーツ姿を来た若い会社員風だったんだけど、突然心臓発作のようにパタリと倒れ天に召されちゃったんだ。
まあ、十ターン後には生き返るんだけど。ゲームだし。
「うぷぷぷぷ。玖音のやつ、空くんの正体に気付いて目が覚めたようだな。実にいい傾向だ」
「よろしいのですか旦那様。坊ちゃまはお客人なのですが、随分いじめられていますよ」
「なあに、これも玖音を誑かした罰……、いや、人生経験だよ。ハッハッハ」
僕は針のむしろ状態だった。
いやまあ平気なんだけどね。誤解から始まった話なんだし、玖音さんも本気で僕を嫌ってるわけじゃないから。
「僕のターンは、死んでいるので何も出来ませんね。自動パスです」
僕がそう言うと、玖音さんが一瞬悲しそうな顔をする。
でも彼女は僕と目が合うと、再びツンとして目をそらした。
「私のターンは……、運命の女神に賄賂を渡して、お兄さんの名前を『甲斐性なし』に変更します」
「…………」
僕は絶句する。
死んで幽霊になっている僕のキャラクターの名前が『そら』から『甲斐性なし』に変えられてしまった。
もちろん名前が変わってもゲームのシステム上不利益はない。だからどうしたっていう嫌がらせに過ぎないんだけど、この手のゲームはこういうえげつない嫌がらせも豊富に出来る。
恐るべし、友情破壊ゲーム。
「ぷぷぷ。い、いかん。笑ってはいかんな。さすがに失礼だからな。うぷぷぷぷぷ」
「これは……、お嬢様、後で我に返って凹んじゃうパターンですね。まあでも凹んで後悔するお嬢様もアリですからね。うん、アリ」
ちなみにゲームは最終的に一番お金が多い人が勝ちというシンプルなルールだ。
現在の順位は上から、玖音さん、お父さん、紗雪さん、そして最下位に僕。今もまた十ターン動けなくなってるから、ますます差が開いちゃうね。
『次は、甲斐性なしさんのターンです』
ゲームが新しい名前で僕のことを呼んでくる。
人によっては大変癪に障る攻撃かもしれない。僕は平気なんだけどね。
『しかし、行動不能のため終了します』
でも、この手のゲームはこういう負けてる側の見ているだけの時間がキツイと思う。
鬱憤が溜まる人も続出するのも理解できる。
そしてその鬱憤は次の反撃の引き金になり、泥沼の報復合戦へと続いていくんだと思う。
「さて、儂は着実な投資で資金を稼ぐことにしよう。どこかの誰かさんと違って、儂は威厳のあるところを見せておかないとな」
お父さんの言う、威厳のないどこかの誰かさんって僕のことだよね。
たしかに僕には威厳なんてないから、別に言われても構わないんだけど。
しかしそこで、お父さんの言葉に素早く紗雪さんが反応した。
「そうだ旦那様、せっかくのゲームですし最下位の人は一位の人の言うことを一つ聞く、という条件を付け足してはいかがでしょうか?」
僕は一気に青ざめてしまう。
紗雪さんはなんておっかない話を言いだしたんだろう。
性格的に僕は、これからも誰かを蹴落として上に上がるなんてことは出来そうもないのに。
でも、紗雪さんは僕にだけわかるように、こっそりと意味ありげに微笑んでくれた。
彼女が言っていた「私はずっと、お嬢様と坊ちゃまの味方です」という言葉を思い出す。
ひょっとして彼女は僕を助けようとしてくれてるのかな。
「ほう」
お父さんはその話を聞いて、面白そうに僕と玖音さんを見る。
僕に緊張が走る。お父さんは僕の顔色を見て、嬉しそうに頷いた。
「うむ、紗雪もいい事を言ってくれた。せっかくのゲームだからな、そのような条件も付けて盛り上げないとな。ではそういうことにしよう。決まりだ」
お父さんは紗雪さんの言い出した話を、あっさりと決定してしまった。
どうなることかと不安になる僕だったけど、そこで紗雪さんがすぐにお父さんに話しかける。
「旦那様旦那様、では私が旦那様に勝ったら、一年間お給金倍額にしてもらってもいいですか?」
「ば、倍!?」
あの、紗雪さん、いきなり何を言い出すんですか?
ひょっとして僕を助けてくれるんじゃなくて、自分の欲望目当てだったんですか?
「そ、それはダメだ。他の使用人に示しがつかないからな。許すわけにはいかんぞ」
「え~? じゃあ~、今年の夏のボーナス、こっそりともう一度くださいな」
「も、もう一度? それは結局ボーナスを倍よこせということに……」
「旦那様~。い・げ・ん、見せてくださるんですよね?」
「……も、もちろんだとも?」
何やらあっちでも話がまとまったみたい。
お父さん、上機嫌だった表情から少し顔色が悪くなっちゃったけど、なんとかコントローラーを持ち直した。
「わ、儂が負けるわけはないからな。ほれみろ、今も投資してしっかりと一位の玖音を追っている。ターンエンドだ」
お父さんは堅実な戦法で、資産を増やす作戦に出ている。
たしかにこれなら最下位の僕とは差が開く一方だと思うけど、しかし――。
次の玖音さんのターン。
「私はこの回、お父さんに不祥事カードを使って会社に不祥事を起こさせます」
ガガーンというSEとともに、お父さんの顔色もガガーンと真っ青になる。
地味な名前のアイテムだけど、お父さんの会社は不祥事を起こしてしまい、せっかく投資した金額以上に大赤字を出してしまった。
入れ替わる順位。
玖音さん、紗雪さん、お父さん、僕。
ようこそお父さん。負け組グループへ。
お父さんは娘の玖音さんにえげつないカードを使われたからか、さっきから顔色悪くプルプルと震えていた。
紗雪さんの提案は、結果として玖音さんの攻撃目標の分散を招き、僕は一方的な攻撃から救われることとなった。
僕はホッと息を吐く。
一時はどうなることかと不安になったけど、紗雪さんもなんだかんだで僕を助けてくれるみたいだし、これなら丸く収まるのかな。
しかし安心したのもつかの間。
これからその紗雪さんと玖音さんの、熾烈な女の戦いが始まる。
玖音さんはその戦いの中で、ますます僕にベッタリになってきちゃったんだ。




