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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹とゲームを遊んでいたら、僕の世界が深まっていく件
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お見合い話が決まったら


 僕は終始頑張って戦っていた。

 崩壊した都市で、破棄された宇宙コロニーで、すべてが水に覆われた惑星で。


 運が絡むゲームモードだったけど、持てる技術を駆使して逆境を跳ね返し、そして自分が優位に立った時は慢心(まんしん)することなく冷静に戦う。


 だけど、僕はとうとうお父さんの機体に捕まってしまった。

 弾は尽き補給も出来ず、そしてお父さんの一斉斉射にさらされる。


 僕は敗北した。

 お父さんに対する初めての負けだった。


「いやー、参りました、お父さん。かなり研究を重ねられたみたいですね。特に水上都市のCポイントの攻防、まさにお見事としか言いようがありませんでした」

「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 VRゴーグルを切ってお父さんの姿を確認すると、お父さんは疲労困憊(ひろうこんぱい)した様子でゴーグルを脱ぐところだった。


 もしかして、僕は一敗しただけでお見合い決定なのだろうか。

 少し理不尽なものを感じつつも、仕方がないかと僕もゴーグルを脱ぐ。後でみんなに謝っておこうと思った。


「お疲れさまでしたお父さん、とても楽しかったです。ありがとうございました」

「ぜぇ、ぜぇ、き、貴様……」

「はい?」


 お父さんは息も絶え絶えに、僕を力なく睨むと言った。


「貴様、儂を何十連敗もさせてよく言うわ。儂は寿命が縮むかと思っていたぞ」

「そこまで勝ってないでしょう? ええと、ほら、三十もいってませんよ。二十七です。それに僕はまだ子どもですから、ゲームに関する体力だけはたくさんあるんです」

「……化け物め」


 化け物呼ばわりされてしまった。

 最近そんな風に呼ばれる機会が増えた気がする。


 でも、お父さんの体力のことは考えていなかった。

 途中で声をかけて止めるべきだったかなあ。でもそれだと止めてくれそうもないし、どうすれば良かったんだろう。


 でもそこで、お父さんは大きく吸い込み呼吸を整えると、不敵に笑った。


「しかし、とうとう儂が勝ったぞ。約束通り、君は紗雪と見合いをしてもらおうか」


 やはり理不尽な話だった。そもそも約束した覚えもないし。


 まあでも、ここは大人しく従っておこうかと思って口を開く。

 しかしその前に、予想しなかった声が耳に飛び込んできた。


「え、私、坊ちゃまとお見合いさせてもらえるんですか? え~、マジですか~。何着ていけばいいんでしょう?」


 僕とお父さんの顔が凍りつき、二人同時に後ろを振り向いた。

 そこでは紗雪さんが一人、変なふうに体をクネクネさせていた。


「さ、紗雪、おまえ、いつの間に……」


 驚きに震えるお父さんに、紗雪さんはあっけらかんと答える。


「ずっと居ましたよ~。もう何時だと思っているんですか? もう皆さん朝ごはん終わっちゃいましたよ」

「か、鍵はどうした? 先日新しい鍵を設置したばかりなんだぞ?」

「奥様が普通に合鍵をお持ちでしたよ。言伝も預かっています。文句があるのでしたら新しく買い揃えたアニメのポスターの件についてお話しましょう。ですって」

「……あれは心の嫁というか、アイドルというか」

「あ、そういう言い訳は奥様へどうぞ」

「く……」


 紗雪さんはお父さん相手でもいつも通りだった。

 お父さんは顔面蒼白でガクリと項垂れる。


 でも、次の紗雪さんの発言で、お父さんの顔色は一気に回復した。


「しかし旦那様、私は坊ちゃまとお見合いできるのですか? その場合坊ちゃまは高給取りにしてくださるのですよね?」

「う、うむ。もちろんだ。この少年が今の成績を維持できていれば、どこに入れても文句は出ないだろう。どうだ? 考えてみてはくれないかね?」


 そして反対に、僕の顔色が青ざめる。

 紗雪さん、その話を掘り下げるんですか? 実は結構興味津々だったりするんですか?


「ええ~? すぐには答えられませんよ~。で、でも。ちょっと前向きに考えてもいいかな、って……」


 紗雪さんが言葉の終わりで、恥ずかしそうに俯く。

 でも、僕にはわかってしまった。玖音さんの朱色に染まる頬が本物だとすれば、紗雪さんのは偽物だ。絶対演技しているに違いない。


 しかしお父さんは紗雪さんの演技には気付かずに、上機嫌になって笑った。


「そうか、うむ。よく考えてくれたまえ。ハッハッハ!」

「はい、考えてみます」


 僕のことをそっちのけで、なんだか僕の将来の話が進行する。

 それはちょっと不気味だったけど、でも、僕は紗雪さんの意図が理解できている気がしていた。


「では食事にするしよう。空くん。着替えてきたまえ」

「あ、はい。いただきます」

「うむうむ。では行くとしよう。いやあ、良かった良かった」


 お父さんは僕と紗雪さんがくっつくと確信したのか、気分良さそうにしていた。


 笑いながら僕たちを引き連れ、お父さんは大股歩きで部屋から出ていく。

 でもその時こっそりと、紗雪さんが僕に耳打ちしてくる。


「大丈夫ですよ坊ちゃま。私はずっと、お嬢様と坊ちゃまの味方です」


 僕はホッと息を吐く。

 やっぱり紗雪さんは上手く話を合わせて、僕を助けてくれたみたいだった。


 これならお父さんが僕を必要以上に警戒することもなくなるかもしれない。

 紗雪さんには本当にありがとうと言いたくなった。


 でも、そんな僕に紗雪さんは、ポツリと一言付け足してくる。


「だから坊ちゃま、私のことも愛人枠としてずっと雇ってくださいね? クビになんてしたらイヤですよ?」


 僕は口を半開きにして彼女を見つめた。

 なんか紗雪さん、ちゃっかり僕のところに就職決定みたいに言ってるんですけど。どういうことなんですか?


 しかしそれについて僕が尋ねる前に、お父さんが話しかけてくる。


「しかしあれだな、紗雪まで坊ちゃまなどと言い出した時は肝が冷えたが、これはおまえなりの好意の表れだったということか。ハハハ」

「もう旦那様、あまりからかわないでください。坊ちゃまはまだ学生ですよ」

「おお、そうかそうか。すまなかったな。うんうん、これはいい結果になった」


 お父さんは上機嫌に、紗雪さんはその少し後ろを付いて歩く。

 僕は愕然(がくぜん)としながら、しかし二人に声をかけることも出来ずに部屋から出る。


 紗雪さんは僕を助けてくれたんだよね? 雇ってくれなんて言ってるけど、いつもの冗談なんだよね?




    ◇




 紗雪さんに真意を聞くのは諦めた。


 実は僕は昨日の晩、玖音さんと紗雪さんに『今日はありがとうございました。もう寝ます。おやすみなさい』とメッセージを送っていたんだ。

 メッセージに書いた通り僕はすぐに眠っちゃったし、朝はいきなりお父さんに捕まったしで、返事を確認したのは着替えるために一人になった時だった。


 確認した玖音さんからの返事はこちら。


『私も楽しかったです。今も私の家でお兄さんが泊まっているだなんて信じられません。明日もよろしくお願いします。おやすみなさい』


 玖音さんには申し訳ないけど、寝る前に確認しなくてよかったと思う。

 だってドキドキして眠れなくなるような内容だったし。


 しかし今回の本題はこちら、紗雪さんからの返信。


『夜這いは玖音お嬢様の後じゃないとダメですよ』


 寝る前に確認しなくてよかった。

 そしてこんなメッセージを返してくる紗雪さんに、さっきの愛人枠で雇えとかいう真意を聞けるわけがない。





「おはようございます。遅くなりました」


 玖音さんの家はご飯を食べる部屋も二種類ある。畳の上に座って食べる部屋と、足の長いテーブルに着席して食べる部屋だ。


 今回僕が入ったのはテーブルと椅子がある部屋だ。

 実際に利用するのは今回が初めてになる。


「おはよう、空さん。朝からこの人の相手で大変だったでしょう」

「いいえ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました」


 お父さんはすでに着替えて席に着いていた。

 僕もなるだけ急いだんだけど、失礼がないように歯磨き等時間をかけたから遅くなっちゃったみたい。


「うむ。たまには男同士の会話も必要というものだ。なあ空くん」

「は、はい。本当に楽しかったです」


 そのお父さんは上機嫌のままだった。

 僕は紗雪さんが引いてくれた席に、頭を下げて腰を下ろす。


 すると目の前に、お父さんとは対照的な表情の玖音さんが居た。


「おはようございます」

「お、おはようございます、玖音さん」


 いつもの一歩引いた感じの口調ではなく、彼女にしてはやや強い口調で僕に挨拶する玖音さん。

 今日の玖音さんは、ご機嫌斜めだった。


 僕は焦ってしまう。

 ひかりちゃんやその友だちからは何度か不満げな表情を向けられたことがあるけど、玖音さんからは初めてのことだ。


 何か彼女の機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか。

 お淑やかな彼女が不機嫌をあらわにするなんて、よほどのことに違いない。


「(どうしよう、心当たりがない。でも、これ、僕に対して怒っているんだよね?)」


 玖音さんは出来た人だから、他で感じた怒りを僕にぶつけたりはしないと思う。

 きっと僕に対して、しかも大きな不満を感じているから、こうして態度に出てきてしまっているんだよね?


 あたふたと僕が狼狽(うろた)えていると、紗雪さんとお母さんによって食事が運ばれてきた。

 食事は三人分。僕とお父さん、そして玖音さんの前に並べられた。


「あ、く、玖音さんも朝食まだだったのですね。もしかして食べずに待っててくれたんですか?」

「…………」


 玖音さんは僕の問いかけに、どう返事をするのか迷ったみたい。

 でも、やがて彼女は顔を背けると、早口で僕に答えた。


「お構いなくっ」


 それは僕にとってダメージの大きな発言だった。

 小さな声で「はい」と答え、僕はすごすごと俯いてしまう。


 玖音さんはその姿を見て、罪悪感を覚えてくれたみたい。

 すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべてくれたけど、でも、彼女が何かを言い出す前にお父さんが楽しそうに口を挟んできた。


「いやあ、今日も良い天気だ。さあ、食事にしよう。玖音ももう決まったことだ。食事をして早く忘れなさい」

「……いただきます」


 玖音さんは頭を下げ、食事を開始した。

 お父さんも「うむうむ」と満足げに頷くと、食事を始めた。


 僕はお父さんが玖音さんに言った、「もう決まったことだ」という言葉が気になったけど、声に出して聞くことは出来なかった。

 いただきますと頭を下げ、僕もお箸を握る。


 メニューは鮎の塩焼きをメインに、シジミのお味噌汁などの和食だった。


 お父さんは上機嫌に、玖音さんは不機嫌そうに食事をする。

 僕はどうすればいいのかわからず、様子を窺いながら静かに食事をする。


 するとお茶を入れに来た紗雪さんが、湯呑み茶碗を置く瞬間に僕に耳打ちする。


「坊ちゃま、今のお嬢様ってとても可愛いですよね」


 その言葉に、僕は思わず眉をひそめた。

 不機嫌そうにご飯を食べている玖音さんが、可愛い?


「お嬢様が不機嫌になられたのは、坊ちゃまと私がお見合いするって聞かされてからですよ。どうですか? 可愛く思えてきたのではないですか?」


 紗雪さんの言葉に混乱する。

 玖音さんが不満に思っているのは、僕と紗雪さんがお見合いをすること?

 それって、もしかして……。


「お、早くも内緒話かね? 仲睦まじくて敵わんな。ハッハッハ」


 しかしそこでお父さんに声をかけられ、僕はハッとなって顔を上げる。

 紗雪さんは何も答えず、でも笑いながら僕から離れた。


 お父さんはそんな僕たちを見て、実に満足そうに大きく頷く。

 僕は混乱から頭が回らず、そんなお父さんの姿をボーッと見てたんだけど……。


 ふと、そこで玖音さんと目が合う。

 彼女にしては珍しい、不満そうな顔。羨ましそうだったり、悲しそうだったり。感情が複雑に入り乱れた表情。


 玖音さんは僕と目が合うと、ツンと視線を逸らしてご飯に戻ってしまった。


 僕の顔が赤くなる。

 これって玖音さん、僕と紗雪さんとの仲にヤキモチを妬いてくれてるってことなのかな。


 ついつい僕は、そんな不満げな玖音さんの食事を目で追ってしまっていた。

 そして気が付く。いつの間にか玖音さんのお母さんと紗雪さんが、そんな僕たちのことを暖かな視線で見守っていてくれていることに。


 僕は一瞬で顔が赤くなって、すぐにお茶碗を手にとった。

 白米を口に運び、何度も奥歯で噛みしめる。恥ずかしくて顔を上げられなかった。


「どうした玖音、今日は少し口数が少ないのではないのかね? 誰かに話しかけたりはしないのかね?」

「知りませんっ」

「そうか。知らないか。ハハハ。それなら仕方ないなあ。ハッハッハッハッハッ!」


 やっぱりお父さんは上機嫌に、玖音さんは不機嫌そうに食事を続ける。

 部屋の中で真実に気付いていないのは、お父さんと玖音さんだけになっていた。



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