ゲームに関して、あれやこれや
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
五十話、三十万文字達成できました。
これからもよろしくお願いします。
氷のダンジョンのボスは、分厚い氷に覆われたクリスタルだ。
クリスタル自身は直接攻撃してこないし、氷柱を落としてきたり吹雪を発生させたりと威力は高いものの単調な攻撃しかしてこない。
しかし攻撃を加えて氷が削れていくたびに、氷の中に閉じ込められていた敵が動き出し、襲いかかってくる。
当然乱戦になり、クリスタルからの氷柱や吹雪攻撃だけに意識を向けていられなくなる。
結果、単調だけど威力の高い攻撃に直撃してしまい、致命傷になる。
この氷のダンジョンはそういうギミックのボス戦だ。
「中央に吹雪が来ます。右に避けます」
「はい。避けたら二度ほど魔法を撃ちますね」
「お願いします。その後は氷柱が育ってきてるので、また一時別行動して避けましょう。氷柱が落ちたら即合流で」
「わかりました」
しかし、複数人で遊ぶゲームの攻略法には非常に有効な作戦がある。
それは声。声による意思疎通だ。
ゲームは普通、ほとんどの情報を視覚から得ている。
もちろん音楽や効果音もあるけれど、敵の攻撃の軌道など、視覚から得ている情報は多い。
そこへ声による聴覚からの情報入力も足してあげると、人は持っている能力をいつも以上に発揮できるようになる。
五感をたくさん活用するほうが、少ない感覚で勝負するより有利だって話だね。
実際、ゲーム内のチャットで「危険だ、下がれ」と文字が出てくるより、ボイスチャットで同じことを言われたほうが人は気付いてくれやすいと言われている。
対戦型のFPSなどはそれが顕著で、ボイスチャットを使っているグループと使っていないグループでは、使っているグループのほうが圧倒的に良い結果を残すことが多い。
ひかりちゃんに隣からあれこれ声をかけていると、情報が処理できなくなり「う~!」って涙目にさせちゃうこともあるんだけどね。
「うん、お互い無傷で氷柱の雨も避けられましたね」
「お、お兄さんと離れるのは怖いですけど、しっかり管理してたら全然襲われないのですね」
「玖音さんがちゃんと動いてくれているからですよ。とても頼りになります。次は氷のコウモリの大群が出ますよ。範囲魔法の用意をお願いしても構いませんか?」
「はい。すぐに取り掛かります」
そんなわけで、僕たちのボス戦も発言が飛び交う賑やかなボス戦となった。
玖音さんは僕の発言に対するレスポンスが格段に良い。
何をお願いしてもすぐに実行してくれるし、一つの発言でそれ以上のことも察してくれる。素晴らしいパートナーだ。
「準備完了しました」
「では氷を砕きます。コウモリが一斉に飛び出してきますが、少し我慢して僕に集まるまで待って攻撃したほうがいいかと思います」
「了解です」
「愚問みたいでしたね。では砕いて集めますね。重撃強打から、光の威圧」
僕の言葉の後に、玖音さんの魔法が炸裂する。
彼女は今は真面目モードなのか、決め台詞を言ってはくれなかった。
一瞬で消滅した氷のコウモリの群れを見て、玖音さんは「はー」と息を吐いた。
「すごいです。順調過ぎて怖いです」
「そうですね。もちろん玖音さんがお上手なのもありますけど、こうして密に会話を重ねているのも大きいと思います」
先ほど言ったように、ゲーム攻略中のボイスチャットの効果は絶大だ。
ミスを減らし最善の選択肢に誘導し、視覚だけでは難しい連携も可能になる。
しかし、そんなに優秀なボイスチャットだけど、技術が進化してお手軽になった今でも、ゲーム内で実際に使っている人は少ない。
その理由は色々あると思う。
単純に知らない人と話すのが恥ずかしかったり、言葉が訛っているから聞かれたくなかったり、文字のチャットと違ってうっかり口に出た言葉がそのまま相手に伝わってしまうのが怖かったり。などなど。
ボイスチェンジャーや、方言を自動的に標準語にして出力してくれる機能などが充実している今でも、ゲーム内のボイスチャットの利用率は低い。
知り合い同士で喋りながら遊ぶなら、わざわざゲームの機能を使わずとも、ゲームを始める前から通話しながら始めているだろうしね。
そういう様々な理由から、ゲーム内でボイスチャットを使っている人は少ない。
そして、得てしてゲームバランスというものは、多数派のことを念頭に置いて作られているものだ。
つまり、ボイスチャットを使わない人向けのゲームバランスだから、ボイスチャットを使っている人には簡単というわけだね。
ネットゲームにはこういう傾向が強いと思う。
「うーん、会話を重ねている、ですか。お兄さんの先導が良いという理由のほうが大きいのではないでしょうか?」
玖音さんは少し考えたあと、そう言ってくれた。
でも玖音さん、上手いかどうかは別として、僕が先導するには会話が必要だと思います!
「|破滅と浄化と再生の業火!」
意思疎通がバッチリの僕と玖音さんに、失敗する要因はなかった。
危なげなくボスのギミックを打ち破りつつ、着実にダメージを与えていく。
最後には玖音さんの台詞付き大魔法が決まり、ボスは消滅。僕たちの冒険は(途中敗走したけど)無事終了した。
彼女がドロップアイテムが欲しいということなので、今回も派手にオーバーキル。
そのフィニッシュまでの過程で、玖音さんも思わず盛り上がっちゃったみたい。
「気持ち良かったです……。念願のイヤリングももらえて夢のようです……」
実のところオーバーキルのドロップ率上昇効果はそれほど大きくないんだけど、玖音さんは持ち前の運の良さで勝ち取ったのか、無事レアアイテムゲット。
「お役に立てたみたいで、僕も嬉しいです。玖音さんは本当に頼りになりました」
「とんでもない。お兄さんがいてくれなかったら、決して成し得ることが出来なかった結果です。ありがとうございました」
僕と玖音さんはお互いの健闘を称え、微笑み合う。
しかし、この部屋にはもう一人女の人がいた。
彼女はぬっと僕と玖音さんの後ろに立つと、明るい声で話しかけてきた。
「お疲れ様でした」
エキセントリックな使用人、紗雪さんだ。
僕と玖音さんは何を言われるのかと一瞬で身構える。というか玖音さんはご主人様だと思うけど、そんな態度でいいのかな。
でも紗雪さんは僕たちをからかってきたりはせず、意外なことに世間話のようにゲームの話題を振ってきた。
「しかし見ていて思ったのですが、氷が割れて出てきた生き物がいきなり元気に、しかもこっちに襲いかかってくるってどういうことなんでしょうね?」
玖音さんは体の強張りを解いて、苦笑した。
「あはは……。そうですね。紗雪さんの言う通り不思議ですよね」
「それに、コウモリの大群が出てきたときも変ですよね。ピカッと光った坊ちゃまの方に一目散に集まっていくのですから。誘蛾灯ですか?」
紗雪さんと玖音さんがあれこれゲームの不思議な点について話していく。
僕も大概麻痺してきてるけど、ゲームってたしかに普通に考えたらおかしなことをいっぱいしてるよね。氷のダンジョンですごく熱そうな炎の魔法使いまくってドッカンドッカン爆発させて、しかも氷柱もボトボト落ちてくるのに洞窟の形は変わらないし。
けれども、そんな世間話は紗雪さんの周到な罠だったみたい。
彼女はにこやかな表情で玖音さんに言う。
「お嬢様、楽しかったですか?」
「ええ、もちろん楽しかったです。久しぶりにゆっくりと休めました」
紗雪さんは玖音さんのその発言を引き出すと、そのまま笑いながら言った。
「坊ちゃまと楽しく遊んで、坊ちゃまと二人っきりだったのにゆっくりと休めたのですね」
玖音さんの顔色が変わり、紗雪さんがさらに一言付け加える。
「もう、そのまま付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」
「つ、付き合……!?」
あっという間に玖音さんは肩を丸めて縮こまってしまった。
僕も顔が真っ赤で恥ずかしかったけど、このまま紗雪さんに喋らせ続けたらもっと大変になると思い、頑張って口を挟んだ。
「ふ、二人っきりではなかったですよね? 紗雪さんがいてくれたから、玖音さんもリラックス出来ていたのではないでしょうか?」
「え~? 途中からは完全に二人の世界に入り込んでいましたよね? 私が顔芸しててもスルーされましたし」
ちなみに僕は紗雪さんの顔芸――、怒る、笑う、悲しむ等の表情を高速で切り替えていたことには気付いていた。
でもスルーしたのは自分たちの世界に入っていたわけじゃなくて、あなたのその行動が不気味だったから触れられなかっただけなんですが。
「お二人はお似合いですよー、ゲームをしている時だなんてまさに息ぴったりって感じですよね?」
その言葉に釣られて、うっかり僕は玖音さんの方を向いてしまう。
だって息ぴったりというか、頼もしいパートナーだったのは本当だったんだから。
すると玖音さんも同じようなことを考えてくれたのか、ピッタリ同じタイミングで僕と目が合ってしまった。
「ほら~、やっぱり息ぴったりじゃないですか~。どちらから告白しちゃいます? ロマンチックでベストな告白じゃなくても、付き合ってる日々が充実していればきっといい思い出になると思いますよ?」
なおも煽ってくる紗雪さん。
玖音さんも小さくなっちゃってるし、僕は本当に勘弁してもらいたかった。
でも、やがて玖音さんがチラリと僕を見る。
僕はその姿に見覚えがあった。彼女の芯の強さを垣間見ることが出来る背筋をピンと伸ばした姿。
なんだか彼女が、拳を強く握りしめたような気がした。
そして、玖音さんは――。
「もう。止めてください、紗雪さん。お兄さんも困っていますよ」
「……はーい。失礼しました~」
頬を赤く染めたままだったけど、玖音さんは笑いながら紗雪さんをたしなめた。
紗雪さんもペロッと舌を出しただけで、あっさりと引き下がる。
僕は大きく安堵の息を吐いた。
話が丸く収まってくれて良かったと思った。変にこじれて気まずくなっちゃったら、コミュ障の僕だけじゃ立て直すのはとても難しいからね。
そうして玖音さんは、笑いながら立ち上がる。
「そろそろ夕飯の時間ですし、一度母のところへ顔を出して来ます。お兄さんは外の空気などいかがでしょうか? 少々地味かもしれませんが、鯉に餌をあげてみるのも楽しいですよ」
「あ、はい。ぜひお願いしたいです」
慌て気味に答える僕に、玖音さんは改めて微笑む。
そして彼女は、少し意気消沈したような紗雪さんへと声をかけた。
「紗雪さん、お兄さんをご案内してあげてください。後から私も参ります」
「畏まりました、お嬢様」
玖音さんは小さく頷くと、僕に向かって「それではまた後で」と頭を下げて部屋から出ていった。
もしかすると、彼女はこの場から早めに出たいと思っていたのかもしれない。
僕はやや取り残された感じで、玖音さんが去っていった方向を見続けていた。
「あ~、焦りすぎましたかねぇ。でも惜しかったと思うけどなぁ」
間もなく紗雪さんが、頭の後ろを片手で押さえながらそう言った。
僕はまだ茫然としたまま、紗雪さんへと振り返る。
紗雪さんは再び小さく舌を出すと、困ったように笑った。
「お嬢様って友人思いですよね」
僕はその言葉に反射的に頷いたけど、この場にはそぐわない言葉じゃないかな、と思った。
鯉はバチャバチャと集まってきて可愛かったし、夕飯は高級料亭のような食事だった。
僕はずっと正座をしていて、女性陣に優しく笑われてしまった。




