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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹とゲームを遊んでいたら、僕の世界が深まっていく件
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お盆休みは日本家屋で


 僕とひかりちゃんは大きなマンションに二人だけで暮らしている。

 でもそれはお互いの親が仕事で多忙だったからであり、決して僕たち親子の仲が悪いわけではない。


 だから、この流れは自然な流れ。

 ひかりちゃんはまとまった休みが取れたお父さんに合わせ、お盆の間実家に帰ることにしたんだ。


「お兄ちゃん、紗雪さん(・・・・)、いってきま~す!」


 元気良く僕たちに声をかけ、お高いタクシーに乗り込んでいくひかりちゃん。

 ほんの一週間程度だけど、今日から僕とひかりちゃんは別れて暮らすことになる。


 でも、ひかりちゃんは寂しそうには見えなかったし、僕も笑顔で彼女に手を振っていた。


 いってきます。

 実家に帰るというのに、ひかりちゃんは僕にそう言ってくれたんだ。

 ひかりちゃんのお父さんにはとても申し訳ない気持ちになるけれど、僕の隣が自分の居場所だと考えてくれているみたいで嬉しかった。


 また会えると思えば寂しくない。

 僕はひかりちゃんの乗ったタクシーが見えなくなるまで、精一杯手を振っていた。


「……ふぅ」


 そんなわけでひかりちゃんが居なくなった今、僕は久しぶりの一人暮らしに戻る。

 ……はずだったんだけど。


「なんで居るんですか? 紗雪(さゆき)さん」


 僕は隣に立っていた彼女へと話しかけた。


 その不躾(ぶしつけ)な発言にも、微笑みを絶やさない女性――紗雪さん。

 彼女はわざとらしく困ったふりをすると、答えた。


「やだなぁ、坊ちゃま。私がここに居たらダメなんですか?」


 僕は頭を抱えたくなった。

 ひかりちゃんが留守にしている間、僕は寂しいけど久しぶりに一人でのんびりと過ごそうと考えていた。


 でも幸か不幸か、その計画には早くも暗雲が立ち込めていたんだ。





 紗雪さんは知り合いのお嬢様の家のお手伝いさんだ。

 少々変わった性格の持ち主で、自分の雇い主の娘さんを、手間がかからない楽ちんなお嬢様だとぶっちゃけていたことだってある。


 彼女はそのお嬢様の知人というだけで、僕のことも坊ちゃまと呼ぶんだよね。話しているとペースを狂わされてしまう、曲者のお手伝いさんなんだ。

 悪い人じゃないし、優秀な人でもあるみたいなんだけどね。


 しかし悪い人じゃないと言ったばかりだけど、彼女は今、さらなる奇行に及んでいた。


「うわー、ダメだ(ひかり)様。坊ちゃまの冷蔵庫半端ないですよ。ドン引きするくらい計画性の塊になってます」


 立ち話も何なので家に招き入れると、無言で冷蔵庫をチェックし始めた紗雪さん。

 しかも中を見るなり、唐突のダメ出しとドン引き宣言。


 僕はどうすれば良かったんだろう。

 ひかりちゃんを見送った後、彼女を無視して家に戻っていたら良かったのかな。それとも心を鬼にして帰れと言えば良かったのかな。


 どちらも小心者の僕には難しい選択肢なんだけどね。


「あの……、お茶は僕が入れますので、出来ればソファに座って待っていただければ……」


 そう声をかけるも、彼女は次に戸棚の中に顔を突っ込みながら返事をする。


「お構いなく~。すぐ終わりますので~」


 ここで「はいそうですか」と引き下がる人は多くないと思うけど、僕はその少数派の引き下がるタイプだった。


 もはや何も言うまい。

 そう思いながら、僕は疲れた体を引きずりソファへと向かう。


 紗雪さんは今日は可愛らしいデザインの割烹着(かっぽうぎ)を着ていた。

 前に彼女が仕えるお屋敷に遊びに行ったときも見たことがある服で、おそらくこれが彼女の制服なのだろう。


 僕は紗雪さんも信用しているけど、その雇い主の娘さんのお嬢様もとても信用している。

 制服を着てこの場にいる以上、紗雪さんの行動には何か意味があるのだろう。僕はそう考えていた。


「――あ、もしもし? では始めてもらえますか?」


 キッチンを一通りみた紗雪さんは、袖口からヒラヒラのフリル付きのヘッドセットを取り出してきて装着した。

 そしてどこかへと連絡を始める。


 僕は思考を放棄しかけていた。

 出来ればあまり振り回さないでほしいかなあ。そんな感じでぼーっと彼女を見ていると、ふと彼女は姿を消して、そしておそらく玄関のカギを開けてきたのだろう。二人の同じ制服を着たお手伝いさんを連れて戻ってきた。


「賞味期限の管理は完璧っぽいです。生鮮食品以外は一週間やそこら放っておいても平気なものばかりでした。ですから、お二人は冷蔵庫の中の物を運び出してください。あと、ゴミもほとんどありませんが、すべて廃棄してください」

「「はい」」


 彼女らの会話が聞こえてきて、僕はこめかみに痛みを覚えた。

 紗雪さんもお嬢様のあの女の子も信用していたはずなんだけど、それは失敗だったみたい。


 冷蔵庫を空にされて、ゴミを捨てられて、使わなくなる電気製品のコンセントを抜かれて。

 他にも軽く掃除されるし、戸締まりを確認していかれるし。


 どうやら僕の家は無人になってもいい状態にされてしまうようだ。


 その場合僕はどこで寝泊まりさせられるのか。

 もちろんそれは、彼女らが今着ている制服が答えなんだよね?


 僕は両手で頭を押さえ、頭痛に耐える。

 この計画の主犯は誰なんだろうと思った。少なくとも、義妹のあの子が一枚噛んでいるのは間違いないよね。紗雪さんが来ても驚いていなかったし。


 そんな感じで痛みに耐えながら考え込んでいると、紗雪さんが近付いてきた。

 彼女は何でもないように、普段通りの口調で僕に尋ねた。


「あのー、お部屋に入ってもよろしいでしょうか? 坊ちゃまの着替えの下着をお預かりしたいのですけど?」


 僕はやっとの思いで気力を振り絞ると、紗雪さんに言った。


「……今から帰ってくださいって言っても遅いですよね?」


 しかし、紗雪さんもいつか僕が反発するのではないかと予想していたみたい。

 (あらかじ)め用意してあったかのような速さで、僕に答えた。


「まあまあ坊ちゃま、細かいことはいいじゃないですか。お嬢様も、そして私も坊ちゃまと遊びたいんですよ~。冷たいこと言わないでくださいよ~」


 細かくはないと思うけど、そのストレートな誘い文句は僕のことをよく理解しているなと思った。


「私も坊ちゃまとお泊まり会したいんですよ~。ねえ、そうしましょう? 光様が居ない間は、私たちと一緒に暮らしましょうよ~」


 でも、僕も成長したものだと思った。

 強引に押されたとは言え、女の子の家にお泊まり会に行く気になるなんて。

 昔の僕なら絶対に無理だったと思う。




    ◇




 五辻(いつつじ)玖音(くおん)さん。

 僕の友だち――知り合いのお嬢様で、紗雪さんが仕える五辻家の娘さんだ。


 ひかりちゃんのクラスメイトで、大切なお友だちと言い合う仲。

 とても上品なお嬢様で、ひかりちゃんの言葉を借りるなら、純和風美少女。


「い、いい、いらっしゃいませ、お、お兄さん……」


 実は僕、彼女に対してこっそりと仲間意識を持っている。

 彼女も僕もゲームが好きで、そして彼女も僕と同じように緊張しちゃうと顔が赤くなってしまう。

 僕と似ているだなんて言われると彼女としてはいい迷惑だろうけど、僕は密かに似てるところがあるなと思っているんだ。


 ちなみに彼女が僕のことをお兄さんと呼ぶのは「ひかりさんのお兄さん」を縮めて言っているんだと思う。


「ご、ごめんなさい、さっきから頭が真っ白になっていて、上手く喋れません……」


 しかし、今日の玖音さんはいつも以上に緊張しているようだった。

 ホームである自分の家にいるのに、最初に出会った時以上にガチガチに固まっているみたい。


「じ、時間はたくさんあるみたいですし、ゆっくり話していましょうか? 僕も人のことはあまり言えないですけど、深呼吸してみるとか……」

「は、はい……」


 そんな赤くなった玖音さんを見ていると、なんだか僕も体が震えてくるような気がしてくる。

 なんとなく乗せられて紗雪さんに連れ出されちゃったけど、僕と玖音さんの二人だけでまともな会話が出来るのかな。


 と、僕と玖音さんのやり取りを見たのか、そこへ男性の声が聞こえてきた。


「うおっほん!」


 そこにいたのはヒゲを生やした和服姿のおじさん……、玖音さんのお父さんだ。

 今日は庭に出てきていたのか、僕たちの声が聞こえて玄関のほうに移動してきたみたい。


 僕はすぐに挨拶をしようと姿勢を正したんだけど、その前に玖音さんのお父さん、いきなり顔色が真っ青になっちゃった。

 お父さんの視線を辿(たど)ると今度は玖音さんのお母さんの姿を見つけることが出来た。


「お、おまえ……、いつの間に……」

「あら、つれないお言葉ですわ。何年あなたの家内をやっていると思っているんです? あなたが行くところは手に取るようにわかりますわ」

「そ、そうか。う、うむ。儂は幸せ者だな。これからも二人で仲良く――」

「声を出さなければ許してあげたのに……」

「ひっ!?」


 玖音さんのお母さんは今日も着物姿だった。

 夏真っ盛りなのにピシッと着こなしているのは流石だと思った。


 ともあれ、今はまず挨拶だ。

 僕は玖音さんに断りを入れて、お父さんとお母さんの前に小走りで移動する。


 すると、そんな僕の姿を見たお母さんに、先に声をかけられてしまった。


「まあまあ空さん、毎日暑い中、よく来てくださいましたね」


 僕はそれに対して返事をしようと口を開く。

 でもその前に、玖音さんのお母さんが口元に人差し指をピンと立てちゃったんだ。


「今日からあなたはうちの子よ。堅苦しい挨拶は言わないでね? そんなことを言い始めちゃうと、私もあなたが玖音の成績を上げてくれたり料理を御馳走してくれているのを丁寧にお礼しなくちゃいけなくなるから、ね?」


 お母さんにそう言われてしまった僕は、ただ頭を下げるしか出来なかった。


「ご厚意に甘えさせていただきます。ありがとうございます」

「あらあら。まだ堅いわねえ。おほほほほ」

「お、おい、儂はうちの子などとは認め……、あ、いや……」


 僕が頭を下げている間に何かやり取りがあったのか、お父さんは黙り込んでしまう。

 そして僕が顔をあげる頃には、お父さんは不自然な笑顔に変わっていた。


「ゆ、ゆっくり(くつろ)いでいってくれたまえ」

「ありがとうございます、お父さん」

「な、何を勝手にお義父さんなどと! あ、痛ッ! お、おい、さすがにこやつの前でいたたたたたた!」


 お父さんはお母さんに耳をつねられてしまい、そのまま庭の方に連れて行かれてしまった。


「それでは空さん、また後で会いましょう」

「は、はい」


 お母さんは去り際にそう言ってくれて、後には僕と玖音さんと、紗雪さんと二人のお手伝いさんが残された。


「……僕は、玖音さんのお父さんのことを名前で呼んだほうがいいのかな? 玖音さん、教えてもらえますか?」


 僕は二人が去っていった方向を見ながらそう言ったんだけど、返事をくれたのは紗雪さんだった。


「あれは、何と呼んでも無理なんじゃないですかね。名前で呼んでも貴様に名前で呼ばれる筋合いは~、みたいになるんじゃないですかね~」


 玖音さんも、ピシャリと続けた。


「お父さんでいいです。お兄さんが来るとすぐに我を忘れてしまうので、慣れてもらわないと困ります」

「あはは……」


 僕は愛想笑いを浮かべる。

 でも、その時になって気が付いた。

 さっきまでは固くなっていた僕と玖音さんだけど、お父さんとお母さんのおかげでいつもの調子に近付けた気がする。


「さあ、家の中に入りましょう。私、エアコンの効いた部屋が恋しいですよ」


 紗雪さんに言われ、僕は玖音さんのお宅にお邪魔する。


 彼女の家は立派な日本家屋だ。

 あの和装の玖音さんのお父さんとお母さんも、長年夫婦としてここで暮らしてきたのだろう。


 僕はリラックスさせてくれた彼女のご両親に心の中でお礼を言って、家の敷居を(また)いだ。



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