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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹とゲームを遊んでいたら、僕の世界が深まっていく件
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夏休みのとある一日


 僕たちは今、夏休みの真っ最中だ。

 知り合いの女の子たちは多忙な毎日を送っていたりするみたいだけど、僕と妹のひかりちゃんはのんびりとした毎日を送っている。


 課題をあっさりと終わらせて、悠々自適に毎日を過ごす。

 伝統の朝のラジオ体操とか二人でやってみたり、それから朝の涼しいうちに勉強して、お昼に一時間だけ寝てみたり。


 ゲームだって色々やっているんだけど、その日は彼女が一番慣れ親しんだゲームをやっていた。

 動物のいる街を作っていたら、懐かしのペットに会いたくなったみたいだね。


「さあタマちゃん! 突撃だ~!」


 彼女の楽しそうな声とともに、巨体がのしのしと移動を始める。

 ひかりちゃんがゲーム内で飼っているペット、エンシェントドラゴンのタマちゃんだ。


 タマちゃんは巨体に似合わない可愛らしい名前を付けられているけど、その実力は本物だ。

 今も派手にブレスを吐いて、モンスターの群れを殲滅していっている。


 ひかりちゃんはこのタマちゃんのおかげで、ゲームを着実に攻略出来ているんだよね。


「がお~、がお~、タマちゃんはさすがだね~。今日も美味しいご飯あげなくちゃね!」


 妹さんはドラゴンブレスの口真似をしながら、タマちゃんを褒める。

 ひかりちゃんはタマちゃんが大のお気に入りだ。

 タマちゃんのために回復魔法を覚えたりと、とても大事に可愛がっている。


 でも、どんなゲームでも進行度合いに応じて難易度は上昇していく。

 タマちゃんはとても優秀なペットで、飼い主であるひかりちゃんの期待にも応えているけど、どうしてもゲームが進んでいくとタマちゃんでは解決できない問題も増えてくる。


 そんな問題の一つに、しかも折り悪く彼女好みのクエスト『光る金色ウサギを捕まえろ』というものがあった。

 

 タマちゃんは命令されたら薬草なども探してくるほどの万能っぷりで、しかも細い通路や町中などではミニサイズにも変身して移動出来る。小さくなってもそのブレスは頼りになる威力だ。


 しかしこのクエストは臆病なウサギを捕獲することが目標だ。

 警戒心の強いウサギを探し出し、さらに気付かれることなく近付いて捕まえなくてはいけない。

 さすがのタマちゃんにも、そして飼い主のひかりちゃんにも相性が悪いクエストだった。





 ゲーム内の深夜。

 ひかりちゃんの操作するキャラクターは、ひっそりと静まり返る暗い森の中を歩いていた。


「うーん……、光るって言われてるのに全然見えないよー……」


 僕の隣で声を潜めて話すひかりちゃん。

 相手のウサギはゲーム内にいるので声を潜める必要はまったくないんだけど、人ってこういう場合にはついつい小声で話しちゃうよね。


「村長は山奥にいるって言ってたけど、どこからどこまでが山奥なんだろうね~……?」


 クエストの依頼主は近くの村の村長さん。

 この村には幸運を運ぶ金のウサギの伝承が残されていたんだけど、古い話だったため誰も信じていなかったみたい。

 それがこのほど、村の牧場で本当に金色のうさぎが生まれてきて、伝承はおとぎ話ではなかったと村人が沸き立っているらしい。


 そこで今回の依頼だ。

 伝承では金のウサギは山奥に隠れ住んでいるとされていた。村のウサギはその子孫に違いない。

 頼む、山に入り金色に光るウサギを捕まえてきてくれ。ぜひ村のウサギと(つがい)にしてやりたい。……とのこと。


 ひかりちゃんはさっきからずっと、その金色ウサギを探している。


「見つからないなぁ……。このクエスト難しいね~」

「そ、そうだね。見つかる時はあっさり見つかるけど、なかなか見つからないね?」


 言葉を選びながら、ひかりちゃんに返事を返す。

 このクエストは人によって難易度が大きく変わるクエストだ。わずか数分でクリアできるプレイヤーもいれば、姿すら見つけられないプレイヤーもいる。


 相手は夜行性の光る金色のウサギだ。

 僕がひと目でわかると言ったくらい、遠くからでもその光はバッチリとわかる。

 相手がここにいるよと教えてくれているようなものだから、後は静かに近寄り捕まえるだけだ。


 でもこの金色ウサギ、極端に臆病なんだよね。

 物音を立てると逃げ出しちゃうし、何かの明かりが目に入っても隠れてしまう。自分が光ってるくせに、おかしな話だよね。


 まあでも、これはゲームの世界だからそんなおかしな話もまかり通る。

 そもそも夜行性の光る草食動物が生き延びている時点で、奇跡的なことだしね。


 少し話がズレちゃったけど、金色ウサギは臆病だ。

 隠密行動が苦手なプレイヤーだと、その光を見つける前に逃げられてしまう。


 僕はひかりちゃんには、このクエストは難しいと思っていた。

 今も彼女のキャラクターがうっかり草むらに踏み入って、ガサガサと音を立ててしまう。

 長時間丁寧にキャラクターを操作するのは、彼女にはまだ難しい。


「いなーい。どーこー? む~……」


 さっきからずっとウサギを探しているひかりちゃん。

 僕には彼女が少し集中力が切れかかっているのがわかった。





 僕は最近ジレンマを抱えることが多くなってきていた。

 ひかりちゃんがこのゲームの終盤に差し掛かり、彼女だけではクリアが難しいイベントが増えてきていたのだ。


 今回のようにタマちゃんもひかりちゃんも上手く能力を発揮できないクエストなどは、僕が手を貸すべきなのかな。

 それともゲームだけど根気よく彼女に頑張ってもらって、クリアできる喜びを味わってもらうほうがいいのかな。


 誰かにここまでゲームを深く教えてきたことがない僕。

 初めて向き合う問題に、最近悩んでいるんだよね。





 しかしそれからも、ひかりちゃんはウサギを見つけることが出来なかった。

 ゲーム内で日を改めて、僕が助言しながら進めても見たけど、またも操作ミスで音を立ててしまった。


 気まずい雰囲気が漂う中、彼女がポツリと言い始める。


「……お兄ちゃん」


 彼女の口調で僕は悟った。

 彼女は僕の葛藤を知ってか知らずか、僕に頼み事をしようと考えているらしい。


 でも、あるいは僕の予想は外れているのかもしれない。

 一縷(いちる)の望みに賭けながら、僕はひかりちゃんに返事をした。


「どうしたのかな、ひかりちゃん」

「やって?」

「…………」


 僕の望みは叶わなかった。

 表情を消して首を傾げながら、彼女はそう言う。


 ひかりちゃんは知っている。タマちゃんより便利に使える切り札のことを。

 彼女が難しいゲームでも恐れずに始めちゃうところは、僕というプレイヤーが後ろに控えているからかもしれない。


 でも、僕は厳しい戦いだとは理解しながらも、彼女に説明を始めた。


「――前にも言ったと思うけど、このゲームの攻略方法は一つじゃないんだ」

「むむ……?」

「突然だけど問題です。ウサギさんの好物の野菜ってなーんだ?」

「え? に、にんじん~!」

「大正解」


 なんとかひかりちゃんに自分で頑張ってもらおうと、僕は発言を始める。なるべく彼女の興味を引くように。


「そして、これも前にも少し触れたと思うけど、このゲームは色々なことが出来るんだ。人参を自分で栽培することだって出来る」

「お~……」

「プレイヤーが人参を栽培していくとね、これはゲームだから、稀に奇跡の黄金人参が出来るんだ。これはどんな野菜でも一緒なんだけどね。黄金化って言われてるんだ」

「おぉ~……!」

「とにかく、その黄金人参を自作すれば、この山のどこかにいるウサギもイチコロだよ。フラフラと誘われ出てきて、あっという間に捕まえることが出来る」

「わぁ~!」


 ひかりちゃんは期待に満ちた目で微笑み始めてくれた。

 でも、僕は言わなくてはならない。ここでこの情報を出さないのは、騙しているも同然だと思うから。


「ちなみにその黄金人参が出来る確率は、初期値では一パーセント以下だと言われている。作り続けていれば確率は確実に上がっていくけどね」

「…………」


 今度はひかりちゃんが絶句した。

 僕は冷や汗を掻きながら、彼女に言う。


「千里の道も一歩から。じゃあ早速街に帰って栽培用の道具とかを買い揃えてみようか?」

「え~、ヤダ~! ひかり、そんなに待てない~! 光るウサギさん見たい~!」


 ひかりちゃんはコントローラーを置いて、僕の手を握ってきてしまった。しかも両手で包み込むように。


 やはり今回の説得は難しかった。

 本当はもう一つ、今からでもタマちゃんとひかりちゃんにも出来そうな捕獲方法があるんだけど、そっちは爆音を鳴らしまくってウサギ――というか森中の生き物を気絶させて捕獲するというちょっとアレな捕獲方法なんだよね。


「ねぇお兄ちゃん、ダメ? ひかりワガママ言ってる? ひかりは黄金の人参さん作ったほうがいいの?」


 僕の手を握りながら、上目遣いで悲しそうにそう話しかけてくるひかりちゃん。

 勝敗は決した。

 僕はウッと怯むだけで、それ以上彼女を拒絶することは出来なかった。


「……ひかりちゃんは頑張ったもんね? ウサギは僕が見せてあげるよ」

「いいの……?」

「うん、でも、人参栽培も面白いと思うよ?」

「うん! ひかり、人参さんも育てる~!」


 僕は降参して、彼女が置いてあったコントローラーを手に取った。

 彼女の温もりがまだ残るコントローラー。僕は未だにそれに慣れることが出来ない。


「……さて、最初に僕が言ったことを覚えてる? ウサギが嫌いなこと」

「音を立てるのと、灯りをつけることと、視界に入ること」

「ありがとう。よく覚えてくれてるね。ひかりちゃんはどうしても音を立てないように動くのが苦手みたいだね」

「む~、だって難しいんだもん」


 僕は彼女と会話しながら、キャラクターを操作し始めた。

 その気になれば金色のウサギも今から数十秒以内に見つけることが出来るけど、彼女のお手本になるように丁寧にゆっくりと操作する。


 これは勉強じゃない。遊びで、ゲームだ。

 難しく考えずに彼女が諦めたら僕が手を貸せばいいだけのことかもしれないけど、僕はどうしてもゲームに関しては変なこだわりがあるみたいだね。


「というかひかりちゃん、ちょっとくっつきすぎだよ、恥ずかしいよ、離れてよ」


 すでに僕の腕をすっぽりと抱えて、彼女はニコニコと僕に寄り添っている。

 もはや操作に支障が出るくらいなんだけど、ひかりちゃんは上機嫌だった。


「……なんか、いつも以上に機嫌がいいみたいだね、ひかりちゃん?」


 気になった僕は、ひかりちゃんに尋ねる。

 するとひかりちゃんは、至近距離で僕を見上げて口を開いた。


「ひかり、どんなに苦労しても、最後にはお兄ちゃんが助けてくれるから好き~」


 僕はそんなひかりちゃんをまともに見てしまい、言葉を失ってゲーム画面に顔を戻した。

 離れてほしいという言葉すら忘れてしまっていた。


「あとね、やっぱりひかりはお兄ちゃんがゲームしているところを見るのが好きみたい。だってお兄ちゃん、真剣だったり楽しそうだったりと、いつも夢中になっててカッコいいんだもん」


 彼女のその追撃に僕はとうとうゲーム画面すら見ていられなくなって、俯きながらひかりちゃんに言った。


「それって子どもっぽいでしょ? 格好良くはないんじゃないかな」

「え~? 全然カッコいいよ~。子どもっぽいだなんて思わないよ~」


 すぐに否定の意見を返してくるひかりちゃん。

 僕はもう何を言っても恥ずかしくなるだけだと思い口を閉ざした。


 でも、最後に一つだけ彼女に言わなくてはいけないことがあったから、伝えたんだ。


「僕は万能の超人じゃないよ。最後に助けてあげられないこともあるからね。期待しすぎないでね」


 釘を刺すようなその言葉に、ひかりちゃんは僕の腕を抱いたまま首を振った。


「結果は別だよ~。お兄ちゃんは無理でも助けてくれる、ひかりを助けようと努力してくれる。その気持ちが一番嬉しいんだよ~」


 僕が最後に言った言葉も、やっぱり恥ずかしくなっただけだった。

 ひかりちゃんは再び僕を見上げて言う。


「ひかりもお兄ちゃんが困ってる時は絶対に助けてあげるからね! 絶対だからね!」


 その言葉に胸が暖かくなる。

 なんだかゲームに関するジレンマもどうでも良くなってくるような言葉だった。


 僕は笑って彼女に告げた。


「ありがとうひかりちゃん。じゃあ、今とっても恥ずかしくて困ってるから、そろそろ離れてほしいかな?」

「む~!!!」


 遊びのゲーム一つとっても、僕はジレンマを抱えてしまうことがある。

 他でも僕とひかりちゃんは、これからも何か問題にぶつかってしまうかもしれない。


 でも、僕は思った。

 大切なのは彼女との絆で、それを育んでいけばどんな問題だって怖くないよねと。


 幸運を運ぶという金色のウサギは、間もなく見つかった。



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