大空のように
二章完結です。ありがとうございます。
ですが節目の投稿なのに、またしても少し遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。
三章からも頑張ります。
静まり返った和室で、僕はボーッと放心したように座り込んでいた。
後半は交代しながらだったとはいえ、ひかりちゃんたちは一時間も僕にマッサージを続けてくれた。
おかげでさっきから体中ポカポカしていたけど、それに比例して気力も尽きかけていた。
そのひかりちゃんたちは今はいない。
浴衣を着替えるみたいで、さっき僕に「また後でね」を声をかけて出て行ったんだよね。
なおも僕がボーッとしていると、和室のドアが開く音がした。
その後「失礼します」と声がかかり、障子が開かれる。
僕の荷物を持って現れたのは、黒服のアイリさんだった。
「お疲れさまでした」
彼女は僕を見るなりそう言った。
未だ頭が回っていなかった僕は、彼女から視線を外してゆっくりと後頭部を掻いた。
「夢のような時間でした」
僕の渾身のジョークは空振りすることも多いんだけど、今回は見事アイリさんに突き刺さったみたい。
クールな表情を崩して微笑み、そして会話のキャッチボールも続けてくれた。
「まだまだ余裕がありそうですね」
「まさか。もうヘトヘトです」
アイリさんは再び小さく微笑むと、荷物を置いて僕の隣にしゃがみこむ。
彼女は驚く僕を肩を貸す要領で立ち上がらせると、操り人形のようにしてストレッチをさせ始めてくれた。
「体に違和感を覚えたら、すぐに言ってください」
適度な力で体を動かされて、筋肉の調子が整えられていく。
僕は彼女との接触に耐えながら、ただ黙って体を動かし続けていた。
「……もういいでしょう。以後も体の不調を感じたらすぐに言ってください」
やがて唐突にアイリさんが離れ、ほんの数分ほどのストレッチが終わる。
僕はホッと息を吐いて肩の力を抜く。すると、体が信じられないほど軽くなっていることに気付いた。
「アイリさん、ありがとうございました。随分と体が軽くなりました」
彼女は苦笑して僕に言う。
「貴方様のことですから心配は無用かと思いますが……」
そこで、アイリさんが言葉に詰まる。
僕は少し迷ったけど、すぐに彼女が言いたいことに気付いた。
「ああ、少し誤解を招く表現でしたね。ひかりちゃんたちのマッサージが悪かったわけではありませんよ。気持ち良かったですし、すごく感謝もしてます」
そう答えたんだけど、やっぱりアイリさんは苦笑したままだった。
「貴方様ならそうお返事になられますよね。愚問でした」
そして彼女は僕の荷物を手に取り、笑って僕へと差し出してくる。
「さあ空様、お着替えになられるのですよね?」
「はい。借り物の浴衣ですし、パーティの主役が浴衣では締まらないかなとも思いまして」
「今夜パーティが開かれるかどうかは、まだわからないと思いますが」
「別に僕はそれでも十分ですよ。それでも言葉ではお祝いしてくれると思いますし」
「……またも愚問でした。失礼致しました」
そんな感じでアイリさんとのやり取りをしながら、僕は鞄の中から自分の着替えを取り出す。
と、そこでアイリさんのまっすぐ僕を見つめていることに気付いた。
「空様」
「はい」
何を言われるのか少し緊張したけど、僕は彼女の視線を受けて背筋を正す。
すると彼女もまっすぐ背筋を伸ばし、斜め四十五度の丁寧なお辞儀をした。
「これからも、よろしくお願いいたします」
何に対してなのかはハッキリしなかったけど、もちろん僕の答えは決まっていた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互い頭を下げ合い、そして微笑み合う。
うん、これでアイリさんとは大団円だね。と、僕は思った。
しかし彼女は「はぁ」とため息をつくと、視線を外しながらしみじみと言った。
「そういう優等生っぽいところも、鼻に付いたのですよね」
「う……」
グサリと言葉のナイフを突き立てられ、僕は言葉を失った。
でも、アイリさんは僕の反応を予想していたみたい。
嬉しそうに笑うと、彼女は言った。
「表面上だけを見ていても、本質は伝わってこない。自分への評価が低く、分厚い殻に閉じ籠もっている貴方は余計に気付かれにくいでしょう」
アイリさんはそこで一息つくと、改めて僕に言った。
「でも、貴方の殻の下に本当に魅力的な本質を隠しているのですね。愚かな私は、それに気付くのが遅くなってしまいました」
それを聞いた僕は、すぐに顔が真っ赤になってしまった。
彼女は言葉を続ける。
「貴方の魅力は本物です。たとえ料理を作ってあげなくても、勉強を教えなくても、それでも聡明な方なら貴方の魅力に気付くでしょう。自信を持ってください」
僕は俯いて彼女の視線から逃げる。
彼女は最後に一言、ちょっと楽しそうに僕に尋ねた。
「私の言葉は貴方の自信に繋がりませんか?」
彼女には悪かったけど、僕は俯いたまま首を振った。
「今はまだ無理です。とにかく恥ずかしいです」
彼女の表情はわからなかったけど「ふふ」と声を出して笑ったのは、よくわかった。
直後、アイリさんは僕に背を向ける。
どうやら彼女の中では、話はこれで終わりみたいだった。
「では、ごゆっくりとお着替えください。私は部屋の外で待機しております。ご用の際にはお声かけください」
そのまま僕の返事も待たずに、アイリさんは歩き始める。
思わず僕は顔を上げて、その背中に声をかけた。
「あの、やっぱり怒らせちゃいましたか?」
彼女の足がピタリと止まり――、そして彼女は再び歩き始める。
「さて、どちらでしょうね?」
そう答えるアイリさんの声は嬉しそうで、また去り際に見せてくれた会釈も、クールな表情とは程遠かった。
◇
着替え終わった僕は、アイリさんと話しながら建物の中を移動していた。
てっきりこのまま外に出て、僕たちが泊まっている元の建物に戻るのかと思っていたら、突然アイリさんが立ち止まる。
そこは先ほど見た、小さなコンサートホールのような多目的ホールだった。
アイリさんにエスコートされて中に入ると、灯りは落とされ薄暗くなっていた。
足元にご注意くださいと言われながら、僕は特等席へと案内される。
そしてクッションの効いた椅子に座ることになると、僕の頭の中にいくつかの仮説が浮かんできていた。
メグさんは先ほど誰も招いていないと言っていたけど、それは優しい嘘だった可能性。
あるいはこれから映画でも上映して、僕に見せてくれる可能性。
どちらの仮説にしても、僕はひかりちゃんたちとは離ればなれになると感じていた。
だって僕がここに案内されたのは、ひかりちゃんたちが宿泊している建物でパーティの準備をする時間稼ぎだと思っていたから。
突如、舞台に照明が点灯される。
その時の僕の驚きようは、まさに言葉に出来ない。本当のサプライズだった。
「ひかりたち! お兄ちゃんのために歌います!」
舞台に立っていたのは、僕の知っている女の子たちだった。
義妹のひかりちゃん。ゲーム友だちの玖音さん。先輩と呼んで慕ってくれるメグさん。
彼女たちはお揃いの可愛らしい服を着て、マイクを持って舞台に立っていた。
観客席には僕一人しかいなかったけど、その分僕は頑張って彼女たちに拍手を送った。
ホールに音楽が流れ始める。
しかし非常に残念なことに、僕はゲームばかりで音楽には疎かった。
彼女たちがオリジナルで何かをしているのか、アーティストかアイドルを真似ているのかもわからなかった。
それでも僕は、感動しながら彼女たちを見ていた。
歌詞は人を勇気づけてくれる素敵なものだったし、曲も綺麗だった。
何よりひかりちゃんたちが綺麗な声で上手に歌ってくれているのが最高だった。
簡単ではあるけど振り付けもしてあるし、その動きも乱れていない。玖音さんは終始恥ずかしそうだったけど。
「(ありがとう、ひかりちゃん、玖音さん、メグさん)」
僕は彼女たちの歌を聞きながら、ずっと心の中でありがとうと言い続けていた。
きっとひかりちゃんたちは、この日のために隠れて練習を続けてくれていたんだと思う。
僕への感謝を形にしたいと言っていた彼女たち。
それをこんな形で見せてもらって、僕は本当にありがとうとしか言いようがなかった。
「(今日のことは絶対、一生の思い出になると思う)」
嬉しい、ありがとう。
僕は繰り返し何度も何度もそう思いながら、瞬きすることも忘れて、彼女たちの舞台に見入っていた。
◇
「お誕生日おめでとう、お兄ちゃん!」
「ハッピーバースディ! センパーイ!」
「お兄さん、お誕生日おめでとうございます」
元の小さな家に戻ってきた僕は、お祝いの言葉とともに女の子たちに出迎えられた。
彼女たちが僕の誕生日に正式に(?)触れてくるのは、それが初めてだった。
派手にクラッカーを鳴らしてもらい、一人一人から花束をもらう。
小さな家は、朝出かけたときとはまるで違った内装に様変わりしていた。
美しく丁寧に飾り付けられた室内。
中央では大きく僕へのおめでとうの文字が踊っていた。
「ありがとう、みんな本当にありがとう。心から感謝してる。本当に嬉しいよ。ありがとう。本当にありがとう」
胸が熱くなり、鼻の奥もツンとしてくる。
でも僕がそんな状態で言った言葉は、メグさんに真っ向から笑われちゃった。
「アハハ。センパイ、ありがとうって何回言ってるデスか? 少し椅子に座って落ち着きマショー!」
メグさんに押されて、僕はこのお泊まり会でずっと使っていた自分用の豪華な椅子の前へとやってきた。
その椅子も、彼女たちの手書きのメッセージがたくさん貼り付けられていた。
僕は嬉し恥ずかしの気分でその椅子に座る。
座った先にも大きな文字でお兄ちゃんおめでとうと書かれてあって、なんだか本当に気恥ずかしかった。
「お兄ちゃん、そこでちょっと待っててね! ひかりたちすぐにご飯作るから! だいじょうぶ! もうだいたい出来てるから~!」
元気良くひかりちゃんに言われた僕は、「お願いします。楽しみにしてるね」と答える。
女の子三人は笑顔で頷き、すぐにこの椅子からも見えるキッチンへと入っていった。
ひかりちゃんが邪魔になっていないかどうかは、僕はもう考えないようにしてる。
彼女らと入れ替わりに、アイリさんともう一人のお手伝いさんが近付いてきた。
アイリさんはさっきまで一緒だったのに、ほんの数分目を離しただけでメイド服に着替えていて驚いた。
「空様、よろしければ、花束をお預かりいたしましょうか?」
「あ、いえ。もうちょっと手に持っていて実感を味わっていたいかなって」
「畏まりました」
「っと、でもそうか。もしかして花瓶に活けてくれたりしてくれるんですかね? 僕は詳しくないのでよくわからないのですが、切り花って早めに処置したほうが良いんですよね?」
アイリさんは、そしてもう一人のお手伝いさんもわずかに苦笑する。
「たしかに花瓶の用意はございますが、あまり細かく考えずに、空様のお気持ちのままになさってはいかがでしょう?」
「そうですか? でも、うーん、じゃあお渡しします。綺麗にしてあげてください」
「承りました」
アイリさんが受け取り、隣のお手伝いさんへと手渡す。
「こちら、ご自宅の方にお戻りになられるその時まで飾らせていただきます。ですが、それ以降はこちらで手を加えさせていただきます。押し花か、あるいはポプリか。お望みの方法ございますか?」
「あー、ではアイリさんのオススメの方法で」
「承りました。精一杯務めさせていただきます」
お手伝いさんが会釈をして、花束を持って移動していった。
後には僕とアイリさんが残される。
「…………」
しかし、そこで会話は完全に止まってしまった。
僕は恐る恐る彼女に話しかける。
「ええと、この沈黙はなんでしょうか?」
「実はこれ以降は、私が空様のお相手をする予定だったのですが……」
「はぁ……。ああ、そういうことですか」
昨日アイリさんは僕と格闘ゲームで対戦した。
でもそれは、元々は今日のこのタイミングでやる予定だったらしい。……少なくとも、メグさんたちとの打ち合わせでは。
「で、ではもう一度対戦しますか?」
「お断りします」
「そ、そうですか。残念です」
「まだ時期が来ておりません。私は貴方を徹底的に研究し尽くして、……次は負けません」
「…………」
なんだか恐ろしいほどの意気込みを聞かされたような気がする。
対戦する時が怖くなってくるけど、で、でもまあゲームに夢中になってくれていると考えると悪くない、よね?
「――失礼致しました。ですが、空様は退屈しないのではないでしょうか?」
「え?」
アイリさんが元の口調でキッチンの方を向く。
つられて僕もそちらを見ると、玖音さんとメグさんとお手伝いさんたちがキッチン内を慌ただしく動き回っているのが目に入った。
「……たしかにそうですね」
僕は目を細めながら彼女たちの姿を見る。
僕の誕生日の夕食。それを彼女たちが一生懸命作ってくれているのが、たまらなく嬉しかった。
「いただきます」
「いただきます!」「いただきます」「いただくデース!」
僕の挨拶を合図に、みんなも挨拶をして食べ始める。
テーブルには文句なしの豪華な料理が並んでいたけど、その日の夕食はもう一つ趣向が凝らされていた。
それは、お手伝いさん四人も同じ食卓で食事してくれているのだ。
きっとみんなで食べるのが好きな僕に配慮してくれたんだと思う。
「夢のような一日だった……。もう死んでもいいかも、なんて思ったのは生まれて初めてかも」
「も、もー! お兄ちゃん? まだプレゼントもあげてないんだから、そんなこと言っちゃダメだよ~!」
「ひ、ひかりさん……」
「あっ……」
玖音さんに止められて、ひかりちゃんは自分の言ったことに気付いたみたい。
僕は笑って義妹の女の子に謝罪する。
「ごめんねひかりちゃん、でも僕はひかりちゃんを残して死ぬつもりはないから、安心してね」
「も、も~、違うよお兄ちゃん。死ぬだなんて言っちゃダメなの。それに、ひかりだってお兄ちゃんを残すなんてイヤだもん」
彼女の言う通り、少し不謹慎だったかなと思った僕は、彼女の機嫌を直してもらうために再び口を開いた。
「ごめん、その通りだね。でもそんな二人なら、きっと一緒に長生き出来るね」
「……うん!」
ひかりちゃんの機嫌が直り、僕は一安心だと息を吐いた。
しかしその時、たくさんの視線が僕のほうを向いているのに気付く。
僕はサーッと青くなって、直後にカーッと赤くなった。
「あ、いや、もちろん玖音さんもメグさんも、それに皆さんも元気に長生きしましょうねという話でして、その……」
しどろもどろになりながら答える僕に、真っ先にメグさんが吹き出した。
「アハハ。センパーイ、ケーキもまだなのに甘々デスよ。早々に胸焼けしてしまいマース!」
僕は赤い顔をして俯いてしまった。
それでもいたたまれなくて、サラダを軽く口に運んだ。
「で、でも、お兄さんが大勢の前であのような台詞を言うのは珍しいですね」
「オゥ、言われてミレバー」
「きっとみんなで一緒に食べてるからだよ~。知らない人じゃないってお兄ちゃんも思ってくれているんだよ~」
「なるほど……」「納得デース」
ひかりちゃんの言葉に玖音さんとメグさんは頷き、お手伝いさん四人は一斉に軽く頭を下げてくれた。
「でも、よく考えたらセンパイはいつもあんな台詞ポロポロ言ってるデース」
「お、お兄さんは誠実な方ですし、時折大真面目にこちらが赤面させられてしまうようなことを仰ることがありますよね……」
「ね~、お兄ちゃんってやっぱりカッコいいよね~」
そうしていつものように、女の子たちの会話が始まっていく。
うちの義妹さんは毎回同じようなことばかり言っているような気がするけど、恐ろしいことに僕の記憶違いじゃないんだよね。
そして僕もいつもしているように、彼女たちのお喋りをBGMにして食事を続ける。
今日はいつも以上に僕を持ち上げる話題が多くて恥ずかしかったけど、それでもいつしか僕は、自宅でくつろいでいるような安心感が生まれてきていた。
ふと、アイリさんが目配せして、みんなの視線が僕に向いた。
慌てて僕は食事に戻ったけど、その前にしていた表情はみんなに見られちゃったみたい。
「アハハ。センパーイ、メグたちのこと、お地蔵さんのような表情で見てマシタよ」
「お、お地蔵さん……」
僕はその言葉に恥ずかしくなって、またも顔を赤くして食事に戻る。
でも、そこでメグさんは、宴も酣なのか僕のお地蔵さんの表情を見たからなのか、今回のお泊り会のことを振り返り始めた。
「でも、今回の別荘も楽しかったデース。のんびりと遊ぶつもりでしたが、一波乱もあったデスし」
「汗顔の至りです」
お泊まり会での一波乱。
僕のウジウジした性格を直そうと、アイリさんがみんなを巻き込んで大騒動になった話。
まさか話が蒸し返されてしまうのではと、僕は焦ってしまった。
でも、それは余計な心配だった。アイリさんはチラリと僕を見ると、微笑みながら頭を下げてくる。
幸い、すぐに他の話題も飛び出してきた。
それは僕には恥ずかしい話題だったけど、場の雰囲気が悪くなるよりはよっぽど良かった。
「なんだかんだ言って、お天気にも恵まれましたよね……! 特にプールと誕生日の日は晴れて良かったです」
「プール! 楽しかったね~! お兄ちゃんにやっと水着見てもらえたし~」
玖音さんの話に、ひかりちゃんが乗っていく。
そして今度は、玖音さんがひかりちゃんの話に興味を惹かれていく。
「……少し気になったのですが、お家でひかりさんが水着を着ていたら、お兄さんはどうなるのでしょう?」
「部屋に隠れちゃうんじゃないかな~。場所に合った相応しい服装をしてねとか言いそう!」
「な、なるほど」
「だからね、プールが晴れてくれて良かったんだ~。やっぱり太陽の下で見てもらいたかったからね~!」
僕には辛い話題になってしまった。
また食事をしながら耐えるしかないかな、と思っていた僕。
でも、いつも僕に向かい風が吹くわけでもなかった。
話は違う方向へと転がっていく。
それは誕生日だからだろうか、水着以上に恥ずかしく、そして心が暖まる話になった。
「太陽……、そうデス! 太陽! センパイは太陽という名前だったかもしれなかったのデス! アハハハハ!」
昼間の話を思い出したのか、メグさんが笑い始めた。
人によっては嫌な気分になるかもしれないけど、僕は全然平気だった。
でも、そこへ僕の妹ひかりちゃんが、よく通る声で話し始める。
「ひかりも、お兄ちゃんは太陽じゃないと思う。お兄ちゃんは空なんだよ~」
「アハハ、ヒカリ、それはそうデース」
「違うよ~。そうじゃないんだよ~」
メグさんが笑いながら首を傾げていると、ひかりちゃんはアイリさんのほうを向いた。
「アイリさんがね、お兄ちゃんを怒る気持ちはひかりにもわかるんだけど、お兄ちゃんは空なんだよ~」
アイリさんも驚いたようにひかりちゃんの話に聞き入る。
いつしか誰もが手を止めて、ひかりちゃんの話に聞き入っていた。
「さっきのお地蔵さんとはちょっと違うけど、お兄ちゃんは大空のようにみんなをいつも見てくれているんだよ~。そして、ひかりたちを受け入れてくれるんだ~。ひかりはなんにも出来ない子だったけど、お兄ちゃんは顔を真っ赤にしながらもすぐに受け入れてくれたんだよ~」
そうしてひかりちゃんは、僕に向き直る。
僕が空なら、彼女は光だ。
彼女はその名前の通りキラキラした笑顔で、僕に言ったんだ。
「だからひかりは、そんな大空みたいなお兄ちゃんのことが大好きなんだ~!」
僕は今度こそ感情が溢れそうになって、すぐに食事を再開させた。
ちょっと作法が乱暴になっちゃったけど、大目に見てほしい。
だってそうでもしなければ、僕の感情は決壊していただろうから。
「お兄ちゃん」
「……うん?」
「お誕生日おめでと~」
「……ありがとう、ひかりちゃん」
八月一日。夏の日。
僕は空という名前が嫌いじゃない。
でもその日、僕は自分の名前が大好きになった。
「……センパイ、おめでとうデス」
「お兄さん、おめでとうございます」
「ありがとう。みんな本当にありがとう」
僕はみんなに祝福され、最高の誕生日を迎えることが出来た。
しかも義妹のひかりちゃんたちと一緒にいれば、これからもそんな日々が続いていくなんて、本当に夢のようだよね。




