彼女たちの接待と、もう一つの接待
細かい部分で大きくイメージが変わる回だと思い迷ってしまいました。
大幅に遅れてしまい申し訳ありません。
彼女といきなり対戦しろと言われて戸惑った僕だったけど、最初の一試合目から変わらない気持ちがある。
アイリさんにもゲームを楽しんでもらいたい。
その気持ちは、彼女に快く思われていないのかもしれないと気付いた今でも変わっていない。
もしかしたら今僕がしていることは、火に油を注ぐような行為かもしれない。
それでも僕は、最後まで自分の気持ちに正直になることにした。
アイリさんになら、わかってもらえると信じて。
「(低空のラッシュ、繋ぎに割り込みを警戒してフェイント、……からの執拗な裏択。うん、思考を揺さぶるいい動きだ)」
アイリさんの猛攻を耐えながら、僕は彼女のキャラクターの動きに感動していた。
しっかりと鍛え上げられた操作技術は、ミスと呼べる失敗を犯さない。
しかもただ強い技、強いコンボを覚えただけではなく、相手の心理についても研究している。
これが始めて一ヶ月ほどのゲーマーだなんて信じられなかった。
いくらシリーズ経験者と言えど、アイリさんはソフトに触ってすぐに勝てるような相手ではなかった。
「私は最初、空様の小さな障壁程度になろうと思っていました」
アイリさんは勝負の合間に、ゲーム画面から視線を移さずに話し始める。
最後の三本勝負、その最初の試合。
アイリさんは体勢を崩されることも多かったけど、全体的に見れば危なげなく僕を退けた。まずは僕の一敗目だ。
「同学年の女性に勉強を教えることが出来て、作る料理は大絶賛。おまけに嫌な顔ひとつせずに、甲斐甲斐しく世話が出来る献身的な性格。そんなスーパーマンのような空様を、私は少し邪魔したくなったのです」
スーパーマンという言葉は恥ずかしかったけど、同時に思い当たる節があった。
あれはアイリさんと紗雪さんも交えてみんなで手巻き寿司パーティーをやった夜。
僕はひかりちゃんたちや紗雪さんにも持ち上げられながら、ずっとお寿司を巻いていたっけ。
「空様がゲームが大好きということを知り、私は一番大好きなもので一本取ってやろうと思い練習を始めました」
二試合目が始まる。
今度は僕から仕掛けた。
頭に思い浮かんだのは、やぶれかぶれの突撃。
リスクを顧みず果敢に攻めて攻めて攻めまくって、彼女から勝利をもぎ取ろうとする戦略。
しかし、彼女は追い詰められた人間の心理をちゃんと理解していた。
僕が突撃することは彼女の想定の範囲内だったらしく、手痛い反撃を食らってしまった。
だけど、僕はそれでも突撃を止めなかった。
人が追い詰められたときに見せる集中力。僕はそれを思い浮かべながら、突撃を仕掛けつつも冷静にアイリさんの出方を伺った。
「……ふむ」
繰り返される突撃に、心なしかアイリさんが笑ったような気がした。
彼女は僕を牽制しつつ、距離を取ろうとする。
しかし、僕は彼女の牽制攻撃を素早く見切り、さらに懐に食い込んだ。
アイリさんの顔色が変わる。絶対に前に出て追い詰めるという僕の気迫と、併せ持っていた冷静さに。
焦った彼女は、大技で切り返そうとした。
素早く強烈な攻撃だけど、攻撃後の隙も大きいハイリスクハイリターンの切り返し技。
だけど、彼女の攻撃は空を切った。
今度は玖音さんが息を呑む気配がする。
僕は最小限の動きでそれを回避していた。
完璧に見切っていないと出来ない、完璧なタイミングでの回避だった。
「……く」
僕の怒涛の反撃が始まった。
難しいコンボを叩き込み、さらに手を緩めることなく攻撃を続け、体力を後少しのところまで削り切る。
このまま初勝利か、という試合の流れ。
でも、後少しだと思って無茶をした僕の連携攻撃は、アイリさんに既のところで止められてしまった。
二試合目はそこで大勢が決した。
試合の流れを取り返せなくなった僕は、後一歩のところで再び勝利を逃した。
アイリさんはしばらく呼吸を整えるように自分のキャラクターの勝利画面を見ていたけど、やがて僕に顔を向けて言った。
「……先ほどの突撃は見事でした。しかし出来ることでしたら、普段からその気概を見せてもらいたいものですけど」
彼女のその称賛は、僕の良心をグサリと突き刺す。
しかしそれは、もう一つの事実を僕に教えてくれていた。
普段から突撃をするような気合を見せろ。
彼女は僕に、そうアドバイスしてくれているんだ。
苦笑いを浮かべながら、僕は彼女に確認した。
「アイリさんは、僕のウジウジした湿っぽいところを直してもらいたいんですね?」
「ええ。その通りです」
彼女は僕の目を見てハッキリと頷いた。
僕はひかりちゃんたちにいくら褒められても、どうしても自分の自信に繋げることが出来ない。
赤面症の気がある僕は、人前で話したりすると顔が赤くなり、頭が真っ白になり、言葉が出てこなくなるという悪循環が起こってしまう。
「空様の小さな障壁になろうと考えていた思いは、途中で変わってしまいました。私は貴方を見ていると、腹が立ってくるのです。貴方は自己評価が低すぎるのです。なんですか? 口癖のように僕なんて、僕なんか、などと言って」
痛烈なアイリさんの批判に、僕は愛想笑いを浮かべて頭を掻くことしか出来なかった。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は皆様と同じように貴方のことを評価しています。感謝の気持ちでいっぱいです。でも、だからこそ余計に悔しくて腹も立つのです。私は、貴方にはもっと自信を持ってもらいたい」
それを聞いた僕に、一つの言葉が浮かんでくる。
荒療治。
敢えてアイリさんは、今回主人もゲストも巻き込んだんだと思う。
みんなの前で、一番大好きなゲームで僕を負かす。
彼女はそんな残酷な状況下で僕の心に生まれる気持ちに期待したみたい。
強引で無茶苦茶で、しかも逆効果ともなりかねない今回の彼女の行動。
でも僕にはそれが、彼女の怒りや悔しさと、そして僕への期待の裏返しの表れだと思えた。
「……最後の試合が始まりますね。空様、今日初めて触れるゲームで負けても、悔しく感じることはありませんか?」
僕はすぐに答えた。
「まさか。僕はもう何年もいろんなゲームで遊んできてるんです。いくら今日始めて遊ぶゲームだとしても、ゲーム歴一ヶ月の方に手も足も出せずに負けるのは凹みますよ」
アイリさんはその言葉に、無言で頷いた。
「では、最後の勝負を始めましょう。貴方は最後の試合も、手も足も出せずに負けるのです」
それは自分に向けられた挑発だったけど、僕はいい台詞だと思った。
「一矢くらいは報いてみせますよ」
笑いながらアイリさんにそう答える。
僕は今でも、そして今までも一度も、彼女を恨んでなんかいなかった。
だってそうだよね、きっと彼女は僕に奮起してもらいたくて、厳しい言葉を使っているのだろうから。
僕のことを評価していて感謝しているって言葉にも嘘はないと思うし。
でも、そこで再び僕の良心がチクリと痛んだ。
ごめんなさいアイリさん、僕は貴女の忠告は受け入れようと思いますけど、奮起するほど追い込まれはしないんです。
◇
結局、僕は最後の試合もアイリさんに敗北した。
一矢報いると宣言した通り、ある程度追い詰めはしたけど、そこまでだった。
全敗だった。彼女も何度もヒヤリとしただろうけど、僕は全敗した。
試合が終わった僕とアイリさんは、揃って息を吐いた。
いつもクールな彼女にしては珍しく、アイリさんはそのまま俯いていた。
僕も頭を抱えたい気分だった。
これで良かったのかなという疑問と、今回のような特殊な状況下でなければ楽しんでもらえたはず、という気持ちが同時に湧き上がる。
そんな僕たちに真っ先に話しかけてきたのは、メグさんだった。
「アイリー、センパイは張り合いがないのデース。メグがいくら水を掛けても絶対に反撃して来ないのデース」
「……申し訳ありません。彼のそういう点もどうしても見過ごせませんでした」
メグさんに話しかけられたアイリさんは浮かない顔のままだったけど、ちゃんと背筋を伸ばして答え始めた。
「まー、メグも覇気がないとは思いマスが、それがセンパイのいいところでもありマース」
「……はい。メグ様の仰る通りです。彼は優しい人です」
僕は半ば放心しながら、彼女たちの話を聞く。
僕のことを優しいと評してくれたアイリさん。彼女はいつまでその評価で呼んでくれるのかなと、ふと思った。
そこでアイリさんは軽く首を振ると、立ち上がって僕たちに向かって何度も頭を下げ始めた。
「誠に、大変申し訳ありませんでした。皆様の大切なお時間を頂戴してしまい、お詫びの言葉もありません」
彼女の行動にメグさんは苦笑して、玖音さんは何と答えようか迷っているようだった。
でも、ひかりちゃんは違った。アイリさんに笑いかけ、明るい声で問いかけた。
「アイリさんは、楽しかった~?」
「え?」
ひかりちゃんのその問いに、完全に不意を突かれたアイリさん。
謝罪の最中なのに固まって受け答えが止まってしまった。
「お兄ちゃんとのゲーム、アイリさんは楽しめたかな~? ひかりはお兄ちゃんじゃないけど、楽しんでもらえたのなら嬉しいな~」
僕の妹ひかりちゃん。
彼女はいつの間にか、僕の気持ちをちゃんとわかってくれるようになっていた。
でも、アイリさんはおべっかを使って嘘を言うタイプの人ではなかった。
ひかりちゃんと僕が望まない答えが返ってくる。
「……いいえ。楽しいと思える余裕はありませんでした」
「あはは、お兄ちゃん残念だったね~。次は楽しんでもらわないとね~」
でも、ひかりちゃんは僕の妹だけど、完全に僕の味方というわけではなかった。
恐ろしい前振りをして、話を僕に振ってくる。
冷や汗を掻き始めた僕に、みんなの視線が集まる。
そのみんなを代表して、アイリさんが僕に尋ねてきた。
「……空様は、ずっと私に楽しんでもらおうと考えながら勝負をしていたのですか?」
逃げられないと感じた僕は正直に答える他なかった。
「はい……」
アイリさんの目が細く声が鋭くなっていく。
彼女は先ほどよりも強い口調で僕に再び尋ねる。
「勝敗より、私が楽しめているかどうかのほうが重要だったわけですね?」
「……はい」
僕は下を向き、肩を丸めながらそう答えた。
でもハッとなって、すぐに顔を上げる。
「で、でも、ずっと真面目にやっていましたよ? ホントですって。だって僕が真面目にやってないと、アイリさんだって楽しめないですよね?」
「…………」
アイリさんは無言で僕を睨みつける。
僕は次に何を言い訳しようか迷ったけど、救いの手はすぐに差し伸べられた。
「アハハ。張り合いのなさも、ここまでくれば笑うしかないデース。アイリ、今日のところは諦めるデス。センパイのお人好しさ加減は筋金入りデース」
「……はい、メグ様。私は彼の本質を見誤っていました」
僕はホッと胸を撫で下ろした。
着地点の見えなかった今回の対戦だけど、どうやら終わりが見えてきたみたいだった。
「アイリ、握手してセンパイと仲直りするデス。ついでに最後にセンパイともう一度ゲームで遊んで、それでおしまいにしマショー!」
メグさんの言葉に女の子たちが頷き、アイリさんは改めてひかりちゃんたちに頭を下げた。
そして僕の方へと数歩歩く。
僕もすぐに立ち上がって、彼女に向かって手を差し出した。
そうして僕たちが握手をしたところで、ひかりちゃんを皮切りに拍手が始まる。
僕はすごく恥ずかしかったけど、ここはちゃんと言っておくべきだと思い、アイリさんに話しかけた。
「すみません、アイリさん。貴女の仰ることも尤もです。すぐには変えられないかもしれませんが、せめて人前では過度に自分を卑下することは控えようと思います」
アイリさんは首を振る。
「私は自分の価値観を空様に押し付けていました。猛省します。特に空様は他の人の目に敏感な方ですし、知らない人を不快にさせたりすることはないでしょう」
握手をしながら言葉を交わす僕たちに、ますます拍手の音が大きくなる。
そこへ、メグさんが手を叩きながら話し始めた。
「しかし、よく考えたらアイリも残酷デスね。センパイを完膚無きまで叩き潰そうと罠を張っていたのデスね」
「コントローラーを握っていたのがお兄さんだったのでつい忘れていましたけど、いくら経験者でももう少し練習させてあげても良かったですよね。あれじゃ勝てっこないと言いますか。第一、ゲームに対する知識量が段違いですよね」
メグさんの言葉に、アイリさんと玖音さんが苦笑する。
でも、たしかにそういう一面もあるだろうけど、やっぱりそれは彼女なりの僕への気持ちの表れだと思うし、僕は悪い気はしなかった。
しかし。
そこでマイシスターひかりが、また唐突に変なことを言い出した。
「あ、そうそう。それなんだよ~。ひかりは最初ずっと、パフェが食べたかったんだよ~」
全員の首が、骨折するかの勢いで折れ曲がったと思う。
少なくとも僕は、心の中でそれくらい首を傾げた。
「ヒカリ、さすがに何を言っているのかわからないデース」
長年友だちを続けてきたメグさんも、ひかりちゃんのその発言に苦笑する。
そのひかりちゃん、ニコニコしながら説明を始めてくれた。
「お兄ちゃんがね、一人で遊んでいたときは何度も何度もパーフェクトってゲームが言ってたでしょ?」
「ワッツ?」
「おそらく、勝利したときのアナウンスのことですよ。完勝した場合にパーフェクトって流れていましたよね?」
「アア……」
玖音さんの助けを借りて、メグさんが納得したように頷く。
格闘ゲームは相手を完封――こちらの体力を一切減らさずに相手を倒せば、勝利画面で『PERFECT!』とアナウンスが流れることも多い。
ひかりちゃんはそれでデザートのことを連想したんだと思う。
メグさんはそれを理解してくれたようだ。
メグさんも玖音さんも他のみんなも、話はそんな他愛のない話題だと考えたと思う。
でも、僕は戦慄していた。
最近彼女とずっと一緒にいる僕は、義妹のこの子が次に何を言い出すのかを、予想できてしまったんだ。
みんなの前だったけど、僕はサーッと顔が青ざめてしまう。
アイリさんがすぐに僕の変化に気が付くけど、今はそれどこではなかった。
「でもねー、お兄ちゃんとアイリさんが遊び始めたら、パーフェクトほとんど聞こえなくなっちゃったんだよ~」
「それはそうですよひかりさん。相手は人間同士、完封試合はそうそう起こらなくなります、から……」
しかし、最初からもう手遅れだったのかもしれない。
僕はどう話しかけてひかりちゃんを止めたいいのか思い付かず、それに嬉しそうに話すひかりちゃんはあっという間に言葉が飛び出していく。
そして、ひかりちゃんの発言に答えた玖音さんも、何かおかしな点に気付いたようだった。
「え? でもたしかに、最初の頃はお兄さんもパーフェクト負けが多かったですよね?」
「はい。ですが後半は、危うく負けそうになる試合も多くて……」
玖音さんとアイリさんが会話を交わし、そしてその後僕のほうに視線を向けてくる。
僕は「いかがされましたか?」と言った感じで微笑みながら首を傾げた。額に汗を掻いていないか気になって仕方がなかった。
というかさっきからアイリさん、僕の手を握る力が強くなってきているんですけど。恐ろしいので離してもらえませんか?
「アハハ、やっぱりセンパイはすごいデース! もうちょっとやってたら勝てていたかもしれないデスね!」
楽しそうにそう言ったメグさんの声で、とうとうアイリさんは完全に僕を睨み始めてしまった。
僕は頭を掻きながら「どうなるかはわかりませんけどね」と答えようとした。
だけど、僕より早くひかりちゃんが口を挟む。
「違うよ~。お兄ちゃんは優しいから、最後には花を持たせてくれるんだよ~。アイリさんじゃなくて、ひかりとやってもそうだと思うよ~」
ミシリ、と僕の手が悲鳴を上げたような気がした。
職業柄なのか怒りでリミッターが外れたのか、アイリさんは僕の手を痛いほどに握ってくる。
だけど僕は思った。
どうやらここまでみたい。後はひかりちゃんのいつものお兄ちゃん贔屓だと思ってくれるはず。
「あ、アイリさん落ち着いてください。お兄さんの性格からすればそれも考えられますけど、さすがに一時間ちょっとでは難しいかと。それに、あの試合内容でそのようなことは不可能だと思いますよ」
「アハハ。アイリ、睨むのを止めなサーイ。あなたが勝ったのは明白デース。もうすぐ抜かれてしまうかもしれませんが、悔やむことはないデース。だってそれはセンパイが、アイリのゲームの先輩だからデース。アハハハハ!」
僕の予想通り、話は収まりを見せ始めた。
アイリさんもメグさんに言われ、渋々ながらも僕の手を緩め、睨むのも止めてくれた。
だけど、だけどひかりちゃんと言う女の子は、どうしても僕を自慢しないと気が済まない女の子だった。
彼女は具体的なエピソードを交え、頬を膨らませながらみんなに言った。
「も~。ひかりのお兄ちゃんは本当にすごいんだよ~。お兄ちゃんならゲームで遊びながら、合間にスマホで調べ物をすることなんて簡単なんだもん。ひかりがゲームをしている時だっていつも隣にいてくれるんだけど、その時も自分のゲームをしながらひかりのゲームも見てくれているんだ~。本当にすごいでしょ!?」
今度こそ、そこにいた(ひかりちゃん以外の)全員が真顔で僕に振り返った。
再びミシリという手の悲鳴が聞こえる。今度は聞き間違いではなかった。
ひかりちゃんは空気が読めないわけじゃないけど、それ以上に僕のことが譲れないみたい。
それに彼女は、こんな雰囲気になっても、みんなならきっと丸く収まると信じて疑わないんだと思う。
でも、やっぱり僕としてはこんなこと言われると困っちゃうんだけどね。
「空様、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「……出来ればお手柔らかにお願いします……」
アイリさんに手を掴まれている僕は逃げることも出来ず、ただ項垂れながらそう答えた。
「というか貴様、私に八百長をしたのか?」
突如アイリさんは、とんでもない口調に変わった。わたくし呼びを止めて、わたし呼びに変わる。
僕は心臓が弱い。まさかアイリさんがそこまで豹変するとは夢にも思っていなかった僕は、ポックリとそのまま天に召されるかと思ってしまった。
「アイリ、ほどほどにするデスよ?」
メグさんが苦笑しながらそう言った。
どうやらアイリさんのこの口調は、メグさんの家では周知の事実らしい。
「や、八百長だなんてとんでもない! ホントですよ、僕は嘘は言ってません。真面目にやっていました」
慌ててアイリさんにそう告げる僕。
しかし彼女も聡い女性だった。その発言で僕との会話を思い出したようで、冷たい口調で僕に言う。
「なるほど。嘘は言っていない、か」
「は、はい」
「ならば貴様、私に手も足も出せずに負けると凹む、と言ったな?」
「はい……」
僕は一発で窮地に立たされていた。
たしかに僕は「ゲーム歴一ヶ月の方に手も足も出せずに負けるのは凹みますよ」と彼女に答えている。
「嘘は言っていない。それは逆説的に、私には手も足も出せずに負けたわけじゃないから凹んではいない、という意味だったのだな?」
「さ、さすがにそれは悪意のある解釈かと……」
「答えろ。私に手も足も出せずに負けたという認識はないのだな?」
「は、はい……」
メイド服のアイリさんだけど、僕にはなんだかグリーンベレーを被った女軍曹みたいに見えてきた。
「貴様は真面目に真剣に、私に接待していたのだな?」
「も、黙秘します」
「私に楽しんでもらいたいと思い、接待していたのだな?」
「も、黙秘……、い、いえ。その通りです」
僕はアイリさんの眼力に押され、とうとう自白してしまった。
手品師が自分のネタをバラさないように、僕も絶対隠しておくつもりだったのに。
アイリさんは一つ息をつくと、僕の手を緩めて椅子に戻るように促した。
その所作は、今までのメイドさんの所作そのものに戻っていた。
「座れ。最後の試合を始めるぞ。私が勝ったら向こう十年はその性格を叩き直してやる」
でも、口調は元には戻さないんですね、アイリさん。
対戦中には敢えて強い言葉を使っているのかなと思っていたんですけど、もしかしてあれ、ちょっと地が出てたんですか?
僕は体を強ばらせながら、椅子に座り直した。
楽しんでもらいたかったとはいえ接待プレイをしていた僕。
それが知られてしまった以上、さすがに勝ちに行くしかないかなと覚悟を決めた。




