水着と水鉄砲と、女の子の想い
僕は他の人にあれこれしてもらうことに慣れていない。
それに玖音さんとメグさんがキッチンに立っているのを見ると、綺麗な指を怪我してしまわないか心配になっちゃったりもする。
それでも今回はみんなの好意に甘えて、僕はあれこれしてもらう立場となった。
フカフカの椅子に座っていても全然落ち着けないけど、みんなに色々してもらえるのは純粋に嬉しかった。
ひかりちゃんはいつも以上に僕に付きっきりで色々と気にかけてくれたし、玖音さんとメグさんが作ってくれたご飯も美味しかった。
料理はアイリさんたちお手伝いさんも手伝っていたけど、自分以外の人の料理を食べるのも勉強になると思わされた。
夜は仕切りのない大きなリビングでみんなと睡眠。
僕は座禅を組むような気分で布団に入ったんだけど、意外にもひかりちゃんのおかげで苦行にはならなかった。
僕の隣に布団を敷いて、まだ眠ってないのに夢見心地のようだったひかりちゃん。
いつも以上のテンションで喋りまくってくれたので、変に緊張して眠れなくなるということはなくなったんだよね。
そんな感じで、僕の別荘でのお泊まり会はそれなりに順調に進むかのように思えた。
ひかりちゃんたちも過度に僕を恥ずかしがらせるようなことはして来なくなっていたし。
しかし今回の別荘へのお泊まり会には、女の子が苦手な僕がどうしても慣れることが出来ず、またひかりちゃんたちも意識を百八十度変えて積極的になるイベントがあった。
それは、雷と体調に注意すれば屋外だけど雨でも強行できるイベント。
僕は密かに雷雨で中止になることを願っていたんだけど、そんな僕の考えに罰がが当たったのか、当日はよく晴れた一日となった。
「お兄ちゃん見て見て~! ひかり、お兄ちゃんのためにわざわざ買ってきたんだよ~!」
僕はビーチチェアに座り、背を丸めて両手で顔を覆っていた。
マイシスターひかりが見てくれとせがんで来ていたけど、僕は出来れば見たくなかった。恐れ多いというか、見たらショック死するというか。
でも、今回のひかりちゃんは僕が見ない限り、いや、見て感想を言わない限りは絶対に納得しないと思う。
メグさんの別荘には大きなプールがある。
女学院の女の子たち一クラス分の人数を許容できる自慢のプール。
正確に何人遊びに来たのかは聞いてないし、さすがにちょっと狭かっただろうけどね。
まあそんな自慢のプールがあるから、今回の流れは当然の流れと言えた。
僕がどうしても避けたかったイベント。それは女の子とプールで遊ぶイベントだった。
「む~、お兄ちゃ~ん、早く諦めてひかりを見てよ~?」
女の子の中では、一番に着替えを済ませて出てきたひかりちゃん。
それは彼女の意気込みの現れのような気がした。
しかし、僕だって今回はとことん往生際が悪かった。
亀のように防御を固めて、ひかりちゃんに何を言われようが耐え忍んでチャンスを待つ考えだった。
ここでひかりちゃんだけを見るより、みんなが揃ったときにチラッと見せてもらうほうがいい。
そうすれば感想だってまとめて言えるし、その後すぐにプールに逃げ込むなどして生き延びることも出来そうだ。
女の子たちからは大ブーイングが巻き起こるかもしれないけど、僕には一人一人を見て個別に感想を――ましてや気の利いた言葉で言ってあげることなんて、絶対に出来ないんだよ。わかってください。
だけどそんな僕に、ひかりちゃんの無慈悲な一言が突き刺さる。
「……このまま抱きついちゃおうかな~?」
僕は反射的に顔を上げた。
守りを固めていた僕だったけど、ひかりちゃんのその攻撃は言わば防御不能の攻撃だ。僕の体どこに触れても致命傷を与えてくるだろう。
だってここはプールで、プールで遊ぶならみんなそれに相応しい格好に着替えるわけで――。
「えへへ~。やっと見てくれた~。嬉しいな~」
目の飛び込んでくる白い肌。
水着という非日常的な服装で、惜しげもなく美しい体をさらしている義妹の女の子。
ひかりちゃんは太陽の下で、まさに彼女の名前通りの輝くような笑顔で僕を見つめていた。
「ねぇねぇお兄ちゃん、ひかり、どうかな? なにか言って~?」
心臓がバクバクと音を立て、壊れてしまうかと思わされた僕。
そのくせ頭の中は妙に冷静で、自分の思考が真っ白に塗りつぶされていくのを客観的に見ているような感じだった。
僕は彼女から目をそらすと、言った。
「……やっぱりひかりちゃんには、ダイエットは必要ないよ」
「ありがと~!」
ひかりちゃんは、僕の言葉で嬉しそうに両手を合わせた。
しかし彼女は直後に、そのままカクリと首を傾げた。
「……あれ? でもなんか違うような? ……あれれ、お兄ちゃん褒めてくれたんだよね? でも、……あれ?」
うちの妹さんが何やら誤作動を起こしている間に、僕はもう一度両手で顔を覆い項垂れる。
「ね、ねぇお兄ちゃん? もうちょっと別の言葉で……、あー! お兄ちゃんまた隠れんぼしてる~! もっとちゃんと見てよ~!」
ひかりちゃんはそう言って再び騒ぎ始めるけど、僕はさっき見た光景を頭の中から押し出そうと一生懸命だった。
どうして水着って、下着とほぼ変わらないような布面積しかないのに許されているのかな?
「もー、もー! お兄ちゃん~? ひかりのこともっと見てよ~。ねぇ、ねぇってば~?」
ガクガクとひかりちゃんに肩を揺さぶられる。
でも、僕は気力をごっそりと削られていて、彼女に反応してあげることは出来なかった。
「アハハ。センパイは、早くもグロッキーデスか?」
しかし新たなる脅威に、疲れていたはずの僕の体がビクリと震える。
ひかりちゃんは僕に気軽に触れてくる女の子だけど、次に来たメグさんも何をしてくるのか読めない女の子だ。
「そうなんだよ~。ひかりのこともちょっとしか見てくれなかったんだよ~?」
「アハハ、残念デスね」
「あれ、メグちゃんいいの~? メグちゃんも見てもらえないかもしれないんだよ~?」
「メグは焦らないデース。センパイが落ち着くまで待つデース」
僕はメグさんの言葉に救われたような気持ちになった。
メグさんはちょっとワガママで我の強い女の子のイメージがあるけど、こうやって人を気遣う優しい一面もちゃんと持っている。
「お~。メグちゃん大人だ~。でもお兄ちゃんって、このままプールの時間が終わるまで逃げ続けちゃうかもしれないよ?」
でも、ひかりちゃんもさすがだ。まだ日も浅いのに僕のことをよく見ている。
後のフォローはしっかりするつもりだけど、やっぱり水着姿の美少女は僕の手に負えない。この場は逃してもらおうという気持ちは少なからずあった。
メグさんがひかりちゃんのその言葉にどう反応するかはわからなかったけど、僕が油断していたことは間違いなかった。
彼女は優しい一面もあるけど、やっぱりワガママで明朗快活で大胆な女子でもあった。
「大丈夫デース! メグはセンパイが落ち着くまで待ちマスケド、待てなくなったらこうするデース!」
「わああ!?」
突如感じるメグさんの体。
ひかりちゃんは警告してくれたのに、メグさんは前振りなしに僕に抱きついてきた。
上着を着ていなかったら即死だった。日焼け対策と言い訳してシャツを着ていて助かった。
しかしそれでも僕には強烈すぎる刺激だった。
幸いメグさんは力を入れてなかったので、僕はサッと彼女から離れてプールの中に逃げ込んだ。
ザブンという水が跳ねる音。シャツを着たままだったけど、洗ったばかりの綺麗なシャツだから許してほしい。
冷たい水は、僕の茹だった頭を少しだけ冷ましてくれた。
「アハハハハ! センパーイ、メグだったから良かったですが、普通の女の子なら傷ついちゃってマスよ?」
プールサイドに戻ってげほげほと咳をする僕に、メグさんが楽しそうに言う。☆
僕は謝ろうか言い訳をしようか迷ったけど、その前にスッと白い手が差し出されてきた。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「ああ、玖音さん、ありがとうございま――」
差し出された手を取り、僕は彼女にお礼を言った。
しかし、その時ハッと息を呑む。
プールサイドに膝をついて前傾姿勢になりながら僕に手を伸ばしてきている玖音さん。当然のことながら、彼女もまた水着姿だった。
「あ、ぼ、僕はやっぱりもう少しこのままで……」
「だ、ダメですお兄さん。ちゃんと体を解してから入らないと足が攣ってしまうかもしれません」
そう言われてしまうと、僕も彼女の手を無理に振りほどくことは出来なかった。
二人とも顔を真っ赤にさせながら、僕は玖音さんに手を握られたままプールサイドへと上がった。
「お~。くおんちゃんすごい。お兄ちゃんを捕まえちゃった」
「べ、別に捕まえたというわけでは……」
僕の周りに女の子たちが勢揃いする。
プールから上がったのもあるかもしれないけど、なんだか頭が熱くて熱くてクラクラした。
「ヘイセンパーイ! もう覚悟するデース!」
「お兄ちゃん、もう一度ひかりのこと見て~? そして、ひかりだけじゃなくてみんなのことも見てあげて~?」
「……頑張って選んでみました……」
一人はニコニコと笑いながら、一人は堂々と見せつけるように、そして最後の一人は恥ずかしそうに。
僕は三人の美少女に囲まれ、逃げ場を失った。
ボトボトと髪から雫を落としながら、僕はゆっくりと、それでもなるべく急いで三人を見回した。
それが終わるとすぐに、僕は片手で両目を隠して、言った。
「三人ともすごく綺麗です。ダイエットは必要ないと思うよ」
直後にものすごい不満の声が上がったけど、ぶっ倒れずにちゃんと言えただけでも十分だと思うんだけどなあ。
◇
「センパイって、運動苦手って聞いてましたが、水は嫌いじゃないのデスね」
「あ、うん。なんでだろうね。プールが怖いと思ったことは一度もないかな。……だからと言って水を掛けないでもらえるかな? ここで溺れそうになって怖くなるかもしれないからね?」
僕はぶっ倒れてプールの時間が終わるまで気絶していたかったけど、人間の体はそこまで柔じゃなかった。
仕方なしにひかりちゃんたちとプールで遊ぶ。
なるべく彼女らを視界に入れないように頑張りながら。
「アハハ、センパイやり返してこないので楽しーデース!」
「さっきはそれがつまらないって言ってたのに……」
「も、もー、メグちゃん? お兄ちゃんが変に動くと揺れちゃうよ~」
「ひかりちゃんもね、自分の浮き輪の心配じゃなくて、僕の体のことを心配してくれるかな? 今もザバザバと水をぶっ掛けられているんだよ?」
「……幸せです。私、こんなに幸せでいいのでしょうか? ――あ、そういえば今日のログインボーナス取り忘れていました」
「玖音さんはいつも哲学的ですね。戻ったら忘れずにログインしましょうね。僕からも声をかけますね」
僕はひかりちゃんと玖音さんの浮き輪とイルカを引っ張って歩きながら、メグさんに水を掛けられて遊ばれていた。
「メグ様、こちらをお持ちしました」
「オー、みずでっぽう! サンキューです、アイリ!」
お手伝いさんのアイリさんがメグさんに手渡したもの。
それはオモチャの水鉄砲――というかタンク付きのえげつない威力が出そうな本格的なウォーターガンだった。
「メグさん、僕はFPSを始める前にお願いしたよね? フレンドリーファイアは危険な行為だから――アイタ。痛い、痛いよメグさん。それ肩でも結構痛いよ」
「アハハ、ソーリーソーリー、お詫びにメグのことも撃っていいデース」
「せっかくですがご遠慮します。僕は今両手が塞がっていますので」
「ハァ、センパイは張り合いがないデース。ヒカリー、ちょっとセンパイの片手借りてもいいデスかー?」
「む~、仕方ないな~」
メグさんの言葉を受けて、ひかりちゃんが浮き輪から降りる。
浮き輪が大好きなひかりちゃんだけど、彼女も水を怖がったりしない。
そして玖音さんも空気を読んだのか、イルカから降りて僕たちの横に並んだ。
「オゥ、クオンもありがとデース」
「いえ」
「でも、お兄ちゃんの手を使って何をするの?」
ひかりちゃんの問いは、僕も気になっていたことだ。
するとメグさん、少し恥ずかしそうに話し始める。
「大したことではないデース。センパイは運動が苦手だと言ってましたけど、ゲームは得意デース。その間を調べようと思いマシタ」
「その間~?」
メグさんは僕に水鉄砲を渡すと、アイリさんに言ってビーチボールをプールサイドに置いてもらった。
「あれ当ててみてクダサーイ!」
「ああ、間ってそういうこと~」
ひかりちゃんが納得する。
ゲームなら射撃が得意な僕。それは銃の形をしたコントローラーを持っても変わらない。
でも現実世界ならどうなのだろう。メグさんはそう考えたみたい。
ビーチボールはそれなりに遠く離れた距離。たぶん、十五メートルほどだろうか。
でも、僕はすぐに答えた。
「二回撃ってもいいのなら、当てられると思うけど」
「「おー」」
僕はすぐに水鉄砲を構え、発射した。
さっき撃たれた時に見た軌道は、かなりまっすぐだった。威力もあったし、これなら簡単そうだと思っていた。
「ワォ、クール」
「お~、お兄ちゃん、一発だ」
一発目は調整のための試し撃ちだったんだけど、運良く命中しビーチボールを動かすことが出来た。
ほとんど風がなかったのが一番のラッキーだったね。
「VRゲームってどんどん現実世界に近付いてきてるからね。軍のシミュレーターが元となって生まれたFPSもあるし、銃の射撃練習はもうVRでも現実世界と同じように出来るんじゃないかな」
僕はそう言って玖音さんへと銃を手渡そうとした。もちろん僕は銃口側を持って。
「玖音さんも少し練習すればかなりの命中率になるんじゃないかな。はい、どうぞ」
「あ、い、いえ、私はお兄さんの後でやるのはちょっと……」
玖音さんは体の前で両手を振って銃を要らないとジェスチャーした。
僕は本当に玖音さんなら出来ると思っていたけど、運良く一発で当てた人の後にやるのは、たしかに僕だって緊張するなあと思い直した。
僕は仕方なく、銃を渡そうとする相手をメグさんに変更した。
「なら、メグさんやってみる? はい、どうぞ」
水鉄砲を差し出されたメグさんは少し表情が消えていたけど、無言で受け取って、そしてすぐにニヤリと笑った。
「シュート!」
「痛っ。いや、だからねメグさん、撃つのは僕じゃなくてあっちのビーチボール――」
「一発で当てたセンパイは面白くないデース! メグはセンパイを撃ってるほうが楽しいデース!」
「えええ?」
メグさんはなおも数発僕の腕の辺りを撃つと、もう一度楽しそうに笑った。
「アハハ、鬼ごっこするデース! 鬼はセンパイデース! 頑張って逃げてクダサーイ!」
「あ、いや、やっぱり誤射とか危ないから……」
「アイリ! 少し威力を落としたものを三つ用意してクダサーイ!」
メグさんは本気で僕を鬼にして水鉄砲の撃ち合いを始めるつもりだった。
そして恐ろしいことに、アイリさんがすでに前もって用意していたであろう水鉄砲を提示する。
「メグ様、こちらでよろしいでしょうか?」
そこには少し威力は弱まってそうだけど、たくさん撃てそうなタンク付きの水鉄砲が三つ。
僕とひかりちゃんと玖音さんは顔を見合わせた。
さすがに彼女らは、いくら水鉄砲とはいえ僕を撃つことに躊躇いを覚えてくれているみたい。
でも、そこへアイリさんがもう一つアイテムを提示してくる。
「あと、空様はこちらをお使い下さい。きっと安全に鬼役を全うすることができるでしょう」
アイリさんが僕に差し出してきたのは、目と鼻と耳を守るシュノーケルのようなゴーグル。
それが切っ掛けで、プールに流れている雰囲気が変わった気がした。
メグさんが本当に楽しそうに、大きな声で宣言した。
「パーフェクト! では、センパイに一番当てられなかった人は、今日の夜のお布団の位置、センパイの両隣から脱落ということでドウデショウ?」
それがトドメだった。
ひかりちゃんと玖音さんの顔色が変わり、一目散にアイリさんの下へと駆け寄り始めた。
「あ、アイリさん、ひかりにもください~!」
「わ、私も端っこで寝るのはイヤです~」
「ちょ、ちょっと待って! 僕がゴーグル付けるのが先だよね!?」
慌てて移動する三人。
するとアイリさんは、僕のほうを向いて話し始めた。
「では空様、少々乱暴ですがお近くに放り投げてもよろしいでしょうか?」
「あ、は、はい! お願いします」
「では失礼して。――ああ、すみません。つい力が入りすぎてしまい、遠くに行ってしまいました」
「アイリさん!?」
どうみてもわざとにしか思えないほど、遠くにゴーグルを放り投げられてしまった僕。
僕はプールの端に浮かぶそのゴーグルに向けて、急いで移動を始めた。
しかもそんな僕の背に、メグさんが残酷な追い打ちを仕掛けてくる。
「ではスタートデース! センパイへの想いが足りない子が脱落するのデース! センパーイ! メグたちの想い、受け止めてクダサイね!」
「ま、待って! せめてゴーグルを付けるまでは――」
「問答無用デース!」
僕は不安と緊張でいっぱいだったプールでの遊び。
それは思い出しても心臓に悪い光景だったけど、でも、終わってみればすごく楽しい遊びだったと思う。
僕はメグさんの言う女の子たちの想いをたくさんぶつけられて散々だったけど、それでもやっぱり楽しかったし、不思議な気持ち良さもあった。
結局その日はひかりちゃんたちも、そして僕もクタクタになるまで遊んで、夕食はアイリさんたちにお任せすることになったんだよね。
◇
「センパーイ、今日も楽しかったデスね」
「……うん。僕はこんなに動いたのは久しぶりだよ。筋肉痛になっちゃいそうだよ」
結局鬼ごっこで勝敗は付かず、僕の両隣はローテーションで変わっていくことに決まった。
今日の僕の隣はメグさんと玖音さん。ひかりちゃんはメグさんの隣で寝転んでいるはずだ。
「センパイ、怒ってマスか?」
不意に、メグさんが何の脈絡もなくそんなことを言い出した。
僕はすぐに答える。
「え? どうして? ……ああ、僕にいっぱい水鉄砲を撃ったこと?」
隣でメグさんが頷く気配がした。
「それも、あと、他にもデース」
「怒るなんてあるわけないよ。楽しかったよ」
もう一度僕がすぐに返事をすると、今度のメグさんは笑ったようだった。
「センパイは優しいデスね。そんなセンパイに、今日はやってほしかったことがあったのデスケド……」
「め、メグさん」
玖音さんが慌てて口を挟んできたけど、メグさんは止まらずに続きを話す。
「プールと言えば日焼けか、日焼け止めデース。みんな焼きたくなかったので日焼け止めを塗っていたのですが――」
僕は思わずゴクリと息を呑んだ。
反射的に、思い出したくない彼女らの水着姿が連想される。
「メグもヒカリも、センパイに塗ってもらおうかと話してマシタ。センパイ、塗りたかったデスか?」
心臓に杭を打ち付けられたかのような一撃だった。
僕は何も考えずに、ただ感じたことを返した。
「思いとどまってくれてありがとう」
「アハハ、残念デース。やっぱりセンパイは反対デシタ。ヒカリもメグも賛成していましたがクオンが反対してマシタ。センパイも反対で二対二デス。同数ならセンパイの票が入ってるほうが勝ちデース」
「え、そういう仕組みになってるの? というか、じゃあ玖音さんも賛成してたら僕は大ピンチだったの?」
「そういうわけデース」
「玖音さん!」
僕は急いで玖音さんに振り向き、なぜか僕の布団の側にあった彼女の手を取った。
「ありがとう玖音さん!」
「ふわぁぁああ……!」
両手で彼女の手を握ってお礼を言うと、玖音さんはポンと一瞬で茹で上がってしまった。
僕はそんな彼女の顔を見て、やっと自分がやってしまった行動の意味を理解する。
「す、すみません玖音さん。本当にごめんなさい……」
「い、いえ、お気になさらないでください……」
僕と玖音さんはお互い顔を真っ赤にして、布団の中に潜り込む。
メグさんはそんな僕たちを見て、いつものように明るく――ではなく、夜だからか少し声量を落として笑った。
「アハハ、センパイはクオンとも仲良しデース。……ねぇセンパイ?」
「うん?」
「メグとも仲良くしてくれマスか?」
「え、もちろん。僕がお願いしに行くほうだよね?」
僕としては当然のことをすぐに答えたつもりだったけど、気のせいかその答えに女の子三人がみんな笑った気がした。
「じゃあ、明日もまた仲良くするデース。そして明後日は特別な日デース。超楽しみにしていてクダサーイ」
「……お手柔らかにね」
僕は笑いながら目を閉じた。
その日の会話はそれが最後で、僕は心の中でみんなにおやすみなさいを言って眠りについた。
思い返してみればひかりちゃんはほとんど喋らなかったけど、僕は全然緊張せずに眠ることが出来ていた。
そして別荘でのお泊まり会は終盤に入る。
僕は特別な日の意味は知ってたけど、まさかお泊まり会にラスボスが潜んでいるとは知らなかった。
そして僕は明日、そのラスボスに全敗を喫することとなる。




