別荘でお持て成し
誤字脱字を修正しました。
話の進行に変更はありません。
ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
とうとうメグさんの家の別荘に遊び行く日がやってきた。
当たり前のように大統領とかが乗るような車がやってきて、当たり前のようにひかりちゃんがそれに乗り込んでいく。
小心者の僕には風当たりの厳しい滑り出しとなった。
「ハーイ、センパーイ! 会いたかったデース! ヒカリ、数日ぶりデース。体調は万全デスか?」
「お久しぶりですお兄さん。ひかりさんも、おはようございます」
「メグちゃんもくおんちゃんも、おっはよー! ひかりは元気だよ! 二人はどう?」
運転手はお手伝いのアイリさん。
止まっているのか走っているのかわからないような見事な運転で、僕たちを目的地へと運んでくれる。
「でも不思議だよね~。お兄ちゃんがメグちゃんの車に乗ってるんだもん~」
「メグもさっきからそう思ってマシタ。そもそも男性を誘うのも初めてデース」
しかし運転は素晴らしくても、車内の僕は緊張を強いられていた。
端っこに座ろうとしたら義妹に無理やり中央に押し出され、そしてあっという間にひかりちゃんとメグさんが隣に座ってしまった。
心なしか玖音さんも羨ましそうにこっちを見ている気がするし、僕は胃が痛いです。
「お兄ちゃんに出会ってから、本当にひかりの人生は変わっちゃったんだ~。一学期の成績なんてすごいことになったし、毎年遊びに行ってるメグちゃんの別荘も違う場所に行く気分だったよ~」
「メグも文武両道の優等生になれそうだなんて言われてしまいマシタ。センパイには感謝してもしきれマセーン!」
「お、お願い二人とも、そろそろ離れて別のことを話してください……。このままだと僕、帰る頃には胃潰瘍になっちゃってるよ」
重ねて言うけど僕は小心者だ。
そんな僕が褒めちぎられても、嬉しいどころかなんだか申し訳ない気持ちがしてきて困ってしまう。
みんなの手助けはしてあげた僕だけど、最後に結果を出したのは彼女ら自身の努力の功績だと思ってるしね。
この考えをひかりちゃんたちに話すと怒られちゃうかもしれないけど、でも、僕は自分のおかげだなんて思えないんだよね。
「アハハ、センパイはシャイな性格デスねー」
「む~、別のことを話せって言われても~。――あ、そうだ! やっぱり今回の滞在中は雨が降りそうだよね? 予定どうしよー?」
「アー、雨残念デース。でも、センパイがインドア派なのが不幸中の幸いデスね」
僕のお願いでメグさんは玖音さんの横へと移動し、ひかりちゃんは話題を変えてくれた。
恥ずかしがり屋のお兄ちゃんでごめんなさいと思いつつ、同時に緊張から解き放たれて、ホッと息を吐いた。
元々メグさんの別荘はそう遠い場所にあるわけじゃない。
後は快適な車内でいつものように三人の女の子たちの話を聞いていれば、アイリさんが移動の終わりを教えてくれるまですぐだった。
「皆様お疲れさまでした。目的地に到着いたしました」
女の子たちの反応は早かった。
目配せをしたようにも見えたけど、みんな嬉しそうに車からあっという間に降りていってしまう。
一言も声がかからなかった僕は、ポツンと一人取り残されたようになってしまった。
ややコソコソしながら僕も車から降りると、出迎えてくれたのはアイリーンさんを含む黒服のお手伝いさんたち四人と、そして山特有の緑を感じさせてくれる空気だった。
「お疲れさまでした」
一斉に頭を下げ、彼女らお手伝いさんはそう言って僕を労う。
移動は大変だったでしょう。お疲れさまでした。という感じの意味だと思うけど、言われた僕は落ち着かない。
「車の中にいることを忘れてしまうような素晴らしい運転でした。ありがとうございました」
僕も軽くアイリさんに頭を下げる。
アイリさんからの返答はなく、彼女は再び頭を下げただけだった。
代わりにアイリさんは、僕へと告げる。
「どうぞ、お嬢様方がお待ちです」
彼女に促さえて僕が顔を上げると、そこには山と森に囲まれた小さな家が建っていた。
それはどこかラゼルのみんなの家を彷彿させる家だった。あっちみたいにお花で埋め尽くされてもいないし、大きさも全然違うのにね。
僕は再びアイリさんに軽く会釈をして歩き始める。
自分の荷物はもう誰かによって持ち出されていて、どこにも見えなかった。
その家に向かって歩き始めると、すぐにひかりちゃんたちが急いで降りた理由がわかった。
家の玄関の前、そこに三人の女の子たちが誰かを待つように、並んで立っていたんだよね。
「「「ようこそいらっしゃいました」」」
予め、彼女たちは打ち合わせをしていたみたい。
ひかりちゃんたちは一糸乱れぬ動きで、僕に向かって頭を下げた。
僕は笑って彼女たちにお辞儀を返す。
「これから数日間お世話になります。でも、お手柔らかにお願いね?」
僕にお礼がしたいというメグさんの発言が発端になっている今回の別荘行き。
ありがたいことに、みんなもメグさんの意見に賛同して僕を持て成してくれるみたい。
でも、今回のお泊まり会は、やっぱり女の子が苦手な僕には気苦労も多いお泊り会となった。
◇
そこは吹き抜けの大きな空間が家の大部分を占める、間仕切り壁の少ない家だった。
性能がいいエアコンを用意しているのだろう。そんな大きな空間なのに、しっかりと温度管理されている。
しかし僕が何より気になったのは、部屋の中央に一つだけ置かれていた豪華で大きな椅子のことだった。
僕はその椅子を見た瞬間、言いようのない不安に襲われた。
すぐに視線をそらし、みんなに話しかける。
「ええと、僕の荷物と部屋はどこかな? 昨日興奮して眠れなかったみたいでね? 来て早々申し訳ないんだけど、少し休ませてもら――」
だけど、僕の発言は最後まで聞いてくれなかった。
言葉の途中で義妹の子にガシッと腕を掴まれ、そして背中は洋風美少女に押されて、僕はその豪華な椅子へと座らされてしまった。
「お兄ちゃん、今日から帰るまでずっと、そこがお兄ちゃんの席だからね!」
「センパイ、そういうことデース。そもそもこの家、個室という概念がありマセーン。だって元々は、パパとママの愛の巣だったのデスからー」
「お、お兄さんは難しく考えず、遠慮なく私たちに何でも言ってください。私たちは少しでも日頃のお礼がしたいのですから」
お手柔らかにと言ったはずなのに、僕は早くも彼女たちに手厚い歓迎を受けていた。
僕も暴走しちゃうことがあるけど、ひかりちゃんたちも似たところがあるんじゃないかな?
こういうのも、類は友を呼ぶって言えばいいの?
「ではでは、本格的に遊ぶのは午後からにしマショー! まずは荷物を片付けて着替えて、それからメグとクオンでお昼ご飯にするデース!」
「はいメグさん。お互い頑張りましょうね」
僕が混乱していると、メグさんたちはそんなことを言い始めた。
別荘では何もしなくていいと聞いていた僕だけど、てっきりご飯とかはお手伝いさんとかが作ってくれると思ってたのに。
「ま、待ってメグさん。僕がやろうか? そ、それにメグさんって料理できたの?」
慌ててそう声を掛けると、メグさんは僕に振り向いてニヤリと笑う。
「メグ、ヒカリほど不器用ではありマセーン」
「あ~、メグちゃんひどいんだ~」
「アハハ。それにアイリたちもいるデース。センパイは心配しないでクダサーイ」
メグさんはそう答えて、そして着替えるためか玖音さんと一緒に洗面所っぽいところに消えていった。
個室という概念はないとメグさんは言っていたけど、さすがにお風呂やお手洗いは壁で仕切られているみたい。
「(……僕、今日から数日間ここで暮らすの? お風呂上がりのひかりちゃんにも慣れてない僕が、個別の部屋もないこの場所で女の子たちと一緒に?)」
とんでもないことになってきた。そう思って青ざめる僕。
後に残ったひかりちゃんが、そんな僕をニコニコ顔で覗き込んできた。
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんも着替えたい~?」
「……仮にそうだったとしても、自分で出来るからね?」
「ぶ~」
先回りしてそう答えると、ひかりちゃんは頬を膨らました。
やはりこれからは受け答え一つとっても油断できない。僕は予想以上に危機的状況に置かれてしまった。
「じゃあお兄ちゃん、肩揉んであげようか~?」
「ひ、ひかりちゃんはみんながご飯作っている間、僕のお世話係なんだ?」
「うん!」
料理が出来ない、そして機械オンチのひかりちゃん。
彼女はキッチンに入ることは出来ず、僕の相手を任されたらしい。
「でもねひかりちゃん、僕は肩なんて凝ってないかな? ゲームをしている人なら肩こりがひどい人もいるみたいだけど、僕は大丈夫だよ?」
「む~、残念~。あ、残念なんて言っちゃダメだった。ごめんなさい。……でも、何かしてあげたいな~」
「僕はひかりちゃんがそこにいてくれるだけで十分だよ」
「……む~! む~!」
ひかりちゃんは僕の返事が不満だったみたい。
むーむー言いながら僕に威嚇してくる。
「ヒカリも着替えマスか?」
そこへ、メグさんと玖音さんが動きやすい普段着に着替えて出てきた。
ひかりちゃんは少し迷ったみたいだけど、すぐにメグさんに返事をする。
「着替える~。その間お兄ちゃんのことお願い~!」
「任せてクダサーイ!」
その言葉で入れ替わりが起こり、椅子に座る僕の周りには玖音さんとメグさんがやってきた。
彼女らの接近には慣れていない僕。ますます体を固くして小さくなってしまった。
しかしメグさん、ごくごく自然に僕の後ろに回り、いきなり僕の肩をトントンと叩き始めた。
「クオンもゲームするのデスよね? 肩は凝らないのデスか?」
「……あ、いえ。小さな頃からやってるからでしょうか。そこまで凝ったと感じることはないですね」
ひかりちゃんとの会話はメグさんたちにも聞こえていたのか、メグさんは話題を引き継いで話し始めた。
でも、玖音さんは僕と同じようにいきなり肩を叩き始めたメグさんに驚いていたみたい。若干返事をするのが遅くなっていた。
「センパイも同じような感じデスか?」
「う、うん。そうだと思う。肩が凝っただなんていう感覚、味わったことないし」
「フーム。でも、気持ちいいデショー?」
メグさんに気持ちがいいか問われた僕は、すぐに首を縦に振っていた。
彼女の力加減は絶妙で、別に肩が重いとか感じていなかったのに気持ちが良かったんだ。
「たしかに気持ちいい。ありがとうメグさん。僕は知らない内に肩こりになってたのかな?」
「肩が凝ってない人も、こうやって叩かれたら気持ちがいいみたいデース」
「そうなんだ。知らなかった……」
意外な特技だと思った。
僕は軽く目を閉じて、心地良い振動に身を任せる。
しばらくそうしていただろうか。
僕が「もう十分だよ、ありがとう」と告げようと思い始めていた頃、不意にメグさんが喋り始めた。
「センパーイ、やっぱりメグたちが側にいると、緊張してしまいマスか? 今から個室用意しマスか? 出来マスよ?」
僕は慌てて目を開いた。
この話をしたのはメグさんの独断だろうか?
玖音さんも驚いて目を見開いているのがわかった。
メグさんは肩叩きを続けながら、喋り続ける。
「ヒカリは強気に行こうと言いましたが、やはりセンパイは困っているように見えマース。メグには正解がわかりマセン。今からでも建物を移りマスか? 近くに別の別荘あるデース」
僕はその言葉を聞いて、再び目を閉じた。
ちょっと反省させられる言葉だった。さっき暴走の話を持ち出したけど、僕が暴走したときは、ひかりちゃんたちはちゃんと受け止めてくれるじゃないか。
僕は目を開くと、ゆっくりと話し始める。
「僕は一人になって気を落ち着かせたいとは思ったけど、家を変えてもらおうとか個室がないからダメだとかは思わなかったよ。本当だよ」
メグさんは肩を叩き続けながら、玖音さんは僕をしっかりと見ながら、それぞれ話を聞いてくれているようだった。
僕は恥ずかしかったけど、それでも自分の気持ちに正直に答えた。
「それに僕は小心者なんだ。他人に責任を押し付けるようで、しかも消極的な返事で申し訳ないんだけど、僕は建物を移って個室を与えられたら罪悪感で押し潰されちゃうと思う。だから今のままがいい」
「罪悪感、デスか?」
メグさんが問いかけてきたので、僕はすぐに答える。
「うん、罪悪感。ワガママ言っちゃって気を遣わせてしまったな~。みんなも悪意があってやってたわけじゃないのに、応えられなくて悪かったな~、っていう感じの罪悪感だよ」
しかし、そこでメグさんは、僕の答えを聞いて肩叩きを止めてしまった。
僕はメグさんがどのように言葉を受け止めたのかわからなくて、彼女の顔を見上げてみようと思った。
ちょっと怖かったのもある。ウジウジしてるとも取れるような返答だったし、明るく活発なメグさんには嫌な気持ちにさせちゃったのかもしれないって。
でも、メグさんは僕が顔を動かした瞬間、その僕の顔をギュッと抱きしめてきたんだ。
「わああ、め、メグさん止めて、離して」
「ヒカリの言った通りデース。センパイには少し強引に迫って、そしてちゃんと気持ちをぶつけて話すのがイイみたいデース!」
メグさんは楽しそうにそう言って、ますます僕を抱きしめる力を強めてきた。
僕はまた悲鳴のような中止を求める抗議の声を上げようと思った。
でも頭を横から抱きしめられた僕は、その時メグさんの心音が聞こえてしまった。
一般的な心音よりかなり早まっていた彼女の心臓の音。もしかして彼女も、ドキドキしていたりするのかな。
「……離してメグさん、もう許して下さい……」
「――仕方ないデース! でも、センパイはこれから帰るまで、やっぱりここでメグたちと一緒に過ごしてもらいマース!」
メグさんはそう言うと、やっと僕を解放してくれた。
彼女には少し強引に話を押し進められてしまったけど、それは僕が望んだことでもあった。
「……うん。お世話になります」
僕は小さな声だったけど、ハッキリとメグさんに答えた。
彼女はそれを聞いて、文字通り飛び上がって喜んでくれた。
「やほぅ! センパイが覚悟を決めてくれたデース! クオン、早速お昼ご飯の準備デス!」
「あ、は、はい! ――お兄さん、頑張って美味しいものを作りますからね……!」
吹き抜けのリビングから丸見えのキッチンに、メグさんと玖音さんは腕まくりをしながら入っていった。
僕は苦笑しながらそんな彼女らを見送る。
すると視界の端に、柔らかな微笑を浮かべて僕を見ていたひかりちゃんが映った。
普段着に着替え終わっていたひかりちゃん。
彼女は僕の視線を受けると、そのまま微笑みながらまっすぐ僕へと近付いてきた。
「あはは……、ひかりちゃん見てた? 僕はもう決めたよ。今日から数日ここでみんなのお世話になるよ」
近付いてくるひかりちゃんに向けて、僕はそう話しかける。
でも、ひかりちゃんはそれには答えなかった。
驚く僕に微笑みながら、そして無言のままどんどん近付いてくる。
それは、距離がゼロになるまで続いた。
「……あのね、ひかりちゃん。恥ずかしいから離してもらえるかな?」
僕の妹ひかりちゃん。
彼女は黙ったまま、真正面から僕の頭を抱きしめていた。
「ひかりちゃん、聞こえてるよね。お願い離して恥ずかし――、あ、ありがとう」
僕は唐突にひかりちゃんに解放された。
そこで彼女は初めて口を開く。
「お兄ちゃん!」
「は、はい」
そこでひかりちゃんは、本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべたんだ。
「ひかり、うんとお兄ちゃんに恩返しするね!」
僕は少し返事に迷ったけど、僕も彼女たちの思いをまっすぐ受け止めることにした。
「期待してるね」
「うん!」
それは今回のお泊まり会に対して、僕が少し前向きになれた瞬間だった。




