一学期期末テスト、終わる
大幅に投稿遅れてしまいました。
体調不良の中、もうちょっと上手く書けるかもと思ったのが失敗でした。
明日からはまた時間通りに投稿できるように頑張ります。
申し訳ありませんでした。
「ご用件をどうぞ」
電話が繋がった瞬間、そう言われた。
それはクールな彼女らしい、至ってシンプルな切り出しだと思った。
ちょっと戸惑ったけど、僕も余計なことは言わずにすぐに本題を告げた。
「メグさんの様子を見ていただきたいのです。実は僕、彼女らに少し無理をさせていたみたいで、メグさんのことも大丈夫かなと心配になってしまいました」
そう伝えると、予想外なことに彼女はすぐに返事を返してきた。
「メグ様はお休みになられております。体調は良好。少しお疲れになっているだけでしょう。無理が祟ったようには思えません。適切なご指導の範疇でしょう」
不足のない返事に僕は唖然と口を開く。
もしかすると、彼女は電話の相手が僕だとわかった時から、すでに何を言い出すのか予想出来ていたのかもしれない。
「そ、それならいいのですが、明日もテストなので、その点に留意していただければ……」
「承りました」
「…………」
今度の彼女の返答も、素早いものだった。
僕は圧倒されてしまい、そこで会話が一時途切れてしまう。
沈黙が続いていたことに気付いた僕は、慌てて口を開いて言った。
「……あ、は、はい。ありがとうございます。それでは、僕からの用件は以上です。メグさんに頼ってもらっていたのに、詰めの甘い終わり方になってしまいすみませんでした」
僕はそう言って話のまとめに入った。
冷静になってみれば、メグさんも疲れて眠ってしまっているのだ。
メグさんのお手伝いさんの彼女は適切な指導の範疇と言ってくれたけど、詰めが甘かったのも本当だよね。
「――それでは」
彼女は何かを言いたそうな感じだったけど、結局僕たちはそこで通話を終えた。一分にも満たない短い電話だった。
玖音さんとメグさんの状況を確認した僕は、軽く首を振ってリビングへと戻る。
「メグさんも寝ちゃってたか。昨日は一人で頑張るって意気込んでくれてたのになあ」
実はメグさんには今日も家に来ないかと打診していた。
彼女は知識を暗記していくのが苦手みたいだから、一緒にどうかなと勧めてみたんだ。
でも、メグさんは僕の誘いを断り、一人で頑張ると言ってくれた。
その言葉に嘘はなかったんだろうけど、体がついてきてくれなかったみたい。
「失敗しちゃった。昨日はみんな元気そうだったのにな」
リビングに戻り、僕はひかりちゃんの隣に座る。
彼女はまだ眠っていた。
女の子の寝顔を見たりするのはどうかなとも思うけど、ひかりちゃんの場合は僕がいなくなっていたほうが機嫌が悪くなる。
「(みんなのテストの点数は上がってると思うけど、でも、最後まで上手くやりたかったなあ)」
僕が先導しながら一緒に勉強していた女の子たちは、三人とも最終日を前に息切れしてしまった。
それは疲れて眠ったくらいで、体調が悪くなったと言うほどではないみたいだけど、僕はすっかりと凹んでしまっていた。
僕は完璧主義者ではないと思う。
面白いゲームならいわゆるフルコン――完璧なデータになってたりするんだけど、普段からすべてを埋めようと意識して遊んでいるわけじゃない。
でも、今回の出来事はすごく嫌な気分になってしまった。
僕がもうちょっと上手くやれていたら変わっていたかも、という考えが頭から離れない。
「(彼女らが無理をしすぎて体調を崩しそうになっていたら、僕は気付けていたのかな?)」
お手伝いさん二人も僕を責めたりはしなかったし、ひかりちゃんたちも同じように怒ったりはしないだろう。
むしろ、ひかりちゃんたちは僕のことを心配しすぎだと窘めてくるかもしれない。
そこまで考えても、やはり僕の心には暗雲が立ちこめたままだった。
僕は自分の理想を彼女らに押し付けているだけかもしれない。そんな考えも浮かんできて、なんだかますます自分が嫌になった。
と、そこでひかりちゃんが身じろぎして、掛けてあったタオルケットが少しずれてしまった。
すぐに掛け直してあげると、その際にひかりちゃんが薄く目を開いてしまった。
「……お兄ちゃん?」
寝ぼけたような声で、ひかりちゃんは僕を呼んだ。
僕は出来るだけ頑張って笑って、静かな声で彼女に話しかける。
「眠いならもう少し寝ててもいいよ。後で起こしてあげる」
彼女はまだ頭がちゃんと回ってないのか、とろんとした声で僕に問いかけてくる。
「起こしてくれるの~?」
「うん」
「どこにも行かない~?」
「行かないよ」
それを聞いたひかりちゃん、にへらとだらしなく微笑んで、さっきより少ししっかりとした声で言った。
「頭も撫でて~」
寝ぼけているひかりちゃんはいつも以上に甘えん坊だった。
けれども、今日は僕も少し変だった。
いつもなら恥ずかしくて躊躇ったりもするんだけど、その時の僕は無言で彼女の綺麗な髪に手を伸ばしていた。
「ありがと~……」
ひかりちゃんは満足そうに笑うと、再び目を閉じて大きく息を吸った。
「寒くない?」
「うん~」
僕はそれだけを聞くと、後は何も言わずにひかりちゃんを撫で続けた。
彼女の息が細く小さくなっていき、やがて寝息のそれに変わっていった。
それでも僕は手を動かし続けた。
ひかりちゃんの髪を撫で続けていると、なんだか余計なことを考えずに済んで気が楽だった。
しかし、そんな時間は僅かな時間で終わってしまった。
撫で始めて一分ぐらいだっただろうか。僕の目の前で仰天するようなことが起こる。
「…………」
寝ていたはずのひかりちゃん、突然真顔で起き上がった。
ビックリした僕は、ドキドキしながら彼女に尋ねた。
「ど、どうしたの? どこか痒くなっちゃった?」
少し力を込めすぎただろうか。
僕はそんな心配をしながらひかりちゃんに声をかけたんだけど、ひかりちゃんはさらにドキッとさせられるようなことを言い始めた。
「お兄ちゃんが、なんかおかしい」
「えええ?」
うちの妹さんは、エスパーか何かなのだろうか。
髪を撫でていただけで、ひかりちゃんは僕の異常に気付いてしまった。
たしかに滅多にはしてあげないけど、それでも今回が初めてってわけじゃないのに。
「ほ、ほら、僕もテストが終わって疲れていたんだよ。ひかりちゃんの頭を撫でてたら、なんだか疲れていた気持ちが落ち着いてきてね」
僕が言ったことは本当だったし、だからもうちょっと撫でさせてよと言葉を繋げたらこの場は丸く収まると思っていた。
だけどひかりちゃんは、疑わしそうに僕を見続ける。
しかし、彼女は突如何かに思い当たったみたい。
慌てて自分が広げていたノートを見回した。
「あ、ひ、ひかりお勉強の最中に寝ちゃってたんだ。だからお兄ちゃんが心配しちゃったんだね」
ひかりちゃんは自分の状況を思い出してくれたみたい。
今度こそ丸く収まったかも。僕はそう思い、ホッと胸を撫で下ろした。
「うん、僕も疲れていたし、ひかりちゃんも疲れてないか心配になってね」
そう言う僕の目を、ひかりちゃんは見ていた。
彼女はずっと違和感を持っていたのかもしれない。なんとか僕の心情を察しようと、ずっと観察を続けていたのかもしれない。
そして彼女は行動を起こし、話はおかしな方向へと転がり始める。
「ねぇお兄ちゃん、疲れてるんでしょ? だったらたまにはひかりに頭を撫でさせて?」
「え?」
ひかりちゃんの突然の提案に、僕は驚き固まってしまう。
するとひかりちゃん、その隙にさっと立ち上がって、近くのクッションへと移動してしまった。
クッションの上に腰を下ろし、ポンポンと自分の太ももを叩くひかりちゃん。
「ねぇ~、お願い~、いいでしょ~?」
僕は彼女のその行動で我に返り、慌てて言った。
「は、恥ずかしいよひかりちゃん。それに疲れていたのはひかりちゃんも同じだし、ましてや明日もテストがあるでしょ?」
「そうだけど~。お兄ちゃんはひかりを撫でたら気持ちが落ち着いてきたって言ってくれたでしょ~? お勉強再開させる前に、ひかりもその気分味わってみたいの~。疲れも取れるかもしれないでしょ~?」
「う……」
ひかりちゃんの理論は強引な部分もあったけど、その時の僕は流されていたというか、あまり反論する気力がなかったんだ。
僕は恐る恐る立ち上がると、ゆっくりと彼女へと近付いていった。
「早く~」
ニコニコと笑いながら、ひかりちゃんは僕にそう言ってきた。
追い詰められた僕は一度目をつぶり、そして顔を真っ赤にさせながらひかりちゃんに膝枕をしてもらったんだ。
そうして僕の頭に手を乗せてきたひかりちゃん。
彼女は優しそうな、慈愛を感じさせるような微笑みで僕に言った。
「やっぱりお兄ちゃん、どこかおかしかったね」
膝枕という状況に心臓をバクバクさせていた僕だけど、彼女のその言葉はそれらを吹き飛ばすくらいに驚かされるものだった。
「いつものお兄ちゃんなら、ひかりに絶対こんな風に触れてこないもん。今のお兄ちゃんは、どこか変だったよ」
ひかりちゃんは改めて笑うと、僕の頭をゆっくりと撫で始める。
「ねぇお兄ちゃん、何を隠しているの?」
その言葉に、僕は白旗を揚げた。
でも口を開こうとすると、彼女に膝枕をされて頭を撫でられているという状況を思い出してしまった。
「……ごめんひかりちゃん、今の僕は恥ずかしすぎて喋れそうにない……」
ひかりちゃんは僕のその発言に目を丸くして驚いたけど、やがてとてもおかしそうに笑ったんだ。
「残念~。でもせっかくの機会だから、少しの間撫でさせて~」
彼女は僕を逃してくれなかった。
満面の笑みで僕の頭を優しく撫で続ける。
やがて、僕の心に一つだけ聞きたい言葉が浮かんできた。
「ひかりちゃん」
「なぁに~?」
「僕はいいお兄ちゃんだと思う?」
そう言った瞬間、ピタリとひかりちゃんの手が止まってしまった。
僕が驚いてひかりちゃんの表情を覗き見ると、彼女の頬が可愛らしく膨れ上がっていくのが見えた。
「そんなことで悩んでたの~?」
「そ、そんなことって……」
「む~、お兄ちゃんはいいお兄ちゃんに決まってるじゃない。悩む必要なんてないの~」
「そ、そっか」
彼女の口からそれが聞けた僕は、彼女から目をそらして口元を歪めた。
単純なものだと思った。さっきまで沈んでいた気持ちが、嬉しくなって嘘のように晴れ渡っていく。
すると、そんな僕を間近で見ていたひかりちゃんも、すぐに機嫌を直して笑ってくれた。
「おかしかったお兄ちゃんが、いつものお兄ちゃんに戻ったみたい」
すでに白旗を揚げてた僕。
彼女のその言葉にも正直な気持ちを喋ろうと思ったんだけど、やっぱり膝枕が恥ずかしすぎて、彼女から無言で目をそらすしか出来なかった。
でも、やっぱりひかりちゃんはまだ不安だったみたい。
突如丁寧語になり、彼女は声の調子を落として話しかけてくる。
「お兄ちゃん、どうして自分のことをいいお兄ちゃんかどうか疑問に思ったのか、全部ひかりに話してください。やっぱりひかりが眠っちゃったせいですか?」
それを聞いた僕は、今度こそ観念するべきだと思った。
ポツポツとではあるけど、口を開いてひかりちゃんに自分の気持を吐露していく。
ひかりちゃんが眠ってしまうまではひかりちゃんたちの体調のことをしっかりと考えていなかったこと。
すぐに焦って玖音さんとメグさんのお手伝いさん二人に電話したら、二人も眠っていたこと。
三人とも寝てしまったことを知った僕は、自分のせいだと悔やみ始めたこと。
後は嫌な考えばかりが浮かんできて、思考が沈んでいってしまったこと。などなど。
ひかりちゃんは黙ったまま、僕の頭を優しく撫でながらそれを聞いてくれていた。
そしてそれらを最後まで聞いた彼女は、強い口調で言ったんだ。
「ひかりたちが悪い」
「えええ?」
「だってだって、上手く行きすぎちゃってたから、最後に気が緩んじゃたんだよ~? お兄ちゃんはずっと頑張ってくれてたのに~」
「で、でもそれは僕が無理をさせすぎちゃったから……」
「む~、違うの~、ひかりたちが悪いの~」
駄々をこねるようにひかりちゃんがそう言った瞬間、僕のスマホが立て続けに二度、メッセージの着信を知らせてきた。
その音を聞いたひかりちゃん、パッと顔を輝かせて言ったんだ。
「あ、ひかりの言ってることが正しいと思うよ! きっとそうだよ~!」
僕は彼女のその発言の意味がわからず、眉をひそめた。
だけどメッセージの送り主を見てハッとなった。送り主は玖音さんとメグさんだった。
『すみませんお兄さん、ご心配をおかけしました。ついつい気が緩んでしまって、少し休んだほうが集中力も増すだろうという考えに甘えてしまいました』
『センパーイ、ごめんなさいデース。メグ、一人で頑張ると言ったのに、サボタージュしてしまいマシタ。反省して、今からチョー頑張りマース!』
送られてきたメッセージはそう書かれていた。
それを読んだ僕の表情を見て、ひかりちゃんは得意げに言った。
「ね、くおんちゃんもメグちゃんも、お兄ちゃんが悪いだなんて思ってなかったでしょ~?」
僕はひかりちゃんの言葉に苦笑して、そして彼女に言った。
「いや、僕がひかりちゃんたちの体調のことを考えていなかったのも本当だよ」
「む~、だから~――」
そう告げた瞬間、ひかりちゃんは不満そうに僕に反論してきた。
でも僕は、その反論を遮るように、彼女に笑いかけた。
「だからお互い失敗しちゃったことにしよう。僕たちは、少しすれ違っただけだよね?」
ひかりちゃんはその言葉に小さく口を開き、そしてすぐに微笑んで元気良く返事をしてくれた。
「うん!」
期末テスト。
それは僕がいつものようにブレーキを踏み忘れて張り切りすぎてしまったイベントだった。
でも、今回の僕の暴走はそこまでひどい状況になる前に気付けたし、功罪両方の面から考えると、功の面の方がはるかに大きかったと思う。
「よーし、お兄ちゃん、ごめんなさいだけど頭撫でるの終わっていい? ひかり、勉強する~!」
「あ、うん。もちろんいいよ。でも無理しないでね? 僕も玖音さんもメグさんに同じようにメッセージを返すから」
「はーい!」
ひかりちゃんはノートに向かい直し、勉強を再開させた。
僕は自分の言葉通り、玖音さんとメグさんにメッセージを送る。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「今度また膝枕させてね!」
「……勉強するんじゃなかったの?」
「さ~せ~て~? お願い!」
「……恥ずかしいから止めてください……」
「ぶ~。じゃあ、またひかりの頭撫でてね?」
「……それならいいよ」
「わーい!」
ひかりちゃんたちの一学期の期末テスト。
それは彼女らの中等部時代も含め、すべての科目で過去最高得点となる快挙となった。




