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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教え続けていたら、僕の世界が広がっていく件
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新たな日常


 見慣れた家路を歩いていると、改めて不思議な気持ちがこみ上げてきた。

 少し前までは何気なく通るだけの曲がり角だったのに、今はその先の景色を見るのが楽しみだと感じている自分がいる。


 中学校から高校に上がったとはいえ、僕の行動範囲はそれほど変わったわけじゃない。

 それに子どもの頃からここに住んでいる僕は、当然曲がり角の先の景色も熟知している。


 しかしそれでも先の景色を見るのが楽しみだし、実際に曲がった先で見慣れた景色を見ても、なんだか楽しい。


「(家が近付いているからかもしれないよね。それに、家が近付くと――)」


 白と黒のセーラー服を着た女の子たちが歩いているのが目に入る。

 その制服を見ちゃうと、僕はどうしても義妹の女の子の顔を思い浮かべてしまう。


 最近は彼女だけではなく、その友だちのことを連想することも増えてきた。

 僕は思わずニヤけてしまいそうな顔を慌てて引き締め、普段通り目立たないように道の片隅を歩く。


 危ない危ない。これじゃただの怪しい人だよね。


 それでも、僕は自宅前に着くと再びニヤけてしまいそうになる。

 ここだって防犯カメラがあるんだから、注意しないといけないのに。


 けど、これから僕には嬉しくて気恥ずかしい出迎えが待っている。

 こんなの笑わないほうがおかしいよね。僕なんかには、勿体ないくらいの歓待なんだから。


「ただいま」


 僕は深呼吸をして、極力冷静を心がけながら家の中へと入る。

 だって、油断しているとあっという間に顔が真っ赤になっちゃう。何度体験したって、これは僕には慣れることなんて出来っこない。


 返事より先に目に飛び込んでくる複数の笑顔。

 リビングで待っててくれたらいいのに、座布団を敷いて、まるで教室の一角のようにお喋りしているセーラー服の一団。


 僕が扉を閉めると、それを待っていた彼女らが口を開いた。


「おかえり、お兄ちゃん!」

「ヘイ、センパーイ! 帰るの遅いデース!」

「お、おかえりなさい。お邪魔してます……」


 僕の日常は変わってしまった。

 昔の一人だった頃には、もう戻れそうにない。




   ◇




 少し前の僕の放課後は、家に帰っておやつを食べてその後ひかりちゃんとお勉強、そして遊んだり夕飯の材料を買ったりという感じの流れだった。

 近頃は、それに玖音さんとメグさんが加わった形になっている。僕の家は、すっかり女子高生のたまり場になってしまった。


「でも本当にいいの? 僕は先にゲームを始めててもらっても平気だよ」


 ジェラートとかき氷を何層かに分けたようなアイスを出しながら、僕はひかりちゃんたちに話しかける。


「ひかりたち学校のお話とかしてるから、だいじょうぶだよ~」


 ひかりちゃんは何でもないように答え、そして舌の上で溶けゆくアイスを「ん~!」と楽しむ。

 他の二人も気にした様子はないみたい。僕に気を遣ってくれてるのかなとも思ったけど、意外に居心地よく話してるのかな。座布団というかクッションはとても良いものを用意してあげたんだけど、それも気に入ってくれてるのかな。


「メグとクオン、学校ではあまり話さないデース」

「私がメグさんと話せる話題に(とぼ)しくて……、すみません」

「クオン、すぐ勉強の話ばかり始めマース」

「き、期末テストも頑張ってもらいたくて……。他に話題も思い付きませんでしたし……」

「アハハ、クオンはお母さんみたいデース」

「お、お母さん?」 


 あまり話さないと言ってはいるけど、家の中では二人が会話している姿をよく見かける。

 今も隣同士で座ってアイスを食べてるし(メグさんは今日も楽しそうにこめかみを押さえていた)、決して仲が悪いわけではなさそうだ。


「あ、そうだお兄ちゃん、メグちゃんのお話聞いてあげて? 今日メグちゃん学校で褒められたみたいなんだよ~」

「オゥ、忘れてたデース。センパイ、メグ今日褒められていまいマシタ!」


 聞けば、先日やった中学校時代のおさらいテストが今日返ってきたらしい。

 結果は上々。そのことを友だちと喜んでいたメグさんだったけど、結果は良かったはずなのに、なんと先生に呼び出されてしまったらしい。


「メグはひらがなばかりで答案を埋めたことを先生に注意されてしまいマシタ」


 それを聞いた僕は、すぐに彼女に頭を下げて謝りたくなってしまった。

 メグさんに書き取りをさせずに朗読だけで暗記していってもらったのは僕だ。

 これでは漢字が書けないのではと心配していたけど、時間がなくてそのままにしてしまっていた。


 だけど僕が謝る前に、ひかりちゃんが楽しそうに言葉を継いだ。


「でもねでもね、先生はメグちゃんにこう言ったんだって。私はあなたの回答には満点をあげることは出来ませんが、あなたの努力には満点をあげたいです。よく頑張りましたね、メグさん。だって! ひかり、これを聞いたときにはなんだか感動しちゃった~」


 その発言を聞いて、僕も少し胸が熱くなった。

 メグさんの努力は、先生もちゃんと評価してくれたみたい。

 ありがとうございます、先生。あと平仮名ばかり書かせたのは僕です。ごめんなさい。


 しかし、ひかりちゃんの言葉で自慢げに胸を反らしていたメグさんだったけど、そこで眉をひそめて困ったように笑ったんだ。


「でも、メグは嬉しかったですけど、悪いことをしたような気分にもなりマシタ。先生はメグの努力を褒めてくれたのデスが、メグは今回そこまで努力をしたつもりはないのデース」


 僕はすぐに彼女に向けて言った。


「それはメグさんが勉強は嫌だという気持ちを忘れて真面目に打ち込んでくれたからだよ。ちゃんと毎日続けてくれたし、間違いなくメグさんは努力していたよ」


 その言葉に、玖音さんも何度も頷く。

 ひかりちゃんもニコニコとメグさんを見ていたけど、当のメグさんはまだ納得がいかないみたい。


「ウムムム、努力、努力デスか。あまり実感が湧かないデスが、そーいうものデスかねー?」


 腕を組んで首を傾げるメグさん。

 ちょうどいいと思った僕は、そんなメグさんに笑って話しかける。


「じゃあ今度は努力が実感できるように、漢字の書き取りも始めてみようか。頑張ってね、メグさん」


 それを聞いたメグさん、顔色を変えて僕を見た。

 勉強は嫌なことばかりではないとわかってくれたみたいだけど、やっぱり書き取りのような細かくて地味な反復作業はまだ嫌いみたいだね。


「ノー! カキトリはイヤデース! メグ、まだまだ覚えなくてはいけないことがあるので、本読みを続けマース! 漢字は後回しデース!」


 そんな彼女を見て、僕は笑った。

 本当は漢字も書けたほうがいいんだろうけど、背伸びしてまで無理して頑張らなくてもいいよね。


 それにスマホが普及しまくっている今のご時世、漢字は書けるより読めるほうが重要だしね。

 ちょっと僕からもおさらいさせてもらおうかな?


「メグさん、清少納言の漢字で、正しいのはどっち?」

「せ、せいしょーなごーん?」


 僕はスマホで空中に二つの漢字を表示させた。清少納言と清正名権。

 清いという漢字を両方に使うという意地悪もしてみたんだけど、でも、メグさんには簡単だったみたい。


「こっちデース!」


 見事正解を指差すメグさん。

 僕は笑って、そして、ひかりちゃんに顔を向けた。


「正解だよメグさん。じゃあひかりちゃん、清少納言は有名な何を書いた人?」

「え、ひ、ひかり?」


 慌ててスプーンを置いて、ひかりちゃんは口元に指先を当てて考え始める。

 でも、彼女もすぐに答えに思い当たったみたい。


「き、清い枕。まくらのそーし!」


 正解だけど、どうしてあなたも変なイントネーションになってるのですか? マイシスター。




   ◇




 そんなわけで、連日の行動パターンはおやつを食べたらお勉強。お勉強をしたらゲームで遊ぶ。という流れだった。

 毎回ではないけれど、その後みんなで夕飯ということも多くなってきていた。


 しかし、玖音さんとメグさんが増えてから、前と同じようには出来なくなったことが一つだけある。

 それは夕飯の買い出しだ。


「ンー。メグ、ネット通販は便利だと思いマース。でも、やっぱり食品は別デース。ご飯に関しては写真を見ても食欲に繋がって来ないデース」


 メグさんが自身のスマホを見ながら、そう気持ちを口に出した。

 彼女は夕飯の材料を配達で(まかな)っている現状に不満を持っているらしい。


 でも、それは許してほしい。

 こんなに可愛い女の子を、しかも三人もつれて僕が外を歩けるわけがない。


 ひかりちゃん一人でも毎回ドキドキしていた僕。

 誰かに声をかけられたら大変だ。ひかりちゃんに声をかけられる前に、僕がなんとかしないと。

 そんな決意を秘めていたりしてたんだけど、これはコミュ障の僕にはかなりキツイ決意だったんだよね。


「あ、あまり無理は言わないほうが……、連日お兄さんにはお世話になっているわけですし……」


 恐る恐るではあるけれど、玖音さんがすぐに援護射撃を始めてくれた。

 それでもメグさんは不満そうだったけど、彼女の不満の言葉はそこで止まった。


 これなら、後は僕が頑張ればいいはず。

 実際に美味しそうな実物を彼女の前に並べたら、メグさんの気も晴れるよね。


 そう思っていた僕だったけど、ここで我が妹が敵側に付く。


「ひかりもたまにはお兄ちゃんと買い物に行きた~い。ねぇお兄ちゃん、いいでしょ~?」


 僕と玖音さんは同時に青ざめた。我が軍の劣勢を悟ったからだ。

 案の定、ひかりちゃんの加勢を受けたメグさんが、再び息を吹き返す。


「センパーイ、ヒカリもああ言ってマース! 今日はみんなで実際に買い物に行きマショー!」


 こうなってしまえば、僕が彼女たちを説得するのは難しい。

 しかし無茶なものは無茶だ。最後には僕が折れるしかないのかもしれないけど、それでもなんとか僕は口を開いた。


「僕だってメグさんの気持ちはわかるし、ひかりちゃんのお願いも聞いてあげたいけど、でも、ひかりちゃんたちは目立ちすぎるよ。ただでさえ可愛いのに、珍しい制服をビシッと着こなしているんだよ?」


 ひかりちゃんと買い物に行くときは、僕もひかりちゃんも私服だ。

 しかもひかりちゃんは出かけるときには地味で目立たない服に着替えてくれる。


 でも、今はそれが出来ない。

 放課後そのまま遊びに来ている玖音さんとメグさんは着替えがないし、ひかりちゃんも彼女たちに合わせてセーラー服のままだ。


 服を汚さないようにエプロンのようなテーブルナプキンも用意したから、家から出ないならあまり不都合はないはずだけど、家から出てしまうとその制服は目立ちすぎてしまう。


「「む~」」


 可愛らしい唸り声を上げながら、ひかりちゃんとメグさんが自身の制服を見た。


 お、これはもしかすると引き下がってくれるかも。

 僕がそう思った瞬間、お金持ちお嬢様のメグさんが不満そうな顔のまま、言った。


「なら、制服着替えマース。クオン、あなたもいけマスか? 無理そうなら既成品で悪いのですが、替えの服を用意しマース」


 僕は開いた口が塞がらなくなってしまった。

 メグさんはそんなワガママがまかり通ってしまう女の子だった。替えの服を用意するって、新品買っちゃうの? 既成品で悪いってそういうこと?


「あ、あのねメグさん、それは……」


 それは家の人に迷惑がかかるんじゃないかな。

 そう言おうとした僕だったけど、その言葉は途中で玖音さんに追い抜かれてしまった。


「わ、わかりました。すぐに連絡してみますね」


 今度は玖音さんに唖然(あぜん)と振り返った。

 え、なんで玖音さんもあっさり着替えるつもりになってるの? 服を着替えてもあなたたちってとっても人目集めちゃいますよ? 玖音さんそれでもいいの?


「やったやった! 今日はみんなでお兄ちゃんと一緒にお買い物だね~」


 言葉とともに、体でも喜びを表現するひかりちゃん。

 僕の口はやっぱり開いたままだった。慌ただしく動き始める女の子たちに置いていかれてしまう。


 その日、僕は人生で初めて複数の女の子をつれて外出することになってしまった。



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