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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教え続けていたら、僕の世界が広がっていく件
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ラゼル




「これじゃ少し狭いデース! もっと大きくしないと、物が入りマセーン!」

「アイテムは出し入れ簡単なので、扉や窓を通して入れる必要はありませんよ」

「オー、ファンタスティック! なら安心デース!」

「ただ、これだと一人一部屋ぐらいしか作れませんね。後々は家の階層を増やす方法で増築していきます?」

「ひかり、お兄ちゃんと一緒の部屋でもいいよ~?」


 僕は一人木材を集めながら、女の子との共同生活(?)の恐ろしさを痛感していた。


 家を建て始めたはいいのだけれど、女の子はやっぱり心の中に思い描く理想の家があるみたい。

 しかも彼女たちは(みな)が皆お金持ちのお嬢様たちばかりだ。小ぢんまりとした家で妥協という意見は早々になくなってしまった。


 僕は夜に外敵から身を守れたらそれでいいんだけどなあ。

 玖音さんもゲーマーだから最初の頃はそれでいいと考えていてくれていたみたいだけど、そこは彼女もやっぱり女の子と言うべきか。ひかりちゃんたちと話していると想像が膨らんできたみたいで、あっという間に彼女らのお仲間になっちゃった。


 でも、こういうゲームなら見栄えとかに凝りまくるのもアリだよね。期限が決められたミッションとかがあるわけでもないし、誰かと競争してるわけでもないし。

 やっぱり夜までには家がほしいところではあるけど。


「はい、追加の木材を持ってきたよ。みんなに分けておくね。ツールを出してもらえる?」


 僕の言葉で会話を止め、ハンドガンのようなツールを取り出してきてくれる三人。

 ツールとツールは触れさせ合うことで、色々な機能を共有することが出来る。

 僕はコツコツと小さな音を立てながら、彼女らのツールに自分のツールを当てていった。


「センパイ、ありがとデース!」

「お兄ちゃんありがとー。あと、それとねお兄ちゃん、お兄ちゃんもひかりと一緒の部屋でもいいよね?」


 妹さんは何を言い出してるのかな。

 そもそも僕は今のところ、家の片隅にでもいさせてもらったらそれでいいんだけど……。


「木材はこれからも取ってくるし、部屋はいっぱい作ってもいいんじゃないかな?」

「ぶ~」

「じ、実は石も加工できるようになったんだ。暖炉とかも作れるよ」

「暖炉!?」

「ヘイ、センパーイ! それ、詳しく聞かせてクダサーイ!」


 ひかりちゃんが不満そうだったので、僕はついつい暖炉という単語を口にしてしまった。

 覚悟はしていたけれど、その話にあっという間に食いついてくる女の子たち。


「く、詳しくと言われても、普通に石が加工できるようになっただけだよ。石の柱、石の壁、石の床。椅子にテーブルとか。(かまど)とか、原始的な溶鉱炉とか……」

「わぁ~。……あ、一階は石で作る方がいいのかな? テーブルも石のテーブルにしちゃう?」

「キッチンは石で出来てたほうが雰囲気でると思いマース!」

「あ、そうだよね、メグちゃんの言うとおりだね~!」

「た、たしかお風呂も作れたような……。お風呂と言っても必ずしも入る必要のないおままごと的なお風呂ですけど」

「バスルーム! それ、絶対ほしいデース!」


 一瞬で盛り上がっていく女の子たち。

 ゲーム上重要なのは竈とか炉とかなんだけど、彼女たちはそれよりもお風呂みたい。というか玖音さん、あなたはゲームのこと知ってますよね? それなのにお風呂の話出しちゃいますか?

 とにかく、さすがに今回は僕一人ではフォローしきれない。慌てて口を挟んで話の収拾を図る。


「い、石はまだそんなには使えないよ。ほ、ほら、周りに木は多いけど、石はなかなかないでしょ?」

「アー、たしかにないデース。残念デース」


 メグさんは周囲を見回して落胆した。

 ひかりちゃんもキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせ、やがて彼女はある一点を指し示した。


「あそこにでっかいお山が見えるけど、あそこで採れないかな~?」


 僕たちが降り立った広場は、ひかりちゃんが言っている山の(ふもと)に広がる森の片隅にあった。

 だから、山までの距離はそう遠くない。たどり着くだけなら、そこまで苦労はしなさそうだけど……。


「あ、あそこまで行けばそれなりの量が手に入るかもしれないけど、少し時間がかかっちゃうよ? 一階を石造りにするなら、しばらく作り始めることが出来なくなる。それでも大丈夫?」


 ひかりちゃんにそう尋ね、同時に周りの二人にも視線を向けてみる。

 現環境では、山にたどり着いても石を切り出したりするのは困難だ。それに、危険な生き物がいないとも限らない。


 それでもなんとなくバツが悪くなった僕は、「頑張って出来るだけ早く取ってくるようにするけど」と付け加えた。


 僕の言葉に真っ先に反応したのはひかりちゃん。

 彼女が目配せをして、女の子三人が密談を始める。結論はすぐに出たようだった。


「みんなで行けばたくさん集まるよね! お兄ちゃん、ひかりたちもつれていって!」


 どうやら彼女たちはやっぱり気に入った家に住んでみたいようだ。なら、僕はやれることをやるだけだよね。


「わかった。じゃあすぐに準備をしよう。荷物は持てる量が決まっているから、木材は広場の端に小さな小屋を建ててそこにしまっていこう」


 その言葉に、三人の元気で楽しそうな返事が返ってくる。

 僕としては不安な展開だけど、たまにはセオリーを無視して遊ぶのも楽しいよね。


 ちなみに小屋に木材をしまうと言っても、そのまま木材を積み上げて格納するわけじゃない。

 ツールのようにアイテム化して収納出来るコンテナ、チェスト、あるいはボックスを設置して、その中に片付けておくんだ。


「……お兄さん、私も頑張りますね」


 僕にさり気なく近付いてきた玖音さんが、小声でそう告げてきた。

 彼女もお風呂とか言い出しちゃってたけど、これからのリスクが見えてなかったわけじゃないみたい。


「これはゲームですし、気楽に行きましょう玖音さん。全滅したら全滅した時ですよ」

「……はい。わかりました」


 なるべく能天気っぽく何も考えていない感じで、僕は玖音さんにそう返事をした。

 玖音さんもその言葉で肩の力を抜いてくれたようだ。自然な笑顔で僕に向かって微笑み、会釈をしてひかりちゃんたちの方に戻っていく。


 そんな彼女らを眺めながら、僕は一人小さく息を吐き、そしてこっそりとコントローラーを握り直した。

 もちろんゲームの中だとしても、僕は彼女らを全滅させるつもりは毛頭なかった。




   ◇




 先頭は女性陣に任せ、僕は最後尾で彼女らを守りながら進んでいた。

 ひかりちゃんたちはたまに採集で列を外れたりするので、はぐれたり遅れたりしないように見守るためのこの位置だった。


 森の中を進んでいるとは言え、山はほぼいつでも見えているし、道に迷うことはないと思うしね。前には玖音さんもいるし。


「お兄ちゃん、イノシシだよ! イノシシがいるよ~!」

「う、うん。いろんな生き物がいるからね」

 

 実際の森の中でそんなに大きな声で発見報告をしちゃうと大変なことになると思うけど、ここはゲームの中の世界。

 キャラクターの出す音は(足音、草むらをかき分ける音等)はイノシシに聞こえるけど、僕たちが話す声はゲームには反映されないようになっている。


「わ~、イノシシって大きいんだね~。ひかり、初めて見たよ」

「メグもデース。何かを食べているようデスね」


 いやいやお二人とも、初めて見たって表現は変ですよ。ここはゲームの中の世界ですって。


「……夕飯の材料にしちゃいます?」


 玖音さんが側に来ての耳打ち。

 ややこしい話だけど、僕たちの会話はキャラクターの位置と声量で聞こえたり聞こえなかったりするんだよね。


 これは僕たちがゲーム内のボイスチャットを使っているために起こる現象だ。

 同じリビングで遊んでいる僕たちだけど、隣同士寄り添って遊んでいるわけじゃないし、VRゴーグルにはヘッドホンのような音を出す耳あても付いている。

 だから、ボイスチャットがないと常に大きめな声で話さないといけなくなるんだよね。


「いえ、さっき採ったリンゴはまだたくさんありますし、そもそも仕留められないでしょう」


 小声で玖音さんに返事を返しながら、同時に僕は玖音さんの発言に感心していた。

 ゲームがリアルに近付いてくると、動物イコール食材、という考えを持つ人は少なくなると聞いたことがある。


 僕たちは普通、パック詰めされたお肉を買ってるからね。お魚を(さば)く人も少なくなってるみたいだし。

 でも、玖音さんはちゃんとあのイノシシを見てお肉という発想を持ってくれたみたい。彼女はお嬢様だけど、同時にゲームに慣れた人だからかな。


 しかし、ひかりちゃんとメグさんはイノシシを仕留めてお肉にしたらどう思うかはわからない。

 このゲームはアイテム化させるのに死体を捌いたりする必要はないけど、それでもショックを受けちゃうかもしれないし。


 まあ、なんとなくだけど、二人とも大丈夫そうだとは思うけどね。


「あ、こっち見た瞬間逃げ出しちゃった~。はやーい」

「あっという間に見えなくなってしまいマシタ。メグ、知ってます。こういうのコトワザで、チョトツもーしん、って言うのデスよね?」

「あはは、メグちゃんってば博識~」

「それほどデモ~」


 笑い合う二人だったけど、猪突猛進は逃げ出していくイノシシには適さない言葉のような気がするけどなあ。

 それにしても、イノシシがさっさと逃げ出してくれてよかった。驚かせたり逃げられないと判断すると、イノシシだって人に襲いかかってくることもあるからね(もちろんゲーム内での体験談)。


「山に近付くともっと変わった動物がいるかもしれないから、気を付けてね」

「「はーい」」


 僕はみんなに声をかけながら警戒を強めていく。

 草木が少なく岩肌が見える山岳地帯だとしても、ゲーム的には山は『美味しい場所』だ。現実世界とはかけ離れた環境になっていることも多い。


 例えを挙げるなら、鉱脈が露出していたり、山頂付近に幻の花が咲いていたり、そしてそれらを守るかのように人襲う凶暴な生物が生息していたり。


「(希少な鉱石は今は要らないから、安全な山だといいなあ……。石だけください)」


 そんなことを考えながら、僕は再び歩き始めたひかりちゃんたちの後を追った。




   ◇




 このゲームの基本となる万能ツール。

 実はこのツールはレベル制で、様々な経験を積ませると機能が強化、拡張されていく。


 最初は木しか加工できなかった僕のツールが、いつの間にか石材も加工できるようになったのはそのためだ。

 ひかりちゃんたちが家のことを話していた間、僕はずっと木材を集めていたからね。経験を積んでレベルが上ったんだ。


 そして、このツールの機能はある程度他の人に譲り渡すことも出来る。厳密には、経験を共有して未熟なツールのレベルを上げる形だ。

 さっき僕は広場でひかりちゃんたちに木材を分けてあげた。

 その時にやっていたコツコツとツールを当てる行為には、この経験を共有させる意味もあったんだよね。


「ワォ、新しい石を回収したようデス。コツコツお願いしマース!」

「私もレベルが上がりました。共有しましょう」


 山にたどり着いたひかりちゃんたちは、僕の教えたその機能を早速活用していた。

 ツールのレベルが上がると、採掘する速度も上がっていく。今はツールにツルハシの先のような石製の尖ったものを装備させていたけど、それを岩に当てた場合の威力が増えるんだよね。


 そんなわけで僕たちは、予想以上の速度で石材を回収することが出来ていた。

 恐れていた凶暴な生き物も見当たらず、僕はこれなら早めに帰還できそうだと考えていた。


 しかし事態は予想外の展開を見せる。それはひかりちゃんの大声から始まった。


「お、お、お、お兄ちゃん!」


 突如名前を呼ばれた僕は、顔色を変えながら彼女の元へと走る。


「ど、どうしたの!?」

「あ、穴が空いちゃった……」


 地面に座り込んでいたひかりちゃんのキャラクター。

 穴が空いたとはどういう意味かわからなかった僕だけど、彼女の近くに行くと何が起こったのかはすぐにわかった。


「……洞窟かー」


 ひかりちゃんは石を切り出している最中に、見事洞窟を掘り当ててしまったみたい。

 入り口は埋もれていたけど、洞窟の中はそれなりに広そうだった。


 とはいえ、今は装備が整ってない状況だし、洞窟はゲーム的に山以上に『美味しい場所』だ。ボーナスステージの場合もあるけれど、危険が潜んでいないとも限らない。

 これは後のお楽しみかな。

 僕がそう思った瞬間、後に残しておけなかった女の子が声を上げた。


「まーべらす! ヒカリ、素晴らしいデース! 洞窟探検の始まりデスね!」


 僕はこっそりVRとの同調機能を切って、リビングで額に手を当てて項垂れた。

 メグさんの嬉しそうな声。もう彼女の頭の中には行かないという選択肢はないみたい。


「め、メグさん、中は真っ暗ですよ。怖くないですか?」

「怖くないデース! トーチ! たいまつないデスか!? 映画とかではたいまつを掲げて中に入っていきマース!」


 玖音さんもさすがに今から洞窟に入るのは危険だと判断してくれたみたい。

 でも、メグさんは止まらない。もう映画のワンシーンのように中に入っていく姿を想像しているみたい。


「た、たいまつは存在しますけど、その……」


 なおも思いとどまってもらおうと説得を試みる玖音さん。

 しかしそこでメグさんが、玖音さんの口調にハッとなった。


「アー、すみませんクオン。メグ、はしゃぎすぎたみたいデース」

「うっ……」


 急にしおらしくなるメグさん。

 玖音さんには強烈なカウンターだったみたい。小さくうめいて、それっきり喋れなくなってしまった。


 そしてメグさんのその姿は、僕の心にもダメージを与えた。

 玖音さんは僕の代わりに悪者役を買ってくれたようなもので、メグさんのあの発言は僕が言われていてもおかしくない発言だった。


 ひかりちゃんはしばらくの間放心していたようにメグさんと玖音さんのやり取りを見ていたけど、場の空気が淀み始めた今、柔らかく微笑んで立ち上がった。

 どうするのかなと思っていたら、彼女は僕に向かって改めて笑ったんだ。


「お兄ちゃん、どうするか決めて? きっとメグちゃんもくおんちゃんも、お兄ちゃんが決めたことならちゃんと聞いてくれると思うよ」


 いつもならまた僕に丸投げ? とも思うような状況だったけど、今回は少し状況が違う。

 このゲームに誘ったのは僕だし、頼まれたとは言え、この山に連れてきたのも僕だ。


 僕はVRとの同調を回復させると、真剣な声で言った。


「たいまつをたくさん用意して、中に入ってみよう。でも、危ない生物がいたり、たいまつが残り半分切ったら帰る。みんなもそれでいいかな?」


 ひかりちゃんが言ってくれた通り、反対する人は誰もいなかった。



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