リビングから、新しい世界へ
日曜日。僕は玖音さんにお願いして、自宅からVRセットを持ち込んでもらっていた。
「ありがとうございます。これでなんとか全員分揃いました」
「い、いえ。私が自分で使うのでむしろ当たり前のことなのですが……。それより連日お邪魔しても構わないのですか?」
「ええ、問題ありません。僕は元々一人でしたし、ひかりちゃんの都合さえ良ければいつ来てもらっても構いませんよ。本当にダメなときはこちらから伝えますので、普段はどうぞご遠慮無く」
「…………」
僕の住むマンションは防音もしっかりしており、自慢のリビングは三十畳ほどの大きさを誇る。
今日はそこをいつも以上に片付けて、みんなで一緒にVRゲームをしようということになっていた。
「いらっしゃい、くおんちゃん! くおんちゃんはどこでやるー?」
今日のリビングには四つのVRセットが揃っていた。
ひかりちゃんが自分用に買ったVRセットと玖音さんが持ってきてくれたVRセット、そして元々僕が持っていたVRセット二つ。……片方は型落ちの古いタイプのものだけど。
ひかりちゃんはリビングでそれらの準備をしてくれていた。
専用のマットを綺麗に並べてくれて、その上にVRゴーグルとハンドガンがそれぞれ置かれていた。
「……私は、ここがいいです……」
頬を朱に染めながら小さな声を出して、玖音さんは古いタイプのマットの隣に立った。
「くおんちゃんって、健気だよね~!」
ひかりちゃんの言葉に、僕と玖音さんの顔が赤くなる。
玖音さんは僕が古いVRセットを使うと知っていたから、ボッチの僕に気を遣って隣にしてくれたみたいだね。学校で隣の席の女の子もたまにそんなことをしてくれるし。
僕が無言で玖音さんが立っていた場所にマットを敷き始めると、スマホがメッセージの着信を知らせてきた。
送り主はメグさん。彼女は僕の連絡先リストに載った三人目の女の子だ。
僕はそのメッセージを何の違和感もなくチェックする。
ひかりちゃんの友だちであるはずのメグさんが、ひかりちゃんを飛ばして僕に連絡してきているこの状況。
でも、今回はおかしなことじゃなかった。
『ハーイ、センパイ! もうすぐ着きマース!』
僕はメッセージを見て頷くと、準備を中断してひかりちゃんたちに言った。
「メグさんが着くみたいなので、迎えに行ってきます。戻ったらやりますので、このままにしておいてください」
マンションの前で彼女たちを出迎えるのは、僕の仕事だ。
◇
メグちゃんが楽しめそうなゲームをみんなで遊ぶ。
今日僕の家に集まった趣旨はそれで間違いないと思う。
でも、メグさんは元々ゲームに興味がない人だった。
ビデオゲームのような指先で操作するという細かい作業が苦手みたいだし、楽しいことでも繰り返していると飽きてきてしまう。
そんなメグさんでも楽しめそうなゲームを考えてくれと言われてしまった僕は、とても困ってしまった。
僕はレア掘りやハクスラ、タイムアタックやらキャラ育成など、気に入ったら一つのゲームで延々と遊ぶことが出来る。運動が好きで社交的なメグさんとは、言わば正反対に位置するゲーマーなんだよね。
だけどそんな僕だったけど、今日はメグさんのために、もちろんひかりちゃんと玖音さんにも楽しんでもらうために、ある一つのゲームを用意していた。
やや苦肉の策とも言えるゲームだったけど、一応考えに考えて選ばれたゲームだ。
「ではこれから、みんなで僕たちだけの世界に遊びに行きましょう」
サンドボックスというジャンルのゲームがある。サンドボックスとは砂場のことだ。
砂場で遊べと言われても、どう遊ぶのかは人それぞれだ。
砂の城を作ってみたり、巨大な山を作ってトンネルを掘ってみたり、そして崩落するのを楽しんでみたり。
板などを押し当てて砂場を平らにしてみたり、そこに水を流し込んで一本の川を作ってみたり。
このゲームはそんな風に、自分たちで何をするのかを決めて遊ぶゲームだ。これをこうしたらステージクリア、などという道が用意されているわけではない。
「同じものがひとつとして存在しない、僕たちだけのオリジナルの世界。今日は一日そこに行って、そこで暮らしてみましょう」
そして誰かが遊んだ後の砂場は、その誰かが作り上げた世界に一つだけの砂場となる。似た砂場はどこかにあっても、完全に一致する砂場はどこにもない。
今日用意したゲームはそんなゲームの一つ。タイトル名はRAZEALだ。
「わ~、面白そう~!」
「ムム、本当にメグたちだけのオリジナルの世界なのデスか?」
ひかりちゃんとメグさんが声を上げる。
玖音さんはさすがというか、すでにラゼルを知ってるみたい。微笑みながらそんな二人の様子を優しく見守っていた。
僕はメグさんに答える。
「行ってみればわかると思うよ。そしてそこで暮らす時間が長くなればなるほど、その世界はますます僕たち色に染まっていくと思う」
「アー……」
メグさんは僕の言葉で、なんとなく察するものがあったみたい。
真っ先にゴーグルのスイッチを入れると、早速ゲームを起動した。
「では、行ってみまショー! 今日のメグは別世界の住人デース!」
「わわわ、メグちゃん待って~」
「……ふふ」
女の子三人がゴーグルのスイッチを入れるのを見て(というかひかりちゃんのスイッチは僕が入れてあげた)、僕も最後のチェックに入る。
今日遊びに行くラゼルの世界はもう昨晩創り上げている。僕自身も楽しむために、ほとんどの調整は機械任せのランダムにした。どんな世界になっているのか楽しみだ。
「――うん、問題なさそう。じゃあラゼルの世界に飛ばすよ? 誰が最初に行く?」
「「「みんなで!」」」
「了解!」
僕は笑いながらゴーグルの横のスイッチを押し、みんなとともにラゼルの世界へと旅立った。
◇
僕たちは三方を森に囲まれた広場に降り立った。
一方は海岸に繋がっており、綺麗な砂浜と海っぽい水たまりが見えた。
「わ~、ここがひかりたちの世界なんだね~」
「ゲームはこういうところがいいデス! あっという間に別世界に来ることができマース! 楽しくてウズウズしてきマース!」
目を輝かせながらキョロキョロと周囲を見回すひかりちゃんとメグさん。
僕はそんな彼女たちに近付くと、笑いながら話しかける。
「最初にハンドガンタイプのコントローラーを渡したよね? このゲームはそれで操作するんだけど、同時に色々直感的に操作できるようにもなっている。だから反対の開いてる方の手で直接ゲーム内のアイテムを掴もうとしてもいいからね」
「はーい!」「わかりマシター!」
ゲーム内のプレイヤーキャラクターもハンドガンのようなものを持っている。
それがこのゲームの基本となるツールで、僕はそれを知っていたからこそ今回はそれに合わせてハンドガン型のコントローラーを用意したんだよね。
ちなみに玖音さんは昔は銃の形をしたコントローラーは持っていなかったみたいだけど、僕たちと遊ぶようになって自分用に買っちゃったみたい。
「それでお兄ちゃん、これからひかりたちはどうすればいいの?」
「そうデース! 早く遊びたいデース!」
そう言ってくるひかりちゃんとメグさんに、僕はなんと答えようかと考える。
このゲームは砂場だ。何をして遊んでもいい。
強いて言うなら人間として生物として、生きていくために水や食料、安全な住処を用意するくらい。
それを彼女らにどう伝えるか――。
しかし僕が考えるより先に、みんなと同時に降り立ったはずの玖音さんが何かを持って帰ってきた。
「はい、ひかりさんとメグさん、林檎ですよ」
そう言って、近くにいたひかりちゃんにリンゴを渡す玖音さん。
「わわ、ホントにリンゴだ~。食べられるのかな~? 食べてみよっと」
「ヒカリ! メグも、メグにも~!」
「うん、はんぶんこ。――あれ、なくなっちゃった。ご、ごめんメグちゃん。間違えて全部食べちゃったみたい。ごめんよ~」
「ノ~! クオン、リンゴ、リンゴどこデスか!? メグも欲しいデース!」
広場は急に活気付いた。
玖音さんは苦笑しながら、一方を指差す。
「あそこに林檎がなっているのが見えましたので、ちょっと取ってきてしまいました。まだまだあるはずですよ」
「オゥ、真っ赤な実、見えマシタ! メグ、取ってきマース!」
「ひかりも行く~!」
駆け出していく二人の背中を見て(ひかりちゃんはぎこちない移動だったけど)、玖音さんと同じように僕も苦笑する。
この調子なら、余計な説明は不要みたい。
「玖音さん、僕たちも行きましょうか。まだ離れ離れになって行動するのには早いですよね」
「はい」
そうしてひかりちゃんたちを歩いて追いかけながら、僕と玖音さんはゲーマー同士の会話を始める。
「見た感じ、資源も豊富で危険な生き物もいなさそうでした。難易度は低めにしてあるんですか?」
「いいえ、ほぼランダムに決めましたので僕もどうなっているのかわかりません。ただ、ひかりちゃんもメグさんも初心者なので、最初のスタート地点だけは極地を避け、そして朝に始まるように指定しました。いきなり砂漠やツンドラの夜からスタートするのは悲惨かなと思いまして」
「なるほど」
「僕は開始早々ドラゴンに追い回されて怯えながら生きていく展開も好きなんですけどね」
「ふふ、私も楽しめそうです。ですが、上級者向けの楽しみ方ではありますよね」
「玖音さんはラゼルをどれくらいやってるのですか?」
「いいえ、実は遊んだことはありません。興味はあったので動画などで調べたことはあったのですが、一緒に遊ぶ友だちがいなかったので……」
会話をしながら歩く僕と玖音さん。
だけどさっきの玖音さんの言葉に、今回僕がこのゲームを選んだ理由の一つが隠されていた。
一緒に遊ぶ友だち。それが、このサンドボックスのゲームの魅力を引き出す大きな要因となる。
砂場で遊ぶ方法は色々あるけど、それは一人より仲のいい友だちと遊ぶほうがずっと楽しくなる。
一人のときより大きな山を作るのも楽になるし、みんなそれぞれ何かを作って並べてもいいし、見栄えを競争することだって出来る。
まあ、ボッチの僕が何を力説してるんだって話なんだけどね。そもそも砂場で遊んだこと自体ないし、最後にいつどこで見たのかも記憶にないくらいだし。
「僕も同じようなものです。いつものように有名どころなので買って一人で遊んでみたのですが、このゲームは誰かと遊ぶのも楽しそうかなって思ってたんです。今回、メグさんに勧めるゲームを考えていたときに、それを思い出しまして」
「ああ。メグさんも誰かと遊ぶゲームなら、しかも友だちと一緒に何かを作ったり出来るので、気に入ってもらえるかもしれませんね」
僕は玖音さんに頷く。
「歩いていく道が決められているゲームより、自分で考えて歩き始めるゲームのほうがメグさんも新鮮に思ってもらえるかなって」
玖音さんにそう話す僕だったけど、不安がなかったわけではない。
そもそもメグさんが自分で考えて歩き始めてくれるかどうかが不安だったし、銃を使いゾンビをなぎ倒していくような華やかさもない。
それに、この手のゲームは拠点を決めてから活動範囲を広げていくことが多い。自宅を構え生活を安定させてから、さあ次のことをしてみよう、となるのだ。必然的に同じ場所に帰ってくることが多くなるため、代わり映えはしにくくなる。
「気に入ってもらえなければ他のものも考えていましたし、最悪でも今日一日くらいは楽しんでもらえるかなって」
「そうですね。今のメグさんは、とても楽しそうです」
玖音さんに言われ、僕はひかりちゃんとメグさんに視線を向ける。
手が届く位置のリンゴを収穫し終えていた彼女たちは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、高い場所のリンゴを取ろうとしていた。
僕と玖音さんは顔を見合わせお互いに苦笑し、慌てて駆け寄っていった。
「ご、ごめん、直感的な操作ができるとは言ったけど、そういう場合はこうすればいいんだよ」
僕はハンドガンをかざすと、リンゴへと向ける。
トリガーを引くとリンゴは磁力のような不思議な力で引き寄せられ、やがて銃の中に吸い込まれていった。
「「おー」」
感心するひかりちゃんとメグさん。
「手に取ってもアイテムは自動的に収納されるけど、手が届かないような場合はこっちの方が楽だよ。重い物もこれで持ち歩ける。それに――」
僕は説明を続けながら近くにあった石に銃を向ける。
またも石は吸い寄せられてきたけど今度は銃口の少し手前でピタリと止まった。
「こうやって石とかを銃に装備させて――」
そして僕は、銃を軽く振る仕草をして銃口の前にある石を近くの木へとぶつけ始めた。
ある程度石をぶつけ続けると、突如木が倒れる。
「こんな風に木に当てて刈ることも出来るんだ。で、刈った木は吸い込めるようになるから回収して――」
倒れた木を吸い込んで回収し、僕はハンドガンの形をした万能ツールを操作する。
そうして今度は、銃口からアイテムが吐き出される。
「銃の中で加工すれば、はい、立派な木の柱の完成です」
「「おおー」」
目の前に出てきた角材を見て、ひかりちゃんとメグさんは再び感心したような声を上げた。
「こういう感じでいろんな物を作ったり、各地を探検したり、あるいは不思議な生き物を飼ってみたりと、様々なことが出来るゲームなんだ」
ひかりちゃんとメグさんはまだ驚いていたようだけど、だいたいゲームのことはわかってくれたみたい。
実はこの万能ツールの説明はまだまだあるんだけど、いきなりたくさんの説明をしたら混乱させちゃうかもしれないよね。
僕はそう考え、今回の説明はこの辺で止めておこうと思った。
「さて、ここでちょっと最初の話に戻ってみよう。メグさんが言っていたように、今日の僕たちはこの世界の住人だ。それでね、住人として生きていくためには何が必要なのかな?」
ひかりちゃんは僕の質問にピンと来ていなかったみたいだけど、メグさんは僕が作った木の柱と僕を交互に見て、そしてニンマリと笑った。
「住む家デース! メグたちには、帰る家が必要デース!」
僕も笑った。
「じゃあこれから、僕たちの家を作ってみようか」
再び広場に歓声が上がった。




