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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教え続けていたら、僕の世界が広がっていく件
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四人でお食事会


 メグさんの朗読会にも慣れ始め、そして徐々に暗唱できる内容が増えていくのを喜ばしく感じる一週間だった。

 放課後の集まりには玖音さんも顔を見せ始め、彼女は彼女でひかりちゃんの勉強を見てくれるようになった。


 そしてその週末の金曜日。

 僕は一人感動を噛み締めていた。


「クオン、ブラックペッパー使いマス?」

「あ、いえ、結構です。ありがとうございます」

「ノープロブレム。ここに置いておきマース」

「あぅ~、美味しい……、美味しいよ~。お兄ちゃんってまだこんな隠し玉持ってたんだね~。うぅ、美味しいよ~……」


 僕の家の食卓に、こんな人数が集まるなんて信じられなかった。

 といっても僕を入れて四人だけど、ずっと母子家庭で二人三脚でやってきた僕にとってはやはり感動的な人数だった。


 しかも集まってくれたみんながみんな、美味しそうに料理を食べてくれている。

 涙腺が緩みそうになってくるのを、僕はただひたすら耐えていた。


 今回僕が作ったのはキッシュだ。

 キッシュとはフランスの郷土料理で、パイ生地などで作った器にお肉や野菜等を入れ、トドメにチーズをたっぷりのせて焼き上げる料理。


 作るのは手間がかかるし、何より高カロリーなのでひかりちゃんに対しても作ったことはなかった。

 でも今回の食事会のメニューを一任されたことで、僕は奥の手を出す気分でキッシュを作ることを決意したんだよね。


「でも、繰り返しになってしまいますけど本当に美味しいですよね。外はパイ生地がサクサクしてて、中は生クリームと卵黄で濃厚な味。それでいて色々な野菜やキノコでしつこくない味になってますし、お肉の存在感もちゃんとあって食べごたえも満点です」

「クオンの言う通りデース。あと何気にチーズがかなり驚きデース。これ、ちゃんと本場のあのチーズを二種使ってマスね」

「あ、やっぱりそうなんですか? お恥ずかしい話ですが、私チーズはそこまで詳しくなくて。なんとなくそうじゃないかな程度にしかわかりませんでした」


 玖音さんとメグさんの感想は、僕の涙腺にさらなるダメージを与えた。

 ひかりちゃんにご飯を作るのは大好きなんだけど、彼女は料理の感想を「美味しい」にすべて集約するんだよね。


 それに比べ玖音さんとメグさんは、丁寧に料理の感想を言ってくれる。しかもしかも、細かな味のこだわりにも気付いてくれている。本当に嬉しい。

 いや、ひかりちゃんの食べてる姿だって、こっちはこっちですごく癒やされるんだけどね。


「お二人はさすがですね。実はもうすぐおかわりも焼けるのですが、そちらは少しチーズの配分とか変えています。少しクセがあるかもしれませんが、良かったらそっちもどうぞ。一応今のと同じものも焼いていますが、そちらは一つしかないので先着順でお願いします」

「ワォ! おかわりもあるのデスか?」

「うん、みんなの分あるよ」

「イエス! メグ、配分を変えたほうを食べたいデース!」

「わ、私もそちらをいただこうかしら……」

「ひかりはお兄ちゃんに決めてもらう~!」


 今回作ったキッシュは大きなのを作って切り分けるタイプじゃなくて、一個一個独立した小さなキッシュだ。だから味付けを個別に変えることだって出来るんだよね。


「あと五分もかからないと思うので、もう少しだけお待ち下さい」

「というかセンパイ、どうして丁寧語なのデス?」


 メグさんに指摘されてしまった。

 僕は彼女向けの口調に直して説明を始める。


「えっと、僕は基本的に誰にでも丁寧語なんだよ。丁寧語を止めてって言われない限り、相手が年下の人だって丁寧語なんだ」

「アー、たしかにメグは言いマシタ。クオンは言ってないのデスね?」

「は、はい。言ってませんでした」

「僕としては、別に心に壁を作ってるわけじゃないのですけどね。慇懃無礼(いんぎんぶれい)に当たるかなと思ったときは砕いたりしてますけど」


 恥ずかしくて言えなかったけど、逆に慣れてない人に丁寧語を止めてと言われても、緊張したり焦りすぎたりすると丁寧語が出ちゃったりする。元々がボッチ属性のゲーマーだからね。


「フム、どっちのセンパイも可愛いデスね」

「か、可愛いの?」

「ちょっと丁寧語に戻ってみてクダサーイ」

「いいですけど。センパイって呼ばれてるのに僕が丁寧語だと、不思議な関係になってしまいますね」

「アハハハ! 面白いデース!」


 そんなことを話していると、おかわりの四つが焼き上がる。

 みんなには味付けを変えたキッシュを出し、最初と同じ味付けのキッシュは手を付けずに保温しておく。


「ンー! そーぐっど! メグ、こっちの方が好きデース!」

「……驚きました。イメージがガラリと変わりますね。私の感性で恐縮ですけど、風味もグッと強くなっていかにもチーズって感じになってます。こちらもとても美味しいです」

「美味しい、美味しいよ~。生きててよかった~」


 僕はみんなの食べる姿を見て、肩の荷が下りたような気がした。

 食事がまだ終わったわけじゃないけど、後はリサーチ済みだから峠は越えたよね。


「デザートはフルーツと寒天のクラッシュゼリーだよ。お腹の張り具合にも気を付けてね。残してくれてもいいからね」

「全部食べマース!」

「食物繊維~!」

「い、いただきます……」


 みんなの返事を聞いて、僕は今度こそ息を吐いた。

 僕の料理を食べてみたいと言われて始まった今回の食事会。僕はなんとかそれを乗り切ったみたい。




   ◇




「アー、楽しい時間もそろそろ終わりデース。明日はいよいよテストの日デース」


 デザートも食べ終わり、お茶が並んだ食卓にはのんびりとした空気が漂っていた。

 そんな中、突然メグさんがテーブルに突っ伏しながらそんなことを言い出し始める。


「楽しい時間が終わってしまうのは悲しいですし、休日に学校に行かなくてはならないのも気が重いですよね」


 すぐに玖音さんがそう言葉を続ける。

 しかし、メグさんは首を振って返事を返した。


「メグ、おかしな気持ちデース。学校に行くことがイヤじゃなくて、テストが終わってしまうのが寂しく感じるのデース」


 メグさんは自身の気持ちをそう答えた。

 でも、その気持は理解できないことではない。


 テストに向かって毎日頑張っていたメグさん。

 その目標がなくなってしまうことで、彼女は次に何に熱中したらいいのかがわからなくなったみたい。


 でも、それを聞いた僕は正直嬉しく感じてしまった。だって、メグさんが最近充実していたと感じてくれていたからこそ、それが終わってしまうのが不安になるんだよね?


「メグさんは十分頑張ったし、前より絶対にいい点数が取れると思うよ。きっと色々な人に褒めてもらえるんじゃないかな?」

「それは嬉しいデス。でも、それ以上に寂しい気持ちのほうが強いのデース」


 僕がそう言っても、メグさんの気は晴れなかった。

 大きく「はぁー」と息を吐いて、彼女はさらに脱力する。


「期末テストが近付いていますよ? 次はそれに向けて頑張ってみてはいかがですか?」


 玖音さんがそう話しかけるも、メグさんは倒れたまま首を振る。


「それはそれで面倒デース。メグには休息が必要デース」

「あ、あはは……」


 玖音さんが乾いた笑いを漏らす。

 意外にメグさんは、重症なのかもしれない。


「テストが終わった後も遊びに来たら? ひかりちゃんも歓迎してくれるんじゃないかな」

「アー……」


 メグさんは顔を上げ、チラリとひかりちゃんの方を見る。

 しかし驚いたことに、ひかりちゃんは微笑み返すだけでメグさんに声をかけるようなことはしなかった。

 長年友だちを続けてきたひかりちゃん、次にメグさんが言う言葉をわかっていたみたい。


「それはいいアイディアですけど、今はなんだか急にやる気が出なくなったのデース」


 やっぱりメグさんは重症だった。

 テスト前にこんなことになるなんて。これなら明日のテストの点数に関わってくるかもしれない。


「次の楽しい予定を立てよう。テストが終わったらメグさんは何がしたい?」

「ンー、センパイにお礼がしたいデース。――オゥ、閃きマシタ!」


 そこでメグさん、いきなり体を起こすと僕の手を握ってきた。


「センパーイ! メグの別荘行きマショー! 勉強教えてくれてご飯も食べさせてくれたお礼に、メグがオモテナシしマース!」

「あ、う、うん。ありがとう」


 僕はその時、おもてなししてくれるという言葉に反応してありがとうと答えてしまった。

 それが失言だったと気付くのは、ほんの少し後のこと。


「いいデスね! 少しやる気が出てきマシタ! クラスのみんな、全員連れて行きマショー!」

「えええ? む、無理無理。僕がそんなところに混ざったら死んじゃうよ」


 想像しただけでも恐ろしさで寒気がしてくる。

 女学院のクラスに混ざって、僕が遊びに行くだなんて。


「ムムムムム、仕方ないデース。今回は大人数は諦めマース。でもヒカリもクオンも来てくれマスよね?」

「行く~!」

「わ、私で良ければ……」


 そこでやっと、のんびりと構えていた僕は事態に気付いた。

 僕がうんと答えてしまったのは、メグさんの別荘に行く話だ。女学院のクラスに混ざらなくても、そんな小旅行僕なんかが行けるわけがない。


「あ、やっぱり僕はお留守番――」


 その瞬間、ピタリと会話が止まり女の子三人の視線が僕に集まる。

 僕は心臓が強くないから、ショックで旅行を待たずに死んでしまうかと思ってしまった。


「……いえ、楽しみにしておきます」


 それを聞いた彼女たち、キャーキャー言いながら盛り上がった。


「いつ行く、いつ行く~? 何日泊まるの~? あれ、じゃあメグちゃん、今年は二回行くことにするの?」

「あ、そう言えば聞いたことがありました。メグさんは毎年別荘にみんなを誘っているのでしたっけ?」

「イエス。ヒカリは毎年来てくれてマース。もちろん今年はクオンも同じクラスになりましたから、誘うつもりデシタよ?」

「あ、ありがとうございます……!」


 とうとう僕は自宅というホームグラウンドから連れ出され、見ず知らずの場所に女の子たちと行くことになってしまった。

 なんだか自分の身に起こっていることが信じられない。というか、一ヶ月前の耐性がまったくない僕なら本当にぶっ倒れていると思う。


「クオン、水着の用意を忘れないようにしてクダサーイ」

「え……? でも恥ずかしい……」

「大丈夫デース! プライベートプールなので、センパイにしか見られマセーン!」

「そ、それが恥ずかしいのですけど……」


 何やら危険な話になってきたので、僕は無心で口を挟むことにした。


「メグさんの別荘は週末に一泊二日で行けるの? 僕なんかを連れて行ってご家族の方に怒られない?」

「怒らせマセーン。あと、メグは海外に出ない子なので国内デスよー。一泊二日で行けマース!」


 そういえば、彼女は自分の人生にそんな決まりを設けている女の子だった。

 たしかに国内の別荘ならそこまで時間もかからないのかな。


「だけど、一泊二日は物足りないデース。もうちょっと長くいたいデスね」

「じゃあ夏休みに入ってからかな? いい楽しみが出来たね」

「……アー……」


 しかし、何気ない僕の一言で、メグさんのテンションが激変してしまう。


「そうデスね……。まだまだ先の話デシタ。アア、早く夏休み来てほしいデース」


 彼女は再びさっきのように、体から力を抜いて項垂れる。

 僕は大いに焦った。慌てて左右を見回して、ひかりちゃんと玖音さんに助けを求める。


 そこで輝いたのはひかりちゃんだった。彼女はやっぱりメグさんの長年の友だちだった。

 さきほどは黙ったままだったのに、今度は説得できると思ったみたい。ひかりちゃんは落着いた様子で、優しくメグさんに話しかける。


「だいじょうぶだよメグちゃん。きっと夏休みなんてすぐ来るよ」

「ムー。明日のテストも期末テストもありマース。夏休みは遠くに感じるはずデース」


 ひかりちゃんが話しかけてもメグさんの機嫌は直らなかった。

 それでもひかりちゃんは優しく、そしてしっかりと言葉をかけ続ける。


「ううん、メグちゃん思い出して。お兄ちゃんに会ってからは毎日楽しくてあっという間だったでしょ?」

「……オゥ」

「もう明日がテストなんだよ? きっとこんな風に、夏休みだってすぐに来るよ~」


 僕はちょっと感動しながらひかりちゃんの発言を聞いていた。

 これは彼女に任していたら大丈夫。そう思わせてくれる頼もしさが、今のひかりちゃんにはあった。


「……でも、やっぱり明日からは退屈デース。ゾンビを倒すのも飽きてきマシター」


 しかし、やる気がなくなったメグさんは強敵だった。

 これからひかりちゃんはどう彼女を説得するのだろう。


 そう思いながら見ていた瞬間、僕の妹さんはポイッと話をバトンタッチしてきた。


「そこは、お兄ちゃんが新しいゲームを教えてくれるよ! 明後日の日曜日、また遊びにおいでよ。くおんちゃんも一緒に、みんなでゲームしよ!」


 まさかの最後は僕への丸投げだった。

 僕は唖然(あぜん)として口を開き、無言でひかりちゃんを見る。


 その視線に気付いたひかりちゃん、ニコッと笑って僕に微笑み返してきた。

 その様は、まるで「お兄ちゃんならだいじょうぶだよね」と言わんばかりだった。


「アー、センパーイ、期待してもいいデスか?」


 そして、放心する僕へとメグさんが気怠げに尋ねてくる。

 僕は青ざめたまま、ゆっくりと頷いた。


「わ、わかった。考えておくよ」

「ワォ! センパイ、ステキデース!」


 もう一度メグさんに、ギュッと手を握られてしまう僕だった。



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