ニューカマー
玖音さんがケーキ持参で遊びに来た次の日。
学校にいる僕に、妹のひかりちゃんからメッセージが届いた。
僕はボッチ属性の持ち主だったから、学校で誰かのメッセージを受け取るようなことなんて今までほとんどなかった。
それが最近はこうしてたまにひかりちゃんや、その彼女関係の話でお母さんからメールが来たりする。
まあ今でも何も送られてこない日のほうが圧倒的に多いんだけどね。
ひかりちゃんは家でいるときと違い、学校では必要な用件でしか連絡をしてこない。恐れ多くも玖音さんとも連絡先を交換してもらってるけど、もちろん彼女も常識的な時間にしか送ってこない。
『お兄ちゃん、放課後お時間いただけませんか? お友だちの相談に乗ってあげたいのですが、それにはお兄ちゃんの助けが必要なのです』
それが今回送られてきたメッセージの内容だった。
僕は表情を変えず心の中だけで首を捻る。
ひかりちゃんのお友だちはもちろん同世代の女の子のことなんだろうけど、そんな子に対して僕が助けてあげられることなんてあるのかな。
男性の意見として、何か助言を求められているのかな? でも僕はボッチのゲーマーだし、一般男性の意見にはならないよね?
『僕には荷が重そうです。却って気を遣わしてしまうかもしれませんし、お役に立てそうにありません』
すぐにひかりちゃんに返信をする。
僕のスマホはメガネ型で、しかも眼球の動きだけで操作することも出来るから、誰にも気付かれずあっという間に返信出来るんだよね。
さっきから僕は誰にも悟られないようにメッセージを読んだり送ったりしているけど、今が授業中ってわけでもない。お昼休みだ。ひかりちゃんが連絡してくるのはだいたいこの時間なんだよね。
それでも僕は、目立つことがないように大人しくしている。近頃はずっとそうしてるんだよね。
先日僕は体育の授業中に倒れるという事件を起こしてしまった。
症状自体は軽い立ちくらみのようなものだったんだけど、その時隣の席の女の子がとても心配してくれたらしい。
彼女は面倒見がいい性格をしているみたいで(僕が倒れたときに地面で頭は打ってないと証言してくれたのも彼女だったらしい)、出会った当初から隣の席のよしみか色々と気にかけてもらっていた。
しかし、倒れてしまったことでその気にかけてもらう頻度が急増した気がする。だから僕は余計な気遣いをさせないように目立たないようにしてるんだよね。
『お兄ちゃんが適任だとひかりは考えています。めぐちゃんはひかりの大切な友だちなのです。手を貸してもらえませんか?』
ほとんど間をおかず、再びひかりちゃんからメッセージが送られてきた。
今度のメッセージは、言わば僕殺しの内容だった。
ひかりちゃんはズルいと思う。
僕は今でも自分が適任だとは信じられなかったけど、こんなメッセージを送られてきちゃうと僕は断ることなんて出来なくなっちゃう。
けど、ズルいとは思ったけど別に彼女を恨んだりはしない。
初めて会う女の子の相談相手なんて僕には務まるわけがないと思うけど、ひかりちゃんもめぐちゃんという女の子も大変なことになってるみたいだし、こうなったらやるしかないよね。
『わかりました。シュークリームか何かを買って帰ります。期待しないで待っていてください』
めぐちゃんは僕の知らないひかりちゃんの友だちだ。名前は何度も会話に出てきているから耳に残っているけど、どんな子なのかはよくわからない。食べても太らない体質の女の子、ぐらいしか知らないんじゃないかな。
でもその体質を差し引いたとしても、甘い物があれば緊張も和らぐと思う。
僕自身の話術は絶望的だから、他に出来ることでフォローしていくことにしよう。
そんな作戦を立ててメッセージを返したんだけど、その作戦は予想外のところで頓挫してしまった。
『かき氷でお願いします』
僕は頭を抱えて、体育で倒れたとき以上のダメージに耐える。
かき氷、かき氷って……。
たしかに数日前に自宅で作れるようにしたばかりだけど、それにしたって相談しながらかき氷はないでしょひかりちゃん。夏祭りじゃないんだからね?
「ちょ、ちょっと、あなたまた体調悪くしてるの?」
気が付けば、隣の女の子が心配そうに僕を見つめていた。
目立たないように心がけていたはずの僕だったけど、ひかりちゃんの強烈な一撃によって切り崩されてしまったみたいだ。
「ご、ごめん。紛らわしかったよね。全然大丈夫だから気にしないで。本当にごめんなさい」
「……ならいいけど、辛かったら正直に言いなさいよ? 何も言わずに倒れられる方が迷惑なんだからね」
「はい……。猛省しています……」
僕が頭を下げると、彼女は笑った。
「もういいよ。私もちょっとキツく言い過ぎた。最近のあなたはすっかり元気そうに戻ったし、大丈夫よね?」
「あ、う、うん」
ドキッとして曖昧に返事をする僕。
やっぱり倒れてから、彼女のチェックが厳しくなっている気がするんだけど。なんで僕の体調を見抜いてるの? 僕ってそんなにわかりやすい?
とはいえ、そろそろ限界だ。なんだか他の女の子たちが僕たちのやり取りを見てニヤニヤしてるし、恥ずかしすぎる。
「そ、それじゃ。ご心配おかけしました……」
「あー、うん。またね」
会話を終えた途端、他の女の子が「キャー!」と声を上げながら隣の席へと集まっていく。
雰囲気的に僕の悪口ではなさそうだけど、まあボッチの僕には関係ないよね。
僕は本当にこっそりと、息を吐いた。
今はこれからの放課後の話のほうが重要だ。
「(めぐちゃんかぁ……。どんな子なんだろ……)」
慣れない相談役に、初めて会う女の子。トドメは空気を読めていないかき氷攻撃。
不安材料でいっぱいだったけど、もうやるしかなかった。
「(いざとなれば家にあるものでかき氷以外にもパッと作ればいいか……。僕に出来ることはホントそれぐらいなんだよね)」
しかし、蓋を開けてみると意外にもひかりちゃんの考えは的を外れておらず、僕が心配していたようなことは何一つ起こらなかった。
◇
「ハーイ! Margaret・Millerデース! ヨロシクお願いしマース!」
ひかりちゃんには色々と驚かされることが多いけど、その日僕が家に帰ったときの驚きは、その中でもトップクラスの衝撃だった。
めぐちゃんことマーガレットさん。彼女はどこからどう見ても、日本の方には見えない容姿をしていた。昨日のひかりちゃんたちの言葉を借りるなら、純洋風美少女とでも言うべきかな。
彼女らの通う女学院の白と黒のセーラー服がとてもよく似合っている気がした。彼女を見ていたら、やっぱり向こうから入ってきた服なんだなって思えてくる。
「えっと……」
でも、彼女は名前の発音は完璧っぽかったけど、他はなぜか胡散臭いイントネーションに思えた。
そんな彼女へはどういう挨拶を返したらいいのだろう。僕がそう悩み始めた瞬間、ひかりちゃんが助け舟を出してくれる。
「あれ、めぐちゃんお気に入りの自己紹介なんだよ~。お兄ちゃんは普通に話しかけていいからね」
「ヒカリ、話すの早いデス。もうちょっとセンパイで遊んでいたかったデース」
「む、お兄ちゃんで遊ぶのは、めぐちゃんでも許さないよー?」
「オウ、センパーイ、ヒカリが怖いデース。メグを助けてクダサーイ」
またも僕は頭を抱えたくなってきた。
思わず「かき氷作りに行ってもいいですか?」と言いたくなってしまう。今の雰囲気は、これから真面目な相談をするようには見えない。
なんだか不安になりながら帰ってきたのがバカらしくなってきたけど、でも、そこで僕はハッとなって気を引き締める。
ひかりちゃんが騙そうと思って僕にメッセージを送ってくるはずがないし、マーガレットさんも空元気を見せてるだけかもしれない。
「立ち話もなんですので、リビングで休んでいてください。僕はすぐに着替えて、か、かき氷の準備をしますので、少々お待ちください」
「センパーイ、メグにそんな喋り方しないでクダサーイ。気楽に行きマショー」
「あ、う、うん。気を付けるね。というか、先輩ってなんなのかな? 同学年だよね?」
「人生のセンパイデース!」
「……り、理解しました。……ひかりちゃん共々、よろしくお願いします……」
「よろしくデース!」
やっぱり悩みを抱えているようには見えないけど、彼女が今日相談に来ためぐちゃんで間違いないみたい。
マーガレットの愛称としてMeg。僕は先入観から「めぐちゃん」とひかりちゃんが言っていたと思ってたけど、実際には「メグちゃん」と言ってたみたいだね。
昼間はメッセージの中でめぐちゃんって書いてあった気がするけど、ひかりちゃんは細かい文字変換をしないことがあるし、やっぱりメグちゃんで良さそうだね。
「ワォ、ジャパニーズかき氷! スノーマウンテンのようデスね?」
「綺麗だよね~!」
まさかのかき氷大当たり。
メグさんはやっぱり胡散臭い喋り方で、僕がかき氷を作っているところを先日ひかりちゃんがやっていたように特等席から覗き込んできていた。
「え、ええと……、日本はもう長いんですか?」
「むしろ、日本から出たことないデース!」
「あれ、そうだったの?」
「メグちゃんは生まれも育ちも日本なんだよ~」
「年齢的に、国籍が確定したわけじゃないんデスケドね。日本を選ぶ気満々デース」
「そうなんだ?」
「メグは日本人の血が入ってない日本人デース! ……そんな自己紹介も、なかなかオイシイデスよね?」
「そ、そうかもしれないね?」
「ちなみに海外旅行に行くつもりもないデース! 日本から出たことがない、という発言もステータスにしてマース!」
「そ、壮大な人生設計だね」
僕は直感的に思った。この子はひかりちゃんの友だちだと。
「そ、それで、今日相談したいことは何かな……?」
本来ならば椅子に座って落ち着いてから切り出すべき話題。
しかし僕は予想外に気力が削られまくっていて、そこまで自分が持ちそうになかった。
幸い二人は気にした様子もなく、僕の話に乗ってきてくれる。
「メグちゃんはね、この前のテストでクラス最下位だったんだよ~。しかもダントツで~」
「ヒカリは薄情者デース。一人だけメグを置いて遠くに行ってしまいマシタ」
相談事とは勉強のことだったみたい。
僕はほっと息を吐いた。僕が適任の相談事と聞いていて焦っていたけど、勉強を教えるのは僕にも出来ないことはない。
少し前はひかりちゃんも成績が悪かったんだけど、僕が教えてあげるようになってからは今のメグさんの発言のように大幅に改善されたんだよね。
「む~、だから相談に乗って、お兄ちゃんに頼んであげたんだよ~。一緒に頑張ろうよ~?」
「ヒカリのお兄さんの魔法の授業。それには興味ありますけど、やっぱり勉強なんてしたくありマセーン」
しかし安心したのもまた早計だったみたい。なんだか雲行きが怪しくなる発言が聞こえてくる。
ひかりちゃんは僕の教えることをちゃんと聞いてくれたけど、メグさんはそもそも聞く気がないみたい。
初対面の女の子のやる気を出させることなんて、僕には出来っこない。
これは難題かも……。
と、また今度の心配も早とちりだったみたい。
ひかりちゃんがメグさんに自信たっぷりの表情で話しかける。
「だいじょうぶだよメグちゃん。お兄ちゃんは勉強だけじゃなく、楽しいことも教えてくれるんだから」
「楽しいことって、ヒカリの言うゲームデショー? ゲームを否定するつもりはありませんが、メグは体を動かすほうが好きなのデース」
「それはひかりも知ってるけど、でもひかりはメグちゃんが好きそうなゲームも知ってるよ?」
「ムム……」
「ひかりの成績が上がったお兄ちゃんとのお勉強。そしてメグちゃんとずっと仲良しのひかりがオススメするゲーム。メグちゃんは気にならない~?」
「き、気になりマース!」
「ふふふ~。それにねメグちゃん、お兄ちゃんと勉強会をすると、もれなくもう一つご褒美があるんだよ~?」
「そ、それは何デスか!?」
僕には話の流れが読めていて、そしてちょうどそのご褒美らしきものが完成する。
それを手早くお盆の上に乗せると、僕は彼女らに言った。
「はい、ふわふわかき氷の完成だよ。ベリーソースのフルーツ盛り合わせとミルク宇治金時。ご褒美になるかはわからないけど、食べてもらえるかな? テーブルまで運ぶので席の方へどうぞ」
ひかりちゃんとの話に夢中になって気付いていなかったメグさん。
お盆に乗るかき氷を見て、ひかりちゃんのように目をキラキラと輝かせ、言った。
「――センパイ! 一生ついてイキマース!」
彼女は本当にひかりちゃんの友だちなんだなあ、そう改めて感じた瞬間だった。
あと、余計な心配だとは思うけど、壮大な人生設計は大丈夫なのかな? そんなにあっさり人生を左右することを言っちゃっても平気なの?
そうして二人は席に着いて美味しそうにかき氷を食べ始める。
そして「頭痛いデース!」と笑いながら言っているメグさんを見て、僕はふと思った。
「(あれ? ひょっとして今日の相談ってこれで終わり? このまま勉強とゲームを教えたらお悩み解決? え?)」
僕の考えは口には出せなかったから、答えてくれる人もいなかった。




