ゲームを教えて、料理を作って
6/28 誤字を修正しました。ご報告ありがとうございました。
「お兄ちゃん、ここやって見せて!」
僕は同い年の女の子から、お兄ちゃんと呼ばれていた。
その女の子の名前はひかりちゃん。色々な事情があって、一ヶ月ほど前から僕と一緒の家で暮らしている女の子だ。
「ま、また? そこはほら、今までの知識と技術の応用で……」
「応用なんてひかりには難しいよ。一度お手本見せてよ~? ね~? お願い、お兄ちゃん」
彼女は誰もが可愛いと認めてくれるような本物の美少女だ。
そんな彼女にお願いなんて言われちゃうと、僕は逆らうことが出来なくなっちゃう。
「わ、わかったよ。わかったから、体を押し付けてくるのは止めてほしいかな?」
「ぶ~。お兄ちゃんそっけないよ~。どうしてもやってほしいから、お願いお願いって体でもお願いしちゃっただけだよ~」
彼女は少し個性的な女の子だ。
自分のことをひかりと名前で呼ぶ箱入り娘。独特の感性を持っていて、たまに――いや、結構な頻度で僕を混乱させてくる。
それと壊滅的な機械オンチで、見たこともないエラーを機械に吐き出させるのが大の得意。
「ええとね、ひかりちゃん。この巨人は氷で出来ているよね? 氷に対処するには?」
「熱くして溶かしちゃう!」
「うんうん、そうだね。じゃあ真上から巨大な拳が振り下ろされてきたら?」
「危ない!」
「……そうじゃなくて……」
そんな機械オンチなひかりちゃんだけど、彼女が今遊んでいるのはビデオゲーム。
スマホでそのまま遊べるゲームに随分と押されちゃってるけど、彼女がやっているのはゲーム専用のコントローラーを握って遊ぶ由緒あるスタイルのゲームだ。
「ちょうど攻撃が来るから、やってみせるね。今、巨人が大きく手を振りかぶったでしょ?」
「わっ」
「上から振り下ろされてきた巨大な拳は、人間には防御出来ないよね。だから避ける」
「わー」
「はい、ひかりちゃん。今の状況を見てどう思う?」
「お手手が地面とごっつんこしてる~」
「うん、そうなってるね」
「あ、戻って行っちゃった」
機械オンチなのにコントローラーを使用するゲームをしているのはおかしなことかもしれないけど、これにはちゃんと理由がある。
ゲームに縁がない箱入り娘だったひかりちゃんがゲームをしている理由、それは僕にあった。
「さて、姿勢を元に戻した巨人は背が高くて炎が届きにくいよね。ひかりちゃんなら、これからどうする?」
「うーん、タマを呼びに帰るかな~? あ、そろそろまた薬草とかいっぱい集めてくれてるかも!」
「い、今は手元にあるカードだけで、目の前の敵に集中してもらえないかな?」
僕とひかりちゃんは実の兄妹ではない。
赤の他人だった僕たちが仲良くなるために、優しいひかりちゃんが僕の趣味であるゲームを始めてくれたんだ。
ちなみにタマとは、彼女がゲーム内で飼っているエンシェントドラゴンの名前なんだ。ドラゴンなのに猫みたいな名前のタマ。
彼女は動物好きで、特に猫が大好きなんだよね。だからってドラゴンにタマはないんじゃないかと思うけど、彼女はネーミングセンスも独特だから仕方ないかな。
「ほらひかりちゃん、これが今ひかりちゃんが利用できる炎関係のリストだよ」
「あ、そうだ魔法があった! ひかり、魔法覚えたんだった!」
「そ、そうだね。でももうその台詞は、すでに三回以上聞いてる気もするけどね?」
彼女が自身の名前の通りキラキラと目を輝かせていたので、僕は無言でコントローラーをひかりちゃんへと差し出した。
それを受け取ったひかりちゃん、一度コントローラーに視線を落とし、コントローラーのボタンと自分の指先の位置を確認しているようだった。
ゲーム歴一ヶ月を越えてきたひかりちゃんだけど、彼女はまだ時々こういう仕草をしたりする。
「よーし、ひかりの魔法に驚くがいい~!」
「あ、あのね、ひかりちゃん……?」
さっきまでの僕との会話をまるっと忘れ、彼女は巨人に真っ向から炎の玉を撃ち出した。
しかし、巨人は手を振り払うと、ペシッと炎をはたき落としてしまった。
「あれ?」
「ほ、ほらねひかりちゃん。さっき言ったように、巨人とは距離が離れていて胴体を狙っても攻撃が届きにくいんだよ」
「えー! 火に触ったのにー!」
「い、一応敵の体力は減ってるよ? でも一瞬で叩き落とされちゃったから、あまり効果はないみたいだね?」
ひかりちゃんは出会ってすぐの頃から、自分のことを頭が悪いとかバカだとか言っていた。
実際のところ、彼女の成績はあまり良くなかった。まあ成績が悪いと言っても、そもそもが彼女の通う女学院は偏差値の高い学校ではあるんだけどね。
「むー! 敵ながらあっぱれだね! でもひかりの魔法は有限じゃないんだよ! 倒れるまで撃ち込んであげるんだから!」
「ね、ねえひかりちゃん。世に出回らないような秘薬を、魔法力がなくなったからと言ってすぐがぶ飲みしちゃうのはそろそろ止めない? 材料を集めてるタマが過労死しちゃうよ?」
でもそんな彼女だったけど、僕は彼女にゲームを教え続けた。
僕の趣味を理解しようとしてくれているひかりちゃん。そんな彼女にゲームを教えるのは楽しかったし、また嬉しかった。
「でもー……、わ、また巨人が手を振りかぶってる!」
「避けて!」
避けてと言った直後に、僕は体に衝撃を感じた。
ゲームコントローラーを握っているひかりちゃん。彼女はゲーム内のキャラクターを動かすときに、自分自身の体をキャラクターに向かわしたい方向に動かす癖があったりする。
「……ひかりちゃん、どうしていつも僕の方に避けようとするの? ひかりちゃんならそんな考えがないって理解してるけど、潜在的に僕のことをクッションだと考えてない?」
「むー、危なかったぞー! このー!」
僕の体を押し倒しつつも、ひかりちゃんはゲームを続けていた。
彼女は裏表がない性格だ。きっと今だって、僕の抗議を無視してるわけじゃなく、単純にゲームに熱中していて聞こえていないだけだと思う。
「あ、あれ!? 今、巨人さんが手をアチチって何度も振ってた!」
「……うん、やってたね」
僕は敢えて淡白に返事をする。
しかし、内心ではすごく緊張していた。ひかりちゃんが問題を解く手がかりに触れた瞬間だ。彼女はこの後、どんな反応を見せてくれるんだろう。
巨人の攻撃をなんとか避けることに成功した彼女は、とっさに目の前に振り下ろされていた拳へと炎の魔法を撃ち込んでいた。
背の高い巨人だけど、プレイヤーを攻撃しようと拳を振り下ろした瞬間は間近に迫る。それがこの敵に用意されているギミックだ。
「あ、そっか! お兄ちゃんがひかりに教えてくれてたのって、こういうことだったんだね!」
ドキドキしながら彼女の行動を注視していた僕は、その言葉にホッと胸を撫で下ろした。
ひかりちゃんは自分のことを頭が悪いって言ってるけど、それは間違いだ。ちゃんと丁寧に教えてあげると、彼女はきちんと理解してくれる。
……たまに、それでも突拍子もないことを言い出しちゃったりするんだけどね。
「よく気付いてくれたね。ひかりちゃんありがとう」
「えへへ~」
「一応、近くにある足から狙う方法もあるよ。その場合は踏み潰されないように気を付けないとダメだけどね」
「なるほど~」
「それじゃひかりちゃん、恥ずかしいからそろそろ離れてくれないかな? もう大丈夫だよね?」
「わわわ、また来たー!」
「…………」
僕の体を下敷きにしながら、彼女はゲームを続ける。
諦めた僕は小さく息をこぼすと、こっそりとゲームをする彼女の横顔を見た。
間近にいるのが信じられないくらいの可愛い女の子、ひかりちゃん。
僕は赤面症の気があるし、面と向かって人と話すのは苦手な性格だった。
でも、人懐っこい彼女には敵わなかった。
ただでさえ女の子が苦手な僕が、こんなに可愛い子と突然兄妹になれと言われても困る。出会った当初はそんな風に戸惑っていたこともあった。
でもいつの間にか、ううん、あっという間にひかりちゃんは僕にとって大切な存在になっていた。僕から妹になってほしいとお願いするくらい、大事な妹だ。
「やったー! 勝ったよー! お兄ちゃん、褒めて褒めて~!」
ぼーっと彼女に見とれていた僕は彼女がそう言いながら振り向いてきた直後に、パッと顔を前に向けて視線を逃した。
ゲームが大好きな僕なのに、ゲームの決着の瞬間を見逃してしまったみたいだ。
でも、相手を見ずに褒めるのは何か間違ってるよね。僕は頑張ってなんとか彼女に視線を戻した。
「おめでとうひかりちゃん。すごいよ、今回も自分の手で倒せたじゃない」
「ありがと~!」
「近頃は目に見えて上達してきてるよね。僕もひかりちゃんの成長には驚かされるよ」
「えへへ~」
僕が称賛すると、ひかりちゃんはとても嬉しそうに喜んでいた。
どう見ても上機嫌そうな様子の彼女。でも、彼女の気分は一瞬で変わっちゃうことがあるんだよね。
「この調子なら、近い内に一人でも――」
「ヤダ」
「ヤダって……。それに、まだ最後まで話してないよ……」
すっかり口癖になっちゃった拒絶の言葉。ひかりちゃんは僕の発言の先が聞きたくないのか、無理矢理話に被せてきた。
頬をプクッと膨らませて、僕を見るひかりちゃん。その姿は端から見ていれば可愛いかもしれないけど、その視線で射抜かれている僕はたまったものじゃない。
「ひ、ひかりちゃんを一人で放置するわけじゃなくてね? 近い内に僕の手助けがなくても倒せるようになるんじゃないかって思っただけだよ」
「む~」
「ぼ、僕はひかりちゃんが成長していくと嬉しいよ? 教えた甲斐があったって思えるし。それにひかりちゃんが成長しても、僕は別の場所で別のことをしたりなんてしないよ。ひかりちゃんのゲームを見るのも楽しみなんだからね」
「そっか。それならひかりも怖くない! 教えてくれてるお兄ちゃんに恩返しできるように、これからも頑張って強くなるね!」
またも一瞬で機嫌を直したひかりちゃん。
こんな風に僕たちは、いつも一緒に楽しく暮らしている。
「でも、ホントに恥ずかしいから、そろそろ離れてね?」
「む~!」
不満そうではあるけれど、粘ることはせずに起き上がり始めるひかりちゃん。
彼女はなんだかんだで優しい女の子だ。僕が困ってたら察してくれるし、本当に嫌なことは一度もされたことがない。
「あ、けどそろそろいい時間だね。じゃあ買い出しに行こうか。もちろんひかりちゃんも来るよね?」
「わ、行く行く~!」
僕たちは一緒に暮らしていると言ったけど、詳しく言うと僕たちは二人だけで一緒に暮らしている。
一応保護者はお母さんということになってるけど、お母さんは今仕事が忙しくて、なかなか帰って来られない日が続いている。
電話はかかってきてるし、疎遠で不仲ってことじゃないんだけどね。
そして、ひかりちゃんは機械オンチで箱入り娘の女の子だ。
買い出しには毎回付いてきてくれるけど、彼女は料理も出来ない。
二人だけで暮らしている僕とひかりちゃん。必然的に、料理を作るのは毎日僕の役目になる。
でも、僕はそれが苦痛なんかじゃない。むしろ逆だ。
僕の料理を美味しいと言って食べてくれるひかりちゃんに、僕は毎日癒やされている。
僕は笑顔で彼女に食事のリクエストを尋ねる。今日も彼女に食事を作れる喜びを噛み締めながら。
そうして僕は、直後に頭を抱えた。
「ひかりちゃん、今日は何が食べたい?」
「かき氷!」
「……氷の巨人を見て食べたくなっちゃったんだね。でも、もうちょっと夕飯っぽいメニューでお願いします……」
僕たちの日常は、いつもこんな感じだ。
たまにひかりちゃんに振り回されることもあるけれど、それでも僕はこれからも可愛い妹と生きていきたいと思っている。




