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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件
22/101

兄と妹、空と光

 一章完結です。ありがとうございました。


 ひかりちゃんは僕を監視すると言ったけど、実は調理しているところを彼女に見られるのは珍しいことじゃない。

 彼女が何もせずに見ていることは稀だけど、SNSで誰かと話しながら側にいたりする機会はそれなりに多い。

 油断していると、当たり前のように僕のことを写真に撮ろうとしてくるから困るんだけどね。まあこれは調理の最中に限らずゲームの最中でもそうなんだけど。


「ホントだ、火も包丁も使わないんだね~」


 僕が料理をする姿を見ながら、ひかりちゃんは感心したように言った。


「いつも見てたでしょ。火が出てないのに気付かなかった?」

「えへへ。だって、いつもお兄ちゃんばかり見てるからね。他のことはあんまり目に入らないんだ~」


 背を向けていてよかったと思った。

 彼女はその気になれば、僕を一発で赤面させることが出来る。


「そのハンバーグって、そのまま焼いちゃうの?」

「うん、上手にやれば凍ったままでも焼けるよ」

「へ~。同じフライパンに人参も入れちゃうんだ~」

「うん……あ、そうだ。人参は包丁が使えないからちょっと大きめになってるけど、この大きさでもいい?」

「いいよ~!」


 ピーラーで皮を剥いて、さらに全体を削って小さくした人参。

 削った部分は食べられるので、スープに入れて味付けに一役買ってもらう。


 そうこうしていると、ふとひかりちゃんが静かに話し始めた。


「ハンバーグって、お兄ちゃんがひかりに最初に作ってくれた料理だよね」

「……そうだね」


 何かを思い出すように話すひかりちゃんに、僕も当時の状況が浮かんでくる。

 あの頃の僕はひかりちゃんが同じ空間にいるだけでドキドキしていて、そしてガチガチに固まっていたっけ。


「あの衝撃は忘れられないなぁ。ひかり、あんなに美味しいハンバーグ食べたの、生まれて初めてだったんだよね~」


 彼女のその感想は、すでに何度か聞いている。

 ハンバーグは僕の得意料理の一つではあるけれど、生まれて初めて食べるという評価は何度聞いても背筋がムズムズしてくるから止めてほしいな。


「それなぁに? 被せちゃったけど」

「アルミホイル。(ふた)代わりにしてるんだ」


 会話をしながら作業を進める。

 いつもより少し遅い時間。ひかりちゃんがお腹を空かせているから、出来るだけ作業を効率化させようと思いながら。


「でもひかり、あのハンバーグを食べたから、一発でお兄ちゃんのこと好きになっちゃったんだよね~」

「――ッ!?」


 慌てて口を押さえ、咳が出るのを防ぐ。

 ハンバーグの感想は聞いたことがあった僕だったけど、その感想は今日初めて聞かされた。

 彼女の好きは愛してるの意味ではないだろうけど、それでもやっぱり心臓に悪い。


 でも――。


 少し落ち着いたところで、僕に嫌な心が芽生える。

 切っ掛けとなったハンバーグを作ったのは僕だけど、でも、そのハンバーグを食べてなかったら、ひかりちゃんは僕を好きになってくれていないのだろうか。


 しかしそこまで考えた瞬間、まるで背中から僕の心を覗いているようなタイミングで、ひかりちゃんが一言付け加えた。


「お兄ちゃんは素敵な人だから、遅かれ早かれ好きになってたと思うけどね」


 一際(ひときわ)大きく胸が高鳴った。自分を肯定してもらった僕は、褒められて照れくさいという感情も浮かばないくらいに思考が停止した。

 いつもの僕ならそんな発言をされちゃうと黙って俯いたり別の方向を見たりするんだけど、その時は驚きのあまりひかりちゃんの方へ振り返っちゃった。


「うん?」


 赤い顔で振り向いた僕を、首を傾げて見つめるひかりちゃん。

 しかもあろうことか、彼女はサッとスマホを掲げるとカシャリと僕を写真に収めてしまった。


「え!? なんで撮るの!?」

「え~? だって、お兄ちゃんがこっち向いてくれたら、写真に撮りたくならない?」

「ならないよ! 恥ずかしいから消してよ!」

「ぶ~」


 ひかりちゃんはさっきまで機嫌良さそうに僕のことを好きだと言ってくれていたのに、あっという間に頬を膨らませて僕への不満を話し始める。


「お兄ちゃんってさ、ゲームでは写真いっぱい撮ってるのに、ひかりのことは撮ってくれないよね」

「う……」


 たしかに僕はゲーム画面を残しておくのが好きだ。

 普段ただ遊んでいる時だって動画を撮っているし、ゲーム内機能でスクリーンショットを撮るのも好きだ。


「自分からはぜーったいに撮ってくれないし、ひかりが撮ってと頼んでもひかりのスマホに転送してくるだけで保存してくれてるようには見えないし」


 彼女の言葉に追い詰められていく僕。

 でも恥ずかしくて本人には言えないけど、ひかりちゃんの写真は削除なんてしてないけどなあ。眺めてると恥ずかしくなってくるから見直したりもしないけど……。


「ひ、ひかりちゃんは可愛いから、一枚あれば十分なんだよ」

「え?」


 追い詰められた僕は、苦し紛れにそんな台詞を言ってみた。

 しかしひかりちゃんは目を輝かせる。どうやらお気に召す返事だったみたい。


「それに写真なんてなくても、こうして振り返るだけで生きたひかりちゃんが見られるんだから、必要ないよ」

「えへへ~」


 さっきまで不満そうだったのに、あっという間に上機嫌に戻って笑うひかりちゃん。

 なんだか騙してるみたいで、僕の方が申し訳なくなってくる。


「あ、しまったハンバーグ!? ……危ない、焦がしちゃうところだった」

「ひかり、お兄ちゃんの料理なら焦げてても平気だよ!」

「……ありがとう? でも焦がさないように注意するね」

「はーい!」


 以降のひかりちゃんは口数控えめになり、僕をニコニコと見守ってくれていた。

 僕も無言で調理に集中していく。でも、彼女に好きと言ってもらえたことはずっと心に残っていた。




   ◇




「いっただっきまーす!」


 そうして今日も、食卓にひかりちゃんの元気な声が響き渡る。

 彼女は好きなものは最後にとっておく派ではないけれど、最近は健康のため野菜から口に入れるようにしている。


 人参をフォークに刺し、美味しそうに頬張るひかりちゃん。

 僕はそんな彼女を見て、癒やされていく。


 しかし、僕は自分が麻痺していたことにようやく気が付いた。

 なんだかんだでいつも通りの態度に戻っていたひかりちゃん。だけど、そろそろ彼女のお父さんから重大な電話がかかってくる時間だと思う。


「……いただきます」


 僕は挨拶としてお辞儀をする振りをしながら、そのまま俯いて食べ始めた。

 ここに来て、再び僕の心に迷いが生じる。


 こんな風に食事をしていていいのだろうか。

 彼女に僕の気持ちを話しておくべきじゃないのか。いや、僕にひかりちゃんを引き止める権利なんてないのかも。


 今また再び、僕の心臓が激しく動き始める。

 またたく間に胸が苦しくなり、食事の味がわからなくなっていく。


 でも、そうやって何日も繰り返してきた僕の喋るか喋らないかの苦悩は、あっさりと踏み込んできた彼女によって破られた。


「お兄ちゃん」

「うん?」


 何気ないふりをしながら顔を上げる僕。

 するとそこにはニコニコと笑いながら、ハンバーグを突き刺してるのに口に運んでいないひかりちゃんがいた。


「ゲームオーバーだよ」

「えっ?」


 ゲームオーバー。

 それは今の僕にとっては不吉な言葉でしかなかったんだけど、彼女の言うゲームオーバーとは僕の考えとは違っていた。


「倒れちゃったお兄ちゃんには、ひかりが遠慮なく聞いちゃいます」

「…………」

「さあ、今考えてることをひかりに教えて。ひかり、今日こそは納得するまで聞くのを止めないよ~」


 そこでパクリとハンバーグを口に入れるひかりちゃん。

 モグモグと美味しそうに口を動かす彼女。でも、僕はその時やっと気付けたことがあった。


 大好きなはずのハンバーグを食べているのに、彼女の笑顔には(かげ)りがあったんだ。

 彼女はずっとそうやって、僕が大丈夫と言ってたから心配したい気持ちを押し込めていたんだと思う。


「僕は――」


 話すことで、二人の関係が劇的に変わってしまうかもしれない発言。

 でも僕はやっと、情けないことに最後までひかりちゃんの手助けを借りて、やっと話し始めることが出来た。


「僕は数日前に、ひかりちゃんが僕と兄妹にはなりたくないって言ってるってメールで教えられたんだ」

「えっ!?」


 僕が言い出したことはひかりちゃんには完全に予想外のことだったみたい。

 驚いた様子で食事を止めてしまった。


「え? え? お父さん、話しちゃったの!? 絶対に話さないでねって言ったのに!」


 この話は、お父さんに口止めしていたらしい。

 知らずに僕はお父さんが口外してるってことをバラしちゃったけど、僕悪くないよね?


 でもそれより今は僕とひかりちゃんの問題だ。

 彼女は僕と兄妹にはなりたくないって話をお父さん以外誰にも言わず、ひっそりと胸に抱えながら暮らしていくつもりだったのだろうか。

 いつか不満が爆発する、その日まで?


「でも、そっか。お兄ちゃんに知られちゃってたんだね。あぅ~、恥ずかしいな~」


 真剣な話をしているはずが、ひかりちゃんはなんだか目の前でクネクネと体を動かし始めた。

 僕の想像とは違った展開になりつつあるけど、もうすでに(さい)は投げられてしまっている。


「あれ、でもお兄ちゃん、ひかりが兄妹になりたくないって言ったから辛そうに悩み始めたの? あれ、それって――」

「ひかりちゃん!」

「は、はい!」


 口元を押さえて考え込むように俯いていたひかりちゃんだったけど、僕は彼女に声をかける。

 一度話を切り出した僕は、吹っ切れたように話をすることが出来ていた。


「ひかりちゃんは、僕に何か不満があるの?」

「え?」


 僕の二度目の発言も、ひかりちゃんの想像していなかった発言だったみたい。

 彼女は驚きつつも、すぐに返事を返してくる。


「な、ないよ? あるわけないよー」

「疑ってないけど、一応確認として聞いておくね。僕が嫌いになったわけでもないよね?」

「嫌いじゃないよー? でも、これってどういう質問なの?」


 僕は兄妹になりたくない理由を探そうとしているんだけど、ひかりちゃんはどうもピンときていないみたい。

 何かすれ違いがありそうだと思った僕は、彼女の質問に次のように答えた。


「ひかりちゃんと僕の、認識合わせかな?」

「わぁ、なんだかお見合いみたいだね! 質問を重ねて関係を(はぐく)んでいく、みたいな!」

「そ、そうか、もね?」


 ひかりちゃんは楽しそうに言ってるけど、僕にはちょっと意味がわからない発言だった。

 この辺はまだ認識合わせが(いちじる)しく不十分みたいだけど、彼女はどう思ってるのかな?


 それはさておき、どうやら彼女は僕に不満があるとか、僕を嫌っているとかの理由で兄妹になりたくないわけではないらしい。

 それが確定したことはとても嬉しいことだけど、しかし彼女が兄妹になりたくないと言っている理由はまだ謎のままだ。

 

 僕は息を吸うと、次の可能性に話を進めた。


「僕の負担になりたくないから、兄妹にはなりたくないの?」


 その言葉を聞いたひかりちゃん。

 今度こそ、悲しそうに顔を歪ませちゃった。


「ひかりは、お兄ちゃんに完全に甘えちゃってるよ。それは理解してる。お兄ちゃんはそれが辛いの?」


 申し訳なさそうにそう質問してくるひかりちゃん。

 僕は彼女を悲しませたくない。それを行動でも示すように、毅然(きぜん)とした態度で言った。


「僕はひかりちゃんを負担だなんて思ってない。ひかりちゃんが僕の料理を美味しく食べてくれてるのを見て、いつも癒やされてる」


 なんだか少しレア感なくなってきたけど、ひかりちゃんはその言葉に頬を染めて体を縮こめちゃった。

 負担になりたくないから僕とは兄妹になりたくない、っていうのは違うのかな。


 僕は次の予想を問いかける。


「ひかりちゃんは一人できちんと自立して生きていきたいから、僕と兄妹にはなりたくないの?」


 彼女はその言葉に、ますます体を小さくしてしまった。

 今度は照れくさいじゃなくて、テストの悪い点数を指摘された子どものような反応だった。


「逆だよぉ~……。ひかり、お兄ちゃんと一緒にいたいから、兄妹にはなりたくないんだよ~」

「そ、そうなの!?」


 彼女の言葉は不可解だった。一緒にいたいから、兄妹にはなりたくない。それは矛盾としか思えなかった。

 頭が混乱してきた僕は、一度情報を整理してみようと思い立つ。


 でもその前に、目の前でひかりちゃんが話し始めた発言が気になった。


「う~……、ひかりは自立せずにずっとお兄ちゃんに甘えて生きていきたいです、みたいになっちゃってる。恥ずかしすぎるよ~」


 たしかに話の流れ的に、そんな風に取られても仕方のないような状況だ。

 でも、僕はちょうどいい機会だと思った。ひかりちゃんはゲームオーバーだと言ってる。僕の隠していた苦悩も、ここで吐き出しておくべきだと思った。 


「ひかりちゃん、僕も同じような気持ちだよ。僕はお兄ちゃんなんて呼んでもらってるけど、全然お兄ちゃんらしく振る舞えてない。自分の独りよがりの気持ちを押し付けちゃったり、逆にひかりちゃんの気持ちがわからずに苦しい思いをさせちゃったりしてる」


 そこで軽く息を吐くと、僕はもう一度大きく息を吸って話し始める。


「それでも僕は聞き分けのいいふりをしてひかりちゃんのことから身を引くなんて出来ない。ひかりちゃんの優しさに甘えてでも、一緒にいたい。ひかりちゃんを失って自立なんて出来やしない」


 ひかりちゃんは、僕からそんな言葉が出てくるなんて信じられないようだった。

 やがて彼女は目をつぶり首を振ると、僕の言葉に返事を返してくれる。


「ひかりはお兄ちゃんらしくないなんて思ってない。この前料理がいっぱい出てきたときは驚いちゃったけど嬉しかったし、お兄ちゃんの気持ちを察せないのはひかりも同じ。だからお兄ちゃんは気にしないで。お兄ちゃんは今でもひかりの最高のお兄ちゃんです」


 それを聞いた僕は、胸が熱くなってしまった。

 今まで兄妹にはなりたくないという言葉で散々苦しんできた僕。でもひかりちゃんは僕をちゃんと兄として認めてくれている。


「そ、それなら――」


 僕は決心する。色々とまだ疑問は残ってるけど、最後はやっぱり気持ちを真正面からぶつけた方が伝わりやすいと思う。

 兄として僕を認めてくれているひかりちゃん。そんな彼女がこれからも僕と一緒にいたいと思ってくれてるなら、言う言葉はただ一つ。


「それなら、僕と兄妹になってください!」


 僕は頭を下げながら、大きな声でそう言った。

 女の子にこうやって想いを伝えるのは初めてのことだったけど、ひかりちゃんには絶対に伝えたいと思った。


「…………」


 ひかりちゃんは黙ったまま、何も言わない。それでも僕は祈るような気持ちで返事を待ち続ける。

 僕の気持ちは伝わらなかったのだろうか。それとも一生を左右することだから戸惑っているのだろうか。僕とひかりちゃんがここで兄妹になると約束しても、実際に兄妹になれるわけじゃないんだけど。


「ひ、ひかりちゃん……?」


 何分も待ったと思う。それでもひかりちゃんは返事をしてくれなかった。

 耐えきれなくなった僕は、怯えながらもゆっくりと顔を上げる。


 そこにはいつも不機嫌なときに僕に見せてくれる、可愛らしい膨れっ面のひかりちゃんがいた。


「ヤダ」

「ヤダって……」


 それは僕にとっては最悪で悪夢のような返事だったけど、いつものやり取りだったのでついつい普通に突っ込んでしまった。

 でもやはり後になって、徐々に僕の心に大きなダメージが入ってくる。


「(でも、そうか。僕は断られてしまったんだ。ひかりちゃんはやっぱり僕と兄妹にはなりたくないんだ)」


 僕という存在が消えていくような感覚。食事中だというのに、放心して倒れ込みそうになってしまう。

 いや、無意味な行為だとしても、最後くらいは兄として落ち着いて受け入れるべきなのかもしれない。


 と、そんな風に絶望の淵でフラフラしていた僕に、ひかりちゃんの不満そうな声が聞こえてくる。


「お兄ちゃんはひかりのことが嫌いなの?」


 いや、それは不満そうというよりは、不機嫌といったほうが正しい口調だった。

 さっき僕が行った認識合わせの質問にしては、少しトゲがありすぎる。

 僕はひかりちゃんが怒ってる姿はみたくないので、誤解を解こうと口を開いた。


「僕はひかりちゃんがいないと寂しくておかしくなっちゃうくらいだよ。嫌いなわけないじゃない」


 そう答えた僕だったけど、ひかりちゃんはなおも不機嫌そうに次の言葉を継いできた。


「でも、嫌いじゃないけど、結婚はしたくないんだよね!?」

「け、結婚!?」


 仰天の単語に一瞬頭が真っ白になってしまう。僕がひかりちゃんと結婚話をするだなんて。

 ちょっとドキッとさせられたけど、それより先にどうしてそんな単語が出てくるのかが重要だよね。


「結婚なんて、まだ早すぎて考えたこともなかったよ。どうしてそこまで話が飛躍するの?」

「飛躍なんてしてないもん! 兄妹になったら結婚できないから、今この瞬間の問題じゃない!」


 ずーっと混乱してきた僕だけど、その会話の中で閃くものがあった。それは、兄妹になったら結婚できないという言葉。

 彼女の口からその言葉が出てきてくれたおかげで、僕はようやく、ようやくここ最近の騒動の原因に行き当たった気がした。


「……もしかして、そんな理由で兄妹になるのを反対してたの?」

「そんな理由って――、お兄ちゃんひどいよ! ひかり、結婚できなくなるなんてイヤなんだもん! 重要な問題なんだもん!」


 僕は脱力し、無言で頭を抱えた。

 今日の彼女ではないけれど、喜べばいいのか悲しめばいいのかわからない心境だった。


 今回の騒動の発端は、彼女の好意と誤解から始まったみたい。

 でも、ということは、ひかりちゃんの言ってる好きって言葉はそういう意味だったの? 本当に?


「うぅぅ……!」


 だけど、深く考える時間はなかった。

 頭を抱えたまま黙り込んでいた僕に、ひかりちゃんの威嚇音(?)が聞こえてくる。

 このままだと彼女が泣き出してしまいそうだと思った僕は、疲れた体を動かし顔を上げて、彼女の勘違いを正した。


「義理の兄妹でも、婚姻届一枚出せば夫婦になれるんだよ」


 それを聞いたひかりちゃん。なんというか、鳩が豆鉄砲を食ったような? そんな感じでピタリと完璧に固まってしまった。

 さっきの話ではないけれど、その姿は少し写真に収めておきたいなと思った。


「えええええ!? なれるの~!?」

「僕も詳しくないから、たしかなことは言えないけどね……。でも、おそらく間違っていないはずだよ」


 ひかりちゃんはその瞬間、上品な彼女にしては珍しくいきなり席を立った。


「こ、婚姻届買わなくちゃ! 即日配達してもらえるかな!?」


 またもすさまじい疲労感と貧血のような症状が、僕を襲った。


「ひ、ひかりちゃん、婚姻届はもらえるものだと思うよ。役所とかインターネットとかで。でも、そもそも僕たちは十八歳になってないから、どの道まだ結婚はできないよ」


 フラフラになりながらも、僕は知っている知識を彼女に教えていく。


「じゅ、十八歳……。お兄ちゃん、後二年ちょっとのガマンだね! ひかりの方が誕生日遅いけど許してね!」


 まるで決定事項のように、僕との入籍の日取りを話し始めるひかりちゃん。

 僕からは彼女の求婚を断ることなんて出来やしないけど、さすがに後二年も経てばひかりちゃんだって心変わりしてるよね?


「疲れた……。なんだか本当に疲れたよひかりちゃん……」


 昼間ぐっすりと眠ってしまったから、夜は目が冴えてしまうかと考えていたけど、この調子ならもう一度ぐっすりと眠れそうだった。

 僕は忘れていた目の前の食事を思い出し、小さく切って口に入れる。


「そっか。ひかりとお兄ちゃんは兄妹になっても結婚できるんだね~。やったね~」


 結婚に憧れがあるのか、ひかりちゃんが夢見る少女のようにうっとりとしている。

 いつもなら照れてしまうような状況だったけど、僕にはもう残りの体力がほとんど残されていなかった。


「ひかりちゃん、そろそろご飯再開しない? 冷めちゃうギリギリのところだよ」

「!? いけない!」


 ひかりちゃんはハンバーグを切り取ると、いつものように幸せそうにモグモグと頬張る。


「うん、やっぱりお兄ちゃんのハンバーグは美味し~! 幸せ~!」


 疲れ切っていた僕は、彼女のその姿に苦笑した。

 大きな騒動になった僕とひかりちゃんの兄妹になるかならないかの話。

 それは終わってみれば簡単なボタンの掛け違いで、僕たち二人がちゃんと話し合っていればあっさりと解決する話だった。


 でも今、美味しくご飯を食べるひかりちゃんの姿を見て、僕は今回の騒動が悪いものではなかったと感じていた。

 辛い時期もたくさんあったし色々な人に心配と迷惑もかけてしまったけど、ひかりちゃんとの関係を改めて考えさせられたという点は良かったと思う。

 雨降って地固まるとも言うしね。


 僕も彼女を真似てハンバーグを頬張る。

 モグモグと咀嚼(そしゃく)する二人が目を合わせ、お互いに微笑んだ。


 と、その時彼女のスマホに着信が入る。


「あ、お父さんからだ。そういえば今日は仕事の合間に電話入れるって言ってたんだった。お兄ちゃん、忙しいお父さんが相手だから、食事中だけどいいよね?」

「うん、すぐに出てあげて」

「ありがと~」

「あ、でもひかりちゃん、寮には入らないでほし――」

「もしもし、お父さん? うんうん、ひかりだよ。今? いいよ~」


 僕の言葉は少しだけ間に合わなかった。

 今のひかりちゃんには何も心配は要らないと思うけど、お父さんが強硬手段に出てきたらどうしよう。


「あ、そうだお父さん! ひかりはお父さんに謝らないといけない話と、怒ってる話があります!」


 僕はこのままここで聞いていていいのかと思ったけど、食事を中座するとひかりちゃんが気にしちゃうかと思い直した。

 

「え、その前に大切はお話があるの? うん……、うん……、え、寮? ひかりが? どうして?」


 嫌な単語が聞こえてきた僕に、緊張が走る。

 万が一にでも、ひかりちゃんが寮に入っちゃったら――。


「ヤダ」


 でも、僕の不安はあっという間になくなっちゃった。

 本日二度目の彼女の台詞。それは、今度は正反対の頼もしい台詞となった。


「も~、お父さんひかりの話全然聞いてなかったでしょ! それがひかりの怒ってる話と謝らないといけない話なんだよ~」


 そうしてひかりちゃんは、お父さんへ義理の兄妹の婚姻についての誤解を謝罪し、勝手に口外したことを怒っていることを告げた。

 誤解を解いたひかりちゃん。後は彼女の独壇場だった。ポンポンと話が飛び出してくるひかりちゃんは、一度話し始めると大変なことになる。


「でもねお父さん、ひかりが誤解してたのが一番悪いんだけど、お父さんもひかりの話を聞いてくれてたらわかるよね? 毎日幸せだって言ってるのに、寮に入りたいだなんて思うわけがないよ~」


 僕はなるべく彼女の声を聞かないようにしながら、静かにご飯を食べ続けた。

 途中、彼女に目で合図を送り、二人分のスープを温め直しにキッチンへと入った。


「うん、うん。いつも心配してくれてありがとうね。でもひかりは元気に幸せに暮らしてます。この前も言った通り、テストの点数だって見違えるくらい良くなってるんだよ!」


 それほど長い間じゃなかったけど、彼女のお父さんはやはり忙しくしてるみたいだ。

 気が付けば、早くもひかりちゃんの喋りが話の終わりを匂わせる内容になってきていた。


「ひかりはだいじょうぶだよ。お父さんこそ立派なお仕事、頑張ってね。でも体のことが一番大事なんだから、無理をしちゃイヤだよ?」


 彼女はお父さんを励まし気遣い、そして電話を終える。


「はーい、それじゃ、また会いに行くね~! おやすみなさーい!」


 ちゃんとお父さんが電話を切るのを待って、通話を終了させるひかりちゃん。

 僕はすぐに笑いかけると、彼女に聞いた。


「お疲れさま。ハンバーグも少し温め直す?」

「ありがとう。でもひかり、お兄ちゃんのお弁当のハンバーグも好きだから平気だよ~。冷めてても美味しいんだ~」


 そう言って笑顔で食事を再開させるひかりちゃんを見て、僕はやっと心から安堵した。

 兄妹になる障害もなくなり、寮の話もなくなり、これからまた――僕は恥ずかしくて口には出せないけど――幸せな毎日が戻ってくる。


 そんな僕を見て、ひかりちゃんも本当に嬉しそうに笑ったんだ。


「お兄ちゃんが笑ってる。幸せそう。嬉しいな。ホントに嬉しいな~」


 照れくさくなった僕は最後の一切れを口に運んだ。

 出来るだけ彼女に合わせて食事ペースを落としていたんだけど、仕方ないよね。


「ごめんねひかりちゃん、お先にごちそうさまするよ。ひかりちゃんは気にせずゆっくり食べてね」

「はーい!」


 だけどひかりちゃん、そこで少し声の調子を落とし、丁寧語で僕に言った。


「今回はひかりがバカなせいで変な騒動を起こしてしまいました。ごめんなさい」


 僕もすぐに彼女に頭を下げる。


「僕も変にひかりちゃんに気を遣って、挙げ句大丈夫だと言っていたのに倒れて心配をかけてしまいました。僕がすぐにひかりちゃんに悩みを打ち明けていたら解決していた話でした。ごめんなさい」


 その姿を見て、ひかりちゃんは困ったように笑う。


「ひかりが元凶だけど、おあいこにしよ? これからはまた、ひかりは仲良くお兄ちゃんと一緒にいたい」

「いや、僕が悪かったよ。ひかりちゃんは間違っちゃったけど、他愛のない勘違いだったし」

「お兄ちゃん、おあいこだよ。ね?」


 僕は観念して、ひかりちゃんに笑いかけた。


「そうだね、おあいこだね。僕もこれからもひかりちゃんと仲良く一緒にいたいし」


 その言葉でニコリと笑うひかりちゃんを見て、僕は改めて思う。

 なんか普通に話しちゃってるけど、僕はこんな可愛い子相手に仲良く一緒にいたいだなんて言っちゃってるんだね。


 でもそこでひかりちゃん、何かを思い出したようにハッと表情を変えた。


「あ、そうだ。じゃあ、改めてひかりから言うね?」

「うん?」


 何のことかわからずにハテナマークを浮かべる僕に対し、ひかりちゃんは花咲くように笑うと言ってきたんだ。


「お兄ちゃん、ひかりと兄妹になってください」


 彼女のその微笑みは、一瞬で僕のすべてを持っていってしまうくらい美しかった。

 やっぱり彼女は僕がまともな状態では話せないような美少女だっただけど、妹なんだし仲良くすればいいだけだよね。


「よろこんで。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」


 僕が頭を下げて、そして顔を上げると、目が合ったひかりちゃんが再びニコリと笑いかけてきた。

 でも、僕はもう顔が真っ赤になっていて限界だった。微笑を浮かべながら視線を逃がす。


 しかし、そこでまたまたひかりちゃん、新しく何かに気付いたようで再度ハッと表情を変えた。


「待って。よく考えたらお兄ちゃん」

「うん?」

「兄妹で夫婦って最強だよね?」

「…………」


 (おさ)まっていたはずの頭痛がぶり返してくる。

 何に対して強いのかはわからないけど、きっとゲームでは最強という言葉をよく使うからここでも使ったんだと思う。


「僕たちは夫婦じゃないし、正式には義理の兄妹にもなってないけどね」

「ぶ~! お兄ちゃんのイジワル! ……でも、もし兄妹にはなれなくても、二年後には結婚しようね!」


 よく考えたら信じられないような美少女からのストレートなプロポーズだったんだけど、その時の僕は頭痛に耐性がなくなってきていたし感覚も麻痺してきていたしで、おざなりに返事を返した。


「そうだね、ひかりちゃんが二年後に覚えててくれたらね」

「ぶ~ぶ~!」


 ぞんざいな僕の物言いに、ひかりちゃんは可愛らしく頬を膨らませる。

 しかし彼女はその言葉をもう一度考えた瞬間、あることに気付いたようだった。


「……あれ? でもひょっとしてこれって、言質(げんち)取ったってことじゃ――」


 サーッと青ざめていく僕。

 僕はすぐに立ち上がると、食器を手に取りながら強く言った。


「で、デザート作ろうか! 誤解が解けた記念に! 僕も手が空いちゃったしさ!」


 ひかりちゃんは僕を驚いて見上げていたけど、やがて嬉しそうに笑うと口を開いた。

 彼女がデザートに釣られたのか、僕を許してくれたのか、あるいは僕の言葉を大切に胸にしまいこんだのかは、わからなかった。


「プリンアラモード! プリンアラモード作って!」

「……それは、さすがに今からじゃ無理かな。だいたいひかりちゃん、プリンアラモードそこまで大好きってわけでもないよね?」

「お兄ちゃんが作ってくれるものなら、なんでも好き~!」

「……材料を見て、一番美味しく食べられそうなものを作るね?」

「はーい! 楽しみ~!」


 こうして僕たちに、再び幸せな日常が戻ってきた。

 書類上は赤の他人なんだけど、思い返せば僕たちは、この時ちゃんと兄妹になったんだと思う。



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