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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件
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心の軋み、体の悲鳴


 ひかりちゃんのお父さんが、ひかりちゃんを寮に入れるかどうかを判断する最終日。

 僕は笑いながら、ひかりちゃんにいってきますを言っていた。


「いってらっしゃい、お兄ちゃん! また放課後にね!」


 一晩ぐっすり眠ったらしいひかりちゃんは、その日完全復活を遂げていた。

 僕はこっそりと彼女を観察していたけど、疲れを隠しているようには見えなかった。


「(吹っ切れたのかな。あるいは……、ダメだ。ひかりちゃんが何を考えているのかわからないよ)」


 僕は朝から疲労感を覚えながら、通学路を歩く。

 暑い日が続いていた。夏本番にはまだ早いのに、連日真夏日が続く。

 僕は太陽に焼かれながら、重い足を引きずるように学校へと向かう。


「(思えば妹になる人の考えがさっぱりわからないし、やっぱりお兄ちゃん失格だよね)」


 色々と限界だった僕は、すっかり兄失格という言葉が頭の中にこびり付いてしまっていた。

 ひかりちゃんと離れたくないという気持ちは今も強かったけど、それは贅沢な願い、自分のエゴだとも思い始めていた。




 そうして三時間目の体育の授業の時。

 先生は暑いから熱中症には気を付けなさいと言って、授業内容を変更して簡単な運動に変更してくれた。


 でも、ここ二日間ほとんど寝ていなかった僕は、そんな先生に対しても悪いことをしてしまう。

 軽く走る僕の目に、太陽の光が差し込む。「あ、眩しいな」そう思った瞬間、僕の足は(もつ)れ、そのまま派手に倒れてしまった。


 そこから先のことは、あまり覚えていない。

 気が付けば保健室にいて、早退を命じられた。病院に連れて行かれなかった分、まだマシだったかもしれない。


 保険の先生に送られて自宅に戻ってきた僕は(病院じゃなくてもいいかと何度も聞かれた)、それでも気持ちが晴れなかった。

 ひかりちゃんが帰ってくる前に戻ってきてしまったから、彼女を心配させてしまうと考えていたような気がする。


 それでもしっかりとお水を飲んでシャワーを浴びると、体がようやく眠気を訴えてきた。

 僕はもう一度お水を飲んで、適当に布団を広げるとすぐに眠りに落ちた。




   ◇




 意識の覚醒は、片手の違和感から始まった。

 なんだかとても温かい。眠っている最中に触られているのに、それがすごく安心する。


 同時にたっぷり寝た後特有の、体の充実感も感じる。

 これなら今日は久しぶりに気分良く目覚めることが出来そうだ。


 そこまで考えた瞬間、僕は今の自分の状況を思い出した。


「まずい寝過ごしたかも! ひかりちゃんの出迎えとご飯作らないと!」


 そうやって僕が大きな声を出しながら飛び起きると、すぐ側から「きゃっ」という可愛らしい悲鳴が上がった。

 驚いてそちらを見てみると、向こうも目を丸くしているひかりちゃんと目が合った。


「…………」


 お互いしばらくの間呆然と見つめ合っていたけど、やがて僕は無言で下を向いた。

 そこでは僕の手が、しっかりとひかりちゃんの両手に包み込まれているのが確認できた。


「……お、おはようひかりちゃん」


 どういう反応をしたらいいのかわからず、僕はなんとなくそう答えた。

 こっそり手を離そうと引っ張ってみたけど、僕が動かした瞬間に意外な速さでがっしりと握りしめられてしまった。


 やがて彼女も唐突な僕の起床から立ち直ってきたのか、表情を真剣そうな目つきに変えながら話しかけてきた。


「……どうして真っ先に、ひかりの心配してくれるの?」


 彼女は高ぶる感情を抑え込むように、わずかに声を震わせながら話し始めた。

 よく見ると、目元が若干赤い。僕は自分が一触即発の危険な状況に置かれていると感じた。


「学校で何かあったんだよね? それなのに起きて真っ先にひかりのことを気にしてくれるなんて、ひかりは喜べばいいのか悲しめばいいのかわかんないよ」


 彼女は「お兄ちゃんは優しすぎるよ」と付け加える。

 僕は返事に困り、曖昧に視線を彷徨わせる。


「ねぇお兄ちゃん、学校で何かあったんだよね? 何があったのか、ひかりに教えてほしい」


 まっすぐ僕を見ながら、ひかりちゃんは問いかけてくる。

 誤魔化しは無理そうだ。僕は観念してひかりちゃんに答えた。


「熱中症かそれとも睡眠不足か、どっちかわかんないけど、それで保険の先生に帰れって言われちゃったんだ。症状は軽かったんだけどね」


 ひかりちゃんは僕の言葉を噛みしめていたようだけど、すぐに口を開いて何かを言おうとした。

 しかし、ギリギリのところで先に僕が発言することに成功する。


「今はもう全然平気だよ? 帰れって言われたときだってそこまでひどい症状じゃなかったと思うし」


 実際のところ、やせ我慢でもなんでもなく体の調子は悪くなかった。

 十分な睡眠が取れたおかげなのか、ひかりちゃんに手を握っててもらったのが良かったのかはわからないけど、朝の気怠(けだる)さは一切なくなっていた。


「……ホントにだいじょうぶなの? 学校で少し気分悪くなっちゃって、帰って休みなさいって言われただけ?」


 ひかりちゃんが学校で起こったことの確認をしてくる。

 それは、意図的に隠そうと思った事実を言わなくてはいけなくなった質問でもあった。


「……気分が悪くなったというか、体育の時間に倒れちゃったんだ。それで話が大げさになって、家で休めって言われることになっちゃったんだよ」


 そして、その言葉に予想通りひかりちゃんは大きく反応した。


「た、倒れた!? お兄ちゃん倒れちゃったの!?」

「ちょ、ちょっとフラッと来ちゃってね。頭も打ってないらしいし――」


 僕の発言は最後まで聞いてくれなかった。

 ひかりちゃんはすぐに僕の体をゆっくりと押し倒して、再び布団へ寝かしつける。


「ひ、ひかりちゃん? 僕はもう寝なくても大丈夫だよ?」


 おとなしく従った僕だけど、もう眠くはないしトイレにも行きたかったし、お腹も空いてきていたし喉も乾いていた。

 でも、ひかりちゃんは膨れっ面で僕に布団をかけ直すと、突拍子もないことを言い出したんだ。


「お兄ちゃんはもう、ゲームオーバーです!」

「えええ?」


 唐突にそんなことを言い出すひかりちゃん。

 彼女にゲームを教えたのは僕だけど、どこで教育を間違えたのか、なんだかおかしな知識を身に着けさせちゃったみたい。


 しかし直後の彼女の説明で、彼女がそう言った意図は理解できてきた。


「お兄ちゃんはひかりに大丈夫って言ってくれたのに倒れちゃったし、それでもまだ自分のことよりひかりのことを気にかけようとしています。でも、それはもうダメです。これからはひかりがお兄ちゃんを心配します。お兄ちゃんが大丈夫って言ってもダメです」


 どうやらそういうことらしい。

 けど、大丈夫と言ったのに倒れてしまったからゲームオーバー、という考え方はわからないでもない。


「今日はゆっくり休んでてください。ひかりがずっと隣にいます」


 真剣な顔で、僕にそう言うひかりちゃん。

 隣にずっといてくれるのは嬉しいけど、元気なときに何もせずに休めと言われてもちょっと困る。


「じ、実は僕、朝から何も食べてないんだ。ひかりちゃんもお腹空いたでしょ? 家であるもので体に無理をかけず作るから、起き上がってもいいよね?」


 ひかりちゃんは僕の言葉で慌てて左右を見回した。


「ど、どうしよう。ひかりがなんとかしないと。あ、そうだ。こ、コンビニ!」


 ひかりちゃんは生活力皆無な箱入り娘だけど、この状況ではコンビニに買い物に行くという選択もするみたい。

 でも、彼女はその近所のコンビニに買いに行くだけで迷子になってしまう可能性が残ってたりする。


 あと、ひかりちゃんには僕の料理を食べてもらいたいんだけどなあ。


「あーでも、お兄ちゃんから目は離せないし……、どうしよう~」


 まだ出前を取るという考えには行き着かないひかりちゃん。

 でも行き着いちゃったら困るから、僕は恐る恐る口を挟んだ。


「じゃあ、ひかりちゃんにお願い事してもいいかな?」

「な、なんでも言って!」


 やや緊張した面持ちで、僕に振り向くひかりちゃん。

 少し罪悪感が湧いたけど、僕は少し面倒なお願いを彼女にすることにした。


「喉が乾いちゃったから、キッチンの白い棚に置いてある常温のお水を汲んできてもらえるかな? 冷蔵庫で冷やしてあるのだと胃がびっくりしちゃうかもしれないから」

「ま、任せて!」


 彼女は急いで立ち上がり、すぐに僕の部屋から出ていった。

 それを見た僕もすばやくこっそりと立ち上がり、彼女のいない隙にお手洗いへと向かった。


「持ってきたよ!」


 彼女が戻ってくる頃には僕もトイレから戻ってきており、なんでもない顔で出迎えた。

 罪悪感で胸がチクチクしたけど、彼女に真っ向からトイレに行きたいだなんて言うわけにはいかない。

 少なくとも、気を付けていってらっしゃい。とはならないと思う。


「はい、お茶。飲ませてあげる」

「ひ、一人で飲めるし、零れちゃったら大変だよ?」

「あぅ、じゃあどうぞ」


 僕はひかりちゃんからお水を受け取り、数口飲んで大きく息を吐いた。


「なんだか、お水飲んだら落ち着いてきたかも。ご飯作っていい?」

「ダメ」

「ですよね……」


 倒れてしまった僕の自業自得なんだけど、困ったことになってしまった。

 またしてもひかりちゃんには申し訳ないけど、次も卑怯な手で彼女の説得を試みる。


「でもほら、お互いお腹空いてるでしょ? ひかりちゃんも、僕の料理が嬉しいって言ってくれたじゃない。だから他で食べるより、僕の料理を食べてもらいたいな」

「……う~!」


 情に訴える作戦は、効果覿面(てきめん)だった。

 でも効果的過ぎて、ひかりちゃんはあっという間に涙目になって僕を威嚇し始めた。

 彼女のその攻撃は僕に効果抜群だった。僕もあっという間に罪悪感で胸が一杯になってしまった。


「……包丁と火、使わない?」


 ひかりちゃんがようやく折れてくれて、でも厳しい条件を提示してくる。

 包丁と火は使っちゃダメだなんて、僕は小学生以下の子どもなんだろうか。


「IHは使っていいの?」

「あ、あいえいち?」


 ひかりちゃんもIHクッキングヒーターはほぼ毎日見ているはずなんだけど、あれをなんと呼ぶのかはわからないみたい。

 一応補足しておくと、IHは炎は発生しない加熱用の調理器だ。


「あと、ピーラーもダメ?」

「ぴ、ぴーらー?」


 ピーラーは皮むき器。刃物は付いているけど、包丁より安全に使用することが出来る。

 でも、僕は他意なく条件に対しての質問をしていたつもりだったのに、いつの間にかひかりちゃんがまたもや涙目になっていた。


「う~! お兄ちゃんがひかりをいじめる!」

「えええ?」


 ひかりちゃんはわからない言葉ばかりを使われていじけちゃったみたい。

 慌てて彼女に謝る僕。


「ご、ごめんね。いじめてたつもりはホントにないんだよ。ただ、IHとピーラーを使えればある料理が作れるって思ったんだ。ハンバーグの温野菜添え。スープ付き。パンも冷凍してあるのがあるから、ご飯よりパンがいいならオーブントースターで焼くことも出来るし」

「…………」


 ひかりちゃんは僕が具体的なメニューを言うと固まってしまった。

 買い出しにもいけない包丁も火も使えないという条件だけど、ハンバーグもパンも冷凍だし、野菜は買い置きがある。


 ク~。


 固まっているひかりちゃんを見つめていると、可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえてきた。

 途端にひかりちゃんが頬を染める。レアな彼女の照れ顔の出現だ。


「は、恥ずかしい……」


 下を向いて小さくつぶやく彼女に、僕は笑いながら言った。


「体に無理しないように、すぐに作るね」

「……ひかり、ずっと監視しておくからね……!」


 彼女の可愛らしい提案に、僕は笑顔で頷いた。



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