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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件
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彼女の変化


「年貢の納め時だよ、空くん」


 ズシャッという着地音とともに、お父さんの巨大ロボが僕の見える位置に降り立った。

 そのロボットの周囲に、ズラリと警備ロボが並ぶ。


 辺りは一面破壊しつくされ、ただ一つ大きなビルだけが残っていた。

 お父さんは僕がそのビルに逃げ込んだのに気付いた瞬間、ビルへの攻撃を止めて周囲を包囲し始めていた。


「どうやら最後に一機ロボットを作ることに成功したようだが、その出力反応では大した機体ではあるまい」


 僕が組み上げたロボットは、すでにお父さんのレーダーに捉えられていた。

 大まかな性能も見破られている。たしかにお父さんのロボットに比べれば、僕の機体の性能は格段に劣っている。


 でも、それは仕方のないことだ。

 ロボットものに限らず、バトルものの作品はシリーズを重ねるにつれてインフレが進んでいくものだから。


「さあ、見せてもらおうか、――君の墓場となる機体をね!」


 お父さんはその声をともに、警備ロボに攻撃を命じた。

 途端に始まる激しい銃撃。ビルはあっという間に穴だらけになり、やがて大きな音とともに崩壊した。


 そして、その崩壊の土煙が風に流されていくと――。


「ッ!? その機体とペイントカラーは!?」


 空に浮かぶ一機のロボット。

 お父さんはそれを見て、驚きの声を上げた。


 僕は思わず声を出しそうになってしまうほど嬉しかった。

 実はこの僕の作戦、一切気が付かれずにそのまま攻撃されていたかもしれないんだよね。


 僕は芝居がかった口調で、お父さんに話しかける。


「さすがお父さんですね。これに気が付くとは」

「そ、それは幻の……」


 機巧戦記には、いわゆる主人公機体というものは存在しない。

 プレイヤーがそれぞれ自分の気に入ったパーツで気に入ったロボットを組み上げていく仕様上、どうしても万人共通の主人公機というものは存在できないんだ。


 でも、それでもパッケージや広告のトップを飾るロボットというものは存在する。

 僕が組み上げたロボットは、そんなロボットの一つだった。


「幻の初代機巧戦記の、未発表の広告機カラー!」


 機巧戦記を生み出した会社は、ソフトを発表した直後に他企業に買収されてしまった。

 そのため広告も途中で変更せざるを得なくなった。


 これはそんな過程で消滅した、幻の広告に出てきた機体だった。


「どうですか? 気に入ってもらえましたか? 僕はこれからこのロボットで、お父さんに特攻を仕掛けます」


 僕の機体を見て驚いていたお父さんも、その言葉で落ち着きを取り戻したようだ。

 納得がいったように、ゆっくりと話し始める。


「なるほど。そこも広告のポーズに似せるというわけか。たしかに広告は、その機体が突撃を仕掛けていくシーンが描かれていたね」


 お父さんは笑った。


「なかなか味な演出だよ。ただ負けるだけではない、意味のある負け方ってやつかな。気に入ったよ。正直、一杯食わされた気分だ」


 そうしてお父さんは、もう一度笑う。

 僕はそんなお父さんに、静かに言った。


「言いましたよね、勝負はまだ終わっていないと」


 その言葉を聞いたお父さん、明らかに気分を害しちゃった。


「たしかにそうだ。では、早速勝負を終わらせてもらうよ」

「――行きますよ」


 僕とお父さんの声が重なる。


「「勝負!」」


 僕はそう言った瞬間、フルパワーでロボットを発進させた。

 狙うはただ一つ。お父さんの巨大ロボの胸部のみ。


 しかし、圧倒的な火力の前に僕の機体はどうしようもなかった。

 いくら広告などで採用された機体とは言え、やはりそれは見た目重視。


 しかも初代機巧戦記の機体は、最新の機巧戦記の機体に比べて性能が劣る。

 まあ、だからそこまで良いパーツじゃないから、僕が短時間で見つけて来れたんだけどね。


「ふはははは! いい、実にいい散り様だよ空くん!」


 僕のロボットはお父さんの機体にたどり着く前にバリアがなくなり、後はただの的になった。

 空中で蜂の巣にされて、バラバラになっていく僕のロボット。


 あっという間に自走すら出来なくなり、僕のロボットは重力に導かれお父さんの巨大ロボへと落下し――。


 そして僕は、賭けに勝った。


 べシャッと音を立てて、僕のロボットの残骸がお父さんの巨大ロボの胸部へとぶつかった。

 頭部と右腕が、かろうじてくっついているだけのロボットの残骸。お父さんはそれを鼻で笑う。


「ふっ。どうかね空くん。今の気分は」

「…………」


 僕は何も答えなかった。

 ただ黙ってお父さんの話を聞く。


「君はこれを理不尽な結果だと思うかね? 自分は実力では負けてないと言い張るのかね?」

「まさか。仮に負けたとしても、そんなことは言いません。運も実力の内です。それに、お父さんは運だけじゃなくて実力も判断能力も確かなものでした」


 今度はすぐに返事をする僕。

 しかしお父さんは少し気になった点があるようだ。


「仮に負けたとしても、か。さすがにちょっと見苦しくなってきたよ。素直に負けを認めていれば、良い終わり方を迎えられたと思うのだがね」

「まだ、勝負は終わっていませんから」


 またしても僕がすぐに答えると、とうとうお父さんは怒り出しちゃった。


「往生際が悪いぞ! キサマにこれから何が出来る!」


 僕はこっそりと笑うと、改めてお父さんに説明を始めた。


「獅子ボディのコックピットは、オーソドックスに胸の中央にあるんですよね」


 その言葉に、お父さんはハッとなったようだ。

 しかし直後に、お父さんは大きな声で笑い始めた。


「ははははは! それが空くんの切り札だったのかね。残念ながらこのボディ、君が自爆してもコックピットにダメージは入らんよ!」


 ピンポイントな自爆による引き分け狙い。

 お父さんは僕の作戦をそう考えたみたいだ。


 そこで僕は少し笑って、お父さんに謝罪を始める。


「すみません、お父さん。実はこの機体、厳密には初代の広告機体じゃないんです」

「……なんだって?」

「本当のファンなら武装も同じにしなくちゃダメだと思うんですけど、見た目が変わらないことをいいことに、右手の内蔵武器を変えちゃいました。これってやっぱり邪道ですよね?」

「右手の内蔵武器……?」


 今度こそ、お父さんの顔が青ざめた。

 どうやらそのボディを貫けるだけの威力を持つ武器に、思い当たったみたい。


「あ、やっぱりわかっちゃいました? すぐに連想できますよね。お父さんもさっき使ってましたし」

「まさか、まさか――」

爆砕爪(ばくさいそう)。盾の中に鉄杭を内蔵した武器。僕もお父さんも、上手く使いこなせませんでしたけどね」

「貴様ぁアアア!」


 お父さんが叫びながら、巨大ロボを動かそうとする。

 だけど、僕は。


「――遅いッ!」


 その胸部に向かって、右手のパイルバンカーを打ち込んだのだった。

 ズガンというすさまじい音とともに、巨大ロボのボディが貫かれる。


 そこで、二つ目の僕の邪道が露見する。

 多くのパイルバンカーは内蔵した杭を再利用するのだが、そのときの僕は射出――まさに一回だけの切り札として杭を撃ち出したのだ。


「ぐわぁああああああ!?」


 杭はコックピットをも貫き、お父さんの巨大ロボの背中から飛び出していった。

 そして僕のゲーム画面に、勝利を知らせる文字と音楽が鳴り響く。


「(……勝った……)」


 今回は運が良かった。いくら勝算があったとは言え、明らかに無謀な挑戦だった。

 でもまあ、これを見越していたわけじゃないけど、運も実力の内って言葉もあるしね。


 僕は専用ゴーグルを脱ぎながら、お父さんに勝算の説明をしていく。


「初代機巧戦記のロボットは、頭にコックピットがある機体も多いんです。あの機体もそうですね。あと、警備ロボは的の中央を狙うAIなので、頭へはあまり弾が飛んでこないんです。とはいえ、あの数ですから僕は運が良かっただけだと思いますけど」


 持っていたハンカチでゴーグルを拭きながら「勝ちにこだわるならお父さんだけでも頭を狙うべきでしたね」と付け加える僕。


「あと、実はパイルバンカーは両腕に装備していました。僕の機体は頭と片腕さえ残ってお父さんのロボにたどり着ければ、一発は攻撃できたわけですね」


 そう言って僕はコントローラーも拭き始める。

 さっきからお父さんは黙ったままだ。ゴーグルを被ったまま、あんぐりと口を開けていた。


 激闘を制した僕は、綺麗になったゴーグルとコントローラーを見て大きく息を吐いた。

 ここに来るまでは予想もしていなかった展開だった。

 玖音さんのお父さんが機巧戦記を好きなことは知っていたけど、まさか今日ガチの対戦をすることになるとは。


「……お父さん?」


 しかし、僕が綺麗にしたゴーグルとコントローラーを持ってお父さんに近付くと、お父さんは突如小刻みに震え始めた。

 これはマズイ。僕がそう思った瞬間、その予感は的中した。


「認めん! 認めんぞぉおおお! 儂は玖音のためにも負けを認めるわけにはいかんのだ!」


 唐突にお父さんは感情を爆発させた。

 ゴーグルを脱ぎ捨て、烈火のように怒り始める。


「まだ勝負は終わってないぞ! 三回勝負とは三回勝ったほうが勝ちという勝負のことだからな! これから儂が三タテして逆転勝ちするからな!」


 またしてもそんなことを言い出すお父さん。

 僕としては、もうお父さんが満足するまで勝負に付き合ってあげてもいい気分になっていたので、素直に頷こうとした。


 しかしそこで、タイミングを見計らったように部屋の扉が開かれた。


「あなた、お茶が入りましたよ」


 入ってきてすぐにそう言ったのは、和服が似合う玖音さんのお母さん。

 すぐ後ろに、ひかりちゃんと玖音さんの姿も見える。


 ひかりちゃんはなんだか今にも僕に飛びついて来そうなくらいニコニコしていて、玖音さんは顔を真っ赤にして体を震わせていた。

 どうやら玖音さん、いつものようにただ恥ずかしくて顔を赤くしているわけじゃなく、今回は恥ずかしさに加えて怒りからも顔を真っ赤にしてプルプル震えているようだった。


「お、おまえたち!? 誰が入ってきていいと言った!」

「まあまあ、いいではありませんか。一条さん兄妹が美味しいお羊羹を持ってきてくださいました。一緒にいただきましょう」

「ええい、後にしろ。儂はこれからやらねばならんことが――」

「あなた、先ほど自分自身で仰っていたではありませんか。往生際ですよ。ここは素直に負けとしましょうよ。大丈夫、空さんはあなたの大事なものを持って帰るつもりはなさそうですよ」


 お母さんの言葉にドキリとする僕。

 どうもお母さん、僕とお父さんのやり取りを聞いていたみたい。

 そして驚いたのは、お父さんも同じだったみたい。


「し、しまった。たしかに儂は、部屋にあるものをなんでも持って帰っていいと約束してしまった――」


 お父さんはそう言いながら、不安そうにキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせる。

 だけど、お母さんの言っている通り、僕は別に何も要らないんだけどなあ。


 僕がそれを伝えようとして口を開いた瞬間、お父さんが自身を睨みつけてきている玖音さんに気付いた。

 ゆでダコのように顔を赤くして不機嫌さを隠そうともせずにお父さんを睨む玖音さん。

 彼女を見て、お父さんの頭の中ではどういう化学反応が起こったのだろうか。


「い、いかん! 玖音、すぐに部屋から出ていきなさい!」

「……え?」


 唐突なお父さんの発言に、気勢を削がれたように驚く玖音さん。

 戸惑う彼女に、お父さんは大きな声で言い放った。


「空くんはおまえを狙っている! 部屋の中にいるおまえを、空くんはこれ幸いと持って帰ってしまうぞ!」

「「えええ!?」」


 僕と玖音さんの悲鳴が重なり、次にお互いの視線が重なった。

 目が合った玖音さんは、火が着いたようにさっきの倍くらい顔を赤くして俯いてしまう。


 そんな彼女を見て、僕は慌ててお父さんに告げた。


「そ、そんなこと考えていませんって。それに、僕は別に勝負に勝ったとしても何も要りません――」

「なにい!? 貴様は玖音が要らんと言うのか!」


 僕の言葉に被せ気味に大声を出すお父さん。


「それも言ってませんって。玖音さんは素敵な女性ですし、僕なんかが要らないなんて言えるはずもありま――」

「やはり狙っているではないか!」


 小さな子どものような反応を見せるお父さん。

 玖音さんのお父さん相手だけど、この会話に付き合うのは僕だって面倒になってきた。


 しかしまたそこで、お母さんが助け舟を出してくれる。


「あなた、もう止めましょう。ごめんなさいね、空さん。この人ったら昔からゲームと娘のこととなると人が変わっちゃって……」


 お母さんのその言葉を聞いた僕は、少し気持ちが楽になった。 

 娘の玖音さんも、ゲームのこととなれば少し積極的になる。


 父娘って似るものなんだなと考えると、なんだかほっこりした気分になった。

 いや、やっぱり今のお父さんは面倒くさいけど。


「お気になさらないでください。僕はまだ若輩者で子を持つお父さんには到底及びませんけど、大切な娘さんのことですから、考えすぎてしまう気持ちもわかるような気がします」


 僕はそう言いながら――初めて会うお母さんだったので目を見て話すのは恥ずかしかったので――軽く頭を下げた。

 そんな僕に、お母さんの楽しそうな声が聞こえてくる。


「あらあら。そう言っていただけるとこちらとしても助かりますわ。ほらあなた、もう終わりにしてお茶にしましょう」


 しかしお父さんはやっぱりまだ納得出来ないらしく、口を大きく開けて言い放った。

 しかもそれは、今までで一番の特大サイズの爆弾発言だった。


「いいや、まだ安心できん! おまえも見ただろう! この前誰かと話していると思っていたら、顔を赤くして部屋から出てきた玖音を! あの時の表情は紛れもなく恋する乙女の表情だった! きっと空くんは裏で猛烈に玖音を口説いているに違いない!」


 僕は一時思考が完全に停止してしまった。

 その後すぐに思い浮かんだのは、先日玖音さんと二人で話していたときのこと。あの時玖音さんは、そんな表情で僕とのメッセージをやり取りをしてたの?


 しかし、考える時間はなかった。

 部屋にすぐに大きな声が響き渡る。


「あなた!」

「なんだ、そもそもおまえが言い出したんだろう。玖音にいい人が出来たみた――ひぃ!?」


 お父さんは言葉の最中で年甲斐もなく大きな悲鳴を上げた。

 それもそのはず。さっきまで穏やかな顔で笑っていた玖音さんのお母さんが、目の奥をギラリと輝かせて口元だけの笑顔になっていたんだ。


「少しばかり、おいたが過ぎたようね」

「あ、いや、儂は玖音のためを思って……!」

「これはお仕置きね。いいから来なさい?」

「…………」


 顔を真っ青にしてお母さんに連れられていくお父さん。

 去り際にお母さんは、再びにこやかに笑うと、僕たちに向かって言った。


「度々ごめんなさいね。玖音はあがり症だから、もしも男の子と話なんかしたら顔を赤くしてしまうと思うの。でも気にせずに、これからも仲良くしてあげてくださいね」


 お母さんに言われた僕は、半ば条件反射ですぐに頷こうとした。

 しかしそれよりも先に、僕の妹が元気良く答えたんだ。


「はい!」


 曇りのない真っ直ぐな返事。

 お母さんはそんなひかりちゃんの返事に驚いていたようだけど、すぐにまた笑うと言った。


「すばらしいご兄妹のようね」

「ありがとうございます」


 今度のひかりちゃんは、お礼の言葉とともにちゃんと頭を下げる。

 僕も慌てて彼女に習った。


「玖音、よかったわね」

「あ、うん。……お父さんに怒っておいてね」

「ええ、ちゃんと言い聞かせてくるわ」


 初めて聞く玖音さんの家族への言葉遣いと、二人のやり取りでビクリと体を震わせるお父さん。


「あなた? 皆さんには先にお茶にしてもらってもかまいませんよね?」

「も、もちろんだとも。玖音の大切なお友だちだ。ゆっくりしていきなさい」


 やはりお母さんにビビりながら答えるお父さん。

 お仕置きって言葉が聞こえてきてたけど、これからお父さんは何をされちゃうんだろう。


「では玖音、後はよろしくね。空さんひかりさん、どうぞごゆっくりしていってください」


 そうしてお母さんとお父さんは部屋から出て行き、後には頬を赤く染めた玖音さんと、やはり顔が火照ってる感じがする僕とひかりちゃんが残された。 

 しかし、さっきのお母さんのフォローにより、少しは場の空気がマシになっている。

 僕は「お父さんも早とちりが過ぎますね」と切り出そうとした。


 だけど、さっき玖音さんと仲良くすると返事をしたはずのひかりちゃんが。

 お父さん以上の直球で、玖音さんに迫った。


「くおんちゃんって、お兄ちゃんのこと好きなの?」


 再び凍りつく場の雰囲気。

 その時の玖音さんの変化は、見ていて同情したくなるほどの大きな変化だった。


 ひかりちゃんに問われた瞬間、顔が真っ青に青ざめる玖音さん。

 しかしその数秒後には、プシューという擬音が聞こえてきそうなくらいに一気に赤く染まっていく玖音さん。


 僕もそうだけど、あんなことを聞かれちゃったら恋心のあるなしに関わらず、恥ずかしくて顔が赤くなっちゃうよね。


「あ、あの、それは……」


 ひかりちゃんに追い詰められ、しどろもどろになる玖音さん。

 僕が何か口を挟むべきかと焦っていると、ひかりちゃんは玖音さんのその態度を見て何かを確信したみたい。


 ニコリと笑って、玖音さんの手を握るひかりちゃん。


「ひかりとおんなじだね!」


 玖音さんは目を最大限に見開き、ひかりちゃんの言葉にただただ驚く。


「ひかりもお兄ちゃんのこと大好きなんだ~。優しくてカッコよくて、素敵だよね~!」


 彼女はまるでアイドルの男性を話題にするかのごとく、玖音さんに僕のことを話す。

 僕は恥ずかしくて止めてほしかったけど、僕が口を挟む前に信じられない展開が始まったんだ。


「そうですね。ひかりさんのお兄さんは素敵な方ですよね」


 耳の先まで赤くしながら、それでも玖音さんは笑ってひかりちゃんに答えた。

 僕が見ているのにも気付いているはずなのに、彼女は笑顔を見せ続ける。


「だよね~!」


 手を取り合って、盛り上がる女の子二人。

 やがて玖音さんは僕に視線を向けてくると、困ったような、照れくさそうな、恥ずかしそうな、複雑な表情で微笑んだ。 


「では移動しましょう。お茶の用意ができているみたいです。お羊羹以外にも色々オススメの品があったはずですよ」

「やった、楽しみ~!」


 初めて会ったときは僕以上に緊張して縮こまっていた玖音さんなのに、今は背筋をピンと伸ばして笑っている。

 女の子は恋をすると強くなるという言葉が思い浮かんだけど、僕は慌てて首を振ってその考えを振り捨てた。

 玖音さんは僕なんかには釣り合わないお嬢様だ。きっと彼女はホームグラウンドの自宅にいるから落ち着いているんだよね。顔は真っ赤なままだけど。




 そうして僕たちは、お父さんのゲーム部屋を後にする。

 すぐにお手伝いさんの女性が近付いてきて、彼女に部屋までの案内もお茶の準備もしてもらった。


 見た目は純和風の玖音さんのお家だけど、中にはいろんな部屋があるみたい。

 僕たちは洋間に通されて、そこで緑茶を楽しんだ。


「このお菓子って色々な呼び方があるよね。玖音ちゃんはなんて呼ぶ?」

「ええと、ぼたもち、でしょうか。地方と季節によって呼び名が変わるんでしたよね?」

「お~、さすが玖音ちゃんだ。私は子どもの頃、ぼたもちとおはぎが同じお菓子のことを指してたなんて知らなかったんだよ~」

「諸説あるみたいですけど、ほとんど同じお菓子ですよね。春の牡丹餅(ぼたもち)、秋の御萩(おはぎ)でしたっけ。それぞれの季節の花に由来しているみたいですね」


 僕はいつものようにひかりちゃんと玖音さんの会話を聞くだけだったけど、

 いろんな緑茶を飲み比べさせてもらったり、お母さん手製のミニぼたもちをいただいたりと僕は僕で充実した時間を過ごすことが出来た。


 そうしてしばらく会話を楽しんだ後、ひかりちゃんがお暇しようと提案してきた。

 長居するとご迷惑になると考えたみたい。僕がそれに反対するわけもなく、少し早かったけど僕とひかりちゃんは玖音さんの家を後にした。


「またいつでも来てくれたまえ」


 戻ってきたお父さんは、最初出迎えてくれたときのように穏やかに僕たちを見送ってくれた。

 時折表情が引きつっていて、隣のお母さんにビビりまくっていたようにも見えるけど、きっと気のせいだよね。


「今日は楽しかったね、お兄ちゃん」

「……そうだね」


 帰り道、僕たちは今日一日のことを思い出していた。

 途中はお父さんに捕まってどうなることかと思ったけど、思い返してみれば悪い一日ではなかった。


 でも、玖音さんが僕に恋心を抱いているみたいに言われたのには驚いた。

 今日僕が呼ばれたのは、その勘違いが原因で間違いないよね。


 そんなことを考えていると、僕の顔を見ていたひかりちゃんが、まるで心を読んだかのように問いかけてきた。


「お兄ちゃんは、くおんちゃんに好きって言われたら、付き合っちゃう?」

「ゲホッゲホッ!」


 僕がむせ返るのを見て、ひかりちゃんは不思議そうに、でもすぐに背中を(さす)ってくれる。


「あ、ありえないことを言わないでよ。ビックリしちゃうよ」

「そうかな~? ありえないかな~?」


 玖音さんは奥ゆかしい性格だから、しかも僕なんかには告白なんてしてこないと思う。

 その時一瞬、顔を赤くしながらも背筋をピンと伸ばして笑う玖音さんの姿が思い浮かぶ。僕はすぐに首を振って思考をリセットした。


「それに、玖音さんは軽々しく交際だなんてしないんじゃないかな。彼女ならちゃんと結婚のことも見据えて交際しそうな気がする。……これって僕の偏見かな?」

「うーん、ひかりは偏見だとは思わないけど……」


 そこでひかりちゃん、一度言葉を切ると、再びもう一歩踏み込んできた。


「じゃあお兄ちゃんは、くおんちゃんに結婚を前提としたお付き合いをしてくださいって言われたらどうするの?」


 結構強烈な質問だったけど、その質問には僕は笑ってすぐに返事を返せた。


「まさか。それこそありえないよ」


 玖音さんが僕なんかと添い遂げたいと思うはずがない。

 情けないことだけど、僕はそう確信してひかりちゃんにハッキリと否定の言葉を言った。


「うーん……」


 ひかりちゃんはまだ不満そうだったけど、それ以上聞いてくることはなかった。

 というか、僕はこんなに可愛い女の子と恋話なんてしてるんだね。今更ながらに恥ずかしくなってきたよ。


「でも、そっか~、結婚を見据えて、か~」


 ひかりちゃんが前を向いて歩きながら、独り言のようにつぶやく。 

 僕としてはもうこの話題は避けたかったし、さっきから顔が赤くなって耐えきれなくなってきていた。


 そんな風に頭がゆだっていた僕は、次のひかりちゃんの小さなつぶやきに気が付くことが出来なかった。


「ひかりも考えたほうがいいのかな……。たしか、兄妹だと結婚できないんだよね……」


 その言葉を聞いていたら、僕のこれからの対応も違っていたと思うのに。



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