最後まで楽しく
僕とお父さんはスカイダイビングのような形で、戦いの舞台となる無人の巨大都市へと降下していく。
建物も崩れたり破壊されたりしているけど、古代の超技術でネオンが少し残っている巨大都市。
そうして降下を続ける僕とお父さんだったけど、そのお父さんは、早くも勝負に出た。
「それでは空くん、また会おう! 次に会うときは、儂の自慢のロボに驚くがいい!」
お父さんは体の姿勢を変え、落ちる方向を調整する。
その向かう先は、都市の中心部。物資も豊富にあるが、警備ロボが今もたくさん可動している地域だ。
「……やられるときは、せめて僕の手でお願いしますよ」
警備ロボなんかにやられて、つまらない決着は止めてくださいねという嫌味だ。
お父さんはその挑発を気に入ったらしく、僕に楽しそうに言ってきた。
「ふっ。また会おう!」
お父さんのキャラクターは更に姿勢を変えて、一気に僕から離れていった。
僕は燃え上がってくる自分の気持ちを楽しみながら、セオリー通り都市の外部へと降り立つ。
「(さて、早くロボのパーツを探し出さないと)」
機巧戦記に限らず、デスマッチ、バトルロイヤルのような試合形式のゲームは、試合が終盤に差しかかるにつれてステージが狭くなっていくギミックがあったりする。
このゲームもそのシステムが採用されており、ストーリー的には人類が過去の戦争で残した毒ガスがマップを外周から埋め尽くしていく。
マップの端っこで延々パーツ探しをしたりは出来ないんだよね。
そして、このパーツ探しが大きく運に左右される。
パーツがある大体の場所は決まっているが、細かい位置は毎回ランダムだ。
さらにマップの中心から離れれば離れるほど、落ちているパーツの量も質も悪くなる。
まあ、中心に行けば行くほど警備ロボが強く数多くなっていくんだけど。
そういうわけで、警備ロボがいない外周部でロボットを作り、それに乗って警備ロボを倒しつつ徐々に中心部に向かっていくのが序盤のセオリーとなる。
そうやってまた質の良いパーツを探し出して、段々ロボットを強くしていくんだね。
「(よし、高機動型の脚パーツが手に入った。頭と腕のパーツは最底辺のジャンク品だけど、これなら機動力を活かして早めに中心部に向かえるかも)」
僕は壊れた建物などを駆け巡りながら、ロボットのパーツばかりを探していく。
ピストルなどは見かけても最低限の装備しか揃えなかった。お父さんは中心部に降りて行ったんだし、生身での撃ち合いが起こることはないだろう。
「(胴体、胴体はどこだ……。あ、人間用バリアスーツだ。しかも無駄に硬い。けど、対ロボットなら紙切れ同然なんだよね……。まあ一応装備しておくか)」
ちなみに、ロボットのパーツと言っても、実際に大きなロボットのパーツを持ち歩くわけじゃない。
そこはゲームだから、小さな箱に不思議な技術で収納されている。
「(ああ、また腕パーツを見つけてしまった。でも、いい武器が内蔵されてるな。大口径のガトリング砲か。なんだかんだで良い滑り出しかも)」
近くにライバルがいないため、僕は速度重視でどんどんパーツを掘り出していく。
そうして順調に物資を揃えていた僕。しかし、僕以上に順調だったプレイヤーがいた。
「玖音、玖音……! やはり天は儂の味方だったよ……! それともおまえが応援してくれていたのかい?」
なんだか嫌な台詞が聞こえてきた。
直後、巨大ビルが立ち並ぶ都市の中心部で、大爆発が起こる。
「ふはははは! もう警備ロボなど怖くないぞ! これからは儂の時代だ! 空くん、せいぜい絶望に打ちひしがれたまえ!」
その言葉とともに、爆風から巨大なシルエットが飛び出してくる。
お父さんはハイリスクハイリターンの賭けに、見事に勝利していた。
遠目で、しかも薄暗いシルエットだけだったけど、そのロボットのことは僕にはすぐにわかった。
「え、もう獅子シリーズが揃ってる!? まさかお父さん、ほぼ最強のロボを完成品で引き当てたんですか!?」
たしかに都市の中心部では、すべてのパーツが揃っているロボットが眠っていることがある。
でもそれは型落ちのロボットがほとんどで、最強クラスのロボットが丸々眠っているなんて、宝くじに当たるより難しい確率だと思う。
「こんな状況ありえませんよ! 公式の試合でも、ここまでひどいインフレが起こった試合は記録にないと思いますよ!」
「なんとでも言いたまえ。これが現実。実際に君の身に起こっている今の状況なんだ。ふはははは!」
いきなりめちゃくちゃ強いロボットを手に入れて、お父さんは最高に興奮していた。
しかもお父さん、自分の幸運に酔いしれつつも、頭の中は冷静だった。
爆風から飛び出してきた巨大ロボは、そのまま飛行しながら僕がいる地域へと向かってくる。
「さて、空くんはあの辺りに降りたはずだ。時間からしてそこまで遠くには行けていないだろう」
僕はギクリと体を強ばらせた。
お父さんがこのゲームを猛特訓したというのは嘘ではなかった。お父さんは危険地帯に降りつつも、しっかりと僕のことを頭の片隅に入れていたらしい。
「(まずい、この辺り一帯、焼け野原になっちゃう!)」
僕はすぐに走り出した。もうパーツがどうとか言ってる暇はない。
まずは逃げないと。一刻も早く、お父さんから遠く離れないと!
「空くん」
「は、はい」
キャラクターをその場から逃していく僕に、お父さんがゴーグル越しに話しかけてくる。
「やられるときは、儂の手でお願いしたいところだねえ」
「……くっ!」
それは、さっき僕がお父さんに言った挑発。
お父さんは僕に、逃げ惑った挙げ句警備ロボに殺されるなよと言ってきたんだ。
「……勝負は、まだ終わっていませんよ」
僕はそうつぶやくと、もう一度コントローラーを握りしめた。
◇
防戦一方の戦いが続いていた。
お父さんは的確に僕の居場所を潰していく。やはり、猛特訓したというのは嘘じゃなかった。
「どうした? もうロボットはおしまいかね?」
実は先ほど、僕は逃げながらもパーツを集め、それなりのロボを組み立ててお父さんに戦いを挑んだんだ。
でも、あっさりと敗退。お父さんはロボットの操縦技術もちゃんと磨いていたみたい。
「儂のエネルギー切れでも狙っておるのかね? そんな間抜けなことをするわけがなかろう」
さっきはクエストに失敗したのに、今のお父さんは別人のように隙がなかった。
ちゃんとエネルギーの補給も早め早めを心がけている。僕は確実に追い詰められていた。
「ふむ。あっさり終わるかと思ったが、空くんはこそこそ逃げ回るのが得意なようだね。存外時間がかかってしまった」
僕は今は壊れたロボットを乗り捨て、再び生身で隠れていた。
すでに都市の外周部分は毒ガスに覆われてしまっている。僕は警備ロボに見つかっても危険な状況で、狭まってきたマップに隠れ潜んでいた。
「スキャンにも引っかからない。こんなことになるなら、最初から作戦を変えていたほうが良かったようだね」
僕は歯噛みしながらお父さんの言葉を聞いていた。
状況は、さらに悪化しそうだ。どうやらお父さん、少人数対戦では滅多に使われないゲームシステムを思い出したらしい。
「少しだけ猶予をあげよう! それが君の最後の時間だ!」
お父さんはそう言って、都市の中心部へと飛び立っていった。
やはりお父さんは気付いている。どうすれば僕を追い詰められるかを。
お父さんが向かったのはマザーコンピュータがある場所。
そこでお父さんはマザーコンピュータをハッキングして、警備ロボを味方につけようとしているのだ。
しかし、ゲーム的にそんな行為が何の障害もなく行えたら面白くない。
この場合の障害は、マザーコンピュータを守る警備。最強の警備ロボと迎撃システムが、マザーコンピュータの周囲には配備されているのだ。
本来ならこの警備システムは複数のプレイヤーが協力して破るもの。
だけどお父さんは、ロボットの性能ゴリ押しで一人で警備システムを突破しようと考えているみたいだった。
「(さすがにチェックメイトかなあ。これから運良くお父さんと同じ性能のロボットを手に入れたとしても、向こうに警備ロボが味方に付く以上僕の負けだ)」
そもそもお父さんと同じ性能のロボを今から手に入れるのが絶望的な状況だ。
僕の思考は自然と負けた後のことに移行していく。
「(当初の予定通りお父さんに花を持たせてあげられるんだし、他にもお父さんを褒めてあげられる点もいっぱい見つけた)」
今後のことを考えれば、ここで僕が負けてお父さんを褒め称えるのがいいのかもしれない。
僕がお父さんに敵視されたままだと、玖音さんも僕の家に来づらいだろうし。もちろん、僕じゃなくてひかりちゃんと遊ぶために、だね。
「(それが良さそうかな……。うわっ!?)」
物陰から少し通りを窺うと、あっという間に銃弾が飛んできて壁を穿った。
そろそろこの場所に隠れるのも限界のようだ。僕は立ち上がりながら、お父さんが白けないように最後まで装備は整え続けようかと考える。
「(ま、一応がんばりますか……!)」
僕は物陰から走り出した。
途端に警備ロボから雨あられのように銃弾が浴びせられるが、僕は一目散に走りつつ次の物陰を目指す。
しかし間の悪いことに、そんな忙しい状況の中、一件のメッセージが届いた。
『お兄ちゃん、楽しんでますか? ひかりもくおんちゃんと一緒に遊んでいて楽しかったですけど、やっぱりお兄ちゃんがいないのでちょっと寂しいです』
それは僕の妹の、ひかりちゃんからのメッセージだった。
『お兄ちゃん、お父さんとゲームの話をしているんですよね? お兄ちゃんはゲームが大好きなので、ひかりのことを忘れて話していないか心配です』
僕は物陰にキャラクターを滑り込ませつつ、苦笑した。
彼女の想像とはちょっと違っているけど、たしかに僕はここしばらく、お父さんのゲームに集中していて大切な可愛い義妹のことを忘れてしまっていた。
『そんなことを考えていると、突然くおんちゃんのお母さんがやってきて、お兄ちゃんに会いに行きましょうと言い始めました。どうやらこれから、ひかりとくおんちゃんはお兄ちゃんのいる部屋に行けるみたいです』
僕はそのメッセージを見て、とても驚いた。
どういう理由かはわからないけど、これからこの部屋にお母さんに連れられ、ひかりちゃんと玖音さんが来るらしい。
『これからどうなるかわかりませんけど、もしお兄ちゃんがゲームをする機会があるなら、またいつものようにひかりにカッコいいところをたくさん見せてください。それでは、またすぐ後で』
耳元で銃弾が爆ぜる音を聞きながら、僕は笑った。
ひかりちゃんは僕に大切なことをいくつも思い出させてくれていた。
「(ごめんね、ひかりちゃん。今度は僕、勝てそうにないよ。お父さんは強敵だった。長年ゲームを遊んできた僕の先輩だったんだ)」
ひかりちゃんたちはいつここに到着するのかはわからないけど、おそらく試合の最中か直後くらいだと思う。
今回は前回のエンシェントドラゴンのようには上手くいかない。公平な対戦である以上、僕だけに有利なシステムなんていう都合のいいものはない。
でも、彼女に立派に最後まで戦った姿は見せることが出来る。
そしてそれは、同じゲームが好きなお父さんへの礼儀でもあった。
「(そしてなにより、これは僕たちが好きなゲームなんだ。遊びは、楽しむためにある)」
僕の頭に閃くものがあった。
絶望的な戦いでも、最後の一矢を報いよう。僕は最後まで、機巧戦記を楽しもう。
「(待っててくださいよ、お父さん!)」
僕は再び物陰から走り出し、新たな物資を探しに向かった。




