そして本気の勝負へ
最初から思っていたことだけど、玖音さんのお父さんは僕を誤解してる。
娘に近付く悪い虫。お父さんは僕をそんな風に考えているみたい。
でも、それは誤解だ。僕は玖音さんと恋人関係になりたいと思ってるわけじゃない。
玖音さんはとても綺麗で素敵な女の子だし、彼女とするゲームの話は楽しいけど、だからって僕なんかが玖音さんの恋人なんて考えるだけでも烏滸がましい。
そんなわけで、ここは僕がお父さんに負けて、あっさりと帰ったほうがいいと思った。
お父さんに花を持たせられるし、僕は家に帰ることが出来る。
ひかりちゃんが不機嫌になるのは目に見えてるけど、彼女なら後でちゃんと説明すればわかってくれると思う。
お父さんも、僕を負かすことで敵意も少しは和らぐだろう。
「ではどうしましょう? 同時に始めますか?」
早速そう切り出す僕。
僕としては、同時に始めてもらった方が都合が良かった。
適度にお父さんの画面を見つつ調整して、お父さんが敵を倒した直後に僕も倒せばいい。
「いや、先に空くんの実力を見せてもらおうかな。儂は後から悠々とやらせてもらおう」
それは僕にとっては一番嫌なパターンだった。
僕からもお父さんの実力が読めない以上、クリアタイムをどれくらいにすればいいのかわからない。
早すぎるとお父さんが負けてしまうだろうし、遅すぎると手抜きを疑われちゃうかも。
だけど、僕に拒否権はなかった。
すぐに頷いてゲームを開始させる僕。
「わかりました。それでは始めさせていただきます」
しかし、僕だってゲーマーの端くれだ。
すでに別の作戦を思い付いていて、それを実行に移していた。
「ほう。爆砕爪かね。渋い武器を選ぶ」
爆砕爪とは、片手に爪のような刃を括り付け、もう片手には長方形の盾を括り付けた二つセットの武器だ。
盾が武器じゃなくて防具ではないかと指摘されるかもしれないが、実はこの爆砕爪は盾に秘密がある。
「お父さんはなかなかやり込んでいそうな印象を受けましたので、勝つためにはこの方法しかないかと思いまして」
実はこの盾、鉄杭が内蔵されていて火薬の力でそれを打ち出すことが出来る、いわゆるパイルバンカーの機構も備えているんだ。
「ふっ。一か八かの博打勝負か。たしかに上手く行けば討伐速度は抜群に早いが、そう上手く行くかな」
不敵に笑うお父さん。
お父さんの言うとおり、この武器は扱いが難しい。
鉄杭を打ち出していない状態なら盾としても使える武器だけど、鉄杭を打ち出してしまうと排熱が終わるまで盾としては利用できなくなってしまう。
攻防のバランスの見極めが難しい武器なんだよね。
でも、その分上手くハマったときの威力は絶大だ。
特に天冥龍の突進に合わせて発射される鉄杭は、クリアタイムを大きく縮める要因となる。見栄えもいいしね。
だからこの武器を使った天冥龍のタイムアタック動画はよく見かけるけど、同じくらい失敗した動画もよく目にすることが出来る。
突進に鉄杭を合わせようと攻撃するも、タイミングが合わなくて天冥龍に押し潰される動画。実際、なかなか難しいんだよね、これ。
「では行きますね……」
そして、僕が頭に思い浮かべていたのはその動画のことだった。
クリアタイムを縮めようと難しい攻撃に挑戦して失敗する。僕はわざと失敗することで、大きくクリアタイムを遅らせようという作戦に出たのだ。
「おやおや空くん、今日は調子が悪いのではないかね?」
お父さんの嘲笑が聞こえてくる。
僕は早くもそれっぽく失敗して、天冥龍から大ダメージを受けていた。
「…………」
僕は何も言い返さずに戦い続け、そしてもう一度チャンスで失敗した。
「どうせ上手に行っている動画などを見たことがあるのだろう。あれを真似てやってみようと思ったようだが、やはりそう上手くは行かなかったようだね」
お父さんは苦戦する僕を見て上機嫌になってきた。いい感じだ。
僕はなおも適度に戦い続け、普段の三倍くらい遅めで天冥龍を討伐した。
「す、少し遅くなってしまいましたけど、それでも何度か成功しましたよ」
「何を言ってるんだ。失敗しすぎだろう。どれ、お手本というものを見せてやろう」
「……え?」
しかし僕はちょっとお父さんを上機嫌にさせすぎちゃったみたい。
なんとお父さん、僕のクリアタイムを見て余裕で勝てると思ったのか、僕と同じ爆砕爪を選んじゃったんだ。
「何を驚いている。儂はこれでも全武器使えるんだぞ。さすがに今回は、相手が悪かったようだな」
あの、お父さん、別に僕も全武器普通に使えます。
そうじゃなくて、僕が驚いてるのはお父さんもわざわざ博打性の高い武器を使ってるところです。もっと安定したタイムが出せる武器を使ってください。
しかし、僕の気持ちはお父さんに伝えるわけにはいかなかった。
僕は愕然としながら、お父さんのゲーム開始を眺める。
「さあ、儂の勇姿をその目に焼き付けるがいい! とぉりゃあああ! ――ぐわぁあああ!?」
よくある失敗した動画の一コマのように、お父さんは見事に天冥龍に吹き飛ばされていた。
僕は内心頭を抱えたくなっていた。お父さん、あなた、僕よりタイミング合ってませんよ。
「なんのこれしき、次こそは……! ぐわぁあああ!?」
もはやコントのように吹き飛ばされるお父さん。
というかお父さん、もう今から大技なんて狙わずに普通に戦いましょう? それでも僕には勝てますよ。☆
「す、少し勘が鈍っているようだ。なに、これくらいちょうどいいハンデだ。すぐに調子を取り戻して――ぎゃぁあああ!?」
しかしお父さんは僕とは違って、譲れないプライドがあったみたい。
結局お父さんは最後まで諦めることなく、僕にチャレンジすることの尊さを教えてくれたのだった。
◇
お父さんの巨大ディスプレイに、デカデカと文字が浮かび上がっていた。
クエスト失敗。
まさかのお父さん、クリアタイムを競う勝負を挑んできて、クリアできないという予想外の結果を残してくれた。
気まずい雰囲気が漂う中、やがてお父さんが口を開く。
「儂はおまえに負けたのではない。自分に負けたのだ」
僕は目頭を押さえ、立ちくらみのような症状に耐えた。
「それじゃ、勝ったのでサントラはもらっていきますね」
「ま、まってくれ! それだけは!」
「嫌ですよ。男に二言はないんですよね? 安心してください。すぐにネットオークションにかけますから、大金払って買い戻してくださいね」
「キサマ鬼か!?」
疲れからか、玖音さんのお父さんなのに対応が雑になってしまう僕。
しかしそこでお父さん、不意に何かを思い付いたようで、突然堂々とした態度に戻った。
「何を勝ち誇っているんだね。まぐれで一回勝っただけではないか。これは三回勝負だぞ?」
自分が負けてから、これは三回勝負だと言い始める玖音さんのお父さん。
僕は途方もない疲労感に襲われながらも、まあいいかと思ってお父さんの話に乗る。
「次は何で勝負をするんですか?」
僕の言葉でお父さんは、初めて勝負の内容を考え始めたようだ。
慌ててキョロキョロと部屋を見回して、やがてある一点でその視線が止まる。
「き、機巧戦記だ! 最後は男の真っ向勝負! 空くん、儂は君に機巧戦記で勝負を挑むぞ!」
勢い良く僕に振り向きながら、お父さんはそう言った。
機巧戦記、それは僕にも思い入れがあるゲームだった。
機巧戦記とは、高度な文明が衰退した世界で、プレイヤーが一人のキャラクターとなってロボットに乗り込み操縦するゲームだ。
しかしただのロボットゲームではない。プレイヤーが一人のキャラクターになって、というところにミソがある。
プレイヤーは一人の傭兵として、あるいは何でも屋として、パイロットからメカニックまですべて一人でやらなくてはならない。
パワードスーツを着てロボットの部品を探しに遺跡にもぐったり、そこで同業者とパーツの奪い合いをしたり、銃での撃ち合いをしたりもする。
もちろん自作のロボに乗り込み様々な宇宙人の戦争に身を投じてもいいし、全宇宙最高峰のロボットアリーナの頂点を目指すことも出来る。
「今回は武器を一切持たずにすべて現地調達するシンプルモードで対戦しよう」
「わかりました」
お父さんが提案してきたのは、未知の土地にプレイヤーたちが同時に降り立ち、現地で武器を拾ったりロボットを組み立てたりして相手プレイヤーを倒せば勝ちという対戦モードだ。
試合ごとに落ちている武器やパーツなどの種類、位置も違うので、かなり運が絡む対戦モードと言える。
「マップは――古代の大都市でいいかね? 武器やパーツが潤沢に落ちているマップだ。ロボットのインフレが起きやすいマップと言えよう。二人用に最初から少し小さくしておくが」
「そこで構いません」
僕は専用ゴーグルを被りながら答えた。
そして汎用型のコントローラーを握る。本当は機巧戦記の専用コントローラーが良かったんだけど、お父さんも専用コントローラーは一つしか持っていなかった。
「なんだか盛り上がってこんかね? 儂は娘以外の人とゲームをするのは久しぶりでね。徐々に気分が高揚してきたよ。もちろん、ネット上ではたくさんの人と遊んではいるがね」
お父さんに言われ、僕もゴーグルの下で笑いが出てしまった。
悔しいけどお父さんの言うとおり、僕も楽しくなってきていた。
出発前のパイロットがヘルメットを被るときも、こんな気分なのだろうか。
「さて、勝負の前に少し昔話を聞いてくれんかね」
しかしそこで、お父さんは意外なことを言い出した。
僕は驚きつつも、どうぞ聞かせてくださいと答えた。
「機巧戦記は今でこそメジャータイトルになりつつあるが、発売された当初はマイナーもマイナーでね。発売した会社も一悶着あったりと色々と問題の多かったゲームだったのだよ」
僕は声を出さずに頷く。このゲームは僕も光るものを感じて発売当初から遊んでいるんだ。
「無名の新人デザイナーを起用しているんだが、ロボットのデザインが儂好みでね。ゲームシステムも気に入って、あっという間にハマってしまった」
驚いたことに、お父さんもこのゲームのコアなファンみたいだ。
少し仲間意識が芽生える僕。しかし、お父さんの驚きの発言はここからだった。
「ハマった儂は、このゲームの大会に出るほどにまでなった。だがこのゲームの曰く付きの世界大会が開かれたとき、儂は地方予選でSkyJOneというプレイヤーに惜しくも破れたんだよ」
僕は思わず「うっ!?」とうめき声を上げてしまった。
その大会は僕も覚えがある。中学生だった僕が、ゲームに本当に熱中していた頃の大会だ。
「しかし儂と接戦を繰り広げたそのプレイヤーは、なんと世界四位にまで上り詰めた。惜しくも表彰台は逃したが、立派な戦いだった。儂はそれが自慢で、同時に悔しくて猛特訓したわけだ。あのときSkyJOneに勝っておけば、儂が表彰台に立っていたかもしれんとな」
無言で、少し体を震わせながらその話を聞く僕。
やがてお父さんは、僕にも聞こえるようにため息をつくと、言った。
「年寄りの昔話に付き合ってくれてありがとう。しかし、それだけ熱中していたゲームということはわかってもらえただろう。今度はさっきのようにはいかないぞ。さあ空くん、全力でかかってきたまえ!」
お父さんから試合への招待状が届く。
僕は不敵に笑うと、その招待状を受け取った。試合開始へのカウントダウンが始まる。
「儂は……、儂は玖音のためにも負けるわけにはいかんのだ」
だけどせっかく盛り上がっていたところで、お父さんが変なことを言い始めた。
なんでここで玖音さんの名前が出てくるんだろう。ああ、父親としての尊厳とかそういうのだろうか。
「さあ、勝負だ!」
カウントダウンが終わると当時に、お父さんが大きな声を出した。
僕とお父さんは、同時に夜に浮かぶ巨大都市の残骸へと降下していく。
さっきのゲームではわざと負けようと思ったけど、お父さんの話を聞いていて僕は考えを改めた。
お父さんもゲームを愛するゲーマーだった。ならば僕もお父さんに敬意を表そうと思った。
息を整えて意識を集中させていく。今度の僕は、負けるつもりはなかった。




