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ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件  作者: 卯月緑
ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件
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お嬢様の家に呼び出されて


 休日。僕はガチガチに固まりながら、ひかりちゃんと一緒に閑静な高級住宅街を歩いていた。


「お兄ちゃん、緊張しすぎだってば~」

「そ、そんなこと言ったって。さっきからずっと漆喰(しっくい)の壁が続いてるんだけど。これ全部玖音さんのお家なんだよね?」


 目的地は玖音さんの家だ。僕たちは玖音さんの招待を受け、彼女の家に向かっていた。

 最近ちょくちょく僕の家に遊びに来ている玖音さん。たまにはこちらから家に呼んで歓待しなさいという親御さんのお達しが出たらしい。


 そこまではわかる。家に呼んだり呼ばれたり。友だち同士なら当たり前の行為だ。

 しかし、なぜそこに僕まで巻き込まれるのか。玖音さんの家に行くのはひかりちゃんだけでいいと思うのに。


「なんだか胃が痛くなってきた。やっぱり僕帰ってもいい?」

「えー? なんで帰るの~?」

「だ、だって。やっぱり僕も付いていくのは変だよ。玖音さんも社交辞令で僕を誘っただけだって」

「そうかなぁ。むしろひかりよりお兄ちゃんの方が重要そうな気がしたけどなぁ」


 ひかりちゃんはおかしなことを言う。

 さすがにひかりちゃん抜きで遊びに行くのは変というか異常だ。僕の方が重要なわけがあるはずがない。


「とにかく、お兄ちゃんも一緒に行こう。せっかくおみやげも買ったんだし~」


 玖音さんがまだ家族の人には羊羹を食べてもらってないと言うので、ちょっと奮発して贈答用のセット品を買ってきた。

 でも別に、それはひかりちゃんだけでも渡せるはず。僕が行く理由にはならないような。


「僕が行ってもすることないよ。女の子同士なら部屋に入って遊んだりも出来るだろうけど、僕が入るのはおかしいし」

「む~……」


 僕がそう言うと、ひかりちゃんが頬を膨らませて怒っちゃった。

 でも言ってることは間違ってないし、納得してくれないかなあ?


 しかしひかりちゃんは、納得してくれないどころか強硬手段に出てきた。


「わ、ひかりちゃん!?」

「も~、迷ってないで一緒に行くの~! 挨拶も兼ねてるし、せめて一回だけは行くの~!」


 ひかりちゃん、僕のお土産を持ってない方の手を掴むと、ギュッと握りしめちゃった。

 そのまま僕の手を引いて歩き出す彼女。


「わ、わかった。わかったからひかりちゃん。だから手は離して。恥ずかしすぎるよ」

「もう帰るって言わない?」

「い、言わない言わない。ごめんねここまで来てゴネちゃって」

「……ううん、わかってくれたらいいの~!」


 ひかりちゃんはすぐに機嫌を直すと、ニコニコと歩き始めた。

 僕は一度頭を掻くと、彼女の後ろを追いかける。


「お兄ちゃん」

「うん?」


 彼女はすぐ後ろに追いついた僕の気配を感じたのか、声をかけてくる。


「だいじょうぶだよ。くおんちゃんの家族なんだもん。きっといい人たちに違いないよ~」


 前を歩くひかりちゃんに、僕は苦笑した。

 僕は今も僕が行くのは少し変だとは思っていたけど、ひかりちゃんの言うことも理解できてきていた。


 玖音さんの招待には僕も含まれていたのは確かだったし、これからもひかりちゃんが玖音さんを家に連れてくるのなら、一度くらいは挨拶に行くのも悪くはない。

 見ず知らずの友だちの家に娘を遊びに行かせるよりは、顔を見たことのある友だちの家に遊びに行くほうが親御さんも安心するだろう。


「楽しい一日になるといいね!」

「そうだね」


 僕は彼女の言葉に同意しながら、見えてきた立派な門へと視線を向けた。




   ◇




 しかし、僕は判断を誤っていた。

 黒塗りの大きな車で送り迎えしてもらっている玖音さん。

 彼女の家が、普通の家なわけあるはずなかった。


「ようこそいらっしゃいました」


 時代劇で出てくるようなしっかりとした大きな門をくぐると、お高い日本旅館にでも通されたように五人ほどから一斉に頭を下げられてしまった。

 ひかりちゃんはひかりちゃんで「本日はお招きいただきありがとうございます」だなんて普通に言い始めたものだから、僕も慌てて頭を下げた。


 出迎えてくれた人は五人。

 全員女性でほとんどの人はまだ若い。

 一人だけ立派な着物の御婦人がいる。先ほど挨拶してくれたのもこの方で、おそらく顔立ちからしても玖音さんの母親だと思う。


「さあさあ、外は暑かったでしょう。すぐに中へお入りください」


 玖音さんのお母さんに仕切られて、僕たちは家の中に入る。

 何に一番驚いたかって、とても大きな家だったのに、平屋だったことだ。平屋とは二階がない家のこと。


「す、すみません。なんだか大仰(おおぎょう)なことになってしまって……」


 出迎えてくれた五人の中には、もちろん玖音さんも混ざっていた。

 彼女もこんなことになってしまって恥ずかしいのか、めちゃくちゃ顔を赤くして僕に小声で話しかけてきた。


「い、いえ。立派なお家ですね」

「恥ずかしいです……」


 ちなみにひかりちゃんは、早くもお母さんと仲良くなったらしく、楽しそうに二人で列の先頭を歩いている。

 あの子の心臓は、きっと僕の何十倍も強く出来ているに違いなかった。


「今ひかりちゃんと話してるお方が、玖音さんのお母さんですか?」

「は、はい。そうです」

「玖音さんはお母さん似なんですね。どことなく面影があります」

「あ、ありがとうございます」


 お互い一切目を合わすことなく、僕と玖音さんは俯きがちに歩く。

 僕たちの後ろには二人女性が付いて歩いていた。服装からして、彼女らはお手伝いさんみたい。

 そしてお母さんとひかりちゃんの後ろを歩く女性は……、おそらく玖音さんのお姉ちゃんかな。


 玖音さんの家は純和風の日本家屋だ。

 庭に面した廊下を歩いていると(くれ縁、内縁などと呼ばれる縁側(えんがわ)のことだ)、なんと池から綺麗な色の鯉が飛び上がるのが見えた。僕の食費一年分以上しそうな鯉だった。


「やあ、いらっしゃい。よく来てくれたね」


 そして通された部屋では、ギョッとすることに和服を着たヒゲを生やしたおじさんが待っていた。

 彼女が玖音さんのお父さんなんだろう。でも、緊張感が半端ないんですけど。


 部屋に入ってきた人は、僕とひかりちゃんと、玖音さんとお母さん。

 畳の部屋で、でもひかりちゃんは畳の上での作法もバッチリだった。彼女は畳に手をついてお父さんに向かって軽く頭を下げる。僕も膝に手を置いて深々と頭を下げた。


「気軽に遊びに来てもらいたかったけど、どうしても顔を見せてもらいたくてね。部屋に通してもらったよ。ひかりさんと言ったかな。お美しい娘さんだね」

「ありがとうございます」


 今度は手をつかず、軽く頭を下げるひかりちゃん。

 お父さんは、ひかりちゃんの受け答えに満足したみたいだった。


「うん、話以上に立派な娘さんのようだね。これからも玖音と仲良くしてあげてください」

「こちらこそ、よろしくお願いします。玖音さんとは長い付き合いになれたらいいなと思っています」


 ひかりちゃんを見て、うんうんと何度も笑顔で頷いているヒゲを生やしたおじさま。

 ガチガチに緊張していた僕も、少し気分が和らぐ。この調子だと、すぐに開放してくれそうだ。


 そしてある意味それは正解で、ある意味間違っていた。

 次にお父さんが言った言葉で、僕の心に戦慄(せんりつ)が走る。


「それじゃ、ひかりさんは玖音と遊んであげてください。儂はもう少しだけ、空くんに趣味の話を聞かせてもらうとしよう」

「(えっ!?)」


 僕は心の中で大声を出しながら、視線を上げる。

 視界の端で、玖音さんも顔を青ざめているのがわかった。


「趣味の話、ですか?」


 ひかりちゃんが不思議そうに声を出す。

 するとすかさず玖音さんのお母さんがひかりちゃんに近付き、何かを耳打ちした。


「――はい」


 ひかりちゃん、にこやかにお母さんに頷いた。

 どうやら彼女の中ではその話は終わったらしく、無慈悲にひかりちゃんは僕に言った。


「それじゃお兄ちゃん、またあとで」


 僕は思わずひかりちゃんに手を伸ばして助けを求めたくなったけど、さすがにここではそんな無様な真似は出来なかった。

 そうしてるうちに、青ざめた玖音さんもあっという間にお母さんによって部屋から連れ出されてしまう。


 後には僕とお父さんだけが残った。


「……空くんと言ったかね」

「は、はい!?」


 ひかりちゃんたちがいなくなった途端、さっきまでとは打って変わって不機嫌そうな表情を浮かべるお父さん。

 僕は直感的に思い出していた。ひかりちゃんが、僕を誘う方が重要そうだって言ってたことを。

 彼女の推測は当たっていた。どうやらお父さんは玖音さんに僕を連れてこさせ、僕という男の品定めがしたかったようだ。


 どうして僕のことが知られちゃったのかはわからないけど、昨日も玖音さんは音声入力で僕とメッセージのやり取りをしていたし、どこかで知られちゃったんだろう。


「来たまえ」

「は、はい」


 立ち上がるお父さんに連れられ、僕もお父さんの後ろを歩き始める。

 再び廊下を歩き、今度は書斎のような部屋に通された。


「座りたまえ」

「は、はい……」


 僕はソファに腰を下ろし、お父さんは自分用と思われる豪華な机に座った。

 なんだかすごく気まずかった。お父さんは不機嫌なのを隠そうともしてないし。僕はこれからどうなってしまうのだろう。


「…………」


 しかもお父さん、それからまったく喋らなくなった。

 こっそりと様子を窺うと、手を組んで(せわ)しなく視線をあちらこちらに向けていた。


「……君は、あそこの進学校に通っているそうだね?」


 やがてお父さんが、そんなことを聞いてきた。


「は、はい。今年の春から通っています」

「成績は良い方だと聞いておるが?」

「は、はい。一応上位に属しています」


 なんかお父さん、僕のこと詳しく調べてるようなんですけど。

 助けてひかりちゃん。さっきより全然胃が痛くなってきちゃったよ。


「具体的にはどれくらいなのかね?」

「ぜ、前回のテストの総合順位は、が、学年二位です」


 僕がそう答えると、お父さんはますます不機嫌そうな表情になった。


「まだ上がいるではないか。全国相手ではなく、たった一校も制覇出来ないのかね、君は?」

「す、すみません。これからも現状に満足することなく、精進を重ねていきたいと思います」

「当然のことだな」


 どうして僕は休日に、初めて会うおじさんに説教されているんだろう。しかもちょっと嫌味っぽく。


「他にも君は、家事全般出来ると聞いておるが、しかも料理の腕前はそれなりに上手だとか?」

「そちらは(さだ)かではありません。僕は食べてくれた人には美味しいと言ってもらえてますが、その意見は客観性に欠ける相手ばかりだったので」

「ふむ。しかし食べてもらった人には、好評を得ていると?」

「は、はい……」


 それを聞いたお父さん、顔をそむけてボソボソと一人でつぶやき始めた。


「チッ。将来有望そうな少年ではないか。これでは玖音との交際を認めるしか……」


 なんか舌打ちされちゃったようなんですけど。

 お父さんにも良識があるのか、僕には聞こえないように小さくやったつもりみたいだけど……。


「もういい。来なさい」

「は、はい」


 再びお父さんが立ち上がる。

 お父さんはすぐ後ろにあった、奥に通じるドアのノブを掴んだ。


「ここから先で見たものは、玖音とひかりさん以外には口外しないように。わかったね?」

「わ、わかりました」


 僕が頷くのを見て、お父さんはドアノブを回す。

 僕はどんな部屋に連れ込まれるんだろう。もう帰りたいよ。


 しかし、部屋の中を見た瞬間、僕の帰りたいという気持ちはあっという間になくなった。


「(うわ……、僕以上のゲーマー部屋だ……!)」


 そこはお父さんの秘密基地とも言える部屋だった。

 純和風の家屋にはふさわしくない、ガッチリとした壁で覆われた部屋。


 部屋中ゲームのグッズで溢れていた。

 僕と決定的に違うのは、その年齢差から来るゲーマー歴の差だった。

 何十年もかけて溜め込んできたんだろうグッズは、僕が到底及ばない量に達していた。


「さて、君はゲームも得意だそうだね?」

「こ、こちらもまだまだ上がいますが、それなりには得意かと……」

「しかし、その年で思い上がるのは早いのではないかね? コンピュータゲームというのは奥深い世界だ。君の知らないゲームもたくさんあるだろう」


 そう言いながらお父さんが差し出してきたのは、もう半世紀以上前に発売された、ボタンが二つしかない家庭用ゲーム機のコントローラー。さすがに復刻版だったけど。

 そうして起動させたゲームは、世界に多大な影響を与えた伝説のゲーム。BGMも主人公の名前も、世界中に知られているゲームだ。


「やってみたまえ。ゲームオーバーになるまでどこまで行けるか試してやろう」

「は、はぁ……」


 そのゲームはシンプルな横スクロールアクションだ。

 プレイヤーキャラクターは敵に触れたり穴に落ちたりすると残機が一人減っちゃう。残機なのに一人。不思議だよね。


「普通にやってみてもいいんですよね? キノコなし縛りとかワープなし縛りとか、そういうのはないんですよね?」

「……やらせるだけ時間の無駄のような気がしてきたが、まあ普通にやってみたまえ」


 ちなみに僕、当然そのゲームもやったことがある。

 今はアーカイブスとかで、古いゲームだって普通に遊べるよね。


 僕は記憶力がいい方なので、道中もだいたい覚えていた。

 一度もミスすることなく、十分ほどでさっくりクリア。


「……さ、さすがは超有名ゲームだ。君もやったことがあるようだね」


 お父さんの声が引きつってきていたけど、さすがにこのゲームは有名すぎる。ゲーマーなら結構な人がやったことあるような気がする。


「次は落ちものゲーにしよう。さっきの課題は少し簡単すぎたので、次は最高難易度で何分持つかを試してみよう」

「はぁ……」


 僕は再び画面に向かう。

 ちなみに玖音さんのお父さんが使っている画面は、奇しくも僕が使っているディスプレイと同じディスプレイだった。


 落ちものゲー、落ちゲーは上から降ってくるブロックをゲームごとの条件を満たして消していくゲームだ。ブロックが上まで積み上がってしまえばゲームオーバーとなる。


黎明期(れいめいき)のゲームってお邪魔系のギミックが少ないから、一度パターンに入ったら後はこちらがミスするまで永遠に終わりませんよね」


 僕はサクサクとブロックを消しながら、そう言った。

 すでにブロックは全てなくなっている。残りの時間は消化試合のようなものだ。


「……停止ボタンを押したまえ。次のゲームにしよう」

「はい」


 ふとお父さんを見ると、なんだか眉毛をピクピクと痙攣(けいれん)させていた。

 僕がミスしなかったのが、そんなに不満なんだろうか。


「では次はガラリと変えて、つい数ヶ月前に出たばかりの最近のゲームにしよう。君はこのゲームをやったことがあるかね?」


 そういって玖音さんのお父さんは、もう今ではあまり見かけなくなった板状のスマホを取り出してきた。

 そのスマホと連動して、巨大ディスプレイにゲームタイトルが表示される。

 数ヶ月前に出たばかりと聞いて薄々予想はできていたけど、やはりそのタイトルはお父さんが初めて買ったゲームだというシリーズの最新作だった。


「ちょうど、そのソフトも持っています」

「ほう。なら天冥龍(てんめいりゅう)を倒したことは?」

「一応あります。真ボスですよね?」


 そのゲームは大層な名前の敵が多い。

 天冥龍は落とす素材が美味しいのと、モンスターの動きが良く出来ていて面白いということで人気があるモンスターだ。近年のそのシリーズの一番の傑作ボスとも言われている。

 

「では、儂と天冥龍を討伐するまでのタイムで勝負をしようではないか。君に年の功という言葉を教えてやるとしよう」

「わ、わかりました」


 天冥龍のタイムアタックはユーザー間で行われている有名な遊びで、ネット上にはたくさんの動画が上がっている。

 お父さんもそれを知っていて、僕にそんな勝負を挑んできているんだと思う。


「こちらのディスプレイとコントローラーを貸してあげよう。こちらで遊べるようにスマホをセットしなさい。まさか出来ないほど旧式ではあるまい?」

「で、出来ます。ご、ご厚意ありがとうございます」


 高圧的な態度のお父さんに冷や汗を掻きつつも、僕は部屋の片隅にあるディスプレイにスマホを連動させた。

 そうしてピカピカのコントローラーともスマホを連動させると、準備完了だ。


「――さて、君も男なら、ただ勝負するだけではつまらんと思わんかね?」


 僕がゲームを起動した瞬間、お父さんがニヤリと笑ってそう言った。

 その言葉にゾッとする僕。お父さんは僕に賭けをしようと言ってきているのだ。


「……僕が負けた場合は?」

「なに、特に儂からは何も強制することはないよ。ただゲーム好きなお兄さんだ。儂のようなロートルに負けたとなれば、ショックで家に帰ってしまうかもしれないねえ」


 遠回しな言い方だったけど、要するにお父さんは、俺に負けたら家から帰れと言っているらしい。

 随分嫌われちゃってるけど、娘さんを守る父親なんて、そんなものかもしれないね。特に玖音さんは、大切に育てられた良家のお嬢さんっぽいし。


「……僕が勝った場合は?」

「言い出したのは儂の方だ。この部屋から君が気に入ったものをなんでも一つ持ち帰ることを許そう。大きなものなら配達も手配してあげよう」


 お父さんは勝利を確信しているのか、厭味(いやみ)ったらしい表情で僕を見る。

 僕がぐるりと部屋を見回すと、この家の娘さんがやったように一番のレアと思われる品を探し出してきた。


「あそこに飾ってあるサウンドトラックでもいいんですか? ちゃんとお父さん宛の名前まで入ったサインが書かれてますけど」

「ぐっ!?」


 痛恨の表情で苦しむお父さん。やっぱり僕の見立通り、あれが一番持っていかれるとダメージが大きそうだ。

 それはもう何十年も前のゲームのサウンドトラックだった。おそらくお父さんの青春時代の思い出の品だと思う。


「き、君は自分宛てじゃないサインをもらって満足するのかね?」

「お父さんも人が悪い。あれは非売品だってご存知ですよね。それだけでも価値がありますよ。それに、自分の名前が書かれてなくても、好きなクリエイターさんのサイン入りならそれだけで欲しくなりますよね」


 それっぽいことを言ってお父さんを牽制する僕。

 実際のところ、さすがにその人の思い入れがある品を持って帰るほど僕は鬼畜ではない。


 その台詞は、これから僕が行う行動の前振りだった。


「ぐ、ぐぐぐ……。す、少しは物を見る目があるようだね。気に入ったよ。なに、男に二言はないよ。それに儂が負けるはずがないのだから、君には手に入らなかった絶望感を味あわせてあげよう」

「――では、決まりですね」


 僕が一つ頷くと、お父さんは表情を引きつらせながらも頷き返してきた。

 お父さん、なんだか戦う前から負けてる人の表情なんですけど、もうちょっと頑張ってくださいよ。


 ――なにせ、最初から僕は、お父さんに負けるつもりなのだから。



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