協力プレイで深まる友情
「い、痛い。ひかりさん、それ私ですって。撃たないで~」
「あれ? わわわ、ごめんなさーい! くおんちゃんがゾンビと似てたから間違えちゃった」
「……キャラクターのことを言ってるんだと思いますけど、それでもゾンビと人間は似ても似つきませんよ」
「えー? どっちも同じ人型だよ~?」
「…………」
状況は、極めてカオスなことになっていた。
僕の義妹候補のひかりちゃんは、とりあえず動くものはすべて撃ち殺せという危ない女の子だった。
「けど、ひかりって仲間を撃っちゃうひどい子だよね。ごめんね、今度から気をつける」
「あ、はい。でも、ゲームだからそんなに気負わなくても大丈夫ですよ」
「ううん、ゲームの中でもくおんちゃんは大切なお友だちだもん」
「ひかりさん……!」
なにやら友情を育んでいる女の子二人のところに、次のゾンビの集団が現れる。
「うわー!? いっぱい来たー!?」
「だから、私ごと撃たないでって言ってますよね~!?」
やっぱりカオスな状況だった。
絶対にありえないとは思うけど、ひかりちゃんに鉄砲を持たせるときは気を付けようと思った。
「えーっと、FF完全に切ります?」
僕はそう口を挟む。
FFとはフレンドリーファイアのこと。要するにさっきの発言は、同士討ち判定をなくしましょうかという意味だ。
「……大丈夫です。ひかりちゃんに撃たれたと言っても実際にはほとんどダメージは入っていないみたいですし、このまま行きましょう」
玖音さんがそう答えた。
たしかに今の設定では味方の銃弾ダメージは百分の一に設定されているんだけど、それでも味方に撃たれているという事実はストレスにはなる。
しかし、玖音さんはこのままでいいと答えた。
結構硬派というか、真面目なんですね。
「ほ、ほんとにごめんね。くおんちゃん」
「いいんですよ。せっかくひかりさんと一緒に遊んでいるのですし、楽しく行きましょう」
「くおんちゃん……!」
やっぱり友情を育んでいる二人だった。
それはそうとして、僕はひかりちゃんに話しかける。
「ひかりちゃん、狙いはそれなりに上達してきたから、次からは撃つ前に一呼吸入れてみよう」
「え? ゾンビの前で一呼吸入れるの?」
ひかりちゃんは信じられない、というような反応を見せていたけど、僕の中ではちゃんと理由があった。
「だまされたと思って、ちょっとやってみて」
「う、うん。お兄ちゃんがそう言うならやってみる~」
彼女は素直に僕の言うことを聞いてくれて、次のゾンビ戦で早速それを実行していた。
「あ、あれ? ひかりが撃たなくても、一呼吸している間にゾンビが死んでいく。これ、くおんちゃんがやってるの?」
「そうだね。落ち着いて周りを見ることで、少し視野が広がるよね」
ひかりちゃんは「お~……」と声を出しながら、玖音さんのプレイを見る。
「見ていると、玖音さんは上手だってわかるよね」
「うん、わかる~」
玖音さんはみるみる射撃の腕前が上がってきていた。
レーザーサイトを付けたこともあるかもしれないけど、元々彼女がゲーム自体に慣れ親しんでいるのも大きいと思う。
結構難しいエンシェントドラゴンの卵も自力で取ってこれるほどの腕前があるんだし。
しかし僕は、あえてひかりちゃんに言う。
「でも、そんな玖音さんにも弱点があるんだ」
「えっ!?」
ひかりちゃんが驚きの声を上げる。
玖音さんもその言葉が聞こえたのか、動きを止めて僕の次の発言を聞き逃すまいとしているみたいだった。
けど、この弱点は玖音さんを悪く言う弱点じゃない。この手のゲームでは誰もが持っている、絶対的な弱点だ。
「ひかりちゃん、銃は撃ち続けていたらどうなる?」
「ゾンビが死ぬ! あれ? もう死んでるんだっけ?」
僕はコケそうになりながらも、ひかりちゃんに答えに気付いてもらおうと話し続ける。
「そ、そうじゃなくて……。じゃあゾンビがたくさん来たときに銃を撃ち続けていたらどうなっていた?」
「えー? いっぱい撃つけど、倒しきれなくて襲われちゃう~」
「うんうん。そのとき、銃はどうなっていた?」
「え? 銃?」
ひかりちゃんはゴーグルを付けたまま、首を傾げて手に持っているハンドガンを見た。
「銃はなんともなってないよ?」
僕は再びコケちゃった。
どうやらひかりちゃん、ゾンビに殺到されたときは、パニックになってて自分がどういう状況なのかよく理解できていないみたい。
「ちょっとひかりちゃん、左手の壁を撃ってみて。遠慮なくガンガンと」
「わかった~」
ひかりちゃんが銃を撃ち始めたのを見て(彼女のゲーム画面は巨大ディスプレイで共用している)、僕は玖音さんに話しかけた。
「すみません玖音さん、少し僕の説明が回りくどいみたいで時間かかっちゃってます」
「いえ、お兄さんっていつもそうやって教えてあげているんですね。だからひかりちゃん、最近テストの点数が良くなっているんですね。納得です」
玖音さんは、僕が言いたいことをもうわかっているみたい。
僕は照れくさくなって、後ろ手で頭を掻いた。
「お兄ちゃん、弾なくなっちゃった~」
ひかりちゃんがそう声をかけてくる。
僕は苦笑いしながら、彼女の発言を繰り返す。
「そう。銃は撃ち続けていたら、弾がなくなる」
「うん、ひかりだってそれは知ってるよ。――あ、わかった! くおんちゃんの弱点!」
ひかりちゃんが、とうとう答えにたどり着く。
「そういうことだね。玖音さんがいくら強くて上手でも、銃を使っている以上いずれ弾が切れる。そうなると新しい弾を装填――さっき僕が言った、リロードをしなくちゃならなくなる」☆
「そっか~。リロードしてるときは、銃撃てないもんね」
ひかりちゃんはよくわかったのか、何度も頷いていた。
僕は笑いながら、そんな彼女に告げる。
「そこで、ひかりちゃんの出番だよ。玖音さんがリロードをしているときは、ひかりちゃんが助けてあげるんだ」
「……!」
今はゲームをしているから彼女の瞳は見えなかったけど、きっとゴーグルの下ではキラキラと目を輝かせていると思う。
僕は言葉を続けていく。
「こういう協力するゲームの醍醐味は、相互フォローにもあるんだ。玖音さんが危ないときはひかりちゃんが助けてあげて、ひかりちゃんが危ないときは玖音さんに助けてもらう。目の前のゾンビを無我夢中で撃つのも楽しいけど、たまには一呼吸入れて、パートナーのことも思い出してあげるといいかも」
「わかった~!」
ひかりちゃん、意気揚々と銃を構え直した。
玖音さんも笑顔でゲームに戻る。
「私の背中は、ひかりさんに任せましたよ」
「お~! くおんちゃん、そのセリフかっこいい!」
二人とも楽しそうで何よりだ。
彼女たちは、新たなゾンビの群れと戦いを始める。
「そっか~。ひかりは一人じゃないんだね。焦らなくても、くおんちゃんに助けてもらえるんだね」
ひかりちゃんが銃を撃ちながら、独り言のように言葉を漏らした。
不安が和らいだのか、彼女は先ほどよりも落ち着いてゲームをプレイすることが出来ていた。
「そうだね。そして玖音さんもひかりちゃんの助けを当てにすることで、より一層積極的な行動に出ることが出来るようになるんだ。二人の息が合うと、その相乗効果はすさまじいことになるよ」
「そうなんだ……」
喋りながらも、しっかりとゾンビを撃ってるひかりちゃん。
まだ弾が当たらないことも多いけど、彼女が集中したときに見せる実力には驚かされる。
「……ッ!? ひかりさん、大物が来ます」
「え?」
最初のステージのボス、醜く体が何倍にも膨れ上がった大男だ。
体を硬質化させることが出来て、特に肉塊と化している片手を硬質化させての攻撃は厄介だ。
「ひかりちゃん、頑張ってね」
「う、うん!」
まずはノーヒントで、玖音さんと一緒に挑戦してもらおう。二人ならきっと、やれるはず。
僕はそう考え、少しハラハラしながら画面を見る。
「か、硬い! 動きは遅いですけど、その分当たったら痛そうです」
「ひ、ひかりも一生懸命撃ってるよ~!」
やはり硬質化された体に苦戦しているひかりちゃんと玖音さん。
僕はヒントを出そうかどうか迷ったけど、なんとか我慢して言葉を飲み込む。
「あ、顔は柔らかい! そうか、FPSと言えばヘッドショットですね!」
間もなく玖音さんが敵の弱点に気が付いた。
玖音さんは上手に射撃していたけど、ゾンビの頭を優先的に狙う癖は付いていなかった。
それは、彼女がFPS慣れしていなかったためだと思う。
けれども同時に、彼女はゲーマーとしてヘッドショットの知識は持っていたみたい。
ヘッドショットという概念は、他のゲームでも時々あるし。
「ひかりさん、顔、顔を狙ってください!」
「う、うん。聞こえてるけど、的が小さくて難しい~」
まあ、体に比べたら顔は小さくて難しいよね。
ていうか、弱点が大きければみんなそこを狙うだろうし。
それでも玖音さんが初めてにしてはかなり上手に顔に命中弾を送り込んでいく。
順調に敵の体力が削られていき、ゲームとしてはおなじみの第二形態へと移行する。
「あ、あれ!? ひかりさん待って、顔が弾を弾くようになってます!」
「う? 顔に撃つの止める~?」
玖音さんが様子を見つつ、ひかりちゃんは適当に体に向かって攻撃を仕掛けた。
僕はさてどうなるかなと思いながら彼女らの行動を眺める。
だけど、事態は意外にもあっさりと好転した。
それは偶然ひかりちゃんが撃った、一発の弾だった。
「え、今大きくダメージ入りましたよね? あ、手だ! ひかりさん、棍棒みたいになってる手が柔らかくなってるみたいです!」
「お~、そこを狙えばいいんだね~?」
顔が硬くなっている分、肉塊になっている手がブヨブヨになる。
彼女らは、そのギミックを見破った。
「全弾撃ち込んであげます……!」
なんだか玖音さんがノッて来た。
彼女は決め台詞とともに、銃弾をぶっ放す。
体力が残り少なくなったボスは、痛みからか怒りからか、空に向かって雄叫びを上げた。
「あ、また手が硬くなって、顔が柔らかくなりましたね。ひかりさん、最後ですよ。顔を狙ってください!」
「わかった~!」
女の子二人の射撃が、ボスの顔面に集中する。
でも、またしてもここで、玖音さんがゾンビゲーに慣れていない点が仇となった。
ゲームに限らず、映画なんかでもよくあるパターンとして、ゾンビは大きな音を立てると近寄ってくる。
この場合、あの遠吠えのような長い雄叫びが予兆だったんだよね。
「――ッ!? しまっ、後ろ――」
玖音さんはゲーマーとして、ボスの最終形態に対する備えは忘れていなかったと思う。
だけど彼女はボス単体に注意を向けすぎてしまい、突然のゾンビ襲来に完全に不意を突かれてしまったんだ。
近くにいた玖音さんのキャラクターにゾンビたちが殺到していく。
彼女はそれでも懸命に体を動かし、ゾンビに向かって銃口を向け、引き金を絞った。
しかし――。
「た、弾切れ!?」
カチカチという残酷な音ともに、彼女のキャラクターがリロード作業に入っていく。
迫り来るゾンビたち。玖音さんにはさぞ絶望的な光景として映ったことだと思う。
けど、彼女は一人ではなかった。
「くおんちゃんが危ない!」
ひかりちゃんは、僕が言ったことをちゃんと実践してくれていた。
彼女はすぐに玖音さんの危機に気付き、ゾンビたちに射撃を開始する。
玖音さんが口を開いて驚いたのがわかった。
彼女のキャラクターがリロードを終えるまでの間、なんとひかりちゃんは玖音さんに一発の誤射もせずにゾンビたちを退け続けたのだ。
「あーん、ひかり、弾がなくなっちゃった~」
「――あ、後は任せてください!」
我に返った玖音さん。すぐに射撃を再開させ、残りのゾンビたちを片付けていく。
残ったのは、瀕死になっているボスだけだった。
「ひかりさん、トドメはお願いします。ボスの顔を撃っちゃってください」
「えー? なんでひかり~? くおんちゃん、一緒にやろうよ~」
「……はい!」
ひかりちゃんと玖音さん。最後は二人仲良く攻撃して、ボスを倒した。
僕は見てるだけだったけど、なんだかとても満足させてもらえる内容だった。
「やった~! ステージクリアだって~!」
「ひかりさん、最後、とても助かりました。ちゃんと守ってくれたんですね」
「えへへ~。だって言ったよね。くおんちゃんは大切なお友だちだもん」
「……ありがとうございます」
玖音さんは若干俯き、感極まったように小さな声で答えた。
彼女はしばらくひかりちゃんの言葉を噛み締めていたようだけど、やがてゲーム画面のあるものに気付く。
「……ひかりさん、次は役割を交代しましょう」
「ほえ? 役割?」
玖音さんは笑いながら、ひかりちゃんのキャラクターにあるものを手渡した。
「さっきの戦いで大砲っぽいものが手に入りました。たぶんすごい威力ですけど、リロードに時間がかかると思います。ですからこれからは、私がひかりちゃんの隙を守ることにします」
玖音さんが渡したのは、ロケットランチャー、バズーカなどと呼ばれる武器の一種。
名称を知らなかったのに、リロードに時間がかかるって知識だけはある玖音さん。ゲームしてるとたまに変な知識を仕入れてきちゃうよね。
ひかりちゃんはすぐに顔を綻ばせると、元気良く言った。
「ありがとう! ひかり、次はこれ使わせてもらうね! お兄ちゃん、どうやって使うの!?」
「銃の上に、小さなボタンがあるよね。それを押してメニューを開いて――」
僕も笑いながら、ひかりちゃんに装備方法を教えてあげた。
ひかりちゃんは無事に装備を変更して、バズーカから撃ち出される弾の爆発に驚いていた。
そうして始まった次のステージ。
まずひかりちゃんがゾンビの集団にバズーカ砲をお見舞いして、残った敵を玖音さんが片付ける。
そのコンビネーションは抜群で、彼女らは見る見るステージを進めていった。
「……お兄ちゃん」
「うん?」
「誰かとやるゲームも、楽しいね!」
「……そうだね!」
その日、僕たち三人は仲良くゲームをして遊んだ。
思い出に残る、とても楽しい一日になった。
「わ、急に後ろからゾンビが来ましたよ!」
「!? くおんちゃんがあぶなーい!」
「――え? きゃぁあああ!?」
「ひ、ひかりちゃん、バズーカは当てなくても人の近くに撃っちゃダメだよ」
鉄砲よりありえないと思うけど、ひかりちゃんにバズーカを持たせるときはもっと気を付けようと思った。




