彼女がゲームを始めたわけ
よろしくお願いします。
「お兄ちゃん、ここわかんない。教えて~」
何もかも、僕には初めてのことだらけだった。
女の子に頼られることも、お兄ちゃんと呼ばれることも。
こんなに可愛い女の子と話すのも初めてのことだし、自分の部屋に女の子を入れるのも初めてのこと。
数え始めるとキリがないほど、僕の初めては彼女が経験させてくれていた。
「お兄ちゃんってば~。イジワルしないでよ~。どうしてもわからないの」
彼女は声すら隙なく綺麗な子。
同い年の僕を兄と呼んで、子どもっぽい口調で話す。
僕はただでさえ女の子に弱いのに、そんな声で甘えられたらすぐに答えを教えてしまいそうになっちゃう。
でも、それじゃダメだと思い直して、僕は彼女に言い聞かせた。
「ダメだよ、ひかりちゃん。さっき僕が言ったことを思い出してみて。もう一度最初からゆっくり考えたらわかると思うよ」
彼女の名前は光という。
最近僕の家に預かった、この春高等部に上がったばかりの女の子だ。
ひかりちゃんは僕の言葉にプクッと頬を膨らませた。
怒ってる姿も魅力的だなんて、やっぱり美少女は反則だと思う。
「もう十分考えたよ~。それに、なんだか疲れてきちゃった」
彼女が教えてほしいと言っているのは、勉強のことではない。
超巨大な壁掛けディスプレイに表示された、ゲーム――アクションRPGの謎解きのことだった。
疲れてきちゃったという言葉に、僕は焦ってしまう。
答えをそのまま教えてしまうのはアレだと思うけど、かといってわからないままだとゲーム自体に興味がなくなっちゃうかもしれないよね。
「じゃ、じゃあ僕も横で見てるから、もう一度だけ考えてみよう? きっとひかりちゃんならわかると思うよ」
本当はとても恥ずかしいけど、なんとかひかりちゃんの興味を引き留めようと、僕は彼女の隣に座った。
ひかりちゃんがいるだけで、自分の部屋が知らない場所のように思えてくる。不思議だよね。
「やった。お兄ちゃんが一緒なら、ひかりも頑張るね」
ひかりちゃんはそう言って、僕の方に体を寄せてきた。
まだ出会って一週間しか経っていないのに、彼女はずいぶんと僕に気を許してくれている。
僕はまだ普段の会話ですらドキドキさせられるのに、なんだかズルい。
「えっと~、ここに岩を乗せると、あっちの扉が開くんでしょ? でもあっちの扉の前には罠があって、踏んづけちゃうと岩が弾き飛ばされちゃうの」
ガチガチに固まっている僕とは違って、ひかりちゃんはリラックスしたように画面を見ている。
やっぱりズルいなと思いながら、僕も画面を見て言った。
「ひかりちゃん、すごいよ。もうほとんど出来てるよ。後はもう一度、僕が言ったことを思い出して考えてみて」
ひかりちゃんはほとんどのパズルのピースを埋めていたけど、一つだけ忘れていることがあった。
一番最初に渡された情報は、別のピースを埋めていると忘れちゃうものだよね。
「お兄ちゃんの言ったこと……、ここにあるものを全部使って正解を導く……、うーん? あ、そうか! 大きな木の板を使ってないね!」
彼女のぎこちない操作で、画面の中のキャラクターが左右に不自然に揺れながら木の板に近付いた。
そこでひかりちゃんはもう一度コントローラーを見て、押すボタンを確認する。
数秒間かけてボタンを押して、彼女はようやくキャラクターに木の板を持たせることが出来た。
「でも、この板だと扉が開かないんだよね。岩に比べて木の板だと軽いから、スイッチが反応しないみたい?」
ひかりちゃんは自分のことを頭が良くないと言っていたけど、僕はそうは思わない。
じっくり考えることが苦手なだけで、彼女本来の頭の回転は僕より速いんじゃないかな。
「ひかりちゃん、向こうの罠は踏むと発動するんだよね?」
結局、僕は助け舟を出しちゃった。
ひかりちゃんならもうすぐ答えにたどり着きそうだったけど、これ以上悩ませるのもかわいそうかなと思ってしまったんだ。
「うんうん。踏むとこっちの岩が弾かれて扉が閉まっちゃう――、あ、わかった! 木の板を橋にして、罠を踏んづけないように進むんだね!」
ひかりちゃんは見事正解を言い当てた。
喜び勇んでキャラクターを操作して、罠に近付いて木の板を置こうとする。
でも、ひかりちゃんはまだゲームに慣れていなくて、コントローラーを持つのもこれが数回目のことで。
「あっ」
ひかりちゃんの操作するキャラクターは、勢い余って木の板を置く前に罠を踏んづけちゃった。
途端にガタンという大きな音とともに罠が発動して、仕掛けはまた最初からやり直しになってしまった。
「う~……」
涙目になりながら、悲しそうに僕を見つめてくるひかりちゃん。
そんな姿を見せられると、僕はもうどうしようもない。すぐに彼女からコントローラーを受け取った。
「ま、待ってて!」
僕は持てる技術を駆使して、複雑な操作でキャラクターを動かした。
普通の攻略には不必要だけど、タイムアタック用の高速移動。実は僕、このゲームも世界ランキングに載ってるんだ。
僕はあっという間に仕掛けを元通りまで進めて、後ボタンを一つ押すだけで木の板を罠の上に置ける状態に仕上げ終える。
そうしてコントローラーをひかりちゃんに返してあげた。
「はい、どうぞ。赤いボタンだよ」
ひかりちゃんは驚いていたけど、僕がそう言うと恐る恐るボタンを押した。
めでたく罠は無力化されて、出口の扉までの道が出来上がる。
「さあひかりちゃん、進んでみて」
彼女はまだ戸惑っているみたいだったけど、僕が促すとおっかなびっくりキャラクターを操作し始める。
扉を抜けると、そこにはご褒美の宝箱が置かれていた。
「おめでとう、ひかりちゃん。ひかりちゃんが考えてクリアしたんだよ。諦めずに頑張ってくれてありがとう」
ひかりちゃんは何度も僕と画面を交互に見ていた。
そんな彼女もだんだんと実感が湧いてきたみたいで、こらえきれなくなったみたいに笑ったんだ。
「変なの、お兄ちゃんがありがとうって言ってる。ありがとうを言うのはひかりの方だよ」
ひかりちゃんは花が咲いたように笑うと、改めて僕にお礼を言ってくれた。
「ありがと、お兄ちゃん」
僕は照れくさくなって、手で画面を指し示した。
「ほら、宝箱を開けてみよう」
僕の言葉に素直そうに頷いて、ひかりちゃんは宝箱を開けた。
彼女の視線が画面に釘付けになったところで、僕は腰を上げて彼女に背を向けた。
「わぁー。……魔法の葉っぱの船?」
背中に聞こえてくる、ひかりちゃんの声。
僕は当然宝箱の中身も覚えていて、その使い方を教えてあげる。
「うん、そこに書いてるとおり、流れの穏やかな水の上を移動できるようになるんだ。海とかはダメだね」
「ふーん?」
ひかりちゃんは拾ったアイテムにあまり興味がなかったのか、気のない返事を返してきた。
それも結構夢のあるアイテムだと思ったけど、ひかりちゃんの好みではなかったようだ。女の子の気持ちってよくわからないや。
僕は肩を落としながら部屋の出口へと歩く。
するとひかりちゃんが、突然元気良く言った。
「あ、あの湖の小島! あそこに行けるようになるんだね!」
やっぱりひかりちゃんは、頭が悪いだなんて嘘だと思う。
僕は彼女の発言には答えずに、彼女へと振り向きながら別の話題を言った。
「じゃあ、もうちょっと遊んでてもらえるかな? 後少しで晩ごはんできるからね」
ひかりちゃんがパッと表情を輝かせた。
彼女の名前そっくりの、純粋でキラキラした目を向けてくる。
「お兄ちゃんのご飯大好き! 今日は何を食べさせてくれるのかなぁ~?」
ひかりちゃんが僕に懐いてくれた一番の理由は、僕がご飯を作っているからかもしれない。
それはそれで餌付けみたいで複雑な気分だけど、大好きなんて言われちゃうと、悪い気なんてするわけがないよね。
「期待してくれるのは嬉しいけど、毎日ごちそうばかりは出せないよ」
彼女は僕自身のことを言ったわけではないだろうけど、それでも可愛い女の子に大好きだなんて言われると顔が赤くなっちゃう。
僕は彼女に顔を見られる前に背を向けて、そう答えた。
「お兄ちゃんはそう言うけど、昨日の普通の和食もビックリするくらい美味しかったし、今日も楽しみだよ~!」
ひかりちゃんにそう言われて、僕は背を向けたまま頭を掻いた。
その言葉はちょっぴりプレッシャーになっちゃうけど、彼女は純粋に僕のご飯を楽しみにしているからそんな言葉が出てくるんだと思う。
「じゃあ、作ってくるよ。もうちょっと待っててね」
「はーい!」
こっちまで明るい気分にさせてくれるような彼女の元気な返事を聞いて、僕は口元を緩めながら自室から出る。
そしてドアを閉める瞬間、彼女の独り言が聞こえてきた。
「よーし、お兄ちゃんが好きだっていうゲーム、ひかりだってやっちゃうんだから!」
その言葉を聞いた僕は、さっき彼女が言った言葉を思い出した。
僕がありがとうというのは変。ひかりちゃんはそう言ったけど、それはちょっと違う。
ゲームに縁がなかった彼女が、突如ゲームの専用コントローラーを握っている理由。
それは僕にあった。僕の趣味がゲームだったから、彼女はゲームを始めてくれたんだ。
だから、やっぱりお礼を言いたいのは僕の方だ。
面と向かっては恥ずかしくて言えないけど、心の中ではありがとうと思ってる。
「(さあ、ひかりちゃんのために美味しいご飯作ろっと)」
キッチンへと向かう足取りは、自分一人で作って食べていた頃より確実に軽くなっていた。