夢の中で
真っ暗な空間で光る何か。出口なのだろうと進むと光はどんどん弱くなる。試しに離れてみると光は強まり、今度は走って近付いてみるが光は弱まってしまう。その代わり何かの正体が人であることがわかった。
青い髪を肩まで伸ばした少女。両目を閉じてはいるが、とても優しい笑みを浮かべている。
「誰なんだ?」
問いに少女は答えない。
近付けば近付くほど離れてしまい、笑顔を見せていた少女の表情は暗くなる。
「ま、待って!」
同じ磁力が反発するかのように二人は離される。
青い髪の少女の目からは透き通った涙が。声は聞こえないが口の動きから「助けて」と言っていることがわかった。
「待ってて! 絶対に助ける! 俺はシロ――シロ・ユグドラシル!」
シロが伸ばした手には少女の涙。確かに少女がいた証。
光がなくなり真っ暗な空間に戻る。まるで世界に見放されたよう。
「……酸素もなくなってきたようだなぁ。絶対に助けるって言ったのに……カッコ悪い……」
※ ※ ※
「シロぉー! シロぉー!」
「……ごふぅ……ごふぅ……!?」
甘ったるい声を出して自分の顔を胸に押しつけるルリが現実だと知らしめる。
「お姉ちゃんお姉ちゃん心配で心配でぇ! このままシロが死んじゃったりしたらどうしようかとぉ――」
「恥ずか死ぬわ!」
力ずくで強引にルリから離れて気付く。体が元に戻っていることに。これはと思い鏡を見る。鏡に映る自分の瞳が金色に揃って輝いていることを確認するや喜びを爆発させる。
「いえーい! これで俺は復活だーい!」
「馬鹿騒ぎしすぎ。三日間寝たきりだったんだから抑えなさいよ」
シロの騒ぎように呆れるフィリウス。ちょうど花瓶の水を替えてきたところだ。
「お前もいたんだ」
フィリウスがいることに特別驚くことはない。幼馴染とはそういうものなのだろう。
フィリウスもシロが目覚めたことに特別な反応はしない。
「花は花屋だからね。枯らしたら許さない」
「俺が枯らしたことあったっけ?」
「どうだったかしらね。ばーか」
「ば、馬鹿!?」
シロに舌を出しつつ「失礼します」と王城を後にする。そんなフィリウスの表情はとても明るいものだった。
「フィリウスちゃん、とても心配していたの。あのくらいの言葉はエールと受け取りなさいな」
「それよりも母さん、カザト兄ちゃんは!?」
「すぐに適切な処置を受けて元気です。日頃の鍛練の成果でしょう。あなたも見習いなさい」
「元気なんだな!? はぁ~、良かったぁ」
「良かったじゃありません。不慮とはいえ何日も寝ていたのです。勉強が疎かになっているのは事実。しっかりと励んでもらいます」
「はぁ!? 俺、病み上がりなんだけど!?」
「それだけ騒げていれば問題ない。さぁ、若いうちに知識を吸収するの!」
「こんちくしょうおお!」
母の圧力に負けて机に向かう。こんなときフィリウスならば走って逃げるだろうと頭に浮かべる。
(……まったく)
山のように置かれた紙には、小さくうっすらと問題の答えが書かれていた。筆跡からハヤの仕業だとわかりにこりと口元を緩める。
「さっさと書いてしまいなさい。毎回甘くはないことを忘れずに」
母は机に砂糖とミルクたっぷりの紅茶とチョコレートを置いて部屋を出ていった。
シロは見逃さなかった。母の手が震えていたことを、自分が目覚めを喜んでいたことを。
「俺の周りは不器用者ばかりかぁ?」
紅茶とチョコレートの甘さを堪能しながら、一枚一枚問題を片づけていく。しばらく書き続け、目を休ませるために視線を花に移す。そこでふと、花瓶の底に紙が挟まっていることに気が付いた。
「はぁ、本当に不器用な奴め」
紙に書かれていた文を見てシロは笑みを浮かべる。筆跡から誰が書いたのかすぐに気付き、呆れつつも「ありがとうな」と呟く。
確実に減る紙がやる気を上昇させる。ラストスパートをかけるべく青いヘアゴムで髪を縛る。そこでふと、夢のことを思い出す。
「あの子はいったい誰だったんだろう?」
目を閉じて十六年の記憶を探る。どこで会ったのかと首を傾げて固まる。しかし、いくら記憶を探っても該当する人物はいない。人の顔を覚えるのは得意とシロは自負している。
「あんな子を忘れるだなんてあり得ない。じゃあ予知夢とか? いつかあの子に会って助けを求められるってか? そんな馬鹿な」
夢の中で少女の涙に濡れた掌を見つめて首を振る。誰かが不幸になる夢が実現しないよう祈りながら。